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6-12
――――【高天ヶ原】ギルドマスタールーム
アマネから指定された一時間という時間を珍しくきっちりと守ったユウノが再び『World Of Load』にログインすると、真っ先に飛び込んできた光景に頬が引き攣る。
「――――なんで居るんだよ……」
ギルドマスタールームの入室の条件を変えていたがために中に入っているのはイカルガとアマネの2人のみであったが、入口である襖を開けて中をのぞき込む顔が11個。
――――残りの【十二天将】の面々とクリスだ。
ユウノは頭をガシガシと乱雑に掻きむしると非難するような視線をイカルガ、アマネに向ける。
「……お前たちが呼んだのか?」
「マスター私は何も」
「呼んでないわよ……大方みんな私がギルドマスタールームに向かったから何かあるかもって思って来たんじゃないの?」
しれっとした顔持ちでお茶を啜るアマネ。
イカルガに関しては初めからそんなことだろうと思っていたようでユウノが何か言うことは無かった。
「じゃぁなんであそこの襖開いてるんだよ……全員弾いてるんだから開けれるのは中にいる2人だけだぞ……」
「……はぁ……」
湯呑みを置いたアマネは盛大なため息を吐き出す。
怒っているような呆れているようなどちらとも取れる表情でユウノを見つめて口を開く。
「自覚しなさい――――心配されてるのを」
「……は、はぁ?心配?何を?」
「貴方に決まってるでしょ!?」
「おぉ……突然大きな声出すなよ……」
アマネのあまりの剣幕にユウノはたじろぎ、唯一その言葉を返す。
先程まで――――ログアウトする前のユウノであれば余計なお世話だと一蹴していたところだが、一度リフレッシュすることによっていくらかは冷静になったようでバツの悪そうな表情を浮かべていた。
そしてギルドマスタールーム外からこちらを除くメンバーの方を見ればその全員が早く入れろと言わんばかりのジェスチャーを繰り返している。
「仕方がないな……」
ウィンドウを開いてギルドマスタールームの入室条件を元に戻し、全員を受け入れるユウノ。
待ってましたと言わんばかりに全員がなだれ込んだ。
「水臭いぞ『ユウノ』。
どうでもいいことには俺らを使うくせにこういう大事な時は一人で抱え込みやがって……。
――――こういう時こそ頼ってくれよ」
誰よりも先に口を開いたのはイルムだった。
それに対してその場の全員が同じことを思っていたのか大きく頷く。
「……今回のは私情だぞ?
『イカルガ』に協力してもらうのだって本来ならおかしいのに『イルム』たちまで頼れるかよ……」
「困った時はお互い様、だろ?」
ユウノの言葉に間髪入れず、まるで元からこの会話の流れが分かっていて言うことを決めていたかのようにさらっと言うイルム。
そのままユウノの肩を軽く小突くと笑う。
「もちろん俺が困った時は容赦なく助けさせるからな?」
「……うわぁ〜……ないわぁ〜……。
――――ありがとな」
イルムを倣ってかユウノも軽く肩を小突き笑った。
「男の子の友情でありんすねぇ。
わっちたちのことは忘れてござりんせんか?」
「ほらほら〜お姉さんに言ってみな〜?
何に困ってるんだ〜い?」
「お兄ちゃんと」
「お姉ちゃんにも」
「「聞かせてよ〜」」
右腕にユウギリ、左腕にはクリス、両足にそれぞれアリィイリィが絡みつく。
「『ユウノ』、困り事悩み事は一人で抱え込むものでは無い。
まぁ、俺も散々言われているから人に言えることではないがな」
背後から肩を揉みながらダインはしみじみと言った口調で言った。
「聞いたところによると相手はあの【幻影】らしいじゃないか。
ギルマスと『イカルガ』だけでどうにかなるとは思えないぞ」
「私たちの頭脳は不要ですか?」
ハース、ソフィアの二人が腕組みをしてそう口にする。
「せ、戦闘力は要りませんか!?」
「せ、殲滅力は要りませんか!?」
「の、悩殺するにゃっ!?」
「……いやそこ三人は落ち着け……」
余程自信のあることが無かったのかアラタ、ララノア、マリィの3人は焦った様子で身を乗り出していた。
「わかった?
