渇きの森
――――『トウキョー』【渇きの森】
相も変わらず日の高い昼間にも関わらず薄暗い森の中。
唯一射し込む陽によって辛うじて明るさを保っている。
そのためか開けた場所は通常の明るさにもかかわらず眩しく感じてしまう。
薄暗さにも勿論気を向けなければならないが、此処は森の中。
――――足元にも注意しなければいけない。
「――――あぅ……っ!」
アルルの小さな悲鳴のような声があがる。
ユウノが振り返ってみればそこには木の根に足を引っ掛けたのだろうアルルがこけて倒れていた。
「だ、大丈夫か……?
足下も気を付けないと危ないからな……って今更か……」
歩み寄ったユウノはアルルに手を貸して立ち上がらせる。
薄暗いためにユウノに表情は見えないが雰囲気的には恥ずかしがっているようだ。
「あ、ありがとうございますおにーさん……気をつけます」
服に着いた汚れを払い落とす仕草をし、転けた拍子に落としたのであろうアルルの武器である長杖を握り直す。
「にしてもだいぶ珍しいタイプの杖だよな」
「これですか?」
そう言ってアルルは握り直した自らの長杖を見つめる。
その手に握られた長杖は小柄なアルルの頭一つ分ほど大きく、ハースが持つような木製の杖とは違い全体的にメカメカしい物だった。
そんな珍しい長杖だが、一層目を引くのは先端にある三日月を模したであろう装飾の中心で浮遊する青い宝玉。
「『クリス』さんの自信作だそうです」
「そりゃそうだろうよ……その先端の青い宝玉この間の【レイドボスモンスターラッシュ】の時に手に入れたドロップ品だし」
「ひぇ……っ?!」
なんとなしに言ったユウノの言葉にアルルは身体を硬直させる。
自分たちが求めていた【レイドボスモンスター】ではなかったものの、決して弱くはない【レイドボスモンスター】だったためクリスが要求してきた時に渋ったのを思い出すユウノ。
「なーるほど……『アルル』の武器に使ったのか……。
初めからそういえば直ぐに渡したのに」
アルルのメカメカしい長杖を眺めながら呟く。
「ち、ちなみにその【レイドボスモンスター】って……弱いわけないです……よね……?」
「ん〜?まぁ腐っても【レイドボスモンスター】だからなぁ〜」
「……私この武器『クリス』さんがメンテナンスするって言って前の武器預けたら改造しちゃったって言われて無料で貰ったんですけど…………」
先程まで片手で握っていたメカメカしい長杖をアルルは王様に献上された貴重な品を持つかのように両手で横倒しに持ち震えていた。
「――――ちなみにレアドロップな」
「ぴゃっ……!!??
わ、わたし……これ……むりょうで……っ!!」
「『クリス』が無料でいいって言ったんだろ?
なら強力な武器が無料で手に入ったラッキーだって思ってれば良いんだよ。
『運も実力のうち』ってな」
そう言って笑ったユウノは歩み始める。
【渇きの森】に入ってしばらく経っているがこれと言って特筆するモンスターとは出会っていない。
そろそろアルルの相手として適当なモンスターが出てこないものかと奥へと向かう。
アルルはしばらくメカメカしい長杖を見つめるとふぅ、と息を吐き出し、今まで通り片手で握りユウノの後ろを着いていく。
「今日は全然強いモンスターが出てきませんね」
