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最古参

「……『クリス』……」


ユウノは現れた女性の名前を呟くように呼ぶ。

褐色の肌を陽に照らされながら緩い表情を浮かべた女性 ―――――クリスは物色していたであろう手を止めて、2人の方へと近づいていく。


「なにさ〜なにさ〜。

そ〜んなに暗い雰囲気出して〜」


「やめろやめろ。

脇腹をつつくんじゃない」


ユウノの脇腹を人差し指でつつきつつ、からかうような物言いでそう言ったクリスはユウノからのやめろという言葉でつつくのを素直にやめる。

どうやら大した理由もなくやっていたようで、続ける意味が無かったらしい。


「あ、あの……その……私が『ユウノ』さんの昔の話を聞き出してしまいまして……」


一人称を『俺』に訂正することも忘れ、少し落ち込んだ様子のアラタ。

ユウノは頭をガシガシと掻くとため息を吐き出した。

その様子に察したのかクリスは肩をすくめて首を横に振り、眉を八の字に曲げる。


「はいは〜い。

そういうのは気にしない気にしな〜い。

相手の地雷が何処にあるかなんてわかったもんじゃないんだから〜。

長く付き合っていけばそういう話をしちゃう時もあるさねぇ〜」


その口ぶりはどうやらアラタを慰めているようで、慰められている本人も少しは回復したようだ。


「それに、ギルマスの昔話は悪いことばかりじゃないからねぇ〜。

割と聞いてて楽しいこともあったんですぜぇ〜??」


「そ、そうなんですか??」


クリスのみではなく、ユウノにも問いかけるように首を傾げるアラタ。

今まで黙っていたユウノもここを逃せば話すタイミングが無くなると察したのだろう。

こほんと、咳払いを一つしてそれに同意する。


「まぁ、俺も『World Of Load』をやって結構長いからな。

そこそこの思い出話ならあるぞ。

例えばそうだな……【十二天将】のみんなと出会ったばっかりの頃の話とか、【高天ヶ原(たかまがはら)】が出来た当初の話とか」


「なんですかそれすごく気になります!」


ユウノの言葉に食いつくアラタ。

いつの間にか先程までの暗い雰囲気は霧散していた。

そして、思い出すかのように腕を組んだアラタは口を開く。


「【高天ヶ原(たかまがはら)】で1番古参のプレイヤーは……『アマネ』さんでしたよね??」


「ん?あぁ、違うぞ?

確かに【十二天将】の中でなら『アマネ』が1番古参プレイヤーだけど【高天ヶ原(たかまがはら)】全体で見ると1番古参のプレイヤーは別に居る……てか、目の前に居る……」


ため息をつかんばかりの表情でそう言ったユウノは顎でクリスを指す。

それが意外だったのかアラタを目を見開いて驚いていた。


「はぁ〜い。

1番古参のクリスさんですよぉ〜」


両方の頬に人差し指を当てながらキャピキャピという効果音を自分で出しつつクリスが言った。


「……え?……えぇっ?!

く、『クリス』さんって1番の古参プレイヤーだったんですか?!」


「うん〜、そ〜だよ〜。

『ユウノ』を含めた〜【高天ヶ原(たかまがはら)】を作ったプレイヤーを除いたら〜初めて入ったプレイヤーだねぇ〜」


ポーズはそのまま身体を左右に揺すりながらのほほんと答えるクリスに何処か憧れの視線を向けるアラタ。


「てか、お前は此処で何してんだよ。

お前の店はもっと奥だろうが」


「ん〜?

いや〜やっぱりお店とか、工房に篭もりっぱなしは体に〜というか〜発想力に影響しちゃうからねぇ〜。

たまぁ〜にこうやってぇ〜他の人のお店を見て回ってるんだよねぇ〜」


クリスはそう言いながら先程まで見ていた店の商品に視線を向ける。

そこはどうやらつい最近出店したばかりの店らしく、店主であろうプレイヤーもクリス、ユウノ、アラタという超が付くほどの有名プレイヤーの姿に緊張しているようだ。


「へぇ……で?

