第一戦1VS1②
「――――【壱の暗殺】」
「ッッッッ!!???」
聞こえるはずのない声がカルファの背後から聞こえる。
振り向くという動作を取っている暇などない。
カルファは一か八かの賭けに出る。
イカルガの放つ【壱の暗殺】は単発型の斬撃。
横一閃、斬り上げ、袈裟斬りなどと様々な方向から繰り出されるが連撃には出来ないようで必ず一度で止まる。
カルファはイカルガが自分の首を横一閃で飛ばそうとしていると予想し振り向くことなく全力で体勢を前へと傾けた。
「――――へぇ……」
最早傾けるというより地面に向かって全力で倒れ込んだという表現の方が正しいであろう勢いで思い切りのいい決断をしたからか、カルファの予想が当たったからか、もしくはその両方か――――なんにせよイカルガの放った【壱の暗殺】はカルファを直撃することはなくその髪の毛を斬るに留まっていた。
イカルガは残心を取ったままに感心したような声を漏らす。
カルファが周りに影がないことによって油断していたのはイカルガも気づいており、だからこそ背後への奇襲を持って決着を早めようとしたのだが、まさか躱せるとはあまり考えていなかった。
そして躱したカルファ自身は倒れ込んだままという訳ではなく倒れ込んだ状態から腕の力で身体を跳ね起こしイカルガから距離をとって荒い呼吸を整えようと必死の様子。
「はぁ……っ!はぁ……っ!はぁ……っ!」
「…………」
残心を解きゆらりと体を揺らすイカルガの姿に本当にとんでもないプレイヤーだと舌を巻く。
それと同時に自分が無意識のうちに油断していた事に苛立ちを覚える。
(……観察してたんだから気づけたはずなのに……!
なんで【切裂魔の玩具】を見た時に気が付かなかった……なんでもっと警戒しなかったんだ……!)
カルファはイカルガから視線を外すことなく再び観察する。
自分の中にある情報と今しがた体験した情報をもって少しでも修正しなければならないと。
(足下に影……は無い……?
いや、そもそもあったとしてプレイヤーの影には入れないはず……。
『プレイヤーの影に入れない』というのが間違っている……と考えるのが妥当……。
だとしたら今まで手札を縛って戦ってた……?プレイヤーの影に入れるっていうアドバンテージを悟られないように?その上であの強さ……?)
「冗談でしょ……」
ついつい盛れだしてしまう無意識の言葉。
明らかに無防備なカルファだが、幸か不幸かイカルガが近づいてくる様子はないため考察、準備に徹することができる。
(こうなってくると収集してきた情報も真偽が問われる……とはいえ元から【高天ヶ原】の中でも情報の少ないプレイヤーの1人……それも見た目通りの『暗殺者』……あえて偽の情報を掴まさせてるということも大いに考えられる……)
袖の長い厚手の生地でできているワンピースからは指先程度しか見えておらず動きもない所からただ呼吸を整えようと棒立ちしているようにしか見えないカルファであるがその服の下では着々と準備が進んでいた。
――――カルファは【妨害者】である。
基本的に他のプレイヤーと組むことによって真価を発揮すると言われる立場だが、カルファは味方の居ない戦闘においてこそその真価を発揮する。
(……何はともあれ『生成』は完了……『循環』、『固定化』も完了……あとはこれを気づかれないように少しずつ……)
「――――もうそろそろ良い?」
「……」
まるでカルファの準備が終わるのを知っていたかのようなタイミングで声をかけるイカルガ。
しかし、そんなことはありえないとカルファは涼しい表情を浮かべてふっと笑ってみせる。
「そう……」
カルファの仕草に大して興味もないのか、イカルガは呟くと影に入ることなく駆け出し互いの距離を詰めにかかった。
再び死角からの奇襲を仕掛けてくるかと予想していたカルファであったが、実際に起こったのは自分に都合のいい結果。
ニヤつきを心の中に抑え込むとバックステップでその場を離れる。
――――イカルガの進行方向にお土産を残して。
(【猛毒の機雷】……!)
プレイヤーがその上を通過すれば炸裂する猛毒が込められたビー玉サイズの毒々しい結晶。
サイズが小さいがために見落としてしまいそうである。
しかし、イカルガにはそれが全て見えていた。
通常であれば避けて通るであろう【猛毒の機雷】が放られた場所をそれでもイカルガは駆け抜けた。
――――直後牡丹色の爆煙が連鎖して次々に起こる。
辺りを濛々と牡丹色の煙が視界を遮るも、カルファは一切慌てていなかった。
煙によって視界が悪くはなったもののむしろイカルガを捉えやすくなったと考えており、一番に危険視しているのは自分の影からイカルガで出てくること。
例え煙が晴れるまで待ったとすればそれはカルファが有利になるだけ。
この【猛毒の機雷】は炸裂した際に少々のダメージを与えるが、メインの効果はこの煙にある。
カルファが任意で生成した猛毒を煙として漂わせることができるのだ。
今回選んだ猛毒は『プレイヤーを【猛毒】状態にする』、『プレイヤーのステータスを時間経過毎にマイナスし最大50パーセント低下させる』、『一定時間【状態異常】効果を延長させる』という効果をもった三種類。
このような効果を持った猛毒はどのプレイヤーでも使える訳では無い。
カルファは自らのメイン職業である【赤キ毒蛇】によって自分の任意の効果を持った猛毒を生成することが可能になっているのだ。
――――【赤キ毒蛇】。
【専用職業】であり獲得したプレイヤーは【種族】としては【神話族】よりの【長命族】である【天使系統】その最上位である【熾天使】へと変異する。
任意の効果を持った猛毒を生成することが可能であり、操ることができるのを特徴としている。
――――一体どれほど時間が経過したのだろうか。
初めは辺りを濛々と牡丹色の煙が覆っていたのだが、今ではそれも薄くなり完全に晴れるまであとほんの少し程度になっていた。
(……おかしい……【猛毒】状態になっているんだからどんどん【HP】も無くなってるはず……しかもステータス低下まで起きてるはずなのに動きがない……?)
