事実
―――――【トミス樹海】
先も見通せないほどに深く生い茂った木々。
どこまでもどこまでも続いているかのようなその樹海の一部分に開けた場所がある。
そこはプレイヤーたちの間で入口だとされる場所。
門があるや、明確に此処が入口なのだと分かる場所では無い。
入れるから、そしてそこから入れば奥に進むにつれてモンスターたちが強くなっていくからという理由で入口となっているのだ。
そもそも【トミス樹海】に入口は存在していない。
何せそこはダンジョンでも無ければ都市でもない。
自然的にただそこにある樹海のため、入口が確立されているわけではないのだ。
しかし、だからといって舐めていい場所では無い。
そこらに存在しているダンジョンなんかよりもよっぽど奥に行くのが難しいとされている場所なのだから。
そんな、【トミス樹海】の入口には『World Of Load』における1レイド分の人数、30人が集まっていた。
集まっているプレイヤーをよく見ると、全員が武装のどこかに2匹の龍の紋章が描かれている。
―――――それはあるギルドの証だった。
【ニッポン】に存在する47の都市を治めているそれぞれのギルド。
その中でも『ヤマナシ』を治めている【双竜の息吹】というギルドの証だ。
「―――――ギルマス。
【トミス樹海】での異変って本当なんですか?」
レイドメンバーのうちの1人が気だるげに先頭のプレイヤーに向ってそういった。
「一応情報としてはな。
俺も1度入ってみたが確かに出現するモンスターがほぼ居なくてな。
1匹も遭遇しなかった」
「……それはたしかに妙ですね……」
ギルマス、つまりギルドマスターと呼ばれた男性の言葉に気だるげだったプレイヤーも顎に手を当てて不信がる仕草を見せる。
「情報によれば最奥にはモンスターの群れ、しかも【中ボスモンスター】級が複数体いるらしい。
つまりは【レイドボスモンスター】がいてもおかしくないからな。
―――――気を引き締めて行くぞ」
『はいっ!!!』
ギルドマスターの声掛けに応じるようにレイドメンバーは返事を返す。
ギルド、【双竜の息吹】の最高戦力となる編隊の1レイドは、異変が起きていると言われている【トミス樹海】に足を踏み入れるのだった。
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「―――――なにも……居ない……」
【トミス樹海】に気合を入れ直してから足を踏み入れて早30分と言ったところだろうか。
【双竜の息吹】のメンバーたちはその異変に戸惑いを隠せないでいた。
あの、【トミス樹海】の中に30分間もいるというのに未だにモンスターに遭遇していないのだ。
初めは話をしていたプレイヤーたちも進むにつれて口を噤んだ。
「……ギルマス。
これは流石に異変にしては極端じゃ無いですか……?」
「……やっぱりそう思うか?
モンスターが1体もいないとなるとそう思うよな……?」
レイドの先頭を歩くギルドマスターと1人のプレイヤーが額に汗を浮かばせながら言った。
もちろん、ゲームの中であるため、実際に汗が見える訳では無いが、汗を幻視するほどには緊張感が高まっていたのだ。
【トミス樹海】の中間ほどに来たのだろうか。
入り初めよりも薄暗くなる視界には動くものすら感知することが出来ない。
「このメンバーできたのは間違いじゃ無かったな……」
「……はい。
この面子なら臨機応変に対応出来るでしょう……」
さらに奥へ奥へと進んで行く【双竜の息吹】のメンバーたち。
手に入れた情報によれば最奥部にモンスターの群れがいるらしいため、その調査、解決に来た【双竜の息吹】のメンバーたちは奥に行くしかないのだ。
―――――それからどれほど歩いただろうか。
流石は【生きた樹海】と呼ばれるだけあって、道がまるで迷路のように広がっており、相当な時間を費やしてようやく最奥部まであと少しという所まで来ることができた。
薄暗いと言うよりはほぼ暗闇に近い視界の先に、まるで壁のような木の幹が編まれてできた物がそびえ立っている。
この木の幹によって作られた壁の向こう側が、この【トミス樹海】の最奥部へと続く最後の空間なのだ。
「……着いたか……!」
先頭を歩くギルドマスターの声に全員が反応し、表情を固くする。
結局、今まで1度もモンスターに遭遇しないまま最奥部にまで来てしまったのだ。
さぞ恐ろしい光景が広がっていることだろう。
そんな考えが全員の脳裏に過ぎる。
バクバクと鳴る鼓動を必死に抑えながら、【双竜の息吹】のメンバーたちは木の幹によって作られた壁を抜けていく。
「―――――嘘……だろ……」
誰が最初に呟いたのか、最早絶望の色が含まれたその声を咎めるものは誰一人としていなかった。
広く開け、明るくなった視界を埋め尽くすまでの―――――モンスターの群れ。
100だとか200だとか、そんな可愛いものではない。
【最弱種】のモンスターから【変異種】、【混合種】、【貴種】などなど、【トミス樹海】で目撃情報のあったと思われるモンスターたち全てが、目視では数え切れないほどそこに居た。
しかし、その程度なら【双竜の息吹】のメンバーたちも絶望の色を含む声をあげたりはしないだろう。
いくら小さな島国の【ニッポン】とは言え、その中の都市を治めるギルドなのだ。
数百、数千とも言われる【ニッポン】のギルドの上位47のギルドが抱える最大戦力のレイド。
それすらも絶望させるものとは―――――
『―――――よく来た【餌】たちよ。
この場所に来るというのに、それほどに少数で来るとは……。
【阿呆】の類か……?』
通常よりも小柄と言える体躯を持つ蒼い鱗のドラゴンが【双竜の息吹】のメンバーたちを見下ろしながら言う。
『少ないとは言っても我らの王の【餌】には丁度いいだろう』
翠の鱗を持つドラゴンは地面でどっしりと構え、首を擡げていた。
『こんな奴らの侵入なんかで王が起きたら大変だ。
―――――即刻排除するぞ……!』
双翼を広げながら、紅い鱗を持つドラゴンは威嚇する様に巨大な口を開く。
「……こんなの……ありかよ……」
【双竜の息吹】のギルドマスターは引きつった笑みを浮かべて呟く。
「―――――【レイドボス級】のモンスターが……3体……っ?!
