提案
「―――――だぁ〜……疲れた……」
俺はベッドから体を起こしながら先程までプレイしていた『World Of Load』での出来事についてぼやく。
まさかあの後も適当な討伐クエストに付き合わされるとは思ってもいなかった。
「ったく……『アマネ』も『ユウギリ』もそうだけど、 どうして【高天ヶ原】には働き者が多いな……」
ベッド横のテーブルに準備しておいたペットポトルを手に取って中身を呷る。
時計を見てみれば夜の9時過ぎ。
今日は怠惰にお昼近くまで寝て、それからゲームを始めたため約8時間程プレイしていたことになる。
ペットポトルと同じくテーブルに置いていたスマートフォンにはいくつかの着信が来ていたのを表す表示が出ていた。
「……うわ……なにこれ……」
―――――『着信16件』
その着信すべてが学校からのものだった。
「やば……仮病でサボってるのバレてるんじゃねぇか……?」
内心冷や冷やしながら、スマートフォンをベッドに投げ捨てて背伸びをしながら立ち上がる。
―――――俺、『中野裕也』は高校生である。
『World Of Load』というゲームで『プロゲーマー』としてプレイしているが、その本分は学生。
そもそも『プロゲーマー』になるために『World Of Load』をプレイしていた訳では無い。
『World Of Load』が発売された当初、まだ小学生だった俺は、友達と遊びたいという一心で親に頼み込んでこのゲームを買ってもらった。
初めは勿論初心者丸出しで、ただの雑魚敵に殺られていたのが懐かしい……。
小学生から今まで、ずっとこのゲームをプレイしている。
それだけ長くプレイしていれば飽きるだろうとかなりの人達に言われてきたが、不思議と『World Of Load』というゲームに飽きが来ることは全く無かった。
―――――そして、気がついたら自分の立ち上げたギルドが有名になり、あれよあれよの内に『プロゲーマー』として稼げるほどになっていたのだ。
「あ〜……腹減ったわ……」
『World Of Load』の中では食事も出来るし、味を感じることも出来るが、それはゲームの中だけ。
現実世界では何も食べていないのだから空腹になるのは当たり前だ。
俺は空腹を訴えるお腹をさすりながら自室を出てキッチンに向かう。
「―――――空っぽじゃん……」
冷蔵庫を開きながら昨日食材を使い切ってしまったことを思い出す。
高校に入学すると同時に何かと気が楽な一人暮らしを始めた俺だったが、こういう場面では実家の方が楽だったなと常々思う。
料理をするのは吝かではないが、こんな時間から外に出て買い物をするのは気が乗らない。
俺はキッチンの戸棚からカップラーメンを一つ手に取り、手早くお湯を注いだ。
―――――カチッカチッカチッ。
カップラーメンが出来る間、ボーッとしていると時計が時を刻む音が俺しか居ない部屋に響く。
元々何かと口うるさいが優しい両親ととにかく喧しい二人の妹と実家で暮らしていたのを考えるとこの静かな空間は寂しさを感じさせる。
特に『World Of Load』をプレイした後は、あのギルドの騒がしさが頭に、身体に残っているためになおさらだ。
「……またやろ……」
どうせやることなんて無いのだから、このカップラーメンを食べたらまた『World Of Load』をやろう。
俺はそう決め、出来上がったカップラーメンを啜った。
「……シャワー位浴びとこう……」
身近な『プロゲーマー』たちはお風呂に入る時間、ご飯を食べる時間を惜しんで『World Of Load』をしているらしいが、俺はそこまで人間的な生活を削ってまで『World Of Load』をプレイする気は無い……。
食べ終わったカップラーメンの片付けをして、俺はシャワーを浴びるためにキッチンを出た。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「やべぇやべぇ……また絡まれたらまずいからログイン表示切っておかねぇと……」
改めて『World Of Load』にログインした俺はメニュー画面を開いて、フレンドやギルドメンバーが閲覧可能な表にログイン表示がされないよう、設定を変更する。
