出会い
ギルド【高天ヶ原】が設立してから1週間ほど経ったある日のこと。
初期メンバーである4名は唸る。
今までの暇な間の蓄えでたったの4名の【ギルド】にしては立派な『ギルドハウス』を構えるに至ってはいたが、肝心の『ギルドハウス』に設置できる設備を使用できるプレイヤーが1人も居ないのだ。
ギルドマスターであるトトリは勿論、その他のユウノ、キャロ、クレールもメイン職業、サブ職業共に戦闘向きのものしか取得していない。
せっかく【ギルド】を作り、比較的立派な『ギルドハウス』を構えたのにも関わらず、『ギルドハウス』最大のうまみともいえる設備を使えないのでは宝の持ち腐れだ。
テーブルを囲むように置かれた1人がけのソファーに座った4人が気怠げにぐったりしていた。
「【ギルドランク】1位目指すって言ったものの……流石にこれは……」
ユウノが頬杖をつきながら呟いた。
確かに【ギルドランク】上位に行くには戦闘に長けたプレイヤーが必須である。
しかし、それと同じようにサポート役―――――【鍛冶師】のような職業を持つプレイヤーも必要不可欠なのだ。
『弘法筆を選ばず』ということわざがあるものの、しかしより良い物があればより良い成果を得られるのもまた事実。
そもそも現在の【高天ヶ原】には、戦闘に長けたプレイヤーも、サポート役となるプレイヤーも足りていない。
根本的な問題は圧倒的な人材不足。
エンジョイ勢でいるのならまだしも、【ギルドランク】1位を目指すと言っているギルドであるなら早急に解決しないといけない問題だ。
「……誰か知り合いにいいプレイヤー居ないのか〜……?」
トトリは自分のフレンドリストを確認しながらボヤいた。
「ほとんどもう【ギルド】に入っている人ばっかり……」
「……右に同じく……」
キャロ、クレールはトトリのボヤきを聞きながらそう答える。
ユウノに関しても言わずもがなだったようだ。
ユウノはソファーから立ち上がると背伸びをしつつ欠伸をこぼす。
「身体なまりそうだからフラついてくるわ〜……」
そう言って『ギルドハウス』の出口に向かっていくユウノに残りの3人は無言で手を振って了解の意を示すのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―――――『トウキョー』市街地外・森
ユウノは遭遇するモンスターを手当たり次第に自らの武器の錆にしていた。
「ふっ……!!」
呼吸と同調して振るわれるのは一振の日本刀。
ユウノは『World Of Load』をプレイし始めた当初から日本刀という武器を使い続けていた。
だからだろうか、ユウノのメイン職業は【サムライ】。
しかし、その【サムライ】という職業はただの【上位職業】であり、何故【最上位職業】ではなく、【上位職業】のままでいるのかと聞かれるとユウノは決まってこう答えた―――――明確な理由はない、と。
ユウノが抜刀された日本刀を斬り払い、鞘に収めると自分の近くで誰かが戦闘しているであろう音が聞こえてきた。
いつもなら気になりもしない事だが、その戦闘しているであろう音に、「えぃ〜!」「やぁ〜!」「とぉ〜!」などの何処か気の抜ける掛け声が混じっていたために気になってしまったのだ。
「…………」
別段やることもなかったユウノはその声の聞こえてくる方へと足を向けた。
―――――そこへたどり着くのには時間はかからなかった。
いくつかの視界を遮っていた木々を通り抜けると声の主が1体のモンスターと戦っているのが見えてくる。
「―――――なんだあれ……」
見えてきた何とも奇妙な光景にユウノはポツリと呟いた。
歳はユウノよりも上であるのがその外見からわかる。
胸を隠すだけのチューブトップとホットパンツという明らかに軽装の女性が身の丈よりも巨大なバスターソードをよろよろと持ち上げていた。
おそらく目標は目の前のモンスター【ロック・タートル】だと思われる。
鈍足であり、強固な甲羅を持つ【ロック・タートル】。
1度間合いを取れば追いつかれることはほぼほぼないため、ダメージを受けずに戦闘の練習をする向けの耐久力のあるモンスターで有名である。
―――――しかし。
「―――――痛い〜?!
こ、こら〜!噛むんじゃないぞ〜!」
目の前のバスターソードを持ち上げているかなりの軽装の女性プレイヤーは足元まで近づかれ、啄まれていた。
「…………」
開いた口が塞がらないとはこの事だろうか。
あの【ロック・タートル】に足元まで近づかれ、攻撃までされるという何とも奇妙な光景にユウノは暫くそれを観察することにした。
木の影に身を隠したユウノは女性が何をするのだろうかと見つめる。
「く、喰らえ〜!」
暫く啄まれた女性はフラフラと持ち上げていたバスターソードを振り下ろす。
それを見た【ロック・タートル】が己の身を守るために自らの甲羅の中に引きこもるが、しかし、あれほど巨大なバスターソードであればその甲羅を割るくらい出来るであろう。
ユウノがそう考えながら事の顛末を見守っていると、何故か女性の振り下ろしたバスターソードが落下とともに横に倒れ、バスターソードの刀身の側面を【ロック・タートル】の甲羅に叩きつけるような形になってしまう。
グワァーン、という重低音が響き、しばらくした後に甲羅に身を隠した【ロック・タートル】が不思議そうに顔を出し、再び女性の足を啄み始めた。
「あ、痛い痛い〜!
