開戦
【トミス樹海】最奥部。
そこは道中の薄暗い迷路のように入り組んだ道とは違い、広く開け、明るい光の射す場所だった。
通常であればそこは【聖域】と呼ばれるほどに美しく、自然の豊かさ、草花の華やかさを感じさせる風景が広がっているはずなのだが、今回は違った。
たしかに美しい風景は広がっていたがしかし、そこには数えるのが億劫になるほどのモンスターたちが所狭しと出現していたのだ。
事前情報として【双竜の息吹】から貰っていたものよりも遥かに多いと言えるモンスターの数にプレイヤーたちはどよめく。
数の暴力というものは恐ろしい。
格下の相手であろうと、その数が多ければ多いほど対応が間に合わなくなり、負けることもある。
それはプレイヤーでもモンスターでも同じだ。
4レイド120名のプレイヤーの前にはその数を優に超える程のモンスターの群れ。
その上、待ち構えていたかのように翼を広げる3体のドラゴンの姿があった。
『ほう……此度はかなりの数が……。
しかしうるさい……うるさいな……』
通常よりも小柄と言える体躯を持つ蒼い鱗のドラゴン。
しかしそれは未成熟だからでは無いのは見ればすぐにわかる。
その小柄と言える体躯は力が凝縮されていた。
普通のドラゴンとは密度が違うのだ。
『良質な【餌】が多く見えるな……。
これならば我らの王も満足して下さるだろう……』
堅牢な砦の如く堅そうな翠の鱗を持つドラゴン。
その口から吐かれた言葉は落ち着きがあり、ゆったりとしたものだが、しかし、優しそうなどといったイメージは微塵もわかないほどに威圧感があった。
『わざわざ此処まで来させる意味があったのか?
王が眠る間だぞ此処は。
早急に排除するべきだったんじゃないのか?』
攻撃的なまさに燃えるような紅の鱗を持つドラゴン。
他の2体に比べてもっとも好戦的な雰囲気を撒き散らし、【トミス樹海】最奥部に入った瞬間から威嚇を続ける姿は多くのプレイヤーに恐怖を植え付けたであろう。
―――――戦力差は歴然。
その事実に尻込みするプレイヤーも多数見られた。
にじり寄ってくるモンスターたちちの圧に敗けたのか、じりじりと後退していくプレイヤーたち。
「―――――【飛燕】」
しかし、そんな雰囲気を断ち切るかのように【技能】が放たれた。
プレイヤーたちににじり寄っていたモンスターたちを見事に一閃した【技能】。
先陣を切っていたモンスターを屠っただけで寄ってくるモンスターの波は止まらないが、その行動自体に意味がある。
「……さて、落ち着いたか?」
誰よりも一歩前に出て、いつの間にか抜刀されていた日本刀を持ちながら静かながら通る声でユウノが言う。
先程の【技能】を放ったのはユウノなのだと、全員が理解した。
そしてその横に並ぶ見覚えのある3人のプレイヤー。
「俺たちは『王』と戦う予定だからな……今は雑魚の処理をするとしますかね。
悪いけど【ドラゴン】は任せるぞ??」
そう言うユウノの横に並んだのはアラタ、ララノア、マリィの3人―――――【高天ヶ原】のプレイヤーたちだ。
ユウノは抜身の日本刀を再び鞘に納め、構える。
それに合わせるように3人も構えた。
「サポート行くにゃぁ〜!!」
マリィはユウノ、アラタ、ララノアの後ろを陣取り、優雅に舞う。
少女らしい可愛らしさを感じさせる顔からは想像出来ないほどに優雅で、美しく、色気を感じさせる舞いにプレイヤーたちは魅せられた。
マリィがやっているのは【武闘の舞い】というサポート用の【技能】。
その上に【祈りの口笛】という【技能】を重ねて使っているのだ。
【武闘の舞い】は物理攻撃力を上げる単純な効果を、【祈りの口笛】は【MP】の消費量軽減の効果を与える。
「「【飛燕】ッッ!!」」
そんなマリィからのサポートを受けたユウノ、アラタは同じ【技能】を放つ。
この【飛燕】という【技能】は振るった日本刀の攻撃範囲の延長線上のものに攻撃するというものだ。