ついでにギルドメンバーで誰がログインしているのかもほんの少しだけ確認しておく。
「うわ……【十二天将】全員ログイン中じゃん……」
自分のギルドメンバーながらなかなか恐ろしいものを感じる。
(あ〜……何すっかな……。
今のところ欲しい素材がある訳でも無いし……)
周りを軽く見渡すものの何かピンとくるものがある訳でも無い。
現在俺がいるのは『トウキョー』ではあるもののギルドマスタールームではない。
では、どこにいるのかというと、所謂『トウキョー』という場所の始まりの町のような場所だ。
まだ始めたばかりであろうプレイヤー達が走り回り、『World Of Load』というゲームを楽しんでいるのが良くわかる。
初期装備を身にまとったプレイヤーの姿に何となく微笑ましい気持になる。
……高々、高校の子供がそんなことを思っているとバレたら怒られそうな気もするが……。
「―――――あ、あのっ!」
俺がぼーっとメニュー画面を弄りながら何をするか考えていると声を掛けられた。
「…………俺?」
何かの間違えだろうと、周りを見るものの俺しかおらず、声をかけてきたフードを被ったままのローブ姿の少女―――――恐らく14〜15歳ほどの見た目の―――――は俺の方をしっかりと見据えて何処か期待したような眼差しを向けてきていた。
【高天ヶ原】のギルドマスターだというのがバレた……??
「えっと……何か用?
誰かと間違えてるとかじゃない……?」
一応、世間に知られている俺の風貌は『和服姿に日本刀を携えた白い狐面』となっているはず……今は狐面をしていない上に武器だって予備の物を装備している。
名前に関しては『World Of Load』では同名被りが許可されているから他人の空似だということが出来る。
……俺が【高天ヶ原】のギルドマスターだというのは分からないはずだけど……。
「あ、あのですねっ!
お聞きしたいことがありまして……っ!」
「……聞きたい……こと……??」
「はいっ!
拝見させていただいた感じ、かなりレベルの高いプレイヤーさんですよね……???
その武器だって確かかなりレアリティの高い物だったはずですし……」
ローブ姿の少女は俺の装備を見つつそういってくる。
「実は……『紅き夜の水晶』というアイテムを探しているんですけど何処でドロップするのかが分からなくてですね……。
結構聞き込みはしたんですけど誰もわからないらしくて困っていたんです」
「『紅き夜の水晶』か……」
「レベルの高いプレイヤーさんなら知っているかなと思って、ご迷惑をかけるのは承知で声をかけさせてもらいましたっ!
……ご存知ないですか……?」
申し訳なさそうにこちらをのぞき込むローブ姿の少女。
『紅き夜の水晶』と言えば確か『トウキョー』のダンジョンの中層辺りで出現する【クリスタル・イーター】という大蛇のようなモンスターを倒せば低確率で入手出来るものだったはずだ。
「まぁ、入手法は知ってるぞ。
……だけど……」
俺はローブ姿の少女の装備を確認していく。
……一応、このあたりではそこそこの装備ではあるものの、【クリスタル・イーター】をソロで討伐するには心許無い装備だ。
「『紅き夜の水晶』が欲しいってことは【上位職業】への転職が目的だよな?
その身なりからすると【魔術師】か?」
「はいっ!
やっと【魔法使い】のレベルが40になったので【魔術師】に転職したくて!」
うきうきと、嬉しそうな楽しそうな表情を浮かべて明るい声でそう答えるローブ姿の少女。
転職出来るのが嬉しくて仕方がないといったその姿に微笑ましさを感じる。
「おにーさんは『紅き夜の水晶』の入手方法を知ってるんですよね?!
教えていただけませんかっ!」
お願いしますっ!と深く頭を下げてくるローブ姿の少女に、頭をあげるように伝えて口を開く。
「教えるのは吝かではないんだけど、多分というか十中八九レベル40の【魔法使い】だとソロでゲットするのはかなり難しいと思うぞ?」
「そ、そうなんですか……??」
「あぁ。
……ちなみに此処、『トウキョー』のダンジョンは何層あるのか知ってるか?」
俺の質問にローブ姿の少女は自信ありげに答える。
「100階層ですよね!