「そうだな……まぁこういうハズレかなって思ってる時に限って……」
先程立ち止まった場所からほんの少し離れた場所でユウノが再び立ち止まる。
顔は動かさず、視線があちらこちらへと移る。
「お、おにーさんどうし……」
「――――居るぞ『アルル』構えろ」
「えっ――――」
まるでアルルの言葉が開始の合図と言わんばかりにそれは襲いかかった。
ちょうどユウノの頭の位置を残像を残して何かがしなり通る。
樹木がへし折れる様子にユウノの頭が弾け飛ぶのを想像するアルル。
「あっぶな……」
しかし、それはアルルの想像でしかない。
現実には上半身を逸らし躱すユウノの姿があった。
目の前の事実に一瞬思考を停めていたアルルは、遅れて戦闘態勢に入る。
薄暗い【渇きの森】の中でなんとも見にくく足場の悪さなど関係しないモンスター。
アルルは目を凝らしてその正体を知る。
『――――シュルルルルルゥ……』
全身を覆う鋭利ながらも一切の光よ反射が無い鱗、うねうねと這って動く巨体、聞こえるはずのない鳴き声、ほぼ真っ黒のシルエットに不気味に輝く黄金の瞳。
アルルがその姿を見つめているとユウノの手が視界を覆う。
「目を合わせるんじゃないぞ【石化】する」
「す、すみませんっ!」
その場に現れたのは――――【バジリスク】。
ちろりちろりと舌を出しながらユウノたちを獲物として捉えていた。
「【バジリスク】がどんなモンスターかは分かるか?」
「え、えっと……目を合わせると【石化】の状態異常にしてくる大蛇型のモンスターということは……」
「戦ったことは無さそうだな……。
それと正しくは『3秒間目を合わせると【石化】の状態異常にする』だ」
「さ、3秒ですか……。
でもおにーさんさっきからずっと【バジリスク】の方を……」
アルルの視界はユウノの手によって塞がれているが当のユウノは顔を【バジリスク】から動かしていない。
「あぁ……目を合わせなければいいだけだからな――――さっきから視線は外し続けてる」
「……は、はい……?」
聞きなれない言葉に疑問符が浮かぶアルル。
その場所からはどうしてもユウノの顔を確認することは出来ないが、正面から見ていればその意味も分かっただろう。
ユウノの顔は動かされていなかったが、その視線は一点に留まっていなかった。
きょろきょろと動き回り【バジリスク】の目を3秒以上見ないようにしている。
「【異常回復】系か【抵抗向上】系は使えるか?」
「も、勿論です!
どっちも使えますからおにーさんがかかっちゃったら任せてくださいっ!」
やる気に溢れたアルルの言葉にユウノはクスリと笑った。
「とりあえず自分にかけておきな。
俺のことは考えなくていいぞ自前のがある上に……無くても問題無い」
そう言って腰に差した日本刀を抜刀する。
アルルはユウノの言いつけ通り自らに【石化】の状態異常を無効化する【魔法】を発動させた。
そしてそれを待ってましたと言わんばかりにユウノはアルルの背中を押す。
「――――じゃ、よろしく」
「へっ……??」
「おいおい……目的忘れてないか?
今日は『アルル』の日頃の成果を見せてくれるんだろ?
俺がメインで戦ったら意味ないだろ……」
肩に日本刀を担ぎ呆れたような様子のユウノ。
完全にアルルはサポートに回る気満々だったため気まずそうに笑う。
「そ、そーですよね!
