準備
長い間更新が止まってしまい申し訳ないです……っ!
「―――――おぉっと……珍しいのがいるな」
ユウノがコヒナとの模擬戦を終え、そのままその場―――――本拠地に存在する複数の修練場のうちの一つで、地べたに座ったままウインドウを操作していると、後ろから聞きなれた声が聞こえてくる。
相手の予想はついていたものの、ユウノは声の主の方へと顔を向けた。
そこに居たのはやはりと言うべきか、見慣れた姿の2人。
ミディアムマッシュに切りそろえられた髪から覗くどこな眠たげに開かれた優しそうな瞳が特徴的な青年―――――イルム。
真っ黒な鎧を身につけ、その長身も相まってかなりの威圧感があると言ってもいい雰囲気を纏った男性―――――ダイン。
両者ともに完全武装とまでは行かないものの、最低限の武装をした姿でそこに立っていた。
「珍しいのって……俺だって此処を使うことくらいあるわ!」
「またまた〜『ユウノ』が此処を使った事なんて……えーっと?」
イルムはカラカラと笑いながらユウノが修練場を使った回数を指折り数え始める。
「確か……いち……にー……うん」
量の手の指を出して数えていたイルムだったが、指を2本折った所で数えるのをやめてしまった。
そして、真顔でユウノの方を向く。
「―――――『うん』じゃねぇよ!?
何が2回だ!?」
「痛ぁ……っ!?!?
頭叩くなよ『ユウノ』!?
ちょっとした冗談だろうが!」
互いに額をぶつけ合わせながら睨み合うユウノとイルム。
ダインははそんな2人の姿を見ながら肩を竦めて苦笑いを浮かべる。
その様子からして日頃から見慣れた光景ということだろう。
「……『イルム』、『ユウノ』……悪ふざけもそこそこにしておけ。
毎回毎回見せられる俺の身にもなってみろ……」
疲れるようなことはしていないにも関わらず、疲弊した様子のダインは手馴れた動きでユウノとイルムを引き離す。
「「はーいおとうさーん」」
「誰がお父さんかっ!!」
「「ごめんなさーいおかあさーん」」
「ええぃ!
こんな時にそんな息の合った返事をするんじゃない!
……誰がお母さんかっ!?」
先程まで睨み合っていたユウノとイルムだったが、次の瞬間にはダインをからかう2人組へと変貌を遂げる。
ダインは深い、深い溜息を吐き出して眉をひそめた。
「はぁ〜……ほら、『イルム』。
今日は久しぶりに模擬戦をするんだろう?」
「おっと、そうだったそうだった。
まさか此処に『ユウノ』がいるとは思わなかったからついつい……」
再びカラカラと笑い始めたイルムは準備体操という訳か、屈伸し、背伸びをする。
「てなわけで、俺らは軽く模擬戦でもしにきたわけなんだが……『ユウノ』は此処に何しに……」
「…………」
辺りを見まわそうとしていたイルムと、未だにビスケットを頬張るコヒナの視線が合う。
しばしの沈黙の後に何となく理解したのかイルムは苦笑いを浮かべた。
「あ〜……また連れ出されたのか?」
「いや、今日は俺からだな。
『コヒナ』と戦ってみたくて……な?」
「なるほどねぇ……」
イルムは一瞬考えるような素振りを見せるが合点が言ったのか頷きながらユウノを見る。
「イベント前に肩慣らしか?」
「……そういう『イルム』こそ『ダイン』と模擬戦だなんて気合入ってるじゃんか」
2人のいうイベントとは、大型連休に合わせて開催されるイベントである【モンスターラッシュ】のことを指しているのであろう。
イベントの開催を知ったユウノが【十二天将】全員に集合を通知したのは少し前のこと。
集まったタイミングでこのイベントをしっかりと攻略する旨を伝えたためか、最近では腕が訛っていないかを確かめるメンバーも少なくない。
いつもは引きこもっているユウノでさえ、コヒナを連れて修練場に来る程には気合を入れていた。
「いつもは『ダイン』どころか【十二天将】にも模擬戦頼まないくせにこういう時だけ頼むんだもんなぁ〜」
「そりゃぁある程度は手の内知ってる面子な上に実力もあるプレイヤーじゃないと意味無いでしょーが」