どこまで届くかは消費【MP】に依存するものの、使い勝手のいい日本刀使いたちの遠距離攻撃のひとつとされている。
「【紋章魔術・焔獄】」
本来近距離での【魔法】を混じえた戦闘が得意なララノアだが、遠距離からの【魔法】が使えない訳では無い。
今回ララノアが使ったのは【紋章魔術】。
【紋章魔術士】という【最上位職業】を取得したプレイヤーのみが使えるものだ。
【紋章魔術】とは、【MP】を消費し、【紋章】を空中や地面、人体などに出現させ、消費した【MP】、出現させた【紋章】の組み合わせによって様々な【魔術】を使用することができるものとなっている。
ユウノ、アラタ、ララノアが放った攻撃はこちらへと寄ってくるモンスターたちを言葉通り吹き飛ばす。
吹き飛ばされたモンスターたちは見事な程に両断された姿もしくは死体すら残らないほどに焼き尽くされており、その威力を物語っていた。
「おっと……私も手伝わせてもらいますよ」
ユウノたちの行動を見ていたアルヴァンも遅れながらも動き出す。
「人手はいればいるほどありがたいな」
ユウノはそう言いながら決してモンスターたちの方から視線を外さなかった。
―――――それもそのはず。
目前には未だ数え切れないほどのモンスターたちが蠢き、近寄って来ているのだから。
「『ハース』!『ダイン』!『ソフィア』!
それぞれレイドメンバーを散開させろ!
できるだけ戦闘範囲が被らないようにな!」
声を張り上げるユウノ。
名前を呼ばれたハース、ダイン、ソフィアは即座に行動へと移る。
自らのレイドメンバーにそれぞれ指示を出すのだ。
「―――――お前たちの通る道なら直ぐに作ってやる。
なに、こんな雑魚一瞬だ」
その言葉に【高天ヶ原】のメンバーはそれぞれ笑う。
信頼の笑み、同意の笑み、心からの笑み。
様々な笑みを浮かべたメンバーはそれぞれの役割を果たすために武器を取り、声を張った。
それを見ていたユウノは小さくふっと笑うと唐突に抜身の日本刀を納刀し、ウインドウを操作し始める。
そして次の瞬間には、ユウノの腰に差された二振の日本刀は全く別の物になっていた。
「―――――おぉ……!!!」
目を輝かせ、声を上げる。
それが目的だったと言わんばかりに。
「何だよ【道化師】さんよ?
そんなに光り物が好きか?
やっぱり【鴉】じゃんか」
片方の日本刀の鯉口を切り、薄らと刀身を見せながらユウノが言う。
「ふ、ふふ……ふふふふふ……!
貴方が……【剣聖】である貴方がその武器を使う所を見れるというだけでも大きな収穫ですよ!!!
いやはや……やはりこの戦いに参加してよかったですねぇ!」
アルヴァンの満面の笑み。
いや、何処か狂気を感じるほどの笑みにユウノは本性を垣間見たような気がした。
これだから信じられないのだとユウノは溜息と共に言葉にせずに吐き出す。
「それはそれは……まぁ、見れる暇があるんだったら見ればいいさ……っ!!」
何処か嘲笑うかのような表情を一瞬だけアルヴァンに向けたユウノは日本刀の柄に手を添えながらモンスターたちに向かって走り出した。
そのタイミングを知っていたかのようにアラタはユウノに並走する。
流石と言うべきだろうか。
言わずとも行動が伝わるほどに信頼関係を築いているという事だろう。
そして、それは他のメンバーにも言えていた。
3つのレイドはそれぞれ距離を取り、自分たちの担当する予定のドラゴンに向けて攻撃を放ったのだ。
ドラゴンたちはその攻撃をものともせず、涼しい顔をしていたが、自らよりも格下の存在だと思っている者からの攻撃が余程気に入らなかったのだろう。
特に攻撃的な紅の鱗を持つドラゴンを最初に、3体のドラゴンはまるで敢えてユウノたちの策に乗るかのように三方向に別れていった。
―――――いよいよ本格的な戦いの幕開けである。
「―――――……むにゃむにゃぁ……」




