気付き
――――嫌な汗が出る。
自らの身に迫る刃を視界に収めつつ眉を顰める。
辛うじて捌けないほどでは無いがそれも長く続けば分からない
一呼吸の内に一体何度斬り返して来るのかと愚痴のひとつもこぼしたいほどだ。
――――呼吸がおかしい。
「……ッ……ふぅ……っはぁ……っ!」
自らの呼吸だけでなく相手の呼吸を感じろと言うが一朝一夕で身につく訳もなく、しかしだからこそ早く身につけなければと矛盾した考えを持ってしまう。
「…………」
気のせいか、一太刀一太刀の速度が上がった気がする。
――――焦燥感が襲ってくる。
『流せ』『弾け』『逸らせ』『受け止めるな』。
大丈夫、まだ自分の目は追えている見えている。
これが本気では無いことは百も承知、しかし段々と早くなっている太刀筋を捉えれている。
全くなんて意地悪なんだろう。
今日はいつもより早いけど一定の速度に慣れてもらうと言っていたの段々と早くしていくなんて。
だけど、これくらいなら、問題は、ない。
(あれ……?またはやくなった……?)
――――思考が濁る。
四方八方から繰り出される刃に処理が間に合わなくなってくる。
「……ハッ……ハッ……ハッ……ハッ……!」
何となく酸素が足りていないような感覚に陥る。
落ち着け、捌けないならもっと早く。
リズムを上げる短く早い息遣いで。
両腕にもっと集中するんだもっと早く、もっともっと早く。
「…………はぁ……」
――――溜め息が聞こえた。
それと同時に自分の手に握られていた二振の日本刀は巻き取られて左右の壁に突き刺さった。
「……ぇ……??」
明らかに掠れた声が微かに漏れ出る。
力を抜いていたつもりは全くない。
むしろ両腕に集中し、これから更に早く振るおうとしていたはずだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……っ」
目の前で起きた出来事について喋ろうとするが声が出ない。
先程まで動いていた自分の身体が急に錆び付いたかのようにぎこちなくなり、最終的には自然と膝に手を着いてしまう。
少し落ち着いてみれば乱れた自分の呼吸の音がやけに大きく聞こえていた。
全力疾走をした後、いやそれよりも荒く意識しなければ落ち着けないほどに荒い呼吸をなんとか整えながらユウノさんを見上げた。
その表情は怒っているようには全く見えない。
どちらかと言えば呆れているような、それでいて庇護対象を見守るような笑みを浮かべていた。
「焦りすぎだ」
「ぁぃて……っ」
おでこをデコピンしたユウノさんはそのまま『私』の頭をわしゃわしゃと撫でてくれる。
「ったく……前にせっかく人が褒めてやったのに……。
そんなに焦らなくても良いだろ……」
「……でも……」
ようやく落ち着いてきた呼吸。
いつも通りに喋りだせるようになった。
「戦闘スタイルなんてそうそう変えれるものじゃない。
『向いてる』からって直ぐに身には付かないんだよ……」
「…………」
「それと、俺は息を止めて戦えなんて言った覚えはないぞ?」
「……え?」
ユウノさんの言葉に自分の目が丸くなることを自覚する。
そんなはずはない。
しっかりユウノさんの呼吸をトレースしていたはずだ。
「自覚がなさそうだな……。
おおかた、俺の呼吸に合わせようとしてたんだろうけどそんなの合うわけないだろ……。
そのせいか途中から過呼吸起こす寸前みたいな呼吸しやがって……」
わしゃわしゃと撫でてくれていたユウノさんの手が離れて再びおでこにデコピンされてしまう。
「とりあえず今日はここまでな?
一旦落ち着いて俺の言ってたことを整理しな『アラタ』」
「あ……『ユウノ』さん……!」
それだけ言ったユウノさんは出口に向かって歩き出す。
まだ全然時間は経っていなかったが、ユウノさんが終わりだと言うのであればそれに従うしかない。
あくまでも自分は教えを乞う側なのだから。
「あ、そうそうもうひとつ……」
出口に手をかけたユウノさんが思い出したかのように振り向い手口を開く。
「途中から俺の攻撃早くなったとか勘違いしてそうだから言っておくけど……最初から最後まで全く変わってないからな?」
「……えっ……?」
「一定速だ一定速〜」
今度こそこの場から立ち去るユウノさん。
最後に言われた言葉に疑問符が浮かぶ。
つまり先程までユウノさんの意地悪だと思っていたものは自分の勘違いなのだという。
「だ、だったら……さっきのは……」
混乱する思考を深呼吸で切り替える。
両頬をぱちんと叩いて気合いを入れ直した。
そんなの答えはひとつしかない。
「早くなってないなら……遅くなってた……?」
ユウノさんが一定速のままだったというのであれば『私』が途中から遅くなった以外ありえない。
しかし、むしろ自分はもっと早く動いて捌こうとしていたにも関わらず遅くなるなんてことがあるだろうか。
床に座り込み頭を悩ませるが答えが出ることは無い。
大きくため息を吐き出して左右の壁に突き刺さってしまった自分の日本刀を引き抜きに向かう。
思っていたよりも壁に突き刺さっており刀身の約三分の一が隠れていた。
「……巻き取られてここまで突き刺さるって……」
改めてユウノさんの凄さを実感する。
日本刀を使う上で剣道の試合だったりをお手本にしていた時期があったのだが、相手の竹刀を巻き取り飛ばすなんて芸当そうそう見られるものでは無い。
それをあろう事か二振同時だなんてありえないだろう。