今日はこの店を見てたのか?

出来はどんな感じなんだ?」


「ん〜割と最近見てきた中ではイイ感じかなぁ〜。

耐久力もそこそこあるみたいだし〜値段もお手頃、付いてる効果も割と安定してるし〜……うん、イイお店だねぇ〜」


店主に向けての言葉だろう、にこりと微笑んでそういうクリスの姿に店主は緊張しながらも嬉しそうにしていた。

クリスは再びユウノたちのほうに向き直る。


「さ〜てさて〜今日はもう戻ろ〜かなぁ〜」


「あ……もう戻っちゃうんですか?」


「『アラ』さんってばそんなに残念そうな顔しないでよ〜」


アラタの頬を摘んでむにむにと遊ぶクリス。

アラタはそれを嫌がりもせず受け入れていた。


「今日はギルマスとデートなんでしょ〜?

もぉ〜ギルマスったらぁ〜。

ギルメンの女の子を取っかえ引っ替え節操が無いですなぁ〜」


「えっ……そ、そうなんですか……?『ユウノ』さん……?」


戦慄した表情と言えばいいのだろうか。

アラタは普通なら見ることのないであろう表情を浮かべていた。


「おいこらクリス。

人聞きが悪い事言ってんじゃねぇよ?!

いつ!誰が!何処で!誰と!そんなことを!やったんだ?!」


絶叫にも近い声でユウノはクリスに詰め寄る。

そして、頬を摘むと言うよりは鷲掴みにして引っ張る。


「いひゃい!いひゃいよぎるましゅ!!

じょーらん!じょーらんらっへえぇっ!!!」


アラタからは既に手を離していたクリスはユウノから頬を引っ張られ、涙目で訴える。


「……次変なこと言ったらタダじゃ置かないからな?」


座った目でそう言うとクリスの頬から手を離すユウノ。

クリスは引っ張られた方の頬を摩りながら目尻に涙を浮かべていた。


「もぉ〜……オンナノコには優しくしろって言われなかったの〜?」


「……?」


「ひ、酷いねぇ〜?!

その『異性として意識してなかった』っていう微妙な表情は何なのさぁ〜!?」


チューブトップに隠された自分の控えめな胸を見ると、両の手で揉みながらクリスは口を尖らせながら言う。


「確かに『アマネ』とか『ユウギリ』とか程は無いけど〜日本人女性としてはふつーにある方なんだけど〜??

というか何か〜?

ギルマスは胸の大きいプレイヤー大好きのおっぱい星人か〜??」


クリスの視線がユウノからアラタに向けられる。

確かにアラタの胸もそこそこに大きく、明らかにクリスよりかは大きいだろう。

そんな視線を向けられたアラタは自然と自分の胸を隠す。


「んなわけねぇだろ。

俺が発育とかどうとかで仲間決めてると思ってるのか?」


ユウノの鋭い視線にクリスは肩をすくめる。


「……これは失言失言〜。

許してくれよ〜ギルマスぅ〜」


「冗談は程々にしとけよ『クリス』?」


「あ〜ぃ。

それじゃぁ私はこの辺りで〜。

デート楽しんでねぇ〜」


それだけ言い残すと軽い身のこなしで駆け出していくクリス。

人混みの中を走り抜けていく姿はまるでこの場所を自分の庭のように知り尽くしているかのようだった。


「……ったく……デートじゃないっての……」


頭をガシガシと掻きながらボソリと呟くユウノ。

今日はどうも頭を掻きすぎる1日である。


「んじゃ、またぶらつくか」


「は、はいっ!」


クリスとの会話により本来の目的である互いの和装探しの散歩が中断されていたため、再び目的のために歩みを進める2人。


「『クリス』さんって最古参プレイヤーだったんですね……」


「まぁ、アイツはギルドハウスにいても工房からあんまり出てこないからな……アイツの存在を知らない奴もいるんじゃないのか?」


2人の歩みはとても緩やかで、会話をしながら辺りを見て回る。


「『クリス』さんの作る武器は有名なんですけどね……」


「まぁ、アイツの場合『クリス』って名前じゃなくて【高天ヶ原(たかまがはら)】として売りに出してるからな。

作ってるプレイヤーの顔は知ってても名前はってのも居るんじゃないか?」


通常、プレイヤーが作った武器はその名前が刻まれて売られるのだが、どういう訳かクリスは自分の名前ではなく、ギルドの名前を刻んで販売しているのだ。

『World Of Load』では名前かぶりがあるため、確かに名前よりかはギルドの名前を刻んだ方が信憑性はあるかもしれないが、本人曰く、それを気にしてのことではないらしい。


