願い
ユウノとクリスによる【鉱山の守主・マイナサス】との戦闘は一方的と言って過言ではなかった。
【攻撃系技能】を使えないという条件を背負ってもなお、2人にとって【鉱山の守主・マイナサス】は手こずるようなモンスターではなかったのだ。
唯一気をつけなければならないところといえば間違えてユウノがトドメをさしてしまわないこと。
敵、味方、自分の【HP】を管理しながら、やり過ぎない程度で【鉱山の守主・マイナサス】の硬い外皮を斬り裂くユウノ。
苦手としている【HP】の管理だが流石はギルドランク一位ギルドのギルドマスター。しっかりとこなしている。
そしてそれを見逃さずにピンポイントで狙撃をするクリスの技量は流石としか言えない。
戦闘職をサブ職業で【狙撃手】しか持たないクリスの強さはステータスのみで見ればそこまで高くはない。
しかし、実際に戦闘を行うクリスを見てみれば並の強さでないのは一目瞭然。
技量の高さというのもあるが、それだけで強くなれるほど『The World』も甘くはない。
もちろん技量も強さの理由のひとつではあるのだが、クリスにはその他の要因の方が大きい。
「――――フッ……!!」
ユウノは【鉱山の守主・マイナサス】が振り下ろす巨大な腕を紙一重に躱す。
地面は陥没し、ユウノの足場が無くなるかのように見えたが、ユウノにとって地面は足場の一つでしかない。
――――【空歩】。
ユウノが修得しているサブ職業の1つ、【歩行者】の【技能】だ。
ユウノは【空歩】を使用して、陥没した地面ではなく、空中を踏みしめて移動する。
軽やかな足取りで背後を取ると、素早く日本刀を振るった。
バターを斬っているかのようにあっさりと斬り裂かれる外皮は、斬られたそばからクリスの狙い済ましたかのような狙撃により内部へと銃弾を受け破砕する。
ダメージは目に見えて大きく、危なげのない戦いに勘違いしてしまいそうになるが、決して【鉱山の守主・マイナサス】が弱い訳では無い。
その強固な外皮によって覆われた巨体は防御、攻撃ともに有利だ。
倒すのが面倒であるモンスターで間違いはなく、強さも流石は【ボスモンスター】と言えるほどである。
――――しかし、2人にとっては敵ではない。
2人はもっと厄介で強いモンスターを知っている。
そもそもこの程度で苦戦しているようでは駄目なのだ。
モンスターよりも、プレイヤーの方がよっぽど狡賢く、手強い。
そのプレイヤーたちの頂点であるギルドの主戦力なのだから、ただの【ボスモンスター】に負けていては話にならない。
「あぁもう……面倒くさいな……っ!!」
苛立たしい雰囲気を醸し出しながらしかしユウノの太刀筋が狂うことは無かった。
振りなれたというよりも日本刀そのものを自らの手足の延長のように使うユウノの姿にクリスはスコープから目を離すことなく笑う。
「まぁまぁ〜そうイライラしないで〜」
クリスから発せられるその声の柔らかさからは想像することも困難な程苛烈な狙撃による攻撃。
まるで敵が自ら当たりに行っているかのように思わせるクリスの狙撃はそうそう真似できるものでは無い。
そもそもスコープを覗いたままで行動すること自体至難の業だ。
【攻撃系技能】を使えないという条件の元に戦っていた為に徐々にしか削れなかった【鉱山の守主・マイナサス】の【HP】がようやく目に見えて削れ始める。
ユウノが全身を覆う硬い外皮を切り裂き終えたのだ。
そこから決着までそう時間はかからなかった。
【鉱山の守主・マイナサス】の攻撃は全く当たらず、ユウノ、クリスの攻撃はその巨大な身体に吸い込まれるかのように命中する。
そして、ユウノが攻撃に参加しなくなりダメージソースがクリスしかいなくなって少しして、ついに決着がつく。
「ん〜そろそろ終わりかな〜」
結局ほとんどスコープから目を離すことなく戦闘をしていたクリス。
前衛にユウノがいるとしてもなかなかの自信だ。
トリガーにかかる指が丁寧に一発ずつ、合計三度引かれる。
【鉱山の守主・マイナサス】の眉間、両肩に直撃したクリスの銃弾は残りわずかとなった【HP】を削りきるには十分すぎた。
ゆっくりと崩れ落ちていく【鉱山の守主・マイナサス】。
その最後は巨岩が砕け散るかの如く激しい音を発するものだった。
ユウノとクリスはその最後を見届けると互いに武器をしまう。
そして少々離れた場所にいるからか視線を合わせるとサムズアップをし合う。
「……お疲れさん……だな」
