タイミング
「ん〜っ!
美味しいにゃぁ〜♪」
うっとりとした表情で頬に手を当てるマリィ。
その対面に座っているユウノは器用にも狐面を被ったままコーヒーを飲みながらマリィの幸せそうな姿を見ていた。
「こういう美味しいものを好きなだけ食べれるのも『World Of Load』のいい所の1つにゃ〜!」
そういうマリィの前に置かれた皿には5つものケーキが並んでいる。
「太らないからって意味でか?」
「……ギルマスはデリカシーがないにゃぁ……。
女の子にそんなこといわないでほしいのにゃぁ〜……」
マリィはそう言いつつはむはむとケーキを頬張った。
「でも間違ってないだろ?」
「……間違ってにゃいですにゃぁ……」
ユウノの言葉にマリィはケーキを頬張りながら口を尖らせて返事をする。
現在2人がいるのはマリィオススメだと言うスイーツを取り扱っているプレイヤー経営の店だ。
どうやら此処の店の調理担当のプレイヤーは職業として【料理人】もしくは【パティシエ】を取得しているらしく、料理を食べたプレイヤーに何らかの効果を付与させるようだ。
マリィが食べている5つのケーキもそれに該当しており、そのどれもが『使用後1時間プレイヤーの移動速度を上昇させる』というもの。
このあとにクエストを受けたりする予定はないと言っていたため、マリィはただそのケーキが食べたかっただけなのだろうとユウノは予想する。
ユウノが優雅にコーヒーを飲んでいると、マリィがぽつりと声を漏らす。
「……ギルマスは変なところで真面目なのにゃぁ……」
「はい?
突然どうしたんだよ」
ユウノはそんなマリィの方を向いて疑問符を浮かべる。
「日頃は不真面目な癖に変なところで真面目になるから大変なのにゃ。
ギルマスにゃんだからもっと私たちにも頼ってほしいのにゃぁ〜……」
何処かしょんぼりとした雰囲気のマリィ。
自慢の耳も尻尾も垂れ下がっている。
「―――――いや、突然シリアスにされても」
しかし、ユウノはそんな雰囲気を気にしなかった。
真顔でそう言うと何事も無かったかのようにコーヒーをひと口飲む。
「にゃぁっ!?
せ、せっかく私が心配してるのにその反応はなんにゃんですかにゃっ?!」
「『マリィ』は的外れな心配してくるからなぁ〜。
最近はちょー平和だから悩み事とか全くないぞ?
と言うより俺が【十二天将】を頼りにしない訳がないだろうが。
座右の銘が『他力本願』だぞ俺は」
「……そういわれると納得する私がいるのにゃぁ〜……。
……でも確か『他力本願』って他人に甘えてばかりって意味じゃなかった気がするのにゃ……」
「え、マジ?」
「マジにゃ」
かなり緩いやり取りをおこない、先程までのシリアスな雰囲気は消え去る。
ユウノは飲み終えたコーヒーのカップを丁寧に置くと未だケーキを食べるマリィの方を微笑ましそうに見ていた。
「……そんなに見られると食べにくいのにゃ……」
ジトっとした目でユウノの方を見るマリィ。
食べにくいと言いつつもその口はケーキを咀嚼している。
「悪い悪い。
何だか娘とケーキを食べに来てるみたいだなって思ってな」
「し、失礼だにゃっ!!!
これでもギルマスより年上なのわかって言ってるのかにゃぁっ?!」
「えー『マリィ』は俺より年上だったのかー。
それは知らなかったなーごめんごめん」
「手本のような棒読みはいらにゃいのにゃっ!!!」
ふしゃーっと猫が威嚇するかのような声を上げてユウノを睨みつけるマリィ。
尻尾の毛が逆だっているところを見ると相当怒っているようだ。
「だって仕方が無いだろ〜。
『マリィ』ってばまんまマンチカンみたいじゃんか」
「それは私に短足チビって言ってるのかにゃぁ……?
喧嘩なら言い値で買うのにゃっ!」
額に血管を浮かせるマリィの姿を見ながらケラケラと笑うユウノ。
怒っている人を前にする行動ではない。
「違う違う。
ほら、マンチカンって小柄で可愛らしいだろ?
