嫁取りの寄合
こんなに長く書くつもりはなかったのですが。
古典的、お約束の和風ホラーを書いたつもりです。
「ありきたり」は重々承知ですが、途中少しでも寒気を感じていただけたら、と思いつつ。
「怖さは幸福追求の中に」、だから作者にとっては、ハッピーエンドです。
その山村は深刻な嫁不足に悩んでいた。
大きな「御山」と隣の小山の谷あいにあって、それぞれの家が本業と田畑を兼業していたが、猫の額ほどの棚田でさえ相続できなかった若者は都会に出ていく。家や職を継いでも、村の娘たちは地主や寺、生活苦の無さそうな順に相手を選んだ。
独身のまま残ったのは、木こりの吉弥、鍛冶屋の勝実、狩人の隆一、薬湯や煎じ茶を扱う薬屋の左近、ため池に鯉や鮒を飼う小太郎の五人だった。
ある五月の夜五人は寺の本堂に集まっていた。六人目の男、若住職は同年代、子供の頃からの遊び仲間で、つい先日左近の妹を嫁に貰ったばかりだ。
「コイツは勝ち組」という僻み心も浮かばないではないが、「古文書に面白い記述が見つかった」と言われて藁をも掴む思いで集まった「嫁取りの寄合」だった。
住職が言う。
「御山の天辺近くに、青い池があるらしいじゃないか、三日月型の岩の横に」
「ああ、あるよ」
小太郎が答えた。
「半刻ほど山道を流れに沿って上がったところ。濁ってないのに青過ぎて底が見えない。どんなに息が切れて暑くてもその池を見たら、すうっと汗がひく。岸辺に近付くと何故か寒気がする。水に手をつけてはいけないって。一度父親と水位調節の堰を見に行って、その足で池まで上がったことがあるんだ。次に一人で遊びにいこうとしたら何故か辿りつけなくて」
若住職は手元の古文書に目を落としながら説明した。
「禁足地らしい。ちゃんとした理由がないと近づけないようになっている。先代と行った時、途中、祠に寄って拝まなかったか?」
「あ、した、気がする」
「ここに簡単な地図があるんだが、流れに沿う道は行き止まりになっている。川から離れるが、祠の右手の道を行くんだ」
「それと嫁と何の関係があんだよ?」
短気な鍛冶屋が先を促す。住職は「まあまあ」と宥めながら話した。
「近年うちの村は年頃の男のほうが多かったが、女が余ることもある。そんな時のために山の裏側の村々と取り決めがあったらしいんだ」
「その池に行くと年頃の娘たちが水浴びでもしていてくれるのか?」
学があるからか普段は男臭さが見えない左近が茶化す。六人の中では一番若い小太郎が赤くなってもじもじした。
「取り決めはこうだ。うちの村は南側で、御山には北、東、西の中腹に合わせて四つの村がある。婿を探している女は、自分の浴衣をその池に広げて浮かせる。男はその浴衣が気に入れば、岩の上に引き上げ乾かす。しっかり乾いたら浴衣を持って相手の村に向かい、白の単衣で待っている人を訪ね当てる」
「そんなの、どんな女かわかったもんじゃない」
木こりが言った。
「そりゃ、素性も器量も気立ても気心までも知れた幼馴染、というわけにはいかない」
吉弥の想い人香織はつい最近地主に嫁ぎ、収入や収穫の一部を納めなければならない相手、奥方様になってしまった。
「浴衣の柄を見ただけで気に入るかどうか判断しろということか?」
左近も疑い深い。
「それはまあ、祠に祀られた裏の御山のお計らい、ということになるんだろう」
寺の住職はやはりどこか、他人事だ。