みんな貴方のことを心配してるの。
貴方に頼られるのを嫌がる人なんて居ないのよ」
「……みんなありがとな……」
心底嬉しそうな表情で自らの周りに集まったメンバーたちに感謝の言葉を呟くユウノであった。
「――――正直私は少し面倒だなって思ったわ」
「良い話で終わらせろよ『アマネ』ッ!?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ギルドマスタールームとはいえど流石にユウノたち全員が落ち着いて話せるかといえばそこまで広い訳では無いため、いつも通り円卓を囲むこととしたようで足早に移動を済ませた。
各々自らの席へと腰掛けただ一人、ユウノのみが円卓の中央で正座をしている。
空いているはずのユウノの席にはクリスが納まり十三人からの視線を正座状態で一身に受けるユウノ。
「――――ちょっと待て何だこの状況?!」
先程までのギルドマスタールームでの状況とは一転、尋問でも始まりそうな雰囲気にユウノは声を上げる。
正座から姿勢は崩さない辺りだいぶ混乱しているのだろう。
「我ギルドマスターぞ!?」
本来であれば自分の座ってる席にいるクリスへと視線を向けるユウノ。
「いや〜お姉さんが座るところないなぁって思ってたら『アマちー』がギルマスの席に座っていいよ〜って」
「『アマネ』っ!?」
「え?貴方も座ってるからいいじゃないじゃない」
真顔のアマネにこれは本気で思っているなと冷や汗を垂らすユウノ。
「椅子に座ってたら別に何も言わねぇよ!?
なんで俺だけ円卓上に一人正座指定されるんだよ!?」
「みんなに心配かけたからその罰ということで」
「……ぐうの音も出ない……ッ!」
「ははは!ぐうの音出てるじゃねえか!」
「黙れ『イルム』っ!
揚げ足を取るんじゃねぇよ!」
明らかにユウノをからかっているイルムの言葉にツッコミを入れるユウノ。
何とも楽しそうに笑っているために互いに冗談なのは分かっている。
「え〜ギルマスって正座してるし〜」
「ボクたちの手が届かないところに居るから〜」
「「足なんて取れないよ〜」」
「お手本みたいなボケをありがとなッッ!!!!」
「「ギルマス面白〜い!」」
キャッキャと実に楽しそうなアリィ、イリィの2人。
今のユウノの状況は2人にとって絶好のおもちゃなのだろう。
いつにも増して生き生きとした様子が見て取れる。
「はぁ……何時までふざけてるつもりだ?
――――『ユウノ』こちらに来い。
ちゃんと椅子は用意してあるから……」
話の進まない現状に困り顔のダインが疲れた様子でユウノを手招きする。
「だ、『ダイン』……流石……我らがお父さん……!」
差し伸べられた救いの手にユウノは満面の笑みで言った。
珍しくお父さんと呼ばれたことに何も触れることなく流したダインに首を傾げるユウノであったが、これ以上無駄な時間を使いたくないからだろうと納得し正座を崩して円卓を降りる。
手招きされたダインに近づいて行くとそこには言った通り椅子が置いてあった。
「……えっと……?」
「ほら、座って話を進めるぞ」
「あ〜……はい、なるほど?」
――――パイプ椅子だった。
紛れもないむしろどこからどう見てもパイプ椅子。
いやに作り込まれており、形だけ似せたテクスチャを貼り付けたものではなく、明らかにそういう系統の【職業】を持ったプレイヤーに作らせたのであろう出来栄え。
最早作らせる意味がユウノには分からなかった。
「……結構怒ってらっしゃる?」
ダインの顔を覗きながら引き攣る頬を必死で治めて問いかける。
作らせる意味は分からなかったがこの場で出している以上自分に対して使うためのものだろうというのだけは理解していた。
そしてそれは当たっているようでダインも笑みを浮かべる。
「――――冗談だ」
「分かりにくいからやめてくれっ!!!」
ユウノはその場で地団駄を踏むとそれを見てその場の全員が笑い声をあげる。
イカルガですらクスクスと笑っている始末。
「いい加減話をさせてくれ〜っ!!!!」
しばらく笑い声が円卓を包むのであった。
「――――それで、『イカルガ』……情報を頼む……」
すっかり疲れた様子のユウノが椅子に腰掛けながら言う。
椅子に関しては元々クリス用のものが準備されていたようで今ではいつも通りの場所へと腰掛けていた。
「かしこまりましたマスター。
では、マスターからの許可が出たので全員に今回の情報を開示させてもらう」
素早くウィンドウを操作して全員に情報を一斉送信するイカルガ。
以前のように口頭で説明することもあれば、今回のように概要からの場合はウィンドウを表示させて伝えることもある。
「まったく……少しは事前に情報を流してくれと言っていたのに……。
私のところに唯一来たのは【幻影】が絡んでいるということだけだったんだが?」
「マスターに話すなと言われていた」
「……まぁ、『イカルガ』からギルマスが言うなと言われた情報が少しでも入っただけ奇跡的と言えるか……」
「今回は例外中の例外。今後はない」
ウィンドウに目を通している最中にハースとイカルガが言い合っているようだったがいつもの事なので無視をするメンバーたち。
「最近噂されている者たちは偽物。
