2人
―――――天気は晴天。
その場所には2人しか居なかった。
互いに向かい合い、離れた距離は10メートルほど。
片や和装に身を包み、一振の日本刀を抜き身で構えた少年。
片やスパッツに胸を隠すチューブトップという姿で、獣を彷彿とさせる四つん這い姿の少女。
ピリピリとした空気が漂うその場で、互いに視線を逸らすことは無い。
「―――――それじゃぁやろうか『コヒナ』」
「……ん……行く『ゆーの』……」
その言葉が開始のゴングだった。
両者ともに10メートルの距離を詰めるために前方へと歩を進める。
歩を進めると言ってもユウノ、コヒナにとって10メートルという距離はあってないようなもの。
―――――故に一合目は刹那の間。
おそらくその場に誰かほかの者がいたところで目視は叶わなかったであろう。
激しい金属音が1度鳴り響いたかと思えば両者の立ち位置は入れ替わっていた。
行われたことは至ってシンプル。
ユウノの日本刀による上段からの振り下ろしをコヒナの尻尾が真っ向から迎え撃ったのだ。
両者ともに背を向けたまま、しばしの沈黙を経て再び動き出す。
高速の戦闘、とはまさに言ったものである。
ユウノは自らの移動を全て【縮地】により行い、通り際に斬り掛かるが、コヒナはその四肢の運動能力のみでそれに反応し躱し、時には反撃をした。
「相変わらず……当たらないな……っ!」
「……これくらい、よゆー」
ユウノの悪態を他所にコヒナはひらりひらりとその必断の刃を躱す。
―――――コヒナは【真龍】である。
その本来の姿は完全なる龍。
【トミス樹海】にてコヒナを【王】と仰いでいた3体の龍よりも強大であり、絢爛であり、威厳ある、そんな龍である。
……黙っていればという言葉がつくが。
そんな龍であるコヒナが人の姿をとるというのは、強大な力を人間という小さな器に凝縮させているということである。
つまり、コヒナの身体はまさにオーバースペック。
言わずもがな同程度の体躯をした人間よりも、獣人よりも、異種よりもその運動能力から【HP】、【MP】にいたるまで全てが上回っている。
その身体は【神話族】のものと同程度かそれ以上を行くのだ。
「……っ!」
幾許かの間ユウノからの攻撃を余裕を持って躱していたコヒナが驚きで眉を動かす。
ユウノの振るう日本刀の刃がコヒナの頬を掠めたのだ。
掠めただけかと思うなかれ。
コヒナはユウノからの攻撃を掠らせる気すらなく、心の底から余裕を感じていた。
しかし、今の一太刀はなんだ。
そんな疑問を抱きながらも警戒し、大きくバックステップにてユウノから距離をとるコヒナ。
その様子を見ていたユウノは笑っていた獰猛に。
「…………」
コヒナは見たことのないユウノの表情に一瞬の戸惑いを見せるも即座に理解する。
―――――あれが本性か、と。
おそらく、初めて出会った時に戦っていればもっと早くにあの表情を見ることになったのだろうとも。
「……『ゆーの』、おもしろい」
ポツリとつぶやく程度にそういったコヒナはユウノの腰に現れたもう一振の刀を見ると、四肢に力を入れ直した。
それに対してユウノはもう一振の日本刀を抜刀するとその両の手にそれぞれ日本刀を握り、一見無防備に見える脱力の構えを見せる。
肩幅程度に開かれた両足と切先を沈め地面へと向けた腕。
その双眸だけはしっかりとコヒナを捉え、笑っている。
―――――2人の戦闘は激化した。
コヒナの四つん這いから繰り出される型などないまさに『獣』然とした動きは予測を困難にさせ、ユウノを苦しめるも、しかし、その程度で簡単に屈するユウノではない。
ダメージを負いながらも致命的なダメージ、隙へと繋がる攻撃はことごとく躱していた。
それはユウノの勝負事に関する超人的な勘、とでもいうべきだろうか。
幾多の困難を乗り越えて頂点に立った者だからこそ身につけたと言ってもいいだろう。
「……ッ!!」
コヒナによるユウノの斬撃を躱しつつの尻尾による打ち下ろしを、片方の日本刀で受け流したユウノはしっかりと踏ん張る。
受け流したにも関わらず伝わる衝撃は押しつぶされそうな程強く、気を抜けば膝を折ることになるだろう。
「おもしろい……おもしろい、ね……!……『ゆーの』……!」
「まだまだ余裕かぁ……まったく嫌になる……な……ッ!」
獰猛に笑うユウノとは対象的な愛らしい笑みを浮かべるコヒナの言葉に苦笑いを浮かべるユウノであったが、それはほんの一瞬。
次の瞬間、瞬きほどの時間も要さずにユウノは次の行動へと移っていた。
一合毎に更に激化する2人の戦闘は残念ながら長くは続かない。
先に限界が来たのは―――――『ユウノ』だった。
ユウノが振るうは愛刀【童子切安綱】、【終焉之剣】。
