帰還
梅雨は嫌いです!!!!
頭が痛くなりますし濡れますし蒸れますし……
早く明けてくださーい!!!
「――――これは思ってた以上だな……」
そう呟くユウノは抜き身の日本刀を斬り払い静かに鞘へと納める。
周りにはユウノに倒されたモンスターの死骸が複数ポリゴン体へと還って行く。
しかしその様をユウノが見ることは無い。
視線は既にアルルの方へと向けられているのだから。
『シュラララッッ?!!』
【バジリスク】の悲痛な叫びが場を満たす。
全身を覆う鱗は慣れたプレイヤーでも苦戦するほどの攻撃力、防御力を持っており尻尾による一撃は全身鎧すらも切り裂く。
――――だが、それは当たればの話。
日頃や【渇きの森】を歩いている時のような鈍臭さはない。
むしろ【犬人族】としての高い運動能力を駆使して【バジリスク】のしなり収縮する変則的な攻撃を回避していた。
【物理攻撃力】が0のため近接攻撃をすることがないアルルは【舞う魔弾】に攻撃を任せ回避に専念している。
どうやら【舞う魔弾】から放たれる【魔法】は射程がそこまで長くないらしい。
そのためアルルは接近しているのだろうとユウノは理解する。
「ふっ……!」
小柄な体躯を十全に駆使してコンパクトに回避。
ユウノのような紙一重での回避ではないがそもそもそんなこと出来るプレイヤーはそうそう多くはない。
むしろ最近まで【魔術師】への転職アイテムの入手方法を知らなかったほぼ初心者プレイヤーだったアルルがこれ程動くことが出来れば天賦の才があったと言われる部類だろう。
『シュルルルルル……ッッ!!!』
自らの攻撃を躱され、逆に相手の攻撃は大ダメージという程ではないにせよ複数ヒットしているという状況に焦り、そして苛立ちを覚えたのか【バジリスク】の行動が激しさを増す。
這うという移動方法から立体的な移動方法へと移行。
巨体を縮ませたかと思えばまるでバネを縮ませてそれを解放したかのような勢いで縦横無尽に跳ねまわる。
「わわっ……!?」
流石のアルルもその動きにはついていけないのか大きめに間合いを取ろうとするが【バジリスク】の移動速度はアルルのそれを上回っていたため直ぐに詰められてしまう。
「凍てつき貫け!【氷結の郡槍】!!」
放たれたのは鋭く冷気を纏う複数本の氷の槍。
更に【舞う魔弾】からは先程から放たれていた焔が一瞬遅れて放たれる。
先に放たれた【嵐の郡槍】よりも射出速度、弾速、数をも上回っていたのだが、その全てがことごとく外れてしまう。
這って動く【バジリスク】ですら当てるのが難しかったのにも関わらず、現在は跳ねまわる立体的な移動のため捉え難いのだろう。
「くぅ……っ!!」
【バジリスク】の突進をギリギリ地面を転がることによって回避するアルル。
すぐさま立ち上がり体勢を整えるも着地した瞬間その巨体をうねらせ方向転換し即突進する【バジリスク】の攻撃は回避することは出来ずにもろに腹部へと突進が入ってしまった。
「かは……っ!!?」
小柄なアルルの身体は風に弄ばれる木の葉のように宙を舞う。
――――悪いことは重なる。
アルルの身を【バジリスク】の【石化】から守っていた【魔法】の効果時間が切れた。
苦虫を噛み潰したような表情でアルルは足から着地すると【バジリスク】から視線を外す。
3秒という時間目が合ってしまえば【石化】してしまうためチラチラとは見ているのだが、ただでさえ捉えにくい移動をする【バジリスク】をその程度で視界に捉える事は難しい。
もう一度自らに【石化】を無効化する【魔法】を使いたいものの、アルルは視界の隅にある自らの【HP】を見て眉をひそめた。
(たった1回突進を喰らっただけなのに……こんなに……!)