これはマスターに確認して頂き確定事項。
その程度であれば静観するところですが……今回は『ハース』が言っていた通り【幻影】が関与してる可能性がある」
先程から上がってくる【幻影】の名前。
空気が少し張るのを感じる。
「【幻影】か……確証は?」
「……私が尾行を撒かれた。
わざわざ言わせないで欲しい」
「あいあい……悪かった」
イルムの問いに不機嫌な様子で言葉を返すイカルガ。
情報収集などの隠密行動を主とするイカルガにとって尾行で撒かれてしまうというのは耐え難い恥のようで確認するためとはいえイルムはすぐに謝罪する。
「……それで『イカルガ』。
あの3人か【幻影】の目的は分かったか?」
ようやく復活したのかユウノは真剣な声音で問うとイカルガは申し訳なさそうに首を横に振った。
「マスター申し訳ございません……。
目的までは掴めず……と言うより元より大した目的がないのではないかと思えるほどでした」
「大した目的がない……?」
困惑の表情を浮かべイカルガの発言を自分なりに噛み砕こうとするも意図がわからないユウノ。
「大方見た目、ネームバリューを使った『World Of Load』内での金稼ぎ程度かと。
何か大それたことをしようとしている訳では無いと判断致しました」
「……【幻影】が絡んでいるのにか?」
「……はい」
難しい顔をするユウノとイカルガ。
無言で話を聞いていたハースも未だ情報が足りないのか黙ったままである。
「あんまり悩んでも仕方がないにゃ〜。
そもそも常人には狂人のことはわからないにゃ」
マリィは事もなげに言うと円卓に突っ伏した。
そして頬杖をついて欠伸をする。
「ひとまずは【幻影】の犠牲者が出ないようにだけ気をつけておくのが得策にゃ。
変に気を回しても仕方がないのにゃ。
偽物にしてもどうせすぐにバレるのにゃ〜。
――――ファン舐めるにゃ」
最後の一言に熱が籠っており、表情も狩る者のそれを一瞬浮かべていたため妙に説得力のあるマリィの言葉。
「そうでありんすな……。
ひとまずは全員に【PK】には気をつけるように伝えんしょう」
【PK】――――プレイヤーキラー。
つまりはプレイヤーがプレイヤーを殺す行為を指す用語。
多くのゲームをプレイする上で一度は聞く言葉だが、そもそも禁止されていたり、むしろ【PK】は仕様であるとされているゲームも存在する。
『World Of Load』ではこの【PK】はどのような扱いになっているのか。
結論から言うと――――禁止されていない。
禁止されていないからと言って推奨されている訳ではなく、プレイヤーの良識に任せられている。
そして、ペナルティーも存在し故意、過失問わずプレイヤーの攻撃によって【PK】が成立してしまった場合、行ったプレイヤーは一定期間『取得経験値0かつ【PK】したプレイヤーの取得職業いずれか5レベルのランダムダウン』と『クエストの受注不可』を受けることになる。
一応過失で【PK】をしてしまったプレイヤーの救済処置のためにペナルティー期間を短縮、または無くすアイテムも存在しており、【PK】したプレイヤーとされたプレイヤーが各地にある専用エリアに行けば無料で取得することができるようになっている。
あまりペナルティーも重くないことから中には【PK】を所謂エンドコンテンツだと呼ぶプレイヤーも少なくはない。
「えぇ……【幻影】の【PK】に気をつけるんですか……?
かなり疲れそうですね……っ!」
言葉とは裏腹にワクワクした様子のララノア。
「むしろ『ララノア』のほうが」
「【幻影】のことを」
「「【PK】しそうだよね〜」」
「そ、そんなことしませんよ!?」
「……『ララノア』さんならありえる……?」
「『アラタ』ちゃんまで酷いっ?!」
神妙な面持ちで言うアラタにショックだと言わんばかりに表情を崩すララノア。
ユウノはそんな姿を見ながら困り顔にも似た笑みを浮かべた。
「出来ませんよって言わない辺り『ララノア』だよな」
「『ララノア』らしいですわ」
「そ、そりゃ戦うとしたら敗ける気は無いですけどそんな嬉々としては……」
後半になるにつれてもによもにょと口調が弱くなるララノアの姿に全員が笑みを見せる。
――――【幻影】とは。
『World Of Load』の中でも世界的に有名な【PKプレイヤー】だ。
その行動理念は至極単純。
――――強いプレイヤーを狩りたい。
その言葉に全てが詰まっている。
様々な【転移門】があるとはいえ何処にでも姿を見せ、狙ったプレイヤーを狩っていく。
悪役的な存在ではあるものの、その強さゆえに【幻影】のファンも少なくない。
一旦は様子見をし、情報を集めていくということに落ち着いた今回。
メンバーたちが談笑する中、ユウノは拳を握りこんでいた。
そして、誰に言うわけでもなくぽつりと呟く。
「――――次は……」
ちなみに、強いプレイヤーを狩りたいという【幻影】がユウノたちの前に現れないわけはなく。
【十二天将】たちは全員【幻影】と戦っており、勝ちも負けもしていないため忘れた頃に襲撃されている。
しかし、ユウノの前には【幻影】が現れることは無い。
――――【若武者】、【狙撃手】、【魔猫】、【剛斧】の4人が【幻影】に狩られて以降。