どれだけ辺りを見回したところでそれらしき人影は皆無。
カルファは両腕に恐らく猛毒を生成、成形し作り出したのであろうダガーを握りしめてイカルガからの強襲に備える。
(ステータス低下もまだまだ切れる時間じゃない……だけどあの『イカルガ』ならあるいは……)
初めから用意していた自らの全身を覆う猛毒の鎧もほぼ完成しており見えている素肌に変化はないが、服の下では強固な鎧が密着していた。
少しの油断もしない、見逃しなど以ての外だと言わんばかりに鋭い眼光を放つ。
――――そして牡丹色の煙が晴れた。
カルファの視界にイカルガの姿が映ることは無かった。
(……?!
い、一体何処に……??)
「――――それで?次はどんな物を用意している?」
「……っっ!!?」
再度自らの背後から聞こえてくるイカルガの声にカルファは大きく飛び退く。
一切の油断も見逃しもないという自負があったのにも関わらず簡単に自分の背後を取ったイカルガに戦慄する。
「想定内ではあったものの観察する良い機会」
そう言ったイカルガに【状態異常】がかかっている様子は、無い。
カルファは意味がわからないと眉を顰める。
一体どうやってあの猛毒の煙を一切喰らわずに逃げたのだと。
「くっ……!」
両腕を大きく振るいダガーを投擲。
さらに細い針状にした猛毒を同時に放つカルファ。
その後即座に猛毒を生成し今度はその場で炸裂し煙を撒き散らす【猛毒の煙霞】を使用。
広範囲に渡って再び牡丹色の煙が覆い、その中をカルファは駆けた。
今回の猛毒の効果は『カルファの動きで煙が動くことはなく、視界を覆うことも無い』という身を隠すためのもの。
仁王立ちしたまま動かないイカルガを視界におさめたまま距離を取ったカルファはインベントリから自らのメイン武器を取り出す。
出てきたのは些か小さいという印象を受ける【複合弓】。
しかし矢は一本も無く、また用意する様子もない。
その状態でカルファは矢を放たんと構えた。
すると、弦を引くカルファの指から弓を握る手にかけて細い線が引かれたかと思えばそれは一瞬で膨張し、まるで捻れるような動きをして一本の矢と成る。
ピタリと動きが止まりまるで一時停止でもしているのかと言わんばかりに微動だにせず、そして瞬きのうちにカルファは射った。
(【猛毒一条】……)
狙うは未だ仁王立ちの姿から動かないイカルガの左太もも。
【猛毒一条】はカルファが生成した猛毒によって作られた矢のため必ずしも当てなくても良い。
――――しかし、カルファには当たるという自信があった。
カルファのメイン武器である【複合弓】。
弓での攻撃だからといって侮ることなかれ、カルファの操る【複合弓】から放たれた矢の速度は並のスナイパーライフルから放たれる弾の速度を超える。
カルファとイカルガの距離は離れているとはいえ高々数十メートル。
この程度の距離であればカルファの放った矢は認識することすら出来ずに命中する。
それをしかも急所となる場所ではなくあえて左太ももという場所にすることによってさらに命中確率をあげているのであった。
「――――そこか」
嫌によく通る声がカルファの耳に届く。
距離は離れているのにもかかわらずまるで耳の傍で呟かれたかのような声に全身から冷や汗が吹き出る。
――――イカルガの手にはたった今カルファの放った猛毒にて形作られた矢が握られていた。
「……つかみ……とった……??」
目の前で起きている事象に目を向いて思わず声を漏らすカルファ。
今まで何度か防がれたことはあったもののイカルガがやったようにつかみ取られたことなど一度たりとてない。
――――そもそもそんなこと人間業ではない。
スナイパーライフルの放った弾を超える速度で射られた矢を手で掴み取るなんて事ができるはずがないのだ。
狙われた場所をずらすことすら困難なはずなのにそれを掴み取るイカルガは果たして人間なのだろうか。
以前戦った時に感じた自分との実力差の比ではない。
底知れぬ強さにカルファの呼吸が一瞬止まる。
しかしその場に居続けることは良しとせず体に染み付いた動きで早急にその場を後にした。
【Aurora】所属の実力者である自覚が、自信が無意識下でも身体を動かす。
(……もう一回……!)
今起きたのは単なる偶然であると自分に言い聞かせ二の矢三の矢をつがえる。
たとえ偶然でなかったとして、複数本同時であれば再び同じ結果となりはしないだろう。
事実、イカルガは先の一射が一本だったため掴むことが出来たものの、その数が増えるとなれば全てを処理しきることは難しい。
――――放てればの話だが。
「――――【刈り取る一閃】」
二度あることは三度ある。
カルファの背後から聞きたくない声、凶刃が襲った。




