嘘
「ふぁ〜……っ」
朝の教室で、漏れ出す欠伸を噛み殺す訳でもなく、堂々と大きな欠伸をするユウノ―――――裕也。
昨日はアルル、ユウギリ、ユウノの3人でアルルのレベル上げ兼プレイヤースキルを磨くということをやっていたのだが、これがいかんせん疲れたのだ。
アルルのレベル上げ自体はそこまで長くはしなかった、というよりは出来なかった。
アルルがその日は早めにログアウトして行ったためである。
しかし、アルルがログアウトしていった後、それに便乗してギルドホームに帰ろうとした裕也をユウギリが捕獲したのだ。
そしてその後はいつも通り、ユウギリに連れ回されたというわけなのである。
「……眠っ……」
本来なら今日のような日は二度寝を決め込み、昼過ぎまで寝てから重役出勤をしてくる裕也なのだが、案の定今日はアマネ―――――周音の授業があるため渋々眠い目を擦りながら登校しているのである。
しっかりと学校に来ないとダメだからね、と周音の言葉を守っているあたり根は真面目なのだろうと感じさせる。
机に突っ伏し、意識を夢の中に飛ばす寸前、裕也の耳に聞き流しにくい会話が飛び込んで来る。
「―――――えぇっ?!
お前らあの『ユウノ』とフレンドになったのか!?」
「そうなんだよねぇ〜。
昨日レベル上げしてたらさ〜めちゃくちゃ強い【トロール】に出会っちゃってさ〜。
1匹や2匹なら余裕なんだけど運悪く7匹も出てきちゃって!」
「な、7匹も出たのかよ!?」
「そ〜そ〜!
取り敢えず1匹倒してさぁ、次だって思ってたらそこに偶然『ユウノ』が現れたんだよ!
そして、『お前たち初心者にしては筋がいいな』って言いながら【トロール】を1匹倒してな??
『残り半分は俺がやろう。
……その他は任せていいな?』って言ってきたわけ!」
「すげぇ!!
『ユウノ』に認められてんじゃん!」
「でも流石に『ユウノ』は強くってさ〜俺たちが2匹目を倒すのと同時に3匹目を倒しちゃってて!
やっぱりギルドランク1位のギルドマスターは強さが違うって思ったわ〜」
「でもそんな人に戦闘を半分任せられたんだろ?!
それだけでもすげぇじゃん!」
「まぁな〜!
そして、その後に『うちのギルドに欲しいけど条件がな……。
条件さえクリア出来ればうちのギルドに入ってほしい』って申し訳なさそうに言われたわけ!!」
「ま、マジで?!
お前たち【高天ヶ原】に勧誘されたのか!?」
「俺たちも条件をクリア出来ないといけないってのはわかってたから、『フレンドになってくれませんか?
条件は直ぐにクリアするのでその報告をしたいんです』っていったら喜んでフレンドになってくれたんだよ!
だから俺たちは今レベル上げして条件をクリアするの目指してるんだわ〜」
鼻高々といった様に、5人はドヤ顔を浮かべていた。
自慢げに話していた5人を取り囲むようにしてクラスメイトたちが集まっている。
(……やっば……一瞬夢かと思ったわ……)
裕也は一瞬思考停止していたが、頭を覚醒させる。
あまりにも完璧な嘘話過ぎて自分が夢を見ているのかと裕也は錯覚してしまったらしい。
(にしても面倒くさい奴らとフレンドになっちまったなぁ……。
よくもまぁあんなに嘘話がポンポン思いつくもんだ……)
頭を抱えながら深いため息を吐く。
(そもそもアイツら恐怖で動けなかった癖に何が半分任されただよ……。
その上にアイツらをギルドに誘った覚えが皆無だ……)
5人組の会話を思い返してみると、深い溜息が止まらない。
裕也は机に頬杖をついてどうしたものかと悩む。
しかし、悩むのはすぐに止めた。
解決策というより遅延策というふうになるかもしれないが、放っておけばいいだろうと思ったからだ。
あのような嘘話をするプレイヤーはごまんといるのだ。
それを一々気にしていたらキリがない。
別に何か実害が及んだ訳でも無いため、裕也は無視することにした。
「それでそれで?!
