来客
――――『トウキョー』【高天ヶ原】本拠地
ユウノたちが集まり、今は様子見、情報収集をしようとなってから数日。
ただただ、不気味な程に平和だった。
件の偽物たちが何かしでかすこともなければ、【幻影】の目撃情報はおろか、誰かが【PK】にあったという話すら聞かない。
情報収集に走っているイカルガ、イルムの両名ともが言うのだから間違いはないだろう。
【高天ヶ原】所属プレイヤーにはギルドホームにある掲示板にて注意喚起を、『トウキョー』でプレイするプレイヤーたちには張り紙による注意喚起と先手を打っての予防を行っていた。
予防とは言いつつも【幻影】相手に意味はなさないだろうが、やらない訳にもいかない。
「……まぁ、モーションはかけといて損は無いだろ……」
気分転換に座敷から景色の見える窓縁に肘をつきつつのんびりとしていたユウノはぽつりと呟く。
日本刀の手入れも終え、珍しく【十二天将】の誰もログインしていないという時間帯。
そもそも前日の深夜からログインしたまま何時間が過ぎたかも確かではない。
日が昇っているのを見れば既に朝は迎えているだろう。
「学校……は遅刻だな……」
ぼーっとし過ぎるのもいけないとユウノがウィンドウを開けば時間はとっくに午前10時を過ぎていた。
今までであればもはや行かないという選択肢しかとらなかったが、今では学校にアマネが居るため遅刻してでも行った方がいくらかはマシだろう。
「午後からでいっか〜……」
立ち上がり背伸びをすると同時に抗いがたいあくび。
先程まで感じていなかった睡魔を感じつつも睡眠学習でもすればいいかと高を括る。
「――――ギルマス!お客さんがいらっしゃってますよ!」
「……客???」
どうやら自分のことを探し回っていたらしい【高天ヶ原】の所属プレイヤーからの言葉に疑問符を浮かべた。
ただぼーっとしていたユウノに来客の予定などあるはずもなく誰が来たんだと眉を顰める。
「……いつもの方です……」
「えっ……まさか……」
「……そのまさかです……」
額に手を当て天井を見上げる。
最近姿を見せないからと油断していたがまさかこのタイミングで来るとは思っていなかったユウノは深い溜息を吐いた。
「……ちょっとしたら行くからギルドマスタールームに案内しといてくれ……悪いな……」
「い、いえ……ギルマスもお疲れ様です」
「……ありがと……」
憐れみの視線を受け苦笑いしか出てこないユウノ。
所属プレイヤーはその場を後にしていつもの方と呼ばれた客にユウノの言葉を告げに行ったようだ。
「――――悪い『アマネ』……学校サボらしてくれ……」
その場にはいないアマネにそう願いを告げた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
とてつもなく重たい足取りで、自らの客を待たせるギルドマスタールームに向かうユウノ。
回れ右をしたい気持ちはやまやまではあるが、互いに個人的にではあるが協力関係にあるためにそれもできない。
最悪してもいいのだが、さらなる面倒ごとになるのは目に見えているためにやりたくない。
「はぁ〜……」
再度深い溜息。
もはや何度目か数えることすら億劫になるほどに繰り返していた。
――――そしてたどり着くギルドマスタールームの前。
(やっぱり帰って……いや、此処が俺の部屋か……)
入口である襖に手をついて頭を抱える。
このままここに居続けるのは問題の先送りでしかないと腹を決めたユウノは一息吐いて襖に手をかける。
システム上のものでしかないがいつもよりも開けるのに力がいるように感じつつ、一思いに襖を開け放った。
「――――妾を待たせすぎじゃぞ?なぁ婿殿よ」
ギルドマスタールームの中に待っていたのはユウノのことを特殊な呼び方をする女性。
中世ヨーロッパの貴族女性が身に纏うドレス姿で明らかに日本人とは違う系統の顔をしており、中でも印象的なのは真紅に染まった髪の毛と同じく真紅の瞳を持った切れ長の目。
三つ編みシニヨンでまとめられた真紅の髪はその大きさからかなりの長髪なのが見て取れる。
明らかに戦う装いでない女性だが、その強さは折り紙付き。
――――ユウノですら侮ることなどできない。
「……突然来ておいてそれはないだろ……。
今こっちは朝なんだよ……俺も学校に行く時間だ」
「面白いことを言うのぅ妾の婿殿は……。
この時刻から向かったとて遅刻してしまうじゃろうに」
そう言ってユウノに流し目を使う来客女性。
重い足取りでギルドマスタールームの中に入ったユウノは明らかに疲れている表情を浮かべていた。
「遅刻してでも行こうかと思ってたけどお前が来たからそれもパーだ……」
あきからにテンションの低いユウノの姿に来客女性は心外だと言わんばかりの自信満々の顔で口を開く。
