少女
陽が完全に落ち、月明かりが道を照らす時間。
ユウノとアラタ、少女は手を繋ぎながら歩き、目的地であるNPCたちが暮らす家が立ち並ぶ場所がすぐそこまでという距離まで来ていた。
距離は言うほど遠くないのだが、少女の歩幅に合わせて歩くとやはり少し遅くなってしまう。
「自分の家は分かる?」
アラタの問いかけに少女は頷き、奥の方を指差す。
「ちょっと奥の方の家がこの娘の家みたいですね」
「らしいな。
取り敢えず送って行って【簡易転移門印】でギルドホームまで帰るか」
短く会話を済ませると、少女の手をしっかり握り歩みを進める。
少女の家は少し奥の方にあったらしく、いくつかの家を素通りし、一つの家の前で立ち止まった。
ユウノたちもそれにつられて立ち止まり、家を見る。
家には明かりは付いておらず、恐らく両親は少女を探しているのだろう。
「……これはお父さんとお母さんも見つけないといけないパターンじゃないか?」
「かもしれませんね……」
人探しがそこまで得意という訳では無いユウノたちは困った様に呟く。
そんな呟きの中、少女は2人の手から離れていき、家の扉を開けた。
「おにーちゃん、おねーちゃん、一緒に入ってくれる……?」
こてん、と首を横に傾げて何ともあざとい仕草を見せる少女。
ユウノとアラタは互いの目を見合わせてクスリと笑った。
「あぁ、良いぞ」
「お留守番、ですね」
その返答に少女は笑うニッコリと。
ユウノとアラタは先に家の中に入っていった少女の後を着いて中に入る。
電気が付いていないにしても中が暗すぎる。
不審に思いつつも2人は少女の後をついて行く。
―――――そして、事態は急変する。
ユウノとアラタが家の中に入りきった瞬間、家の扉が勢いよく閉め切られた。
「「っ?!!」」
2人の息を飲む声が響く。
そしてそれを嘲笑うかのように地面がボゥと光り輝いた。
「【転移】……?!
くそ……っ!ていうことはこれは……!」
ユウノ、アラタは素早くウインドウを操作して自分の武器を取り出す。
腰に現れるのは日本刀。
両者共に一振ずつ装備していた。
その間にも事態は進行していく。
一際激しく光を放つと、場所が変わっていた。
それは、先程までいた暗い部屋の中などではない。
上を見上げれば夜空と月が顔を覗かせており、周りには不気味な霧と墓標があった。
そして、一際大きな墓標のすぐそばに少女が立っていた。
その顔は邪悪な笑みを浮かべ、三日月状に開いた口が印象的だ。
「……『ユウノ』さん……。
クエストの情報が更新されましたよ……」
「……だろうな」
ユウノはウインドウを開き、先程までは【迷子の少女】という名前だった【クエスト名】が変化しているのを確認する。
―――――【闇夜に連れ去る亡霊少女】
これが本来の【クエスト名】らしい。
ユウノは舌打ちをしつつ少女から視線を外さない。
「【初心者殺し】……いや、【敗北クエスト】か……」
転移が始まった辺りから気がついていた自分の予想を口にするユウノ。
【初心者殺し】とは簡単そうな【クエスト】に見せかけてそのラストに【名持ちモンスター】との戦闘を持ってくる【害悪クエスト】のひとつ。
初心者プレイヤーたちはこの【クエスト】を受けてしまい、ラストの【名持ちモンスター】との戦闘でほぼ全員が死んでしまうという。
しかし、今回ユウノたちが受けてしまった【クエスト】はそれよりも更に一つ上の【クエスト】。
【敗北クエスト】とはラストの戦闘が―――――【ボスモンスター】との逃避不可能の戦闘になるものだ。
本来【ボスモンスター】と戦う場合はどのような行動をするのかや、どのような【魔法】、【武器】が効くのかを調べて『レイド』を組んで討伐する。
だが、この【敗北クエスト】はその調べるという行為ができない上に、殆どが『レイド』ではなく数人の『パーティー』で受けてしまうことが多い。
そのため、ほとんどのプレイヤーがこの【ボスモンスター】との戦闘で死んでしまう。
【敗北クエスト】とはその名の通り敗北することが決められた様なクエストである。
「……さーて……『アラタ』……」
「……何ですか?『ユウノ』さん……」
「相手さんはまだ動いてこないけどどう思う?」
「わた……俺達が用意するのを待っていてくれてるんじゃないですか?」
「それはそれは……感謝しない……っ?!」
ユウノとアラタがそんな話をしていると、まさにフラグを回収したかのように、少女の周りに変化が起きる。
まるで墓の下から這い出てくる様に、2体の上半身のみのボヤけた骸骨が現れたのだ。
1体は全長5メートル程はあるだろうか。
もう1体はそのひと回りほど小さい。
「おいおいおい……3体で1体の【ボスモンスター】ってか?」
「……流石は【敗北クエスト】……」
恐らく本体は少女なのだろう。
しかし、周りに出現した2体の骸骨はその少女を護るように構えている。
「アイテムと装備はちゃんとあるか?」
「……まぁ、そこそこには……」
「俺も万全ではないんだよな……」
事実、2人は回復系アイテムを潤沢と言えるほど持っていなかった。
何せ今回は買い物に来ていただけのため、必要ないであろうアイテムはギルドの自分専用倉庫に置いてきてしまったのだ。
『$¥**¥:\〇〇□~~++@@&&¥##!!!!!』
骸骨たちが人のものとは違う、謎の雄叫びを上げる。
それがスタートの合図なのだろう。
ユウノたちの前にウインドウが現れる。
『VS【???】START!!』
名称が隠された【ボスモンスター】との戦闘が開始される。
ユウノとアラタは獰猛な笑みを浮かべて腰に差した日本刀の柄に手をかける。
鯉口を切りながら口を開く。
「さ〜て……【敗北破り】……やってやりますか」
「わた……俺はまだしたこと無いですけどね……興味があります」
【敗北クエスト】というのはプレイヤー間での名称である。
正しい名称は【隠しクエスト】。
そのため、この【クエスト】は本当に倒せないモンスターが配置されているわけではなく、実例は少ないものの、【敗北クエスト】をクリアしたプレイヤーもいる。
―――――ユウノもその1人だ。
「どうせ俺と『アラタ』しかいないんだし……出し惜しみは要らないよな」
ユウノはそう言うと初めは一振しか出していなかった日本刀をもう一振取り出す。
前回の【新しい夜明け】との戦争時には防御のためだけに途中から日本刀を二振使用したが、今回は初めから二振使用するようだ。
「『アラタ』も出し惜しみなんて要らないんだぞ?」
ユウノは二振の日本刀を抜刀しながらアラタの方を見る。
それに対してアラタは、ユウノが抜刀するのを合図としていたかのように、抜刀した。
「さて何のことでしょうか?
……あぁ!【種族解放】ですか?」
とぼけたように言うアラタにユウノは軽く笑うだけで敵を見据える。
「まぁ、そういうことにしておいてやるよ」
「ありがとうございます?」
恐らく互いに何を言いたいのかは分かっているのだろう。
しかし、口に出しはしない。
「さて、集中しろよ?」
「はい……分かっています」
重心を落とし、次の行動に備える。
しかし、今まで少女が動く素振りは見せていない。
ただ、骸骨がたちが雄叫びを挙げただけだ。
果たして敵である少女は動かないのか、動けないのか。
―――――それは誰にも分からない。