……しかも、よりによって【最強種】のドラゴンかよ……っ!!!」
―――――【最強種】。
それは多種多様のモンスターの中で最も力を持つと言われるモンスターがカテゴライズされるものだ。
ドラゴンというのはそれに該当するモンスターの中でも一二を争うモンスターなのである。
(此処は撤退を……っ!)
【双竜の息吹】のギルドマスターは到底勝てるとは思えないモンスターたちの存在にまずは撤退することを考える。
情けない事ながら、流石に【レイドボス級】のモンスター、その上【最強種】を3体も前にしてしまえば、1レイドでは勝てるわけがないのだ。
まずは撤退し、各地の都市を治めているギルドマスターに救援を頼み、討伐隊を組まなければならないだろう。
あまりの緊張からか、周囲の音がほぼ聞こえない。
ギルドマスターは震える手でハンドサインを自分の後ろにいるレイドメンバーたち送り、撤退を命令する。
(…………??)
しかし、反応が、足音がしない。
そして遅れて、ギルドマスターは気がつく。
自分のステータスに状態異常がかかっている事に。
(……【遮断】……?!)
【遮断】とは五感のうちのどれかが文字通り遮断されてしまう状態異常だ。
つまり、【双竜の息吹】ギルドマスターは【遮断】によって【聴覚】を遮断されてしまい、音を感じ取れなくなっていたのだ。
いつ状態異常をかけられたのか分からないものの、それよりも気になっている自分のギルドメンバーたちがいるはずの後ろを、ゆっくりと向く。
(ッッッ!!!?)
そこに居たのは自分と同じく、状態異常である【遮断】を掛けられたために、ハンドサインを理解している者と理解出来なかった者がぶつかって倒れている姿。
そして、音もなく忍び寄ったモンスターたちに襲われている姿だった。
『【餌】なのだから逃がしはせぬよ』
そこでようやく【遮断】の効果が切れる。
【双竜の息吹】のギルドマスターは同じく【遮断】の切れたメンバーと共に襲い来るモンスターたちと戦闘を開始した。
「ひとまず敵に隙を作れ……っ!!!
そうすれば【簡易転移門印】で逃げることができる!!」
剣を振るい、襲い来るモンスターを斬り伏せながら、メンバーたちに声をかけるギルドマスター。
このタイミングで襲ってこないドラゴンたちに疑問を抱きつつも、逃げる為にモンスターを斬り伏せていく。
そして、ようやく襲い来るモンスターの波が弱まったタイミングで再びハンドサインを出し、【簡易転移門印】の使用を指示する。
(此処はギルドホームに……っ!!)
【双竜の息吹】のギルドマスターも【簡易転移門印】を取り出して使用する。
「―――――嘘……だろ……」
しかし、現実は非常だった。
【簡易転移門印】が使用出来なかったのである。
【転移系アイテム使用不可領域】。
この場所はそう設定されているようだった。
通常の【トミス樹海】の最奥部では使用できていたため、今回も大丈夫だろうと言う考えだったが、それが、甘かった。
『―――――さて、そろそろいいかな?』
まるでプレイヤーたちが何をするのかを知っていたかのように、嘲笑うかのように声をかけてくるドラゴン。
『―――――狩りの時間だ』
そう言って、3体のドラゴンが【双竜の息吹】のメンバーに襲いかかった。
【双竜の息吹】最大戦力を組み込んである1レイドの完膚無きまでの完全敗北という情報が【ニッポン】中に広がるのは、そう遅くはなかった。
そして真っ先にその情報を他の誰でもない、【双竜の息吹】のギルドマスターから受け取ったのは―――――
「―――――そうか……全滅……か……」
『……あれは無理だ。
幾らか抵抗はしたけど1体も倒せなかった……』
「……後は任せてくれ。
……何とかする」
『悪いな……【デスペナ】が無ければ俺も参加するんだけど……』
「気にすんな気にすんな。
情報だけでもありがたい」
―――――【高天ヶ原】ギルドマスターの【ユウノ】だった。