『ユウノ』の仮面の下は見せてもらったわけ!?」
「あぁ、見せてもらったぜ?
『いずれ仲間になるだろうから見せておくよ』って言ってあの狐面をとってくれた!」
再び聞き流せない会話が裕也の耳に入る。
あれだけの嘘話を言ってもなお話を続けるらしい。
「ちょーイケメンだった!!!
俺が女だったら1発だわ〜」
「やっぱりイケメンなのかぁ〜!
やべぇ〜!
俺も見たいわ〜」
「無理かもしれないけど俺から頼んでみよっか?『ユウノ』に」
「マジで!?
ちょ、取り敢えず会えるだけでいいからお願いしたい!」
裕也は会話の内容に頭を抱える。
自分はいつからそんなに仲良くなったのだろうかと。
「―――――はーいじゃぁ授業始めますよ」
あの5人組の会話がどこまで行くのか気になっていた裕也だったが、教室に入ってきた周音のその言葉に全員が自分の席に戻っていったため、会話が中断される。
変な話が増えなかったという意味でタイミングが良いと言うべきか、あの他にどのような話を作ったのか聞けなかったためタイミングが悪いと言うべきか、どちらにせよ面倒くさいことになりそうだと最後にもう一度ため息を吐いた。
余談だが、周音先生の授業ではうっかり居眠りをしてしまい、裕也は怒られることとなった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「―――――今度からは授業中に寝ないようにね?中野くん」
「……はーい……」
誰もいない教室で会話する周音と裕也。
表向きは授業中の居眠りが酷いという裕也との話し合いとなっているのだが、その実、居眠りについての話は5分とかかっていない。
裕也は机を挟んで向かい側に座っている周音の雰囲気が変わったのを見るやいなや、机に突っ伏す。
「……昨日は『ユウギリ』に連れ回されたんですって?」
「……まぁな〜……。
『アルル』のレベル上げだけのつもりが気がついたらいつもみたいに色んなところ回らされた」
「いつも引きこもってるんだから仕方ないわね」
「……引きこもってるんじゃねーよー……。
俺は武器の手入れをだなー」
「随分と棒読みな上に間延びした声ね?」
誰もいないからであろう。
周音も裕也も、ほかの生徒たちの前では見せないような態度で会話をしていた。
「そう言えば『ユウノ』?」
「……なんだよ『アマネ』?」
突然いつもの『World Of Load』内での呼び方に変わる周音。
「さっきの話は本当なの?」
「……あぁ、あの5人組の?」
裕也は一瞬考え、周音が何を言っているのかを予想する。
予想するとは言ったものの、心当たりがあったためそれについてかと問うと、周音は頷いて同意した。
「うそうそ。
あんなの言った覚えもないわ。
……まぁ、フレンドになったのは確かだけどな」
「……フレンドについてはもう何も言わないわ。
でもやっぱりあの話は嘘だったのね……。
そもそも『ユウノ』にあんなふうに言わせるほどの実力があるならギルドに誘っているはずだもの」
「実際はあの5人とも【トロール】に殺されかけてる所を助けただけ。
あいつらは1体も倒してないぞ?」
「……な〜んだ……期待して損したわ」
周音は頬杖をついて面白くなさそうに呟く。
しばらくの間無言の時間が続き、裕也は時計をちらりと確認する。
「それで?周音センセ?
俺はそろそろ帰ってもいいですかね?」
にやにやと笑いながらわざとらしい呼び方をする裕也。
周音はそんな顔をする裕也の頬をむにぃと引っ張る。
「いいですよ?中野くぅん?」
「いひゃいいひゃい!
これはたいばつらろ!」
「何のことだかわかりませーん」
そういう2人の顔は笑っていた。
「そういや『アマネ』」
「なに?」
「やろうか悩んでるんだけど近々『オフ会』でもやろうかと思ってるんだけどどう思う?」
「……『オフ会』……ねぇ……」
「流石に第1回は【十二天将】とか俺の素顔を知ってるメンバーしか誘わないけどな」
「ん〜……それならいいんじゃない?
でも全員の日程は合わないと思うわよ?」
「まぁ、そこは要相談ってことで」