「そうだね〜お疲れ様〜」
笑いあった二人は【鉱山の守主・マイナサス】の残骸に近づいていく。
元々の目的はこのモンスターのドロップアイテムなのだから。
面倒くさいモンスターとの戦いが終わりやっと本来の目的、そのスタートに取り掛れるという嬉しさに気分が上がる二人。
しかしどこか不安気な雰囲気を醸し出していた。
「……本当にドロップしてるんだろうな……」
「それは見て見ないと分からないなぁ〜」
一応条件として有り得るものは達成した。【攻撃系技能】未使用、そして鍛冶系職業をメイン職業にしているプレイヤーのラストアタック。
この二つはしっかりと守って【鉱山の守主・マイナサス】を討伐したが、ドロップアイテムを確認するまで安心はできない。
残骸をかきわけドロップアイテムを確認するクリス。
ユウノもその様子を見守っていたがクリスがかきわけるドロップアイテムの中に1つ、見慣れないものが見えた。
「おぉ〜!
あった、あったよギルマス〜!」
「やっぱりそれか!
よっしゃ!面倒くさいことをした甲斐があったな!」
クリスが残骸の中から1つのアイテムを拾い上げてかかげる。
それは鉱石と言うよりは宝玉のような輝きを放つものだった。
「これが私オススメの素材その名も【マナス宝鉱石】だよ〜!」
「確かに俺も聞いたことないアイテムだな……」
クリスの手にある【マナス宝鉱石】を興味津々に見つめるユウノ。
まるで虫取りをする純心な少年のような瞳にクリスは柔らかに笑う。
「さぁさぁギルマス〜!
早く帰って作業を始めよう〜!」
「そうだな……さっさと帰るか!
歩いて帰るのは面倒だな……【簡易転移門印】でギルドホームまでさくっと帰ろうぜ『クリス』」
「了解〜」
ユウノとクリスの二人はその場の片付けを終えると慣れた手つきでウインドウを操作して【簡易転移門印】と呼ばれる一枚の円形に型どられ、中心に宝玉が嵌め込まれた木の板を取り出す。
そして、その木の板を自らの足元へと置き手を添える。それが起動の合図なのか、【簡易転移門印】の中心の宝玉から眩い光が溢れた。
これが使用限度の三回目だったのかユウノ、クリスが使う【簡易転移門印】はミシリという鈍い音をたてて、ヒビが入る。光が収まった頃にはユウノとクリスはその場にはいなくなっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――――【ニッポン】中心都市『トウキョー』
ユウノとクリスが再び姿を現したのは彼らのギルド【高天ヶ原】のギルドハウスの前だった。
思いっきり背伸びをするユウノはそのついでと言わんばかりに大きな欠伸をする。
「それじゃあ私は制作に入るね〜」
「おう、頼んだぞ『クリス』」
「お姉さんに任せておきたまえよ〜」
エッヘンと得意気に胸を張るクリスにクスリと笑みがこぼれる。
信頼しているといえば良いのだろうか、ユウノは自分の武器を造ってもらうなら真っ先にクリスを選ぶほどにその腕と人柄、性格を信頼していた。
「良い武器を期待してるぞ」
「お易い御用さね〜」
クリスはそう言い残すと駆け出していく。
向かうのは工房であろう。一体どんな武器ができるのかを楽しみにしながら、ユウノはいつもの居心地のいいギルドマスタールームを目指した。
ユウノ自身の用事ではあるものの、久しぶりの作業に疲れを感じているようだ。
「あ〜……自分のためとはいえ疲れた……」
何となくお腹がすいた気がすると言わんばかりにユウノの足はギルドマスタールームへの道から少し外れて、【高天ヶ原】のギルドハウスにある食堂へと向けられていた。
実際に腹が膨らむ訳では無い。何せゲームの中なのだから。
しかしそれでもこの何となくという気分ならちょうど良く収まるだろう。
なにせ味もあれば咀嚼する感覚もあるのだから。
「誰か何か作ってくれ〜」
食堂にゆったりと足を踏み入れたユウノはそこにいた人物に目を丸くする。
正確には人物と言うよりかはその前に置かれたものに対してだが。
「――――『ユウノ』さん!!」
「……おかえり……『ゆーの』」
そこにいたのアラタとコヒナの2人。
アラタは団子をゆったりと食べながらコヒナの食事を見守っていたらしい。
「……あ〜……悪いな『アラタ』。
こいつどれくらい食べたんだ?」
積み上げられた皿の量に若干引きながらもこれほどの量をコヒナに食べさせてくれたアラタに申し訳なさそうに聞く。
「気にしなくていいですよ?
