二体目――2
――――【若武者】アラタ。
その【種族】が【神話族】であり、【職業】も【専用職業】であることは周知の事実である。
隠すことなく、惜しげも無く【種族解放 】を使うそのプレイスタイルは情報を隠すことなど必要が無いという自信の表れのようにも思われる。
【神・武甕槌】と【武神】。
それは【Aurora】に情報を買うまでもなく分かるアラタの情報。
――――では、もう1人はどうだろうか。
【高天ヶ原】にはアラタの他にもう1人【神話族】を獲得しているプレイヤーがいる。
しかしその情報は謎が多く、最近になりやっと【Aurora】のギルドマスターであるアルヴァンが【種族】を、簡単ではあるものの戦い方を掴んだ程度だ。
――――【戦姫】ソフィア。
彼女は長い間その【種族】すら掴ませなかった。
一時期はただの【人間】だろうという情報もながれたが、しかし、戦闘時に発揮されている【人間】にしては高すぎるステータスから、その情報はデマだとされ、【神話族】ではないかという、今度は噂がながれた。
長槍とラウンドシールド、そしてロングソードを操り戦うその姿は気品すら感じさせるほどに優雅。
そんな彼女の【種族】は【女神・守護女神】。
ギリシャ神話では知恵や戦略などを司るとされる女神である。
そして、【メイン職業】。
【都市の守護者】とも呼ばれ、都市の自治と平和を守るための戦いをするということからか、どちらかと言えば【守護】することに特化していた。
――――【守護女神】。
それがソフィアの【メイン職業】だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
直線的に突撃してくる 大蛇のような姿をとった【暴食の粘液体】の前に立つ2人。
【種族解放】を発動させたアラタとソフィアはたった2人で【暴食の粘液体】を止めるつもりのようで、その姿を見つめるユウノたちも何の焦りもないような表情を浮かべていた。
「――――では、迎撃はお任せ致します。
私は止めさせていただきますわ」
「分かりました『ソフィア』さん!」
短く交わした会話。
アラタはソフィアよりも数歩下がって今まで二振り抜刀していたうちの片方を腰の鞘に納めた。
【種族解放】で溢れ出し弾けた光と闇は今となれば穏やかにしかし、しっかりとソフィアを包む。
雷と焔が迸り溢れるアラタとは対照的である。
「皆を護るのです――――【不可侵の神盾】」
突撃してくる【暴食の粘液体】をその細腕で構えたラウンドシールドにて受け止める。
ソフィアの足元である地面が陥没するだけに留まらず、後方ごと弾け飛ぶ様子に【暴食の粘液体】の突撃の威力は測るべしだろう。
――――【守護せし者】。
ソフィアの【恒常型技能】であり、自らの後方に同一パーティーメンバーが居れば居るほど物理、非物理攻撃に対しての防御力を向上させる。
そして、ソフィアのメイン武器の1つである【不可侵の神盾】。
こちらはアラタの使う【布都御魂剣】と同じく【神造物】。
ラウンドシールドという小型の盾であるにも関わらず、その防御能力は『The World』内でもトップクラスに高い。
「――――はぁぁぁぁぁっ!!!」
【不可侵の神盾】との衝突によってスタンでも発生したのか、目を回している【暴食の粘液体】に落下の勢いを乗せた上段からの一太刀を食らわせるアラタ。
ちょうど大蛇の首の辺りを真っ二つに切断。
ダメージは全く入っていないがしかし、【暴食の粘液体】とはいえ繋がり合わさるまでに少々の隙のある時間は発生する。
そんな隙をアマネたちが見逃すはずもなく、どんどんと攻撃を放ち続けていた。
アマネ、ハース、ララノア、ユウギリの4名の中でも一際目立つのはひたすらに強力な攻撃を繰り出しているハースだろう。
他3名が連射の効く攻撃を続けているのに対して、それとほぼ同等か少し遅い程度で初撃の攻撃と遜色ない攻撃を放っているのだから。
「相変わらず反則的ね」
【狐火】を九つの尾から乱射しつつアマネは笑う。
「あれだけ苦労したんだからこれくらいさせてもらわないと割に合わん」
自らの職業についてハースはそう語る。
――――ハースの【メイン職業】は【魔術】や【魔法】などについて極めたプレイヤーが獲得できるという【専用職業】、【魔王】だ。
この【魔王】という【専用職業】には獲得方法にちょっとした特徴がある。
通常の【専用職業】はどのプレイヤーよりも先に条件を満たすことでたった一度そのプレイヤーのみが獲得することができるがしかし、この【魔王】という【専用職業】は条件さえ揃えばいつでも、誰にでも獲得のチャンスがある。
細かな条件はいくつかあるが、一番大きく、難しい条件はどのプレイヤーも口を揃えてこれを言う。
――――『現【魔王】獲得プレイヤーとの一騎討ちでの勝利』