コヒナと戦うからにはこの二振位は使わなければいけないと選択したユウノだったが、それが決着を、限界を早めた。
【童子切安綱】、【終焉之剣】の二振は【絶断】という規格外の能力を持つ代わりに【HP】と【MP】を消費してしまうため、今回の勝敗のルールである【HP】が2割を切った時点で敗北というものに触れてしまったのだ。
「……俺の負けだな……」
「ん……勝った」
「ありがとうな『コヒナ』付き合ってくれて」
「ん……構わない……」
互いに何処か名残惜しそうに口を開く。
ユウノは二振の愛刀を納刀し、コヒナは何故か犬のお座りのようなポーズを取る。
回復アイテムのポーションを呷りながらコヒナの姿を見ていたユウノは苦笑いを浮かべて近づいていく。
「……最近ますます犬みたいになってきたな」
「……これ楽……」
器用に足で頭を掻きながらコヒナは言う。
「誰に影響されたんだ……?」
心当たりが多いのか首を捻るユウノ。
その手にはコヒナに与える用の回復アイテムである【高天ヶ原】のメンバー特製フリスビー大ビスケットが握られていた。
「ほら、『コヒナ』。
お前もこれ食べて回復しとけ」
「……っ!!……ビスケット……!!……おやつ……っ!!」
ビスケットを視界に入れた瞬間、コヒナはユウノの腕に飛びつく。
目をキラキラさせたコヒナはビスケットに齧り付き、それを見たユウノは素早く手を離した。
そして、幸せそうにビスケットに齧り付くコヒナを見ながらユウノはウインドウを開き、あるメニューを開く。
それはコヒナのステータス確認画面。
一応コヒナはユウノにテイミングされたモンスターという枠組みであるため、主であるユウノはコヒナのステータスを確認できるのである。
「やっぱり……惜しくもなんともないな……」
真っ先に確認したのはコヒナの【HP】。
回復アイテムを食べてはいるものの、あのビスケットは全て食べきらないと回復されないという謎アイテムのため先程までの戦いでどれほどの【HP】が削れたのかを確認しようという考えだ。
―――――残り【HP】6割。
『全力』ではなかったものの、『本気』で戦ったユウノからすれば己はまだまだなのだと痛感させられる情報。
その他にもいくつかを確認したユウノはふぅ、と息を吐き出し落ち着いた様子で腰に差した二振の愛刀に触れる。
「……燃費が悪すぎるのも考え物だな……」
今までは【絶断】という能力があったため、ほぼ防御無視で戦うことができた。
そのため、殆どが超短期決戦。
燃費が悪いなどということはあまり気にならなかった。
もちろんそれは全く気にならないという訳では無い。
短期決戦を付けれない戦いでは【MP】を消費する【終焉之剣】はまだしも、【HP】を消費する【童子切安綱】を使うのは避けていたし、何よりその二振を使わないようにしていたこともある。
その時は他の日本刀を使用していたが、しかし―――――
ユウノはその視線を腰に差した二振の愛刀からコヒナに移す。
コヒナの尻尾及び四肢はユウノの愛刀二振の能力である【絶断】に拮抗する能力を有していた。
【絶断】を今まで破ったのはコヒナを入れて4人。
今後は出てこないとは限らない。
【童子切安綱】、【終焉之剣】以外にも日本刀を持ってはいるのだが、圧倒的に性能差があるため、もしもの時に心もとないなとユウノは感じていた。
「新しい武器……か……」
必要になる時はそう遠くは無いなと考えつつ、ユウノはビスケットを食べ終わり座ってじっとこっちを見ていたコヒナと視線の高さを合わせるように膝を折ったのだった。
「―――――ビスケット」
ユウノと視線の高さが合ったコヒナの開口一言目はさらなるビスケットの要求。
「今食べただろ?」
「ビスケット」
じっとユウノの目を見つめたコヒナは譲らない。
「……だから今食べただろ?」
「ビスケット」
いつもならば何処かゆったりとした、間延びした様な喋り方のコヒナがその時ばかりはハッキリと言葉にしていた。
「……だ、だか「ビスケット」……」
最早言葉を被せてくるほど食い気味の変わらないビスケットの要求にユウノは頬が引き攣るのを感じる。
「……私、勝った……『ユウノ』、負けた……」
「お、おう……そうだな……」
「ビスケットぷりーずみー」
地べたに座ったまま腕を広げてビスケットを要求するコヒナ。
餌を待つ雛のような姿に自らの名付けは間違っていなかったなと思いつつ、これ以上は押し問答にしかならないなと理解したユウノ。
大人しく2枚目のビスケットを取り出しコヒナに渡した。
再び目をキラキラさせながら、その巨大なビスケットに齧り付くコヒナ。
「うま……うま……」
「……相変わらず美味そうに食べるなぁ……」
ビスケットに齧り付くコヒナの頭を優しく撫でたユウノはそう呟いた。




