憧れ
―――――初めはただの『憧れ』だった。
その強さに惹かれたのはきっと私だけじゃない。
幾千幾万のプレイヤーが、人々が彼に少なからず何かしらの感情を持っただろう。
振るわれる日本刀の美しさ。
滑らかに動く刃はまるで手足のようで、彼の意のままに操られていた。
私は少しだけだが剣道の心得があったからこそ、あの振るわれる刃がどれほどに素晴らしいものなのかが何となくわかる。
ゲームの中のアシストが入っていようとも、あれほど美しい軌跡を描く刃があるだろうか?
―――――否、無い。
それは私のフィルターがかかっているからかもしれないが、それでも美しいと言いきれるほどに彼の振るう日本刀、その刃の軌跡は美しかった。
―――――彼の強さに近づきたい。
そんなことを思いながら、私はがむしゃらに『World Of Load』をプレイした。
彼を真似しても同じようになれないことは十二分に分かっている。
それでも彼のことを真似することで、彼に少しでも近づいた気になりたかったのだ。
―――――初めは一人称を変えた。
『私』から『俺』に。
『私』という存在を変化させるために。
―――――服装を似せた。
彼の身に纏う和装にできるだけ近いものを。
―――――戦い方を真似た。
日本刀による二刀流、そして【剣聖】を目指して日本刀のみを使い続けた。
―――――だけれども。
『私』いや、『俺』は少しも強くなれなかった。
彼に近づくことはおろか、彼の背が遠ざかるのを感じるほどに。
『俺』という一人称にすることは簡単だった。
見た目だって男っぽくとは言えないものの、ボーイッシュにすることは出来たと自分では思う。
服装だって簡単に真似できた。
しかし、肝心の戦い方までは真似ることは出来なかった。
日本刀を使うことは良い。
だが、十二分に使いこなせているかと言われれば否定することしか出来ず、その上二刀流というものがひたすらに難しかったのだ。
日本刀はかなりの上級者向けの武器だと言うのは聞いていたのだけれど、あれほどに使いにくいとは思ってもみなかった。
一振でも扱いの難しい日本刀を両の手で振るう彼が自分の及ばない域にいるのだと理解させられる。
「―――――それは【剣聖】の真似か?」
その言葉は唐突にかけられた。
『俺』がレベルを上げるためにモンスターをソロで狩っていた時のことだ。
何処にでも居そうな顔と言ったらいいのだろうか?
例えるのならクラスメイトに1人は居るであろうこれと言った特徴のない男子生徒と言った風な。
唯一この人の特徴を上げるとしたら『俺』や『彼』のように和装を身に纏っており、その腰には一振の日本刀を差していることだろう。
「……えぇ、まぁ……」
自分自身なんとぶっきらぼうな返事だろうかと今では思う。
そんな『俺』の返事を聞いた男性はふむ、と短く声を洩らした。
「日本刀に苦戦してるらしいな」
「……そんなことないです」
男性の言葉に一瞬言葉を迷い、勢いで言ったその答えは嘘だった。
「……にしても【ダイヤモンド・タートル】を日本刀で倒そうとするとはな」
男性は鯉口を切って音を鳴らしながらボソリと呟く。
【ダイヤモンド・タートル】とは、レベル上げ効率の良いモンスターのひとつだ。
その名の通り、ダイヤモンド程の硬度の甲羅を持つ亀である。
レベルによって、甲羅の硬度や【HP】に違いがあり、【ダイヤモンド・タートル】はハンマーなどの武器で倒すのを推奨されている。
「あなたには関係ありません」
『俺』はそう言うと、次の【ダイヤモンド・タートル】をターゲットし、接近する。
「ふっ……!」
甲羅は日本刀では斬れないため、ちょこんと飛び出ている首や手足を狙う。
もちろんここも柔らかくはないが、日本刀の切れ味があれば数度同じところを斬れば切り落とすことも出来る。
そのようにして『俺』が【ダイヤモンド・タートル】を倒していると、男性は『俺』の方をソワソワした様子で見ていた。
「―――――ふぅ……」
ようやくまた1体倒し、息を吐き出す。
『俺』が【ダイヤモンド・タートル】1体を倒すのにかかる時間は約6分。
ハンマーを使えば3分程で倒せるのだが、日本刀のみを使い続けて【剣聖】を目指している以上、日本刀以外を使うわけには行かない。
「―――――あ〜もう!!