『マリィ』もそれっぽいなって」
ユウノがそう言うと少しは落ち着いたのか額に浮かんでいた血管は消える。
しかし、まだ何処か怒っている雰囲気は消えなかった。
「全く……そういうことは他の娘たちに言えばいいのにゃぁ……。
私までフラグ建設しないで欲しいのにゃ」
そう言って残っていたケーキを全て食べてしまうマリィ。
そして伝票となる札をユウノの方に突きつける。
「お詫びとして此処の代金はギルマスが払うのにゃ」
「はいはいっと……。
って、割と此処高いのな……」
伝票に表示される金額を見て少し驚いた反応を見せるユウノ。
「ギルマスならなんの問題も無いにゃぁ?」
「……まぁ、そりゃそうだけどな」
【高天ヶ原】のギルドマスターであるユウノからすれば大した金額ではないのは確かだろう。
しかし、ユウノは何時もであれば【高天ヶ原】メンバーの用意する料理を食べて一時的ステータスアップをするため、プレイヤーの出す店で料理を食べた際にかかる金額に関してはほとんど知識が無かったのだ。
「それと、【高天ヶ原】と比べるのもダメにゃぁ。
そもそも設備と材料、プレイヤースキルが違いすぎるのにゃ」
「だったら【高天ヶ原】の誰かに作ってもらえばいいだろうに」
「それだと味気ないのにゃ。
たまにはほかの場所に行きたい時もあるのにゃぁ〜」
そう言って会計をするために伝票に記されている場所をタップして精算用のウインドウを開く。
ユウノはそこに指定された金額を入金すると先に出口までトコトコと歩いて行っていたマリィを追いかけた。
店を出て背伸びをしているマリィに近づいていくユウノ。
「このあとはどうするんだ?」
「にゃぁぁぁ〜……。
ちょっと体を動かしたくなったのにゃ」
ユウノはその言葉を聞いて引きつった笑みを浮かべる。
「お、おい?
クエストには行かないって言ったよな……?」
「にゃぁ?
勿論にゃ〜『アマネ』とか『ユウギリ』みたいに無理矢理は連れていかないのにゃ。
良かったらどうかにゃ?っていう程度にゃぁ〜」
「そうか……そうか……それならいいんだ」
明らかにホッとした表情を浮かべるユウノにマリィはくすくすと笑った。
「筋金入りの引きこもりにゃぁ〜」
「違う、断じて違うぞ!
本物の引きこもりがこんな場所に来るわけないだろ!」
まさに力説と言わんばかりのユウノの様子に先程までのくすくすと笑っていたマリィは少々引いている。
「……引きこもりに本物も偽物もあるのかにゃぁ……?」
ぽつりと呟かれたマリィの言葉。
この場に他のメンバーが入れば激しく同意していただろう。
「取り敢えず私はちょっと運動してくるのにゃぁ〜。
ギルマスはまたギルドホームに戻るのかにゃ?」
ストレッチを始めたマリィはユウノの方を向いて問う。
「ん〜……俺はちょっとこの辺りをぶらつくとするかな。
情報収集がてらな」
「分かったのにゃ〜。
引きこもるのは程々にしにゃいとダメなのですにゃぁ〜ギルマス〜」
マリィはそう言いながら走っていった。
料理の効果か、その速度は通常より早く感じられた。
「……だから引きこもってないっていってるだろーが……」
ユウノは肩をすくめながらもう姿の見えないマリィに向けて呟いた。
「―――――さてと、情報収集といきますかね……」
そう言ってユウノは歩み始める。
最近ではイルムやイカルガに任せてばかりだった情報収集だが、元はユウノがやっていたため、たまには自分がするのもいいだろうと考えたのだ。
「えっと……今回は……っと……」
ウインドウを開き、メモしておいた文章を見つける。
書かれていたのは今後【高天ヶ原】所属のレベル帯がまだ低いプレイヤーたちに経験を積ませるために倒させる【レイドボスモンスター】の行動のおさらいだ。
自分の目で確かめた方が早いのだが、そこはユウノクオリティーである。
勿論自分で確かめに行くようなことはほとんどない。
というのも今回の【レイドボスモンスター】はそれほど難易度が高い訳では無いからである。
「何なら今回は引率要らないかねぇ……」
そんなことを呑気に呟いていると、自分の後方から名前を呼ばれているのに気がつく。
その声は聞き覚えがあり、今1番と言っていいほど聞きたくないものだった。
「―――――『ユウノ』さーん!
まさかこんな所で会えるだなんて!」
それは先日助けた5人組のうちの1人。
メッセージを送ってきた『オウジ』というプレイヤーだった。
(……タイミング最悪だな……)
ユウノは心の中で呟いた。