技らしい技ではない、ただの巨体をそれなりの速度でぶつけるという突進でアルルの【HP】は半分近くまで削られていたのだ。
【MP】の最大値を増やすことに特化させていたアルルは紙装甲と言ってもいいほどに防御が脆い。
「やるしかないですね……」
アルルはメカメカしい長杖をぎゅっと握りしめる。
「『ララノア』さん直伝……『攻撃は最大の防御戦法』です……っ!」
【バジリスク】を目で追い攻撃をするのは今のままでは難しいと判断したアルルは別の手段に出る。
3つの漆黒の弾丸のような物がアルルの側へと集まり【MP】が注がれた。
「――――【再装填】……」
【舞う魔弾】は予め一定量の【MP】を与えることによって設定しておいた【魔法】を自動発動し攻撃する【魔法】のためアルルは【MP】が切れてしまわないように補填する。
そして、今までの【バジリスク】との戦闘で3つでは足りないと実感したアルルは残りの【MP】全てを注ぎ込んで数を増やす。
「【弾倉拡張】――――全部持っていってください……っ!」
アルルはメイン職業、サブ職業ともにレベルをマックスまで上げきっていないものの、【魔導師】という職業の特色上【MP】の最大値は既に並のプレイヤーを凌駕し、【魔王】という【専用職業】を獲得しているハースに迫っている。
――――そんなアルルの残り全ての【MP】を込める。
【舞う魔弾】は決して消費【MP】が少ない訳では無いが、それも設定しておく【魔法】によって上下する。
「――――付従え……!【舞う魔弾】ッッ!!!」
アルルの残り五割近い【MP】全てを注ぎ込んで現れたのは追加3つの漆黒の弾丸のような物。
合計6つとなった漆黒の弾丸のような物はアルルの周囲を浮遊する。
たかが二倍になっただけ――――されど二倍。
今までの3つとは【質】が圧倒的に違う。
【バジリスク】をチラチラと3秒以上見ないように視界に入れつつアルルは駆け出す。
ユウノのように視線だけ外して見ることはアルルには出来ないため顔を逸らすという方法だが一切見ないよりマシだ。
『シュラララララララッッ!!!』
一応音という情報もあるためアルルは必死で攻撃を回避していく。
「わわわっ……!」
体勢を崩したくないアルルは大袈裟に避けたつもりだったようだが、やはりしっかりと視界に収めることが出来ないために距離感覚がズレてしまったようで奇跡的に紙一重の回避を見せる。
――――そして、ついに反撃が始まる。
6つの漆黒の弾丸のような物がギラりとひかり【魔法】が放たれようとした。
今までの攻防でそこまでのダメージを受けることは無いと判断したのか回避する様子は見せずに跳ねまわりながら突進を行う【バジリスク】。
その【バジリスク】の様子にアルルは笑った。
今までの【舞う魔弾】から放たれていた【魔法】は威力で言えば【中級魔法】程度。
しかし、今回放たれるのは――――【最上級魔法】にも負けず劣らずのアルルの【個別魔法】。
――――【氷結喚ぶ流星】
漆黒の弾丸のような物から放たれる【魔法】を知覚した【バジリスク】は自らの行動の失敗に気がつく。
眼前に広がる巨大な氷塊たち。
流石にこの突進中に強制的に進路を全く違う方向へ変更は出来ないため、少しでも被弾を減らそうと全身を収縮、しならせるが遅かった。
ほぼ全ての巨大な氷塊をその身に受けて、弾け飛ばさんばかりの衝撃を感じる。
辛うじて【HP】は残ったため早いうちに眼前の敵を仕留めねばと身体を動かそうとする【バジリスク】。
『シュ……ルルッッ?!!』
しかし、それは叶わなかった。
「私の勝ちです……!」
【氷塊喚ぶ流星】は初撃として当たった場所への衝撃、そして次撃に凍りつかせる。
【バジリスク】は全身を凍りつかせ氷像となり【HP】を枯らしたのだった。
アルルはユウノの方へと身体を向けてピースを向ける。
「おにーさん!勝ちました!」
満面の笑みでそうするアルルの様子にユウノは微笑ましいものを見る視線になる。
戦闘内容に舌を巻きながらまだ成長途中も途中のアルルの今後を楽しみにしつつ駆け寄ってくるアルルを迎えた。
「結構危なかったんじゃないか?」
「そ、そんなことないですよ……?」
「ホントか〜?