日頃からイルムは模擬戦をしているものの、その相手はほとんどが【高天ヶ原】のメンバーではあるが、入って日の浅いプレイヤーばかりである。
模擬戦を通してアトバイスをするイルムの姿を目にするのも少なくない。
そんなイルムが本気で調整をする場合、決まって模擬戦の相手に選ぶのはダインである。
「いつも付き合わせて申し訳ないねぇ旦那」
「気にするな。
俺も自分の糧に出来ているんだからお互い様だ」
そう言い合いながら拳を軽く合わせる2人にユウノは穏やかな表情を浮かべた。
その2人の姿は親子のようであり、長年連れ添った相棒のようにも見える。
ユウノがそんな2人を見ていると服を引かれるのを感じる。
隣を見ればコヒナが袖を引いていた。
「……ビスケットたべた」
「流石にもう持ってないぞ?」
「……ん……」
コヒナの頭を優しく撫でながらそういったユウノ。
大人しく撫でられているコヒナの様子からどうやらビスケットの催促ではないらしい。
「どうした?『コヒナ』」
「……ん……」
その言葉を発したコヒナはユウノの袖をさらに引いて何かを訴えかけている。
「?……もしかして座れってことか?」
「……ん……」
ひたすらに同じことしか言わないコヒナであったが、その様子から何かを察したのか、ユウノはウインドウを操作して地面に引くための布を取り出してその上へ座り込む。
すると、それを確認したコヒナが器用にその小柄な身体でユウノの胡座の上で丸くなった。
「……ふぁ……おひるね……」
欠伸を一つしたコヒナはその後にそう言うと瞳を閉じる。
ユウノはコヒナの頭を優しく撫でると、クスリと笑ってイルムとダインの方へと顔を向けた。
「……まぁ、『コヒナ』がこの様子だし、2人の模擬戦でも見るかね」
「完全に子守りだな『ユウノ』」
「……たまにはそういうのも良いだろ」
「違いないな。
引きこもってるより何倍もマシだ」
「うるせー」
軽口の言い合いをしたユウノとイルムは互いに笑みを浮かべていた。
「では俺たちは少し離れたところでやるとしようか」
ダインがそう言って歩み出す。
その後ろをついて行くイルム。
「……それにしても『イルム』のやつ……普通だと『ダイン』相手だと相性悪いだろうに……」
片や軽装の上に見たところメイン武器がダガーのイルム。
片や漆黒の鎧を身に纏い、身の丈に迫るほどのグレートソードを装備したダイン。
完全に力技で押しつぶされてしまいそうな組み合わせである。
「―――――まぁ、あいつらが普通なわけないけど……」
そう言って笑うユウノ。
その視線の先ではイルムとダインの模擬戦が開始される。
あろう事かイルムは真正面からダインが振り下ろすグレートソードをダガーで受け止めようとしていた。
普通であれば受け止めようとしたダガーごと、グレートソードがプレイヤーを粉砕するはずだが。
【高天ヶ原】の【十二天将】という立場にいるプレイヤーが普通なわけがない。
イルムは片手で握っているはずのダガーでダインのグレートソードによる振り下ろしを受け止めてしまった。
イルムも、ダインも、ユウノもそれに大した反応は見せない。
戦っているイルム、ダインの両名は楽しそうに笑っている。
滅多に全力で戦うどころか、本気で戦うこともないため、実力が近い【十二天将】同士の戦いに楽しさを感じるのは仕方が無いことだろう。
イルムとダインの模擬戦の容子に満足気に頷くユウノ。
どうやら次のイベントに向けての準備は着々と進んでいるようだ。
「……俺は……」
ユウノはコヒナとの戦いを思い出し、自分のやるべき『準備』を改めて考える。
「あ〜……絶対面倒くさいよなぁ……」
そう呟くものの、他のメンバーがしっかりと準備を進めているのに自分だけ何もしないというのは気が引けるようで、心底面倒くさそうな様子で仕方がないと呟くユウノだった。
眠るコヒナの頭を優しく撫でつつ、ため息を吐き出す。
「―――――新しい武器が必要だ」




