第二戦3VS3②
秘書のような雰囲気、おおよそ矢面に立って行動するとは思えないと感じさせる何か。
旅人風の装いにマントを羽織った出で立ちは見たプレイヤーにそう言った印象を与えるのには十分だった。
かさねて、彼女はこれまでどのような状況であっても決して戦闘行為を行うことはなく、常にギルドマスターであるアルヴァンの傍で控えていた。
――――故に、戦闘職でないとされており、何かしらのサポート特化型の秘密兵器的立ち位置だと思われている。
――――ダイン、ソフィア、マリィの3人と戦うまでは。
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弾け飛び散り飛沫をあげる純水はその勢いを徐々に緩やかにし、数秒経った今では女性プレイヤー――――コーリンの周りを舞うように球体状となり浮遊していた。
足元に湧き上がる透明感のある水はとどまる様子はなく、コーリンの背後にある噴水よりも供給量が多いためどちらが噴水だとついツッコミを入れたくなるほどである。
しかし、それほどまでの水が足元に湧いているにも関わらずコーリンが濡れる様子は全くない。
弾いているという訳ではなくまるでそうあるのが当然と言わんばかりの現象だ。
互いに視線を外すことはなく指先の微動すら見逃さないという意思の表れか瞬きすらしていない。
【種族解放】を行ったコーリンを前に隙を見せる訳にはいかず、ダインたちは声を出す時間すら惜しいとまずは様子見――――と思いきや。
「――――ふっ……!!」
足を踏み出すというワンモーションすら起こさず利き足による踏み込みで一直線に跳躍するダイン。
それと同時にマリィが歌声を響かせる。
「――――、――、――――――♪」
歌われるのは【女王猫の前奏曲】
効果は同一パーティーのプレイヤー限定ではあるものの10秒ごとに聴いたプレイヤーのステータスを5%ずつ上昇させていき最大50%上昇させる。
そして、この歌の真価はそこではなく、2分32秒で終了するこの【女王猫の前奏曲】を途切れさせることなく歌い切った場合、次にマリィが歌う歌の効果を2倍に、定められた音程を一音すら外すことなく歌い切った場合5倍に増幅することができる効果も持っている。
【女王猫の前奏曲】が歌われることを予想していたのか、それとも何があったとしても行うつもりだったのか、ソフィアはマリィの傍により守護の体勢を作り上げた。
ラウンドシールドの方が小回りが利くと考えたのか【不可侵の神盾】は【武装解放】状態では無いもの自分が全ての攻撃からマリィを守るという意思が瞳に現れている。
ダインの跳躍開始から全員がこの状態になるまで一秒以下。
瞬きの間にとはまさにこの事でしかしその事実にコーリンは驚く様子はない。
むしろ出来て当たり前と言わんばかりの態度に今まで戦闘に参加しなかったのは情報収集に徹するためだったのかと納得するほど。
ダインは身の丈以上に巨大なグレートソードである【王の理想】を片手でも事足りるにも関わらずあえて両手で力強く握りしめ上段から力一杯に振り下ろす。
跳躍による運動エネルギー、自らの体重をも乗せた一撃だったがそこは【神話族】かつ【種族解放】もしているコーリン。
自らのメイン武器であろう三叉槍により真正面から受け止めてしまう。
――――とはいえ、余裕で受け止めたと言うよりかは受け止めることは出来たが躱すのが最善策だったと言える状況。
例えばこれがマリィの歌う【女王猫の前奏曲】が既に半分、いや30秒程でも経っていれば、ダインの一撃はコーリンでも防げなかったかもしれない。
そもそも30秒もの間何もせずにマリィに歌わせることは無いだろうが。
「……恐ろしいほどのパワーですね」
「受け止められていてはどうしようもないがな……!」
ダインはそのまま競り合うことを良しとせず体当たりの要領でコーリンを吹き飛ばし距離を強制的に開けさせる。
抵抗することなく後退するコーリンに些かの不信感を覚えるもののこの場に居続けることに何らメリットも無いため再び地面を踏みしめて勢いをつけようとした次の瞬間。
「……!?」
踏みしめて押し返してくれるはずの硬い地面がまるで巨大なスポンジの上を踏んだかのように勢いを吸収する。
「ぬかるみ……!?