「なんじゃ、妾が自ら足を運んだというのにちっとも嬉しそうじゃないのぅ?」
「いやーそんなことないよーうれしいよー」
「なんじゃ、最初から素直にそう言えばいいのじゃ」
完全なる棒読みの言葉であったにもかかわらず来客女性は得意げな顔でユウノを見つめていた。
――――もはや止まらないため息。
隠す素振りもなくただただユウノは頭を抱えて肩を上げた。
所謂お手上げだというポーズである。
そんな様子など知ったことではないといった様子でウインドウを操作する来客女性。
あまりにも慣れすぎている手さばきによって打ち込みが終わったのかそれをユウノの方へと転送させた。
「早う同意して欲しいんじゃが?」
「いやなにパーティーに誘うノリでこんなの送ってきてんだよ」
一応送られて来た内容に目を通しただけマシか、それでも即座に却下するユウノ。
送られてきたのは――――婚姻関係に関する同意を求める物。
『World Of Load』内では簡単に言えば結婚することが可能だ。
結婚状態にあるプレイヤーたちにしか使えない機能やイベント等もあることから中にはとりあえず結婚しておくというプレイヤーも少なくはない。
「なんじゃ?不服か?望みを言うてみろ?」
仕方がない奴を見るかのような仕草で腕を組んで言う来客女性。
あくまで申し出ている側の態度とは思えないほどに大きな態度だ。
「もう送ってくんなこんなの」
「突然来るなと言わん辺り妾は好ましく思うぞ」
「話を変えるな話を……」
頭をガシガシと乱雑に掻くとユウノはいつも通りの定位置である座布団の上に腰を下ろし胡座をかく。
――――ぎらりと瞳が光る。
「――――それで?何の用だよ。
まさか俺とじゃれあいに来たって訳じゃないだろ?」
それはギルドマスターとしての佇まい。
まだまだ若いがしかし、それでもユウノは紛れもなく【高天ヶ原】のギルドマスター。
胡座に肘をつき頬杖とするその姿はどうにも爺臭い演技のようにも見えるが、不思議と様になっていた。
「まぁ、それが目的でも良かったんじゃが……」
しかし、来客女性は何のその。
言葉に困るわけでもなくただ今まで通りに会話を進める。
「冗談……そこまで暇じゃないだろ?」
「何、妾は人を使うのが上手いからの。
言うほど忙しくしておらんよ。
……ところで妾の婿殿よ?」
「……何だよ無駄に真剣な顔しやがって……」
「……イス。イスはないかの?
妾は客なのじゃが……立ちっぱなしはどうかと思うんじゃが……?」
切れ長の目を更に細めて訴える。
確かにユウノがギルドマスタールームに来てから座るような素振りを見せていない。
「……好きに座れよ。
遠慮するようなタチじゃあるまいし」
「妾が正座やらが得意でないことを知っておって言っておるのか?」
ユウノをジトっとした視線が襲う。
「おう」
「……妾の婿殿は嫁を虐めて喜ぶ趣味を持っておるようじゃな」
「おま……っ!?
此処だから良いものの人聞きの悪い事言うんじゃねぇよ!?
というか誰が誰の嫁だっつの……いい加減やめろよそれ」
止まらない溜息を吐き悪態をつきながらも最終的に来客女性の求めた椅子を準備するところにユウノの優しさが見える。
「座椅子で我慢しろよ……ったく……」
「うむうむ。
準備してもらったものに文句は言わぬよ」
受け取った座椅子に腰を下ろして一息を着く来客女性。
ユウノはどうも調子を乱されているようで居心地が悪そうである。
「……いい加減用件を話せよ――――【無剣の女帝】」
「そう仰々しく呼ぶでない……。
妾の事は名前で呼べと言っておるじゃろうが」
手をひらひらとさせて仕方がない者を見るように言った。
「とはいえ、そろそろ真面目に話すかの。
これ以上は婿殿に嫌われてしまうわ……」
「初めから真面目にしてくれ……」
あまりの頭を抱える回数の多さに頭痛でもしてきたのかこめかみを指でぐりぐりと指圧するユウノ。
その姿に来客は笑みを浮かべていた。
「確か最近此処らに婿殿の旧知が戻ってきたらしいの?」
「あぁ……それなら……」
「皆まで言うな分かっておるニセモノなのくらい。
本題はそちらではない――――【幻影】じゃ。
最近大人しくしておったからの……飽きたのかと思っておったが……どうも面白……面倒なことをしておるようじゃ」
「今明らかに言い換えただろ……」
「そう細かいところを気にするな妾以外に嫌われてしまうぞ?」
来客女性の話にいくつかツッコミたい点はあるようだが、ぐっと我慢するユウノ。
視線で話を続けろと伝える。
「妾の婿殿はせっかちじゃのう……もっと会話を楽しまんか……。
それはそれとして……まぁもしかしたら既に婿殿の傍付きが掴んでおるやもしれんが。
――――【幻影】ギルドを作っておるようじゃぞ」
「…………はぁっ?!」
来客女性の言葉にしばしの間を開けて驚愕の声を漏らすユウノ。
「嘘だろ!?