二振共に回収した後、手持ち無沙汰になってしまったため、素振りでもしてみることにする。
ユウノさんに言われた『整理しな』ということもあり、ひとまずは一振で上段からの振り下ろしを繰り返す。
「ふっ……ふっ……ふっ……」
最近では二振の日本刀を扱うために毎日のように練習していたためか一振を両手で持ち振り下ろすという感覚が懐かしく感じる。
今となっては一振を扱うことは別のことを考えながらでもできるようになったが、二振となると話は別。
ただ一振増えただけのように思えるがこれが存外に難しい。
ユウノさんのように自在に扱えるようになるのかが不安になるほど大変だ。
「ふっ……ふっ……ふっ……」
そしてふと思う。
『World Of Load』ではこうも簡単に扱える日本刀だが、現実世界であれば持ち上げるのも困難だろう。
上段からの振り下ろし。
地面に切先が着く寸前でピタリと静止する。
刃を返して切り上げ。
目線より少し高い程度で止まる。
そのまま左右へと斬り払い鞘へと納めた。
「……はぁ〜……」
深い溜め息が吐き出され床に大の字に寝転がる。
ユウノさんに言われた呼吸についてのこと。
相手の呼吸を感じろというのはユウノさんの呼吸をトレースしろという意味では無いのだろうか。
「……多分違うんだろうなぁ……」
先程の口ぶりからするに自分のやっていたことが間違いであることがわかる。
であるならば、どういうことなのだろうか。
ゴロゴロと床を転がりながら考えすぎで痛む頭をフル回転させる。
――――そして、疑問が浮かぶ。
「……『ユウノ』さんってどうやって私が捌ける速度を測ってるんだ……?」
今までなんとなしにやってもらっていた事だったが特に何か試したとかそういうことは無い。
精々が始める前に数度刃を交える程度。
その度に『今日は緊張してるな』や『いい感じにリラックスしてる』、『少し早くても大丈夫だな』という言葉を掛けられる。
そしてことある事に『落ち着け、深呼吸しろ』と言われるのを思い出す。
「……まさか……」
ユウノさんの言う相手の呼吸を感じろというのは『相手の呼吸から攻撃のタイミングを測れ』ということなのではないか。
行儀は悪いが身体を起こして胡座をかく。
今までのものよりしっくりくるが、そんなことできるものなのだろうか。
やけに心臓の音がリアルに大きく聞こえる。
ゆっくりと立ち上がり抜刀した。今度は二振共に。
「ふぅ〜……――――」
大きく息を吐き出して日本刀を振るう。
しばらくひたすらに敵を攻撃するイメージで振るい続けた。
そして気がつく。
何となくであるが、自分の呼吸と日本刀を振るうタイミングにある程度の規則性があることに。
まだまだ自分の規則性すら朧気にしか感じることは出来ないが、もしこれを身につけ、相手の呼吸を感じることができ、攻撃のリズムすら分かるようになれば。
「……これだ……!」
その後私はひたすらにまずは自分のことを研究することにした。
――――『彼を知り己を知れば百戦危うからず』
そもそも自分のことすら分かっていないのに相手のことなど分かるはずもなく。
ユウノさんの焦らなくていいという言葉を信じてひとつずつゆっくり進むとしよう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「――――そろそろ『呼吸を感じろ』に関してはわかり始めた頃かねぇ……」
アラタの元を離れたユウノはギルドホームの中をフラフラしながらそんなことを呟いた。
「流石に呼吸を乱したのは意地悪だったかねぇ」
あまりにも自分に合わせようとするアラタの姿に嗜虐心でも刺激されたのか、ユウノは敢えて自らの呼吸感覚を短める事でアラタの呼吸を乱し、コンディションを低下させていたのだ。
「……とはいえゲームだからなぁ……本当はそんなこと関係ないんだけど」
まだそういう癖が抜けないところを見れば【十二天将】とはいえまだまだだなとケラケラ笑うユウノの足取りは楽しげであった。
「――――『ユゥーウゥーノォ』……ッッ!!」
「あ、やっべ」
――――だからこそ油断していたのだろう。
今まで気をつけていたにもかかわらず、学校をサボって以降できる限り逃げ回っていたアマネに背後を取られてしまった。
地獄の底から聞こえてきそうな程に恐ろしげな声音。
肩を力一杯に掴まれて逃げれそうもない状況に陥ってしまう。
「学校サボって何をしてたかじぃーっくり聞かせてもらおうじゃないの……!」
「あ、あはははは……」
乾いた笑みを浮かべユウノは振り向かない。
そこにいるのは恐らくアマネではなく般若だろうから。
「い、イヤダナー『アマネ』サン。
サボッタダナンテヒトギキノワルイー」
「そのわざとらしい棒読みはやめなさい?しばくわよ」
「ごめんなさい」
掴まれた肩の力がさらに増したことを感じとったユウノは即座に謝罪の言葉を口にする。
「ギルドマスタールームに行きましょうか『ユウノ』?」
「はい……仰せのままに……」
がっちりと肩を掴まれたままとぼとぼと歩き出すユウノ。
未だに後ろにいるアマネの表情は見ることが出来ないようだった。
その後、何とかその日起こったことをアマネに伝えて減刑を願うユウノであったが、それでも遅刻して登校することは可能だったとアマネに言われてしまい、解放されたのは約一時間後。
そこまで長い時間ではなかったが、一対一で説教されるために教員と個室にいるのはあまりにも精神ダメージが大きかったとユウノは語るのであった。




