予想外
起きたばかりだからだろうか、『王』と呼ばれる少女はフラフラと身体を揺らしていた。
「ふあぁ〜……っ……」
眠たそうにあくびをする姿は可愛らしい少女そのものだが、相対するユウノはそのように感じる暇すらない。
(……いつぶりかね……こんなヤバい奴……)
これが現実世界ならば、冷や汗をかく程度では済むまい。
ユウノは小さく息を吸ったり吐いたりしながら落ち着こうとしていた。
幾ら最強と呼ばれようともこの緊張感は慣れない。
むしろ慣れてはいけないとユウノ自身考えている。
「……ふぅ……」
両手に握る二振の日本刀、その剣先の震えも無くなった。
今の標的は目の前の『王』と呼ばれる少女のみ。
その他は頼りになる仲間が何とかしてくれる。
いや、何とかするという確信に近い考えがあった。
「…………」
「…………」
互いに無言の時間が過ぎる。
ユウノは【童子切安綱】を納刀し、その手に持つのは【終焉之剣】一振りのみ。
体勢を低く低く構え、今にも飛び出しそうな前傾姿勢をとっていた。
一方、『王』と呼ばれる少女は何の警戒もしておらず、ユウノは視界に入れているものの、棒立ちだった。
(……その傲慢ごと斬り裂いてやる……)
ユウノはもう1度、息を吐き出すと、現在の自分が出しうる最速で駆けた。
そして、『王』と呼ばれるがピクリと反応した瞬間、【瞬地】を使用して一瞬にしてその背後にまわる。
(―――――殺った……!!)
狙うは首。
ガラ空きの首筋に鋭く斬り込んだ。
しかし流石は『王』と呼ばれる少女なだけはある。
自らの腰から生えた尻尾を割り込ませてきたのだ。
(尻尾ごと斬り裂けば問題ない……!!)
ユウノは尻尾の事など気にするまでもないと日本刀を振り抜く。
―――――そして、聞き慣れない音が響く。
それは肉を断つ音ではなかった。
金属同士が擦れ合う音、それだ。
「……おいおいマジかよ……」
ありもしない汗が自分の頬を伝う感覚がした。
一瞬、自分が握っている武器がメイン武器ではないのではないかとも考えたがそんなことはありえない。
さっきまでは斬っていたのだ、何もかも。
そんなユウノの心情など知るよしもない『王』と呼ばれる少女は首を傾げて、背後のユウノに視線を向けた。
「……じょーぶ……。
それ、とてもじょーぶ……」
「……嫌味にしか聞こえないな……」
ユウノの振るった日本刀、【終焉之剣】は『王』と呼ばれる少女の尻尾を斬り裂くことはなく、少しばかり食い込んでいるだけだった。
【絶断】の効果が発揮されていない訳では無い。
だが、眼前にある尻尾は【終焉之剣】の刀身を食い込ませる程度で押さえている。
「……この刀止められたのは何人目かね……」
片手で事足りる程度しか思いつかないプレイヤーたちのことを浮かべながらユウノは呟いた。
【絶断】の能力を宿したユウノの日本刀を止めたプレイヤーは実際に存在している。
1人はその効果自体を封じる術を
1人は対抗する【技能】を
1人は拮抗する【武器】を
それぞれが【対絶断用】の何かを準備していたのだ。
しかし、モンスターに止められたのは初めてだった。
(……まぁ、目の前の少女をモンスターとして定義するのであればの話だが……)
『王』と呼ばれる少女の尻尾に食い込んだ日本刀を下げ、少しばかり距離を取ったユウノ。
その表情は曇っていた。
(……尻尾だけなら何とかなる……けど、この刀でも斬れない部分が他にあるとしたら……)
嫌な予感がしてくる。
ユウノは『王』と呼ばれた少女の身体をじっくりと観察する。
額から生え、後頭部に向かって流線的な形を描きながらも鋭さを感じさせる2本の角、腰辺りから生えている【絶断】の能力を宿した日本刀ですら切断することが出来なかった尻尾。
鋭い爪と鱗を備えた両手足はまるで龍のようであり、その見た目から察するに、あの部分も斬ることはできないだろう。
身体は布とも皮膚とも鱗とも言える謎の物質が巻きついているだけのため何とも言えないが、はっきり言ってしまえば何処なら斬れるのか、皆目検討もつかない状態だった。
