平和
―――――広く澄み渡り、快晴の空。
『トウキョー』の市街地から出た場所にある草原。
ユウノは珍しく休日のログインだと言うのにギルドマスタールームの外に来ていた。
「―――――あ〜……帰りたい……」
草原の中にまばらにある木陰で寝転がりながらユウノは呟く。
珍しくもユウノがギルドマスタールームから出て、外に来ている理由。
それはコヒナにあった。
思い返せばそれは数時間ほど前。
ユウノがログインして、いつも通りギルドマスタールームで引きこもり―――――もとい、アイテムの整理などをしていると、どこからとも無く現れたコヒナがその背中にくっついた。
初めはそれだけで満足そうにしていたコヒナだったが、それが30分、1時間と経つにつれて段々と不満げな表情を浮かべるようになったのだ。
そして、ユウノの背中ではなく、首にしがみつき一言。
「―――――暇……」
と呟き、最終的には外に連れ出したのだ。
ユウノは木陰で寝転がりながらコヒナたちの方を見る。
少し離れた場所で、コヒナ、アリィ、イリィ、マリィがモンスターと遊んでいた。
モンスターと遊んでいる言っても戦っている訳では無い。
文字通り、モンスターと追いかけっこをしたりして遊んでいるのだ。
モンスターの名前は【シルヴァーファング】。
白く、雪のような美しい体毛を持つ狼のようなモンスターだ。
どこかコヒナ、『王』のそばに居た白銀の狼を思い出させるが、それ程までに巨大な体躯ではない。
しかし、だからといって弱いモンスターではない。
なにせ―――――推奨レベルは92。
その推奨レベルから相当の強さであるのがわかる。
では何故、そんなモンスターがコヒナたちと追いかけっこをして遊んでいるのか、それはアリィの職業に答えがあった。
アリィはメイン職業が【専用職業】である。
―――――【魔物の主人】。
サブ職業で取得している【獣使い】とは比べるまでもなく上位の職業だ。
その効果は『テイミングの可能性があるモンスターがわかる』、『テイミングの成功確率上昇』、『テイミングモンスターのステータスアップ』など、【テイミング】に関する能力の向上である。
つまり、コヒナたちと追いかけっこをして遊んでいる【シルヴァーファング】はアリィのテイミングモンスターなのだ。
ユウノが欠伸をしながら寝返りをうつと、その背中に衝撃を感じる。
「かふぅ……っ?!」
しかしながらその衝撃は軽いものなどではなく、ユウノの身体を木陰から押し出すほどのものだった。
地面を引きずられるように陽の元に晒されたユウノは背中に突撃してきた少女の頭を撫でる。
「……ど、どうした?『コヒナ』……」
「お腹……空いた……!」
キラキラした瞳でそう言ったコヒナはユウノをじっと見つめていた。
「あ〜……わかったわかった……。
ただ、今度からはもっと優しくゆっくりと背中に突撃してくれ……。
俺は心臓バックバクいってるわ……」
「―――――???。
……ゆっくり……やった……よ?」
「……そうですか……」
きょとんとしたコヒナの表情にユウノは苦笑いをしながらかえす。
「―――――ギルマス〜大丈夫かにやぁ〜??」
しばらくして、マリィ、アリィ、イリィが駆け寄ってくる。
「ギルマス氷の上を滑ってるみたいだったねぇ〜」
「凄い勢いだったね〜」
アリィとイリィはクスクスと楽しそうに笑いながら、【シルヴァーファング】の背に乗っていた。
「……取り敢えずお腹が空いたんだってよ……。
弁当貰ってきてるからみんなで食べるか」
ユウノはウインドウを操作して人数分の弁当を取り出す。
普通サイズの弁当が4つに明らかに巨大な弁当が1つ。
ちなみに普通サイズの弁当がアリィ、イリィ、マリィ、そしてユウノの分であり、巨大な弁当はコヒナの分である。
この草原に来る前に、アマネに出会ったユウノは人数分の弁当を持たされていたのだ。
ユウノはそれぞれに弁当を配ると、レジャーシートのようなものまで取り出して草原に広げた。