わた……俺が『コヒナ』ちゃんに食べてもらいたくて連れてきたんですし」
「いや、そうは言ってもな……」
アラタの厚意でコヒナに食べさせたと言っても量が量である。
流石のユウノもそれに甘える訳には行かないと支払いをしようとするが、アラタはそれを受け付けなかった。
「で、では『ユウノ』さん一つお願いが……というよりそのために朝から探していたんですけど……」
控えめに切り出すアラタ。
どうやらユウノがクリスと共に出ている間探していたらしい。
一度口を開こうとしたユウノであったが、アラタのその表情は真剣味を帯びていて、ユウノは何を言い出すのかと、開こうとした口を閉ざして耳を傾ける。
「――――私に【二刀流】を教えてください」
「…………」
今まで一度としてアラタがユウノにそれを教えてくれとは頼んでこなかった。
ユウノ自身も自らそれを教えようとはしなかった。
決して教えたくなかった訳では無い。
むしろユウノはアラタに教えようとしていたのだ。
――――だが、ユウノは教えようとするのをやめた。
理由はアラタが自らの手で【二刀流】をものにしようとしていたから。
自分が観察されていたのはユウノ自身も気がついていた。
だからこそ教えようとするのはやめたのだ。
「……良いのか?」
ユウノの口から出たのは問い。
アラタが一人称を言い直さずに言ったその言葉に本当に良いのかと最後の確認を込めた言葉だった。
「お恥ずかしながら……私の独学じゃ『ユウノ』さんみたいに使えこなせそうにないんです」
笑ってはいたものの悔しさが滲み出たアラタの言葉にユウノはそうかと短い言葉で返す。
「イベントもありますし……何より『アレ』までには完成させたいんです」
「『アレ』までにね……」
みなまでは言わない2人の会話。
しかし2人の間ではその意味も意図も通じあっていた。
ユウノは出口へと身体を反転させると歩き出す。
「……修練場に来い『アラタ』」
「……っ!てことは……」
「まずはどれくらい出来るか見ないとな?」
その言葉にアラタはぶるりと震える。
いつもの引きこもりと呼ばれるユウノではない。
その雰囲気は『アレ』の時と同じもの――――そう、【ギルド対抗バトルロワイヤル】の時のものにそっくりだ。
「待っててやるから『しっかりと』準備してこいよ?」
「……は、はい……っ!」
ユウノはそう言って振り向くことなく手を振ってその場を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……やばい……」
アラタはユウノの姿を見送りしばらくしてそうこぼした。
自ら頼んだこととはいえ今から自分はあの状態のユウノと戦うのだ。
いつもの遊びと称した模擬戦程度では決して収まらない。
震えがとまらない自分の身体を抱きしめる。
「やばい……っ!」
恐怖ではない。興奮しているのだ身体が。
自らが憧れた者の本気を見れるどころか直接味わうことが出来る。
決していつものユウノが手を抜いているだとかそういうことではない。
だが、それが本来のユウノの力かと言われれば答えはNOだ。
「やばいっ!!!」
語彙力がどこかへ行ってしまったかのようにやばいと連呼するアラタ。
自らの前に残った団子を一気に頬張ると横に置かれたお茶でそれを流し込む。
「『コヒナ』ちゃんごめんね?
私はもう行かないと」
「ん……わかった」
コクリと頷いたコヒナを見てアラタは立ち上がる。
ユウノはしっかりとという部分を強調していた。
その意味を噛み締めながら食堂を後にする。
――――準備を、整えるために。