そんな時、『王』と呼ばれた少女がジリジリと自分の方へ近づいてきていることにユウノは気がつく。
息を再び整え、【童子切安綱】を抜刀し、両の手に日本刀を握る。
安心する重量に気持ちに幾分かの余裕が生まれたような気がした。
ジリジリ、ジリジリと、ゆっくりとしたペースでユウノに近づいていく『王』と呼ばれた少女。
周りでは他のプレイヤーたちが戦っている戦闘音が響いているものの、ユウノには今はそんな音は届いていなかった。
自分の方へと近づいてくる少女からとてつもないプレッシャーを感じるのだ。
鼓動が徐々に早まるのを感じる。
今はまだ動くべきタイミングでは無い。
まるで獲物を狩る肉食獣の様な瞳をした『王』と呼ばれる少女がユウノを瞬きすることなく見つめているのだから。
ジリジリとゆっくり進む『王』と呼ばれる少女。
その距離はいつの間にかユウノの間合いに入っていた。
―――――しかしユウノはピクリとも動かない。
そして、今振れば確実に刀身がその身体を捉えるであろう位置まで『王』と呼ばれた少女が来た瞬間、ユウノは両の手に握られた日本刀をそれぞれ振るった。胴体を斬り裂くために横一閃に。
その攻撃に反応したのか、『王』と呼ばれた少女はその口を開き、まるで倒れ込むかのような極端な前傾姿勢を取った。
ユウノの目には『王』と呼ばれる少女の口の中が見えるほどにその距離は近かった。
―――――そして再び、聞き慣れない音が響いた。
それは肉を断つ音でも、金属同士が擦れ合う音でもない。
滅多に聞くことがない空を斬る音だった。
「……ッッ?!!」
だとすれば、『王』と呼ばれる少女は一体どこに行ったのだろうか。
あの極端な前傾姿勢から予測するに突進してくるかと思っていたユウノは視線をふと、下に下げた。
「―――――お腹……空いたぁ……」
「…………は……?」
そこに居たのは顔は完全に地面を向くうつ伏せで大の字に倒れ込んだ『王』と呼ばれる少女だった。
「……お腹……空いたぁ……。
『コンジョー』も『オリベ』も『シンシュ』も『ゲッパク』も……誰も【餌】くれない……」
顔だけをユウノの方に向けて再び口を開く。
「私……人間食べない……。
おいしくない……」
何かの香りを嗅ぐように、鼻をひくひくと動かした『王』と呼ばれる少女は無表情のまま、目をキラキラとさせてユウノの方をじっと見る。
「あなたから……美味しそうな匂い……する……。
何か……持って……る……??」
『王』と呼ばれる少女に警戒していたユウノだったが、その様子に毒気を抜かれたのか、日本刀を二振とも納刀し、『王』と呼ばれる少女の前でしゃがむ。
そして、ウインドウを操作し、自分の持っているアイテムを確認する。
殆どが戦闘用のアイテムの中、1つだけ食料を発見した。
それは唯一置いてくるのを忘れていたアイテム。
1つ取り出して『王』と呼ばれる少女に差し出しながら口を開いた。
「……ほら、ビーフジャーキーならあるぞ」
「…………っっ!!!」
『王』と呼ばれた少女は起用にも差し出されたビーフジャーキーを手を使うことなく口だけでかぶりつくと幸せそうな表情で咀嚼する。
「うま……うま……うま……っ!」
ゴクリと咀嚼したビーフジャーキーを飲み込むと、再びユウノの方をキラキラした瞳で見つめる。
「…………」
そんな『王』と呼ばれる少女に対して無言で次のビーフジャーキーを差し出すユウノ。
無表情な『王』と呼ばれる少女の顔が輝いたような気がした。
再びビーフジャーキーにかぶりついた『王』と呼ばれる少女はもぐもぐと咀嚼を繰り返す。
そして飲み込めばユウノを見つめる。
ユウノはクスリと笑うとビーフジャーキーをさらに取り出して1つ、また1つと差し出した。
(……これはあれだ。
ペットに餌やりをしている飼い主の気持ちか……)
密かに自分も楽しみにしていたビーフジャーキーだったが、現在の状況を見れるなら仕方がないかと、持っているビーフジャーキーが無くなるまでそれは続けられるのであった。
―――――『王』の【テイミング】に成功しました。