何でさ〜!何でこうなるのさ〜!!」
女性はそう言いながらも再びよろよろしながらバスターソードを持ち上げる。
その間にも【ロック・タートル】は足を啄むのをやめることはない。
何とも地味なダメージである。
その後暫くは女性がよろよろとバスターソードを持ち上げて振り下ろすも、何故か刀身の側面で殴りつけるという現象を数回繰り返し、最終的には【ロック・タートル】が甲羅に引きこもることもなくなり、永遠と足を啄まれるということがユウノの目の前で繰り広げられることとなった。
(……絶望的に武器が合ってないな……)
ユウノは女性の行動を見ながらそんなことを思う。
どう考えてもあの武器は女性に適していないと言える。
チューブトップとホットパンツという軽装から想像するにダガーなどの軽量の武器で手数に長けた戦いをするのがあっているだろう。
「―――――とぉ〜!!!」
武器に関する考察をしていると、女性の掛け声が再び聞こえてくる。
何度目かは忘れてしまうほどの頼りない振り下ろし。
しかし今回は上手くいったのか、あの巨大なバスターソードはその刃を下に、【ロック・タートル】の甲羅目掛けて振り下ろされていた。
(あれだけ巨大な剣だったら『斬る』というよりは『叩き潰す』って感じだろうな……)
見たところ鋭いという感じもしないそのバスターソード。
【ロック・タートル】の甲羅がどれほど壊れるものかと興味を持ったユウノのがしっかりと目を離さずに見ていた。
「―――――なっ……?!」
しかし、予想は覆される。
【ロック・タートル】の甲羅目掛けて振り下ろされた女性のバスターソードは甲羅を壊すなどという事では収まらず、その甲羅ごと【ロック・タートル】を真っ二つにしてしまったのだ。
ユウノは己の目を疑った。
あんなにも頼りない振り下ろしでバスターソードを振るったのにも関わらず、【ロック・タートル】の甲羅を壊すではなく斬るとは。
(なんだあの武器……?!)
おそらくドロップ品ではないだろう。
もしもあんな武器がドロップ品としてあるのであれば相当有名になっているはずだ。
ユウノは一体あれは何なのだと考えて、その答えは直ぐに出た。
―――――【人造物】。
あの女性の持つバスターソードはプレイヤーが作った武器だと。
ユウノは隠れていた木の影から立ち上がり、女性の方へと近づいていく。
「―――――ねぇ、お姉さん」
名前も知らないその女性プレイヤーに話しかけた。
すると、女性はびくっと肩を揺らして恐る恐るといった様子でユウノの方を向く。
そして、ユウノの腰に差した日本刀、そしてその柄に乗せられたユウノの手を見て息を飲んだ。
「―――――【PK】はかっこよく無いとお姉さんは思うぞ〜!!」
バスターソードを地面に刺した女性はその影に隠れながら講義するもその声は何処か気の抜ける声だった。
「違う違う!
別に【PK】しに来たわけじゃない!」
ユウノは少々慌てたふうに両手を振って否定する。
すると女性は不思議そうな表情を浮かべた。
「……じゃぁ何しにきたの〜?」
「お姉さんの武器が気になってね。
さっきまでの戦いを見てたんだけど―――――」
「えっ……?!」
ユウノの言葉に被せるかのように女性は声を上げる。
その表情を見てみると動揺が見て取れた。
「ど、どうかした……??」
「…………」
ワナワナと肩を震わせ俯いている女性。
しばらくの無言の後にゆっくりとユウノの方へと近づいていく。
そしてユウノの肩をガッチリと掴むと突然顔を上げた。
「―――――さっきの事は内密にっ!!」
先程から聞いていた間延びしたような気の抜ける声ではなかった。
おそらく羞恥から来るであろう顔の赤みを見ながらユウノは苦笑いで頷く。
「わ、わかった……」
「よし……よかった〜……。
でも、覗き見は感心しないぞ〜?」
ユウノの肩から手を離した女性はホッとした表情で息を吐くと、今度はユウノが先程の戦闘を見ていたことについて咎める。
「いやだって面白かったから」
その言葉にピクっと肩を震わせる女性。
「【ロック・タートル】に足を啄ま……「はいストップ〜!!!」……ちょっ?!口を抑えないで!?」
再び頬を赤く染めた女性はユウノの言葉を止めようとその口を抑えにかかる。
しばらくの間女性が離れてはユウノがからかうという事を繰り返し、落ち着いたところでユウノは話を戻した。
「その武器【人造物】だよね」
「おぉ〜お目が高いね〜。
そうだよ〜これは私が作った武器だよ〜」
バスターソードの側面に頬擦りしながら嬉しそうに女性は言った。
それに対してユウノは目を見開いて女性を見る。
「これを作ったのが……」
「私だよ〜??」
「…………」
先程までの光景を思い出して、まさか使っている本人が作っていたとは考えもしていなかったユウノは驚きの心境だった。
「でもこれね〜……まだまだなんだよね〜……。
私【ギルド】に入ってないから設備が心許なくてね〜……」
女性は不満げに愚痴をこぼした。
「【ギルド】に入ってないんだ?」
「私はノルマとか嫌いでね〜……心ゆくまで武器を作りたいんだけどそういう【ギルド】この辺り少ないでしょ〜?
あっても何となく気が乗らなくてね〜……」
ユウノは女性の話を聞くにつれて口角が上がっていくのを感じた。
なんというタイミングで彼女に会えたのだろうか。
都合のいい展開に今後が怖くなりながらもユウノは口を開いた。
「良かったらだけど―――――」