「俺の武器もメンテナンスしてもらわないとなぁ……」


「あ、私……じゃなくて俺もです!」


ユウノや【十二天将】の武器のメンテナンスは基本的にクリスが行っている。

刀剣系武器を使うプレイヤーは研磨を、破損した場合は修理を。

こう言ったメンテナンス作業は【職業】としてそういったものを取得していないと出来ないのだ。


だが、応急処置としての研磨などは誰でも行うことが出来る。

ただ、それはあくまでも応急処置のため、長く放置すれば武器自体の劣化や損傷の原因にもなる。

やはり武器のメンテナンスが必要なのだ。


「『クリス』さんはやっぱりそういう【職人系職業】で固めてるんですかね?」


「そうだな……。

昔は前衛職業も取ってたんだけど今は完璧にメインもサブも職人系だったと思うぞ?」


【職人系職業】、別名【サポート職】とも呼ばれる職業は生産系のプレイヤーになるための職業である。

武器を作りたいなら【鍛冶屋】を、物を売りたいなら【商人】をと言った具合に取得しなければならないのだ。

勿論この【職人系職業】にも【最上位職業】、【専用職業(リミテッド・ジョブ)】は存在しており、より性能のいいものを作ったりする場合には転職しなければならない。


ユウノたちはそのような話をしながら所々目に付いた店に入っていく。

お目当ての和装は取り扱いがそこそこに少ないため、2人が気に入るものはなかなか見つからなかった。

それでも2人は焦ることなく、いろんな店へと足を運ぶのであった。

何せ、時間はあるのだから。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






―――――どれほどの店を回ったのか、2人はそう言いつつも互いに満足気な表情を浮かべている。


辺りはすっかり日も落ちてしまい、恐らくほとんどのプレイヤーはレベルを上げるためだったり、クエストを消化するために狩りに出ているのだろう。

道を歩くプレイヤーたちの足取りは殆どが駆け足で、数もそこまで多くなかった。

唯一と言っても過言ではないほど、ユウノとアラタの足取りはゆったりしたものだった。




「見つかって良かったですね!」


「遅くなったけどな」


本来なら【簡易転移門印(ゲート・マーカー)】を使って即座に帰るのだが、歩いて帰るのも悪くないだろうという話になり、2人は日が落ち、街灯に照らされる道を歩いている。


「今日は買い物でしたけど、また遊んでくださいね?」


「あ〜……気が向いたらな?」


「絶対ですよ??」


アラタが良く使う『遊んでください』というのは簡単に言えば『戦って下さい』という意味である。

ユウノはそれを何時もやるのは大変だからと断っているのだが、本当に気が向いた時だけ付き合っているのだ。


そんな他愛もない話をしていると、何処からか子供の泣き声のようなものが聞こえたような気がした。

それはユウノにも、アラタにも聞こえたようで、しかし、周りの先を急ぐプレイヤーたちには拾えなかった程に小さなものだ。


2人は顔を見合わせると頷き声の方へと向かう。

こういった場合可能性は2つに分けられる。


1つはまだ幼いプレイヤーが迷子などになって泣いている。


もう1つは隠しクエストの発生である。




少し入り込んだ細い道の奥で、1人の少女がうずくまって泣いていた。

―――――NPCのようだ。


つまりこれは、隠しクエストへの足掛けとなるイベントということだろう。


ユウノはうずくまって泣いている少女に近づくと極力優しい声を心がけて声をかける。




「―――――どうしたんだ?」












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