その水はフィールドにも影響するのか……!」
流石はダインと言うべきか、ぬかるみに足を取られることなく体勢を崩さなかったのは良かったが完全に出遅れてしまう。
そしてコーリンはそう言った隙を逃すようなプレイヤーではない。
それがわかっているからこそダインはその場から離れるという選択肢ではなく両足を開いてその場にどっしりと構えた。
慌ててその場を離れたところで大きな隙となってしまう。
――――であれば、その場に腰を据えて迎撃するのが吉と見たからだ。
コーリンは低姿勢から突き上げるように三叉槍による乱れ突きを放ち、ダインはそれを器用にグレートソードを操り時には穂先をグレートソードの側面で逸らし身体に近い部分に関しては柄の部分をも利用して自らを襲う攻撃を無力化していく。
「――くっ……!!」
しかし2人の攻防は膠着で終わるわけはなく、徐々に徐々にではあるもののダインの身体をコーリンが扱う三叉槍の穂先が掠め始める。
こうなってくるとソフィアたちのサポートが欲しいところであるが、ダインはそれが来ないことを理解していた。
――――ダインとコーリンが戦っている後方。
マリィは【女王猫の前奏曲】を歌いきる為に集中しそれと同時に舞っていた。
舞うのは【駿馬の舞い】。
舞っている間、味方プレイヤーの移動速度を倍加させる効果を持つがそれはダインをサポートするためではなく、目の前で自分への攻撃を迎撃するソフィアのためである。
ダインとの戦いに集中しているかと思いきやコーリンはしっかりとマリィの妨害を行っていた。
コーリン自身が動けないからか、ソフィアとマリィを襲っているのは水の塊。
大きさはソフトボール大、数も5つと多くは無いものの高速で飛来しなおかつソフィアが撃ち落としても再び形を戻すためイタチごっことなっている。
「キリがないですわ……!」
【神輝の長槍】では攻撃の速度が足りないと判断したのかソフィアの手には黄金のロングソード――――【女神の剣】が握られていた。
縦横無尽に飛来する水の塊は実にいやらしく攻めてくるため自動で動いているのかと思いきや、自動で動いているにしては人間の死角、ソフィアの攻撃の隙を的確についてくるため手動で動かしている可能性が高い。
余裕はいくらかあるものの何度撃ち落としても復元してくる水の塊にうんざりし始めてきたソフィア。
自らも【種族解放】を行い吹き飛ばしてしまおうかとも考えたがしかし、【双星の導師】が本腰を入れて妨害してくるタイミングを見極めなければならないため温存せざるを得ない。
マリィが歌う【女王猫の前奏曲】が終わるまで残り30秒程。
ダイン、ソフィアは最大値である50%のステータスアップを得ているため最悪歌いきれなくても良いが、その場合コーリンとの戦闘が厳しくなるのは目に見えていた。
「『マリィ』……!
歌い終えた瞬間頼みますわよ!」
水の塊を一閃により2つ斬り落としながらそういうソフィア。
当のマリィは歌も舞いも辞めることはなく表情だけニヤリと言う擬音が聞こえてきそうなほどの笑みを浮かべて理解を示す。
――――水の塊の攻撃が激化する。
流石に【女王猫の前奏曲】を歌い切らせるのは不味いと思ったのだろう。
今までの高速での飛来だけではなく緩急のついた動きは目を慣らしていたソフィアにとって厄介なものとなる。
それでもその動きに適応し対応するのは流石としか言いようがない。
――――しかし、適応し対応するのも一瞬ではない。
僅かなズレが生じ、1つ水の塊を逃してしまう。
「『マリィ』……!」
あろう事かマリィの背後から飛来する水の塊。
ソフィアの声が聞こえるよりも先に当たってしまう。
「――――、――――――、――♪♪」
マリィはまるで背後にまで視界があるかのようにある程度距離に余裕をもったタイミングでムーンサルトの要領で地面を蹴り上がるといつの間にか握られていた細身の短剣――――【猫又】により空中で飛来してきた水の塊を斬り裂く。
アクロバティックな動きにもかかわらず【女王猫の前奏曲】の音程は一切外れることは無い。
着地したマリィはそのまま【駿馬の舞い】を継続させた。
マリィの名を呼んだソフィアはその姿を視界の端に捉えていたが初めから心配そうな表情はしておらずただ自分が攻撃を通してしまった事を悔いているようだった。
――――そして、【女王猫の前奏曲】が終了する。
マリィの周りをふわりと柔らかな風が吹く。
「『ダイン』!用意は良いですわね?!」
ソフィアの声が聞こえたダインは【王の理想】を下段から振り上げてコーリンの扱う三叉槍をかち上げるとバックステップで距離を取った。
「――――無論、大丈夫だ!」
ダインの返答が合図となり新たな歌が始まる。
マリィが胸に手を当て片手を天に伸ばす。
「――――――――――――――――――♪」
聴き心地の良いハイトーンボイスがまるで染み渡るかのような優しさで響く。
歌われているのはマリィの創った持ち歌の中でも十八番。
――――【女王猫の聖譚歌】――――




