異変
「【トミス樹海】でモンスターが出現しなくなった?」
ユウノがいつも通りギルドマスタールームでアイテムの整理をしながらイカルガに最近の情報を聞いていると、1つの話題に食いつく。
イカルガはユウノに出されたお茶を飲みながらこくりと頷き、湯呑みを置いた。
「……正確には出現するモンスターの数が極端に少ないそうですマスター」
「【トミス樹海】でね……。
なんだ?何かのイベントの前触れか……?」
今までにこのような事がなかったかとユウノは記憶を辿ってみるものの、心当たりはない。
「イベントなのかどうかは分かりませんが、1つ奇妙な噂が」
「奇妙な噂か……一体どんな?」
アイテムを整理する手を止めたユウノはイカルガの目を見つめて真剣な表情を浮かべる。
「はい。
何でも運良く最奥部まで入ることのできたプレイヤーが死に戻りして言った話らしいのですが、モンスターの群れが居たそうです」
「モンスターの群れ?
【トミス樹海】に限らず、特に珍しい事じゃないだろ?」
ユウノは拍子抜けした顔でそう言うとイカルガは首を横に振って否定する。
この話はまだ終わりではないと。
「ただのモンスターの群れなら珍しい事ではありません。
しかし、そのプレイヤーが言うにその群れは多種族のモンスターたちが集まって出来ていたらしいのです」
その言葉に一瞬驚きを表すかのごとく目を見開いたユウノだったが直ぐに考え込むように顎を手で触った。
そしてしばらく無言で考えたかと思うと口を開く。
「……【名持ちモンスター】か……?」
「分かりません。
ただ、もしそのプレイヤーの言った言葉が本当なら件の群れには所謂【中ボスモンスター】なども混ざっていたとのことです」
「【中ボスモンスター】……てことは【トミス樹海】に出現したのはただの【名持ちモンスター】じゃないな……【貴種】……?それとも【変異種】か?……まさか【レイドボスモンスター】が……?
……何にせよ情報が足りなすぎるな……」
ブツブツと誰にいうでもなく呟くユウノは真剣に考えをまとめているようすだった。
そんなユウノを見ていたイカルガは姿勢を正して言った。
「私が見てきましょうか?」
情報収集をするには身軽であり、単独行動が得意なイカルガが適している。
その事を分かっているイカルガは真っ先に自分が偵察に行くことを提案した。
「いや、今回は俺たちはまだ動かなくていい。
【トミス樹海】の付近にある都市をまとめてるギルドが動くだろうからな」
【ニッポン】には現実世界の日本と同じく47つの都市が存在しており、その一つ一つを治めているギルドが存在する。
例えば『トウキョー』であれば【高天ヶ原】。
それぞれのギルドが自分の治めている都市付近の問題は率先して解決することになっている。
今回の【トミス樹海】の件もその付近のギルドが手を組むもしくは個々として解決するだろうとユウノは考えたのだ。
「……なるほど。
後の先を取るというわけですね?」
「いや―――――ただ単に面倒くさいだけだ。
確かに気になるけど動くほどじゃない。
これが『トウキョー』付近の問題なら動いてたけどな」
ユウノはそう言って再びアイテム整理を始めた。
そんなユウノに何か言いたそうなイカルガだったが、いつもの事かとため息を吐いて再び湯呑みに口をつける。
「―――――もし、解決出来なかった場合は?」
しばしの沈黙の後、イカルガがそういう。
ユウノはアイテムを弄りながらため息混じりに答えた。
「その時は動くさ。
むしろ動かざるを得ないと言っても過言じゃない」
『World Of Load』、その【ニッポン】という島国では何故それぞれの都市を治めるギルドがあるのか。
それは―――――都市がモンスターに襲撃されることがあるからである。
これは『World Of Load』に存在する都市は例外なく起こりうる。
頻繁にあることではないがそれは突発的なイベントとして起こる。
【都市襲撃】と呼ばるこのイベントはもし失敗すると都市としての機能レベルが大幅に下がってしまう。
例えば【NPC】が取り扱うアイテムのレベルが下がるだったり、ギルドの設備が使えなくなったり、建てた建物を破壊されたり、【転移門】が使えなくなったりなど、被害は甚大だ。
だからこそ、それぞれの都市を治めるギルドが存在する。
各ギルドは自らの治めている都市を守るために戦うのだ。
そして、もし自分たちの力では守りきれないと判断した場合、何処のギルドも取る行動は1つ。
―――――【高天ヶ原】に助けを求めるのだ。
各ギルドにもプライドはあるだろう。
自分たちの治めている都市は自分たちで守るという。
しかし、それでも負けて都市が壊滅するより助けを求める方がマシだと考えるギルドが多いのだ。
「では、その時は私が……」
身を乗り出す様にしてイカルガが口を開くが、ユウノはそれを手を上げて制した。
「勿論、その時は頼んだぞ?『イカルガ』」
「かしこまりました、マスター」
ユウノに頼んだと言われたイカルガの顔は少しだけ緩んでいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―――――【トミス樹海】最奥部
鬱蒼と生い茂る木々に囲まれた【トミス樹海】の最奥。
そこには木々の隙間から光の射す美しい風景が広がっていた。
いつもであればそこには何もなく、しんとしているはずなのだが、現在は違った。
幾千幾万のモンスターたちの鳴き声が響き、未だ眠りから醒めない少女を囲んでいる。
『王はまだ目覚めぬか?』
1体の通常よりも小柄な蒼い鱗を持つドラゴンが少女の方を見ながら口を開く。
本来自らを頂点とするドラゴンが、少女を王だと言った。
しかも、言葉を発することが出来るほどに高位のドラゴンである。
それはとてつもない異常であった。
『マダ、ネテオラレマス』
少女が眠るその下。
フカフカの白銀の体毛を持った巨大な狼が未だ慣れない風に答える。
『王の目覚めはそう遠くはないだろう』
初めに口を開いたドラゴンとはまた別の翠の鱗を持つドラゴンが静かにそう告げる。
すると、周りにいたモンスターたちが嬉しそうな声を上げた。
『静かにしろッッ!!!』
更にもう1体の紅の鱗を持つドラゴンが一喝する。
それを境にその場はしんと静まり返った。
幾千幾万ものモンスターたちが黙ったのである。
「……んぅ……んん……」
『『『『ッッ!?』』』』
少女の声が聞こえる。
ドラゴンたちはその声に反応して少女の方を一斉に向いた。
遂に目覚めの時かと自らの王の起床を待つが、その期待は裏切られる。
「んん〜…………」
フカフカの銀色の体毛を持つ狼の上で寝返りをうつだけで、少女は目覚めなかったのだ。
『……何はともあれ、王の目覚めは近い』
『我らは王の目覚めに添う』
『そして、王に相応しき場所を』
3体のドラゴンは鋭い目付きで空を見上げた。




