存在
「―――――邪魔っ!!!」
ユウノが通り抜けざまに進行方向を塞ごうとするモンスターを斬り伏せる。
向かう場所は視界に入っており、威嚇し続けている白銀の体毛を纏う巨大な狼。
その腹部に未だ眠る少女の姿をした『王』という存在だ。
しかし、その行く手は多数のモンスターによって阻まれていた。
既にポリゴン体に帰されたモンスター達は数しれず、それでもユウノの前には次から次へとモンスターが現れる。
「こうも邪魔されると流石に……っ!!」
ユウノの振るう【童子切安綱】、【終焉之剣】の二振の日本刀は【絶断】という能力を宿しているがなんのデメリットもないという訳では無い。
【童子切安綱】は【HP】を、【終焉之剣】は【MP】を継続的に消費するのだ。
その消費量は【神話族】の使う【種族解放】よりも更に多いとされている。
ユウノは自らの周囲を斬り払うと一瞬の内に錠剤状の回復アイテムを目前に出現させ、乱雑に噛み砕いた。
両手が日本刀によって塞がれているため、瓶状の回復アイテムは使用出来なかったのである。
「『アラタ』!『ララノア』!『マリィ』!
誰かこっちに来れるか!!?」
このままでは埒が明かないと、ユウノは仲間に呼びかける。
すると、それについての返信が届くよりも先に、ユウノは【魔法】が発動したのを確認した。
それは見覚えのある―――――【紋章魔術】。
灼熱の焔が渦となりユウノの周りのモンスターを焼き払った。
ララノアの方をちらりと見れば笑いながらサムズアップをしており、襲い来るモンスターを嬉々として狩っていた。
「……さんきゅ……っ!」
届いたかは定かではないが、ユウノはその場で感謝の言葉を呟き、白銀の狼に向かって開かれた道を一直線に駆け抜ける。
それを見た白銀の狼はいつの間にやら『王』を自らの背中に乗せ、のそりと立ち上がる。
威嚇する眼光は鋭さを増し、視線で人を殺せるのであればまさにそれであろうと言えるほどの殺気が込められていた。
しかし、ユウノは動じない。
白銀の狼に向けられた足は速度を緩めることなく、最短距離を最速で駆け抜けるのであった。
―――――初めの衝突は刹那の間。
至極簡単な体重移動、そして速度の乗った日本刀による横薙ぎの一閃。
それを白銀の狼は防ぐことはなく、ひらりと宙を舞い躱す。
それは重力の概念そのものが適応されていないのではないかという程に実に滑らかであった。
躱されるのを予測していたのだろう。
ユウノは大した反応を見せるまでもなく、着地した白銀の狼に向って再び駆け出した。
しかし、今までのユウノの戦いを見て学習したとでも言うのだろうか。
白銀の狼はできる限りユウノの間合いに入らないように、そして武器に触れないように、防御しないようにとひらりひらりと攻撃を躱すのであった。
その間背に乗る『王』が落ちることはおろか、動くこともないのを見ると何かしらの能力を発動しているのだろう。
「だからどうした……っ!!」
ユウノは利き足に力を溜めて、溜めて、溜めて、解放した。
そして掻き消えるユウノの姿。
白銀の狼はその瞳を丸くして、ユウノの姿を探す。
「―――――ふっ……!!!」
その息を吐くような微妙な声は、あろう事か白銀の狼の足元から聞こえた。
その次に続いたのはまるで空気すらも斬り裂いているのではという程の一閃。
しかし、流石は『王』を守るように背に乗せる白銀の狼と言ったところだろうか。
その一閃は白銀の狼の前脚を切断するまでは行かず、その半分ほどをまるでバターを熱した刃で斬るかのごとく斬り裂いた。
「ちっ……!」
一閃を放ったのはもちろんユウノ。
縮まらない距離を【技能】である【瞬地】によって強制的に縮め、白銀の狼を攻撃したのだ。
ちなみに、『World Of Load』における【瞬地】というのは移動するための【技能】であり、【MP】の消費に応じた距離をまさに一瞬で移動するというものだ。
―――――だがその顔には苦虫を噛み潰したような表情が浮かんでいた。
ユウノは今の一閃で白銀の狼の前脚を斬り落とし、機動力を失くすつもりだったのだから。