よしっ!それじゃぁいき――――ひゃぁっ!?」
「ちゃんと避けろよー」
先程まで動く気配のなかった【バジリスク】の尻尾がしなりながらアルルを襲う。
不意打ちに転びそうになりながらも避けるアルルとバックステップで距離をとるユウノ。
「な、なんで突然」
「そりゃさっきまでは俺が前にいたからなーレベル差で動かなかっただけだろ」
「つまり弱い私が出てきたから……」
「【バジリスク】も『アルル』ならイけると思ったんじゃないか?」
「な、納得でーす!!!」
再び襲ってくる【バジリスク】の尻尾を転がりながら回避するアルル。
「やばかったら助けるから存分にやってくれ〜」
そこそこ離れた位置からそう声をかけるユウノにアルルは苦笑いを浮かべながらも直ぐに立ち上がりメカメカしい長杖を構える。
少々乱れた息を整えて【バジリスク】を見据える。
【石化】させてくる目に関しては既に無効化する【魔法】を発動しているため、効果切れになるでは気にしなくていい。
【魔導師】となり増えた【MP】により細やかな設定ができるようになった【個別魔法】がアルルの強み。
後方に居るユウノを一瞥すると自信ありげの表情でアルルが笑う。
「――――おにーさん見ててくださいね!!」
発動されるアルルの【個別魔法】。
ユウノはそれを見てははっと笑う。
「マジかよ……」
そして以前ララノアと話したことを思い出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「――――常駐型の攻撃手段ってないですかね……」
「常駐型???」
日本刀の手入れをするユウノはララノアの話を片手間に聞き流す。
「こう……自動迎撃してくれるような……」
ララノアの言葉にぴくりと反応するユウノ。
「どうしても反応できない事とか、少しでいいから時間を稼ぎたいことってあるじゃないですか」
「蹴散らせよ脳筋」
「そーなんですけどー……」
そういう事じゃなくてですね〜と頬をふくらませるララノア。
「そこまでして欲しいなら創れば?【個別魔法】」
「……嫌味ですか?『ユウノ』さん」
「別に〜?」
「私が【個別魔法】創るの苦手なの知ってて言ってますよね?」
「【紋章】の組み合わせは出来るのにな」
「組み合わせるのと創り出すのは別なんです〜……」
先程よりも頬をふくらませて不満気なララノア。
「……誰かに作って貰ったらいいだろ」
「どうやったら上手くいくかも分からないですし」
大の字で寝転がるララノアはゴロゴロとギルドマスタールーム内を転がる。
「――――『アルル』なら出来るんじゃないか?」
「『アルル』ちゃん……?」
しばしの沈黙の後ララノアは上半身を跳ね起こす。
「それです!!!」
「お、おう……」
「こうしてはいれないです!
――――『アルル』ちゃーん!」
ドタバタとギルドマスタールームを後にするララノア。
「『アルル』ならまだ学校にいって……ほっとくか……」
静かになったギルドマスタールームで日本刀の手入れに戻るユウノ。
常駐型の攻撃手段というララノアからの話を聞いて思い出しながら。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「――――付従え!【舞う魔弾】っ!」
アルルの持つメカメカしい長杖から3つの漆黒の弾丸のような物が生成され、 そのまま宙を舞いアルルの周囲を浮遊する。
【バジリスク】もそれを警戒しているのか無闇に飛び込んでくることは無い。
まるで間合いでも測っているようでどうやらアルルにもそう見えたらしく笑った。
そしてメカメカしい長杖を握り直すとアルルは駆け出す【バジリスク】に向かって。
「……そこは似なくていいんだけどなぁ……」
ユウノはアルルの行動に頭を抱える。
その行動があまりにもララノアに似ていたためだ。
ララノアに預けたのは間違いだったかと若干の後悔を滲ませながらも起きてしまったことは仕方がないとアルルの戦闘に集中することにする。
「穿て!【嵐の群槍】!」
先に発動した【舞う魔弾】はアルルの周囲に待機したまま新たに【個別魔法】を発動させるアルル。
虚空から逆巻く風が槍の形を型取り射出される。
狙うは勿論【バジリスク】。
アルルの行動に虚をつかれたのか少々動きが鈍いが身体を器用に這わせてその全てを避けきってしまった。
そしてそのまま速度を落とさずにアルルの背後を取り尻尾を叩きつける。
――――しかし、その尻尾はアルルに当たることはなくむしろ【バジリスク】がダメージを負う結果となる。
『シュララララッ!!??』
アルルは【バジリスク】の方は全く見ていない。
新たに【個別魔法】を発動した様子もない。
それなのに【バジリスク】の尻尾が焼けていた。
――――アルルの周囲に待機していた漆黒の弾丸から焔が襲い来る【バジリスク】の尻尾に向かって放たれたのだ。
「マジで創ったのか……末恐ろしいな……」
ユウノ自身【個別魔法】を創ることはないためそれがどのような仕組みなのかは分からないがかなり精密に創られたのだろうことは予想できる。
アルルは【バジリスク】から距離を取って出方を伺う。
始まったばかりのアルルの戦いだったが既にユウノは釘付けになっているのであった。