【ニッポン】で最大級のダンジョンだというのを聞きました!」
各都市に存在する【ダンジョン】。
殆どのものが50層程までしかないが、此処、『トウキョー』のダンジョンは大きく、その大きさは100層。
ダンジョンに存在するモンスターたちは約5層ごとにその強さを増していく。
「『紅き夜の水晶』をドロップするモンスターはその『トウキョー』のダンジョンの中層、大体40〜50層に生息してるから、そうとうプレイヤースキルが高くない限りはレベル40の【魔法使い】じゃ行くのは無理だな……」
「そ、そんなぁ〜……」
まるで大好物を目の前にこれは食べれないぞと言われた犬のようにしょんぼりとするローブ姿の少女。
楽しみにしていたであろう転職。
俺は自分が転職した時のことを思い出し、そんな少女に俺は一つの提案をする。
「―――――俺が手伝ってやろうか?」
「……え……っ?
い、いいんですかっ?!」
思ってもみなかった提案だったのだろう。
ローブ姿の少女は驚いた表情を浮かべて俺の方を見つめていた。
「おう。
どうせやることも無くて暇だったからな」
俺がそう言って、にかっと笑ってみせると、ローブ姿の少女は表情を明るくして飛び上がらんばかりに喜びを身振り手振りで表現する。
「ありがとうございますっ!!」
キラキラとした瞳に人懐っこそうな笑顔は何処か犬を思い出させる。
「いいっていいって。
ウチのギルドの奴らに付き合わされるより楽だからな」
「おにーさんはギルドマスターなんですか?」
俺の言葉に興味を示したのか、ローブ姿の少女はそう質問する。
「ん?まぁ、一応な。
犬娘ちゃんはギルドに入ってないのか?」
「わ、わんこ……???」
俺の口からポロリと出たその呼び名に、ローブ姿の少女は目を点にして首を傾げた。
おっと……犬っぽいからつい呼んでしまった……。
俺が謝ろうとするとローブ姿の少女はローブのフード部分を脱いだ。
「おにーさん凄いですね!
このローブ姿だと【犬人族】だとバレなかったのによく分かりましたね!」
頭を見てみるとボーダーコリーのような犬耳を付けていた。
よくよく観察すればローブの中に尻尾らしきものも見える。
なるほど、【犬人族】だった……通りで犬っぽいなと思った。
俺がそう考えながら、フードを取ったローブ姿の少女を観察していると恥ずかしそうにその身を隠した。
「あ、あんまり見られると恥ずかしいです……」
「あぁ……悪い……」
流石に女の子をジロジロ見るのは失礼だったか、と少々の反省をする。
ウチのギルドのメンバーとは違うのだからその辺は気をつけないとな……。
「取り敢えず、サクッと『紅き夜の水晶』回収しに行くか」
俺がそのままダンジョンに向かおうとすると、ローブ姿の少女改め、【犬人族】の少女はえっ、と声を上げた。
「じゅ、準備はしなくていいんですかっ?!
中層に行くなら回復薬とか揃えとかないと……」
「あぁ、大丈夫大丈夫。
中層に出てくるモンスターの攻撃程度喰らわないし」
そう返事をすれば【犬人族】の少女は口を開けてぽかんとしていた。
空いた口が塞がらないと言ったところだろうか。
「ほら、取り敢えず行こうぜ犬娘ちゃん」
そう言って歩き出すと、少し遅れて【犬人族】の少女も俺を追って歩き出す。
「わ、わんこじゃありませんよっ!
私は『アルル』ですっ!」
「おー。
じゃぁ、『アルル』行くぞー」
「はいっ!
……って、おにーさんの名前も教えてくださいよーっ!」
「気が向いたらなー」
「なんでですかっ?!ケチーっ!」
さっき出会ったばかりだが、和む冗談を交えた会話が出来る程にコミュニケーション能力が高い少女らしい。
俺は何となく楽しくなりつつ、『トウキョウ』のダンジョンへ『アルル』を連れて歩き出した。