情報
―――――時刻は深夜をとうの昔に過ぎていた。
辺りには幾つもの本が、資料が、巻物が、乱雑に放り出されており、その中心にはデスクに座る男性が1人。
男性は淡い光の中で黙々と手に入れた情報を事細かにまとめていた。
その目は見開かれており、普通ではないのが分かる。
しかし、この男性に関してだけはこの状況が普通なのだ。
ガリガリ、ガリガリ、とペンで文字を書く音のみが部屋に響いていた。
「―――――リーダー……。
まだ続けていらっしゃったんですね……」
旅人風の装いにマントを羽織った女性が男性のいる部屋に入室する。
その表情は呆れ顔でありながらも心配の色が見えた。
「……まとめきれない……。
まとめきれないのですよ!!
彼らの新しい情報が多すぎて仕方がありません!
―――――あぁ……っ!
予想はしていましたが彼らはまだまだ手の内を隠しているのですね……!!
【剣聖】だけではなく、【十二天将】までもが手の内を隠しているとわかってしまった以上調べずにはいられないではないですか……っ!!」
そう言って恍惚の表情を浮かべる男性―――――アルヴァン。
己が目で確認した【高天ヶ原】というギルドの情報。
目に焼き付けたその光景を忘れぬ内にと戦闘が終わってすぐにこの【Aurora】のギルドハウスのギルドマスタールームに戻ってきたアルヴァンはひたすらに、ただひたすらにデスクに座り、情報を書き殴った。
それは次の日の朝になるまで続けられ、そこから更に書き殴った情報をまとめ、考察すること1日。
―――――つまり、アルヴァンは2晩を『World Of Load』の中で過ごしているのだ。
「……流石に1度ログアウトして下さいリーダー。
食事を取らないと死んでしまいますよ!?」
「流石に私もそこまで馬鹿ではないですよ。
水分補給も食事も1度しています」
アルヴァンの身を案ずる女性―――――『コーリン』の言葉に素っ気なくそう返す。
コーリンは深い溜息を漏らすと、ギルドマスタールームの明かりを灯す。
「眩しいですね……」
「何時も何時も暗いところで作業をしすぎですリーダー。
あと、片付けくらいしてください」
コーリンは足元に転がった本や資料などを拾い上げると元あったであろう本棚へと戻しに行く。
「あぁ!その資料はまだ使うんですよ!
勝手になおさないでくれませんかね」
「……あっそうですか……」
再び深い溜息。
コーリンは頭が痛いと言わんばかりにこめかみを抑える。
「それで?
直接見た【高天ヶ原】のメンバーはどうでしたか?
私は行けなかったので教えて下さいませんか?」
アルヴァンの近くにあった空いている椅子に腰掛けたコーリンが問いかける。
「……想像、予測、予知、妄想……どれほど彼らの実力について考えたかは覚えていませんが……やはり彼らはそれを優に上回って来ましたよ。
【ギルド対抗バトルロワイヤル】……あの場でも彼らは全てを晒したわけじゃない。
無論私たちもそうですが、彼らに関してはトップの実力を持つプレイヤーは例外無しに何かを隠していると見ました……」
ペンを動かす手は止めないままにアルヴァンはポツリポツリと言葉を漏らした。
コーリンはそれを静かに聞き続ける。
「全く恐ろしいものですね……」
溜息を吐くかのようにアルヴァンはそう続け、そうして手を止めた。
「ひとまずはこんなものでしょう。
―――――どうです?読みますか?」
コーリンに向けて自らのまとめ、考察した【高天ヶ原】に関する情報を読まないかと差し出すアルヴァン。
データでまとめれるにも関わらずわざわざ手書きでまとめる辺り、アルヴァンのこだわりを感じさせる。
「はい、勿論」
「ではゆっくりどうぞ。
私は少し出てきます」
アルヴァンはコーリンにレポート用紙の束を手渡すと、そのまま背伸びをして、ギルドマスタールームを後にした。
「―――――……はぁ〜……」