「ほら、この上で食べた方がいいぞ」
そう言って、ユウノはコヒナを抱えてレジャーシートに座る。
コヒナは涎を垂らして自分の手にある弁当をガン見していたため、小脇に抱えるようにしていた。
「ギルマスってば準備がいいにゃぁ〜♪」
マリィは機嫌よさそうにレジャーシートの上に座る。
「まるでお父さんだね『イリィ』」
「いつもはダメダメなのにね『アリィ』」
「一言多いんだよお前達は……。
黙って、座って、食え!」
「「はーい」」
アリィ、イリィの言葉にユウノはため息を吐く。
当のアリィとイリィは笑いながら返事を返してレジャーシートに同じタイミングで腰を下ろしていた。
「「「「いただきます」」」」
手を合わせて行儀良くそう言った4人は弁当に手をつけ始める。
その様子を見ていたコヒナは一瞬首を傾げていたものの、見様見真似で手を合わせていた。
「いた……だき……ます……?」
疑問符の混じった言葉だったが、だからこそ、そんなコヒナの姿に頬を緩ませて和む4人。
コヒナは弁当を開けてきょろきょろとし始める。
「どうかしたか?」
ユウノがコヒナのそんな様子に気が付き声をかける。
するとコヒナは弁当をユウノに差し出す。
その弁当を何となしに受け取ったユウノ。
首を傾げているとコヒナはユウノの方を身体ごと向いて口を開けた。
「―――――あーん……」
腰辺りから生えている尻尾を嬉しそうに振りながら口を開けてそう言うコヒナ。
「ちょ、ちょっと待て『コヒナ』……っ!!!」
ユウノは慌てたように立ち上がる。
「―――――尻尾を振るのを止めないと凄いことになってるから……っ!!」
コヒナの尻尾が左右に振られる度に、後ろにある樹木が軋みながら左右に揺れていた。
何とか力を制御し始めてはいるものの、テンションが上がると初めて出会った時のようなパワーに近づいてしまうコヒナ。
どうやら今もご飯を前にしてテンションが上がってしまっているようだ。
「ギルマスそれも気にするところにゃんだけど、それよりも気にするところある気がするのにゃぁ……」
マリィは呆れたように口を開く。
「はっ……!
そうだそうだ……。
『コヒナ』?弁当自分で食べれるだろう?」
ユウノがそう言うと尻尾を振るのを止めて今度は首をぶるぶると横に振るコヒナ。
その反応に困った様な表情を浮かべるユウノ。
「本当にダメダメだなぁギルマス〜」
そんな時、アリィがため息を吐きながらそう言う。
「な、なにがだ?!」
「これだから初めて【テイミング】したプレイヤーは……」
アリィは傍に控えていた【シルヴァーファング】を呼ぶ。
そしてウインドウを操作して1つの肉塊を取り出す。
「【テイミング】されたモンスターはご主人に餌もとい、ご飯を貰うのが好きなんだよ〜。
『コヒナ』も例外に漏れてないってことだよ〜。
なぁ〜『シルグ』〜♪」
『がるぅぅ!』
そう言うアリィの手にある肉塊に嬉しそうにかぶりつく【シルヴァーファング】の『シルグ』。
その様子を見ていたユウノはゆっくりとコヒナに視線を移動させると、コヒナはキラキラとした瞳で頷いていた。
「……あーん……」
「あ、あーん……」
ユウノは覚悟を決めたようにして弁当の中のおかずを箸で掴むと、開かれたコヒナの口に持っていく。
「はむぅ……」
コヒナは嬉しそうにそのおかずを咀嚼する。
「―――――にゃんだかこう、絵面がやばいにゃ」
「ギルマスが小さい女の子に餌付けしてるよ〜『イリィ』」
「変態っぽいね〜『アリィ』」
「言いたい放題だなお前達!?」
3人からの言葉にユウノは声を荒らげて抗議するも、コヒナはそんなことは関係ないと口を開けてスタンバイしていた。
「……あーん……」
「…………」
「ほらほら、女の子を待たせちゃだめなのにゃぁ」
「そーだよギルマス〜」
「『コヒナ』が待ってるよ〜」
「―――――や、やればいいんだろやればよぉ!!!」
クスクスと笑う3人を放置したユウノは巨大な弁当が無くなるまでコヒナに与え続けたのであった。




