序【十二天将】2
誰よりも先に目的のギルドに接触したのはララノアであったが、誰よりも早く戦闘を終わらせたのは――――
「――――ご馳走様でありんす」
――――ユウギリであった。
木々に周りを囲まれながらも開けたその場所にただ一人立つ姿は警戒している様子は全くなく、どこかつまらなさそうにしていた。
「思ったよりも手応えがなかったでありんすね……」
ユウギリの種族である【暴食の粘液体】の固有能力【暴食】の存在を考えれば今回の戦闘は仕方がないと言わざるを得なかった。
何せユウギリの戦ったギルドは非物理攻撃をメインアタッカーに据えた立ち回りをするギルドであったから。
頼みの攻撃はユウギリにより喰らい尽くされ、効くはずの物理攻撃も何故か効いてる素振りがない。逆に【神話魔術】と呼ばれるユウギリの操る攻撃になすすべなし。
ユウギリのメイン職業である【神話の魔女】は神話の一説にあるような現象を再現出来る【神話魔術】を使用することが出来る代わりにいくつかのデメリットを背負わなければならないものである。
一つ目に防御面耐久面共に脆い。
それは【神話の魔女】が【基本職業】から【専用職業】全ての中で下位三職に選ばれるほどに。
二つ目に【MP】の消費が非常に多いということ。
何をしていなくとも常に【MP】が僅かではあるが減りつづけ、【神話魔術】以外の【魔法】、【魔術】でも消費する【MP】が増加してしまう。
端的に言えば――――燃費が悪すぎるのだ。
――――しかし、その弱点とも言える燃費の悪さを解決しているのが【暴食】、【暴食の粘液体】という種族である。
【神話の魔女】の性能を最大限に発揮することが出来る種族であると言っても過言ではない。
そもそもどちらともに希少な職業と種族であるために一人のプレイヤーが獲得するには些か現実的ではないのだが。
その現実的ではない事をユウギリは実現させているのである。
「ふぅ……」
踵を返して元いた場所へと歩みを進めるユウギリ。
その【HP】は開始からほんの少しも変動していない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「「いぇーい!」」
「こっ……のおっ!!!!」
土煙巻い怒声と笑い声の混ざり合う混沌な空間。
「おーにさん!」
「こーちら!」
「「てーのなーるほぉーへ!」」
息の合った楽しげな声は続く。
それは飛んだり跳ねたりしながらまるで鬼ごっこを楽しむ無邪気な子供のようなアリィとイリィであった。
二人のいる場所は初めに転送された場所からかなり離れた大小様々な岩やゴツゴツとした岩肌が無数にあるなんとも動き回りにくい岩場。
しかしそんな場所も何のその小柄な身体を活かし、時には予想外の動きで15人のプレイヤーたちを翻弄していた。
「くっそ……!
当たらねぇ……!」
「ちゃんと狙え!
最悪行く手を阻めればいい!」
今のところ攻撃する素振りのないアリィとイリィを仕留めんと遠距離攻撃を主体に攻めるアリィとイリィが狙ったギルドのプレイヤーたち。
初めはその小柄さから追いついて囲もうとしたのだが、あまりにも追いつけないためにこの攻め方にシフトしたようだ。
「楽しいね『アリィ』!」
「楽しいな『イリィ』!」
恐怖というものがないのか二人のにこやかな笑顔は消えず、自らを襲う攻撃をスレスレの位置で躱す姿はそれを楽しんでいるようにしか見えない。
まるで背中に、後頭部に目でも着いているのではないかと言わんばかりの躱し方には攻撃する方からすれば悪夢だ。
さらに移動しずらい岩場であるにも関わらず常にトップスピードで移動する姿は岩がアリィとイリィを避けているように感じるほどである。
「――――なんでこんなに当たらない……っ!!!」
弓を射る男が表情を歪めて愚痴をこぼす。
彼が下手という訳では無い。
むしろ精度に関しては上位に食い込むことも可能な程に彼の弓の腕は良かった。
その他のプレイヤーたちに関しても同じくである。
ただ、アリィとイリィは躱すのが芸術的なまでに上手いのだ。
その小柄な体躯を目一杯使いこなし、どのように動けばどれくらい移動し次の動作に入るまでどれほどの隙が生まれるのか、自分のトップスピードはどれほど維持して大丈夫なのか、自分たちが相手からどのように見えているのか、しっかりと理解している。
故に――――相手の想定外のことを想定することが可能である。
「は……?」
トップスピードで駆け続けていたアリィとイリィが止まることなく180度進行方向を変える。
声を出した合図がある訳でもなく、今までと変わった動きをしたわけでもなく突然、同時に。
「はぁぁぁあっ!?」
そもそもそんな動きが可能なわけが無い。
どこにトップスピードを維持したまま右でも左でもなく真後ろに動ける人間がいるというのだろうか。
いくら小柄といえどそんなことをして足が無事で済むわけが無い。
「――――それは」
「――――現実世界の話」
「「だよね?」」
「え……?」
まるで自分の思考を読まれたかのような声にさっ、と血が引くのを感じるプレイヤーたち。
そして、何故近距離での戦闘を得意としない二人が自分たちに接近してきたのかと考える。考えてしまう。
その一瞬が命取りであるのは分かっているのに。
「――――行っておいで【マキュラ】!」
アリィの足元から巨大な獣が姿を現す。
一体どこにその巨体を収めていたのかが分からず、さらにその姿に恐怖を催す。
「――――【風精霊の加護】〜」
イリィの発動させた【精霊魔法】によりアリィの足元から姿を現した巨大な獣に風が纏わりつく。
――――顎一閃。
「……あ……?」
何が起きたのか理解出来ていない様子のプレイヤーの声が漏れ出る。