【魔王】という【職業】は強さこそが全てであると言わんばかりの条件だ。
そして、【魔王】を獲得したプレイヤーにはランダムに専用の【技能】が使用可能となる。
今まで確認された【魔王】プレイヤーの【技能】に同じものはなく、ハースも例外ではない。
そんなハースが獲得した専用の【技能】の名は――――【魔王術式】。
『The World』にて行使可能な【魔術】や【魔法】の中で、ハースが【収集】したもののみではあるものの、その構築を変更して行使することができる。
簡単に言えば、ハースが行使する【魔術】、【魔法】はその全てが【個別魔法】よりもさらに自由自在なものになる。
なにせ【個別魔法】とは違い一から組み立てる必要は無い。
既に完成されたものに手を加えるだけでいいのだから。
「――――ここまで来ると退屈だな……」
ユウノはぽつりと呟く。
メインアタッカーであるアマネ、ハース、ララノア、ユウギリの4人による非物理攻撃に蜂の巣にされる【暴食の粘液体】。
何とかその状況を打開しようと4人に向けて攻撃するもそのことごとくをアラタ、ソフィアの【神話族】組に防がれてしまう。
巨体による突進はソフィアに、無数の触手による攻撃はアラタに。
ここまで来ると最早ユウノたちに仕事はないと言っても過言ではない。
「見慣れた光景ってやつだなぁ」
そんなイルムの言葉に手持ち無沙汰のメンバーは同意を頷きによって示す。
何度も何度も【暴食の粘液体】を狩る上で、気がつけばこの構図が出来上がっていたため、今回もこうなるだろうと予想はしていたのだろう。
誰一人として気は抜いていないものの、あくびでもしてしまいそうな雰囲気を漂わせていた。
聞こえてくる戦闘音は苛烈を極めていたが、ユウノたちにとってはそれは緊張感を与えるものではなく、ただ、いつも通りの進行に安心感すら与えるものだったようだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――――ユウノたちが手持ち無沙汰になり気がつけば十分ほどが経過していた。
そしてその時間は【暴食の粘液体】の【GP】を飽和させるには十二分な時間であった。
結果は顕著に現れた。
【粘液体】のため分かりにくいが今まではダメージを受けない攻撃に鬱陶しいと言わんばかりの雰囲気だった【暴食の粘液体】が、明らかに焦りを孕み始めたのだ。
それにいち早く気がついたのはハース。
満足気な笑みを浮かべる。
「予測より時間がかかったが――――問題ないな」
「うわ……出た出たその表情……。
むっかつくわねぇ……」
「『ハース』さんその顔はやめた方がいいですよ……」
「意地の悪さが滲み出てるでありんすねぇ」
「……お前たち私と戦いたいなら初めからそう言って欲しいんだが?」
アマネ、ララノア、ユウギリからの言葉に笑顔を浮かべてそう言うハースであったがその額には怒りの現れか血管が浮かんで見えるようだった。
3人の冗談だと返す姿にハースはため息を吐きながら疲れた様子を見せる。
「……さっさと仕上げる。
口じゃなくて手を動かせ手を」
「「「はーい」」」
まるで日常生活の内の一部を切り取ったかのようなふわふわとした平和な雰囲気。
しかし、流石は【高天ヶ原】所属の【十二天将】。
切り替えが恐ろしく素早かった。
まるで人格ごと切り替わったかのように一瞬のうちに真剣な雰囲気を纏っていた。
アラタ、ソフィアの【神話族】組は既に【種族解放】は解除し、【暴食の粘液体】から距離を取っている。
声もかけずにベストタイミングでの移動。
まさに――――阿吽の呼吸である。
【暴食の粘液体】は邪魔なアラタ、ソフィアが移動したのを好機と見たのか、自らにダメージを与えることの出来る存在にターゲットを絞る。
その存在とはもちろん、アマネたち4人。
再び大蛇のような姿をとると身体をバネのように丸め、戻る力を利用して突進する。
先程の直線的な動きとは打って変わって地面を跳ねながらの蛇行。
おそらくアマネたちからの非物理攻撃を躱すための行動だろう。
「――――【術式】範囲変更……完了。
【異化・焼失させる壁】」
本来は使用者の前方を守る【焼失させる壁】だが、ハースは【魔王術式】を用いることによりその効果範囲、強度を変更し使用した。
まるで噴火するかのように地面から焔が吹き出す。
跳ねながら蛇行する【暴食の粘液体】の着地するわずか前方に出現した【焼失させる壁】が【粘液体】であるその身体を焼く。
悲鳴にも似た奇声をあげ巨体を震わせると【暴食の粘液体】は【焼失させる壁】を避けるように後退するが、しかし、ハースがそんなことを許すはずがない。
「残念――――袋の鼠だ」
後方に引けばまるで分かっていましたと言わんばかりのタイミングで新たな【焼失させる壁】が出現。それならばと左側へ向かえばそこにもさらに新たな【焼失させる壁】。