それどれくらい信憑性が……」
「妾のギルドの諜報部を疑うのなら信憑性はないのう」
「……流石に疑えるほど侮っちゃいないからな……」
身を乗り出さんばかりに食い付いたユウノであったが、冷静になったのか腰を据える。
その様子に来客女性はにやにやと笑みを浮かべそれを隠す素振りもない。
「今までずっと1人だったのにどんな風の吹き回しだ……?」
「さぁの……と他の者なら言っておるところじゃが……」
「嘘つけ。
そもそもこんな情報持ってても言わないだろ」
「ふっ……違いないのう。
まぁ他でもない妾の婿殿じゃからのう」
「はいはい……もう婿殿でもなんでもいいわ……。
それで?理由に検討でもついてるのか?」
諦めたのか、それとも情報を貰えるのなら安いものと考えたのか言われるだけならタダかと来客女性の呼び方を許容するユウノ。
「何、妾の婿殿も冷静に考えてみれば分かるじゃろ。
今まで1人だった者がギルドを作る理由なぞ想像に難しくないわ」
「……ギルド……。
おいおいまさか……」
ユウノもその理由が思いついたのか頬をひくひくさせて来客女性を見る。
「そのまさかじゃろう。
――――出るつもりじゃ【ギルド対抗バトルロイヤル】」
その言葉が自らの考えと同じであったことを示すようにゆっくりと何度か頷く。
開催時期はまだ先ではあるものの、新たにギルドを作るということであれば早いということは無い。
むしろ無名のプレイヤーが作るなら遅すぎるのだが、【幻影】というネームバリューがあれば十分間に合う程度だろう。
「……【Aurora】辺りに売りつければ幾らか稼げるんじゃないか?」
「生憎金はだいぶ稼げておるからの」
自慢する訳ではなくただ事実を述べているのだと声音から分かる。
「流石はモデル活動もしてらっしゃるギルド様は稼いでらっしゃいますか」
「まぁの。
情報を買うにも色々揃えるにも金がいるんじゃ」
「そりゃ違いない」
そう言って肩をすくめるユウノ。
しみじみとした空気がギルドマスタールームに漂う。
「『金で買えないものは無い』とはよく言ったものじゃ」
「そんなことない、とは言えないしなぁ」
「何、『金で買えないものは無い』かもしれんが『金で買ってはいけないものはある』じゃろ。
それさえ弁えておけば良いのじゃ」
事もなさげにそう言った来客女性。
「ふーん……良いことも言えるんだな」
「妾をなんだと思っておるのじゃ。
――――尊敬したか?結婚したくなったか?」
無駄に得意気な表情を浮かべて、後半のセリフで台無しになった感が否めない。
ユウノもそう思ったようでなんとも言えない表情をしていた。
「そういうとこだぞ……。
まぁ、有益な情報助かる。
また今度お礼するありがとな」
「構わん……とは言わん方が良さそうじゃな。
まぁ、お礼とやらを期待しておこうかの」
互いに視線を合わせ同じく笑い出す二人。
ころころと変わる空気にもし同室にいるものがいれば乗り切れないかもしれないが、ここに居るのはユウノと来客女性の二人のみ。
文句を言う者も奇怪なものを見る視線を送る者もこの場にはいない。
「おっと……妾はそろそろ帰らねば……。
どうやら妾の脱走がバレたらしい」
「……突然来たと思ったらやっぱりか……」
「ほんの数分でよく気がつくものじゃ……」
呆れ顔を浮かべる来客女性だが、ユウノからしてみれば呆れ顔を浮かべるべきは来客女性のギルドに所属するプレイヤーだろうと自然と表情は苦笑いになる。
脱走がバレ、帰ろうとする者の動きではないほどゆったりのんびりとした来客女性の動きに少しは自分の行動を見直すかと思っていたユウノに、去り際立ち止まる来客女性。
「そうじゃそうじゃ。妾の婿殿?」
「ん?何か言い忘れか?」
「今回、【高天ヶ原】の情報はたんまりと買わせてもらったからの?」
「……あぁ……どうせ【Aurora】だろ?」
コヒナに出会ったあの戦いを思い出すユウノ。
そして、見送るため視線の先にある来客女性の後ろ姿。
来た時とも、話をしている時とも違う、その身に纏う雰囲気に笑みがこぼれる。
「――――次は『ギルドランク1位』明け渡してもらうから覚悟しておるんじゃぞ?」
「――――やってみろよ万年5位」
一瞬振り返った来客女性の顔は切れ長の目が見開かれ冷たい威圧感を放っていた。