――――プレイヤーの下半身が噛みちぎられていた。
残った上半身が地面へと落ちるよりも早くプレイヤーたちは行動を起こしていた。
初撃を躱すことが出来なかったのは仕方がないとまずは距離をとる。
しかし、もう間に合わない。
プレイヤーたちが自らの身体に風を感じる頃には攻撃が終わっていた。
15人のプレイヤーの尽くが四肢の何ヶ所、もしくは全てを噛みちぎられ、地を舐めている。
「お疲れ様〜【マキュラ】〜」
「相変わらず絶好調だね〜」
未だ【HP】が全て削りきれた訳ではないのだが、もうこの戦いは終わったと言わんばかりにアリィとイリィが【マキュラ】と呼ばれる巨大な獣を可愛がっていた。
「……今のうちに回復」
「あ、もう終わりだよ?ね、『イリィ』」
「そうだね『アリィ』。
――――【顕現せよ】。
【汝らは】――――」
直後、辺り一帯を巻き込む爆発により地形ごとアリィとイリィと戦ったプレイヤーたちは【HP】を0にするのであった。
「あともうひとつ」
「行かないとね」
「「いっそげぇ〜!」」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「――――うわぁ〜……やっぱりバケモノだらけだな【高天ヶ原】」
クリスの射程範囲の更に外、遮蔽物の多い木々に囲まれた森から妙に古い外装の望遠鏡で【高天ヶ原】のプレイヤーたちの戦闘を覗き見ていた男が呟く。
「【高天ヶ原】に初戦から戦いを挑むなんて三流以下だろ。
賢いやつは他のとこが【高天ヶ原】にちょっかい出してる隙にキル数を稼ぐんだよ」
覗き見を辞めたのか男は木の枝から飛び降りる。
【高天ヶ原】のプレイヤーたちが全員居ることは確認したため、戦闘エリアが被らないように他のプレイヤーを倒すつもりのようだ。
「さーて……今年こそは上位に入らないとな」
気合いを入れ直すかのように頬をパンと叩いて意気揚々と足を一歩進める。
つい先程ギルドの仲間からキル数の報告が上がってきており、順調に増えているのも足取りが軽い理由だろう。
「――――最後」
「……は?」
いやに綺麗な声が聞こえた。
聞き慣れてはいないが聞き覚えのあるその声にありえないという言葉すらも出ないほど混乱する。
「【壱の暗殺】」
その攻撃名が聞こえる頃には男の【HP】は0になっていた。
「ありえない……だってさっきまであんなに……」
継ぐ言葉を聞くことすらなく、口元を覆う黒いマフラーをぐいっと上にあげてその場を後にする。
一際大きな木下にたどり着くと音もなく姿を消すのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「お、おにーさん……私たち本当に何もしなくていいんですか……?」
初めに転送された場所から遠見の魔法を使い【十二天将】たちの戦闘を見ていたアルルがソワソワした様子でユウノに話しかける。
「大丈夫大丈夫。
むしろ八割方戦ってるのは多すぎる方だぞ〜」
寝転がったまま一切動かず手をひらひらさせながらのんびりした様子のユウノ。
戦闘が始まってはや三十分。【高天ヶ原】に入って日の浅いアルルとしては新人の自分が何もしていないというのが落ち着かないらしい。
そんなアルルの様子に微笑ましいものを見るような優しい表情を浮かべたユウノが何かを感じ取った様に声を漏らすと立ち上がる。
「どうしたんですかおにーさん?」
「ん?いやそろそろだなと思ってな」
「そろそろ……??」
何のことを言っているのかが全くわかっていない様子のアルル。
対してダイン、クリスの二人は満足気に頷く。
ユウノは拳を天にかかげる。
――――『第76ブロック決着!勝利ギルド【高天ヶ原】ッッ!!!』
「うわぁっ!?」
フィールド全域に響き渡る機械音声。
それは【高天ヶ原】の勝利を告げるものだった。
「え……?……えぇっ!!?
ど、どどど、どういうことですかおにーさん?!
まだ時間余ってますよね!?」
何故こんなにも早く決まってしまうのかが分からないといった様子のアルルが目を剥いて尋ねた。
「どういうことっていうとまぁ単純に【高天ヶ原】が勝ったってことなんだけど……」
「……もう全員倒しちゃったんですか……?」
アルルからの一言になるほどとユウノは手を叩く。
ユウノが把握していることとアルルが把握出来ていることが食い違っているのに気がついたのだ。
「『アルル』今回のルールは覚えてるか?」
「えっと……たくさん倒したギルドの勝ちっていうルールでしたよね?」
「大雑把にはそれであってるぞ。
『制限時間1時間の内に所属ギルドのプレイヤーたちがキルしたプレイヤー数が多いギルドの勝利』っていうルールなんだが……」
「や、やっぱりもう全員倒しちゃって……」
「違う違う。
流石に全プレイヤーは倒しきってない……はず」
流石に全プレイヤーはないよな……と呟くユウノ。
その呟きにぽかんと口を開けたままのアルルは微動だにせず立ちつくす。
ユウノはケラケラと笑いながらも困り眉で口を開いた。
「と、とりあえず、全プレイヤー倒さなくても勝ちが決まる条件っていうのがあってな?」
「勝ちが決まる条件……??」
「そうそう。
その条件っていうのは残っているプレイヤーを全てひとつのギルドがキルしたとしてもトップのギルドのキル数を越せない場合な?」
「なるほど……って例えそうだとしてもとんでもないくらい倒してるのに違いありませんよね?!」
たったの30分程でそこまでのキル数を出せるものなのかと戦慄するアルル。
ユウノはそんなアルルを見ながら自慢気に笑った。
「――――【高天ヶ原】これでもギルドランク1位だからな。
これくらいはやらないとだろ?」