勿体ないなぁ!!」
『俺』が汗を拭う仕草をしていると、先程までこちらを見ていた男性が声を上げた。
そして、おもむろに腰の日本刀を抜刀すると、1体の【ダイヤモンド・タートル】に近づいていく。
「日本刀って言うのは切断するという事柄において無敵なんだ。
ほぼ全ての物を切断することができる」
男性は日本刀を振り上げ、上段で構える。
狙っているのはおそらく……甲羅。
『俺』は甲羅が【技能】を使っても斬れないことを知っているため、止めようとしたが、それよりも先に日本刀が振り下ろされた、美しい軌道を描いて。
―――――キン!
甲高い音が響き、目の前には信じられない状況が広がっていた。
【ダイヤモンド・タートル】が甲羅ごと真っ二つに切断されていたのだ。
男性はその後、『俺』の方を向いて言った。
「こんなふうに、日本刀は使いこなせれば何でも斬れる」
納刀し、半身でこちらを見る男性。
初めは誰だか分からなかったが、その何度と無く動画で見て覚えた太刀筋、軌道が、誰だか教えてくれる。
「―――――【剣聖】『ユウノ』……」
それが、『俺』、『アラタ』と『ユウノ』さんの初めての出会いだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「―――――ふっ!!!」
迫り来る骨の拳をひらりと躱し、日本刀を振るう。
ただの骨だと言うには些か堅すぎるだろう。
アラタはそんな骨の身体に幾度となく日本刀を振るっていた。
これが自分ではなくユウノだったらどうなっていただろうか。
もっと簡単に倒せるのではないだろうか。
そんなことを考えつつも、自分が初めてユウノに教えて貰ったことを思い浮かべて一心に振るう。
『日本刀は切断するという事柄において無敵』
まさに斬れぬものなしという言葉を胸に2体の骸骨と戦う。
流石は【ボスモンスター】だ。
アラタは少しかける程の変化しか見せない骸骨たちに舌打ちをしそうになる。
ユウノ程日本刀を使いこなせているとは言えないけれど、追随しているはずだ。
2体の骸骨から伸びてくる腕を躱しながら、少しずつ少しずつダメージを与えていく。
本体であろう少女はユウノが倒してくれるはずだ。
で、あればこそ、温存する必要はない。
アラタは骸骨の攻撃範囲を出るとふう、と息を吐き出す。
「―――――『解放』ッ!!!」
迸る雷と溢れ出す焔がアラタの本気加減を現す。
骸骨たちも何かを感じ取ったのか、無闇に特攻するのは止め、様子を見ているようだ。
「さて……行きます―――――っ?!」
アラタが地面を踏みしめ、骸骨たちに向かって突撃しようとした刹那。
ユウノが少女と戦っている方向から衝撃音が響く。
アラタは目の前に骸骨たちがいるにも関わらずユウノのいる方を向いてしまう。
ユウノが負けるはずがないと信じてはいても、それでも心配なのだ。
「……これは……」
眼前に広がっていたのは、先程よりも遠くで戦うユウノと少女の戦闘。
絶え間なく放たれる目測【上位魔法】。
弾幕のように放たれるそれを、必要に応じてユウノは斬っていた。
先程の衝撃音はユウノが斬らずに避けた【上位魔法】の着弾、そして炸裂音だったらしい。
アラタは冷や汗が頬を伝うのを感じる。
あれほどの数の【上位魔法】を前にして、冷静に判断できるだろうか?
どれをいつどのように斬ればダメージを無くす、もしくは行動に支障が出ないようにすることができるか。
自分には未だ出来ない領域だと息を呑む。
なにせ、そんなことをするには、『World Of Load』における【魔法】の効果を全て知っておかなくてはいけない。
そうしなければどのような風な影響が出るのかがわからないからだ。
「―――――まだ、遠い……」
追随だなんてとんでもない。
自分は未だに足元にすら並べていないのかもしれない。
アラタは日本刀の柄を握りしめた。
そして、自分の背後を地面と水平に切り払う。
感じる手応えに自分の行動が間違っていなかったことを確信した。
切り払った後に、人のものとは思えぬ悲鳴が上がる。
骸骨が音もなく忍び寄ってきていたのだ。
勿論それは勘などではない。
【種族解放】によって使用可能になる【技能】のひとつだ。
―――――【雷焔領域】
自分を中心として5メートルにあるものを知覚することができる【半恒常型技能】だ。
何故『半』なのかと言うと、これは知覚できるようになる領域が広ければ広いほど、【種族解放】によって消費する【HP】、【MP】の量が増加してしまうのだ。
そのため、アラタは通常【雷焔領域】の知覚できるようになる領域を最小の1メートルまで縮めている。
「……さて、俺も敗けてはいれませんからね」
明らかに怒気を纏った骸骨たちがアラタに向かって突撃を開始する。
下手な小細工は必要ない。
力と力のぶつかり合いが、始まる。