仕方がないと右側を向けばそこにも【焼失させる壁】があり、気がつけば【暴食の粘液体】の周りは【焼失させる壁】が取り囲んでいた。
「ちょこまか動かれると面倒だからな。
四方を囲ませてもらった」
ハースの周りには複数の魔法陣。
【再使用可能時間】が存在するはずだが【魔王術式】にかかればそれすらも破棄できる。
無論それ相応の【MP】消費をすることになるがハースにとっては微々たるものだろう。
再び見せる満足気な笑み。
その表情が全てハースの手の内で転がされているのを物語っていた。
【暴食の粘液体】に残されたのは地面か上空。
しかし、その選択肢しか残されていない時点で詰みだ。
「悪い【粘液体】は火葬しましょうね!」
「燃やしてしまうのはほんに勿体ないでありんすが……今回のはいりんせん」
そう言うララノアとユウギリ。
その言葉は攻撃の準備を終えた合図でもあった。
【暴食の粘液体】が立ち止まるその地面に巨大な【紋章】と魔法陣が重なるように出現し、発光する。
――――これで地面に逃げるという選択肢が消える。
「燃やすのは得意なのよね」
【暴食の粘液体】が最後に残された上空へ視線を向ければ、そこにはアマネの姿。
煌々と輝く白い焔が【暴食の粘液体】に向けられ放たれる寸前だった。
――――唯一残された上空にも逃げられなくなる。
「さて……最後の仕上げだ」
その言葉とともにハースは新たな【魔法】を発動させる。
それは単体では特に意味の無い【魔法】。
しかし、今回の攻撃に関してはこの【魔法】が鍵となる。
【暴食の粘液体】の足元――――ララノア、ユウギリが発動させようとしている【紋章】と魔法陣のさらに下に、青白く発光する魔法陣が出現する。
「【連鎖する痛みの陣】」
それは発動後10秒の間だけ、同一属性の非物理攻撃のダメージがその種類に応じて増加する【魔法】。
ララノア、ユウギリ、アマネはその効果を理解しているため、発動した瞬間に、自らの攻撃を放った。
無論【連鎖する痛みの陣】を行使したハースがタイミングを間違えるはずもなく攻撃を加える。
「【紋章魔術・焔獄】っ!」
「【神話魔術・黒焔】」
「【狐火・天狐】!」
「【術式】発動短縮……【逆巻く焔嵐】」
【暴食の粘液体】の足元から噴き上がる深紅の焔と黒々と燃ゆる焔。さらに上空から降り注ぐのは煌々と輝く白い焔。
そしてそれを最後に荒れ狂う焔の竜巻がひとつにまとめ、螺旋を描きながら【暴食の粘液体】を絡めて離さない。
何とかその場から逃げ出そうとする【暴食の粘液体】だが、未だに四方を囲む【焼失させる壁】が消滅しておらず、もがきながら壁に体当たりをしていた。
初めの一瞬は【暴食】を発動させていたがしかし、最早【GP】は飽和状態。
現状から脱出するには四方を囲む【焼失させる壁】を破壊するしかない。
だが、ハースがそう簡単に標的を逃がすわけが無い。
【暴食の粘液体】は4人からの攻撃に激しく【HP】を削られながら、己を閉じこめる【焼失させる壁】を破壊しようと何度も体当たりを繰り返し、更にダメージを受けていた。
そしてそこに追い打ちをかけるように4人は攻撃を加えていく。
【連鎖する痛みの陣】の効果は切れているためダメージ増加は無いものの、【暴食】を発動できない【暴食の粘液体】には看過できないダメージを蓄積させられる。
――――決着にそう時間はかからなかった。
結局、最後の最後まで【焼失させる壁】が破壊されることはなく、【暴食の粘液体】はその場に留まり続けることを余儀なくされた。
【HP】を0にされた【暴食の粘液体】は最後の足掻きでも見せるかのようにその巨体をさらに膨張させると爆発四散し、辺りに漆黒の粘液を残してポリゴン体へと還っていく
それは【暴食の粘液体】が死亡時一定確率で起こす周りのフィールドの汚染。
【異種族】でない【種族】に継続的【MP】消費状態を強制する汚染だ。
本来はこの汚染を浄化するのにいち早く取り掛かるところだが、ユウノたちはそうはしなかった。
理由はひとつ。
――――浄化する必要が無くなったから。
「――――3体目……だな」
ユウノは自らの腰に差した日本刀の柄を緩く握り最後の【レイドボスモンスター】に目を向ける。
【暴食の粘液体】による汚染を受けてしまった【遥かなる聖域】の大地に光が満ちる。
黒く汚染された場所は瞬く間に浄化され、元の美しい地面をのぞかせた。
くり抜かれた天井、青空に光輝く穴が出現し、そこから出現するその姿は全身を鎧で覆いながらも、女性としてのボディーラインを見せる長槍とラウンドシールドを装備した存在。
その背中には光の翼が生えていた。
「――――【戦乙女・ブリュンヒルド】」
それはユウノたちが未だ戦ったことの無い【レイドボスモンスター】であった。
――――【レイドボスモンスターラッシュ】最終戦スタート