だからといっていつまでも悔やむわけにはいかない。
未だ目の前の敵は行動可能状態にあるのだ。
さらに言ってしまえば『王』という存在はまだ目覚めてすらいない。
であればこそ、白銀の狼は先に潰しておくべきなのだ。
「―――――サポート変更するにゃぁ〜!」
「タイミング最高かよ……っ!!」
後方から聞こえるマリィの声にユウノは口角を上げて喜ぶ。
マリィの舞ってる姿を見る暇はない。
そのため何のサポートが来るのかはわからない―――――
「―――――わけが無いッ!!!」
ユウノにとって【十二天将】のメンバーたちは仲間であり、友であり、家族であり、ライバルでもある。
長年付き合ってきたメンバーだ。
互いの手の内、思考などを軽くであればまさに未来予知のレベルで読み取ることができる。
だからこそこういう時に強い。
一瞬の判断を予測し、それに対して最適の行動を取る。
そうするだけで相手の行動よりも早く動き出すことが出来るのだ。
ユウノは二振の日本刀を惜しげも無く振るう。
今までのユウノに掛けられていたマリィからのサポートは【武闘の舞い】による物理攻撃力上昇、【祈りの口笛】による【MP】の消費量軽減だったが現在は違っていた。
マリィが現在舞っているのは【駿馬の舞い】、そして口ずさむのは【癒しの唄】。
【駿馬の舞い】は舞っている間、味方プレイヤーの移動速度を倍加させる効果であり、【癒しの唄】は唄の聴こえる範囲にいる味方プレイヤーの【HP】、【MP】を徐々に回復させるという効果だ。
ユウノの二振の日本刀による【HP】、【MP】の減少量が目に見える形で減少する。
さらに、移動速度が上がったため、白銀の狼はだんだんとユウノの攻撃を躱すことが難しくなっていったのだった。
白銀の狼は全身を斬りキズだらけにしながらも、背に乗せた『王』には一太刀すらも入れてはいない。
あきらかに荒い呼吸を繰り返す白銀の狼はそれでもなお、ユウノに鋭い視線を向けていた。
そして突然その身体を地に伏せた。
全身の傷によって立てなくなったのかとユウノは思うが、それが間違いであるというのが、その一瞬先にわかる。
―――――理解してしまった。
「―――――ふあぁ〜……っ!
……騒がしい……すごく……」
小さく、流れる小川のように澄んだ声が何故かその場所に響く。
それは地に身体を伏せた白銀の狼の背から響いていた。
その場が、【トミス樹海】最深部であるこの場所が一瞬で無音となる。
ゴクリと生唾を飲む音が聞こえるほどにだ。
そして、とてつもないプレッシャーがプレイヤーたちを襲った。
「……気持ちよく……寝てた……のに……。
うるさい……すごく……不快……」
ムッとした表情を浮かべて、『王』と呼ばれる少女はその腰から生えている尻尾を1度振るう。
―――――それはただの動作のはずだった。
それなのにも関わらず、少女の後方は悲惨なまでに吹き飛んだ。
【最強種】であるドラゴンが暴れでもしたのか。
その光景を見たプレイヤーはそう思っただろう。
しかし、その光景を作ったのは『王』と呼ばれる少女の尻尾の一振りのみ。
プレイヤーたちは全身の血の気が引いていくのを感じた。
『オウヨ……モウシワケゴザイマセン……。
エサガウルサクスルマエニ、シトメルコトガ、デキマセンデシタ……。
ドウカ、ドウカオユルシヲ……』
今まで喋ることのなかった白銀の狼がたどたどしい口調で言った。
『王』はそれを聞き首を左右に揺すりながらフラフラと身体を揺らす。
「……『えさ』……『餌』……??
……違う……『敵』……だ。
私の……『敵』……。
お昼寝……を……邪魔した……『悪い奴』……」
未だ眠たそうな眼で『王』はそう呟くと、白銀の狼の上から飛び降り、地面に着地する。
「………………」
ユウノは緊張した面持ちで戦闘態勢に入った。
一瞬もその姿を見失わないように『王』を見つめる。
他のプレイヤーのことを考える暇は無かった。
そもそも考える必要はない。
何せ此処には信頼できる仲間が、【十二天将】たちがいるのだから。
戦況は最終局面へと向かう―――――。