……まぁ、成長したってのは分かったぞ」
「当たり前ですっ!」
ユウノの言葉に頬を緩めて喜ぶアルル。
とはいえ、まだ【渇きの森】の中であるのは変わりがないため、ユウノはアルルに【MP】を回復するためのアイテムを差し出す。
先程全部持っていってくださいというアルルの発言を聞いての行動だった。
「まだ見せてくれるんだろ?」
「……はいっ!こんなものじゃないですよおにーさん!」
一瞬間が空いたものの、直ぐに満面の笑みを浮かべて【MP】を回復するアイテムを受け取り使用するアルル。
どうやら【バジリスク】との戦いで終わりになるだろうと予想していたようだ。
「楽しみにしてる」
「もっと強いモンスター出てきてくださーい!」
ユウノの言葉でさらに気合いの入ったアルルは足取り軽くさらに【渇きの森】の奥へと潜っていくのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―――――【ニッポン】中心都市『トウキョー』
知らないものは居ないのではないかという程にその存在が知れ渡っている【NPC】が経営している食事処がある。
高級店という訳ではなく、むしろ初心者でも気軽に訪れることが出来る程度にはお手軽。
チェーン店の居酒屋とでも表すと納得する者も多い。
経営が【NPC】のためプレイヤーが作る料理ほど何か特別な効果があるという訳でもないが、美味しさでいえばそこらには負けないだろう。
今日も今日とてプレイヤーたちで賑わっていた。
「ここはいつ来ても変わらないな〜」
「ずーっと人が居るからなぁ!」
「ほとんどがミーハーだろ?」
「お前もそうな癖によく言うぜ」
「残念でした〜俺は昔からの追っかけです〜」
「……うわぁ〜……ストーカー?」
「人聞きの悪いこと言うんじゃねぇよ!?」
――――此処は【高天ヶ原】創立メンバーが拠点のように使っていた店。
ギルドランク1位を欲しいがままにするギルドの前身、4名のプレイヤーの話は有名だ。
だからこそ、この店は聖地として様々なプレイヤーが訪れるようになっていた。
今となっては4名のプレイヤーのうち1名――――【高天ヶ原】のギルドマスターである『ユウノ』しか活動していないようだが、残りの3名の足取りを探すプレイヤーも少なくない。
「ひょっこりこの店に来たりしないかねぇ〜……」
先程追っかけだと自称していたプレイヤーがしみじみと呟く。
「行くなら【高天ヶ原】のギルドホームだろ流石に」
「だよなぁ……。
また見たいんだよなぁあの4人パーティーの戦闘……」
「確かにファンが多かったよな〜」
「子供のくせに〜って因縁吹っ掛けてたの俺知ってるんだぞ?」
「……あの頃は俺も若かった……」
「ボッコボコにされてたもんな!」
こんなふうに当時のことを思い出し話をするプレイヤーがこの店には多く、中にはこういう話を聞くために来ているプレイヤーもいるほどだ。
「さて……俺もそろそろログアウトしないとな」
「明日仕事なんだっけ?」
「そーそーここなら酒に酔わずに楽しめるから息抜きに来てんだよ」
「めちゃくちゃ分かるわ〜」
そんなことを話しながら店を出るプレイヤー。
夜ももう遅いため帰り支度をするプレイヤーも少なくはなかった。
そして帰るプレイヤーもいれば新しく入店するプレイヤーも居る。
追っかけだと自称していたプレイヤーは自分とすれ違いに入っていくプレイヤーに一瞬視線を持っていかれたが、そんなわけはないと笑い帰路へと着いた。
――――【エルフ】、【猫人】、【ドワーフ】のプレイヤーの組み合わせなんてよくあることだ。
しばらく後に【ニッポン】ではとある噂が広まる。
――――【狙撃手】、【魔猫】、【剛斧】の3名が戻ってきたという。