散らかりに散らかったギルドマスタールームに1人残されたコーリンはアルヴァンのまとめた【高天ヶ原】についての情報、それが綴られたレポート用紙の束を手に溜息を吐いた。
一体何度目の溜息だろうか。
「……全く……リーダーったら……」
自分がこのギルドに入ってどれほど経っただろうかと、コーリンはふと思う。
創立からいる訳では無いが、割と古参であるのは間違いない。
だからというのもあり、コーリンはギルドマスターであるアルヴァンの助手的立場にいるのだから。
―――――だからこそ。
アルヴァンというギルドマスターが変人だというのを理解している。
そして、それ故にこの【Aurora】というギルドをまとめあげているのだと言うのも、誰より理解しているつもりだ。
何時だったかコーリンはアルヴァン本人から、以前は研究者だったと聞いた覚えがあった。
興味を持ったもの全てを調べあげ、考察し、予測する。
1度始めたが最後。
自分の納得するまでそれに没頭してしまう。
そんなアルヴァンの行動はそこから来ているのではないかと、コーリンは思っている。
コーリンはレポート用紙の束を読みやすいように持ち上げ、1枚目をめくった。
ぺらぺらと1枚1枚目を通していくものの、そこに書かれていたのは以前からアルヴァンの予想していたそれぞれの職業が確定したという情報であったり、どのような戦い方をするのかをさらに事細かに書かれていたりだ。
面白味にかけるがしかし、これは勉強になるという情報も書かれているため、1枚も飛ばすことが出来ない。
「―――――これは……」
しばらくかかってアルヴァンの考察の書かれたページ。
その先頭に書かれていた目次にて気になる文章を発見したコーリン。
そこにはこう書かれていた。
―――――【神話族】判明。
「……【若武者】以外にってことよね……」
コーリンは【高天ヶ原】に所属しているプレイヤーのうち、【神話族】であるプレイヤーを【若武者】以外もう1人しか知らない。
しかし、そのプレイヤーは一体何の【神話族】なのかが分かっていなかったのだが、今回の戦闘でアルヴァンはそれを暴いたと言うのだろうか。
「……っ!!」
コーリンは急いでそのページをめくった。
そして、書かれていることを集中して読み進めていく。
―――――プレイヤー名【戦姫】ソフィア。
以前より彼女が【神話族】を獲得しているのは判明していたが、それが何なのかは分からないとされていた。
しかし、今回の戦闘にてそれが確認されたのをここに記す。
彼女の種族は【女神・アテナ】。
メイン職業を【守護女神】という。
武器は長槍、そしてロングソードを使用しており、そのどちら共【神造物】ではないかと予想する。
【種族解放】を使用した際、彼女の周りを眩い光とすべてを染めるかの如き闇が迸っており、その戦い方から察するに【若武者】アラタの【神・武甕槌】と同じく【戦士職系職業】だろう。
だが、これを決めつけるにはまだ情報が足りない。
今後の情報収集が大切だろう。
「―――――【女神・アテナ】」
コーリンはぽつりと呟いた。
聞いた話によるとアルヴァンは【剣聖】ユウノと同じレイドに参加しており、【戦姫】ソフィアとは別のレイドだったはず。
そうにも関わらず、まるで側で見ていたかのように綴られる先の文章にコーリンは恐ろしさすら感じた。
「私も参加したかったな……」
どうせなら自らの目で確かめたかった。
コーリンはその意志が見てわかるほどに不満げな表情を浮かべている。
今回の戦闘に関しては参加メンバーをすべてアルヴァンが決めた。
そのメンバーの中にコーリンは入っていなかったのだ。
それは、コーリンが弱いからではない。
―――――アルヴァンが情報を隠したがったからこそ、選ばれなかったのだ。
コーリンはレポート用紙の束をデスクに置くと眠たそうに欠伸をする。
「―――――次は私も……」
ギルドマスタールームの明かりを消してくすりと笑うコーリン。
その瞳は獲物を狙う狩人そのものだった。




