事故物件の住人
僕の家は霊が出る。一人ではない。三人出る。
住んでいるのは東京23区内の賃貸アパートだ。駅から徒歩五分、1Kで一万円という安さだった。
安月給で大学の奨学金を返済しつつ、生活をするのは厳しかった。おまけにここなら勤務先に近く、通勤時間は三十分もかからない。
安さと立地に惹かれ、入居してしまったのだ。もちろん事故物件だということはわかっていた。
前の入居者は二児を持つ母子家庭で、どうやら母子みな病死したらしい。
病名まではきいていない。
契約当時は、現代日本で一度に三人も病死するとは考えられなかった。
だから健康には気をつけようと考えていた。
仕事を終えて家に着く。時刻は22時を過ぎている。
スーパーの買い物袋を片手に、扉を開けた。
部屋の明かりが勝手についている。朝、家を出るときは消していた。
玄関から見えるキッチンには、湯気のあがった鍋が置いてある。
「お帰りなさい」
「お帰りなさい」
半透明の双子がかけよってくる。二人とも三歳の男の子だ。
そして靴を脱いですぐの僕を、家の奥へと押し込もうとする。
「ママ、パパ帰ってきた」
双子にとって僕はパパらしい。
勝手にテレビを見ていた母親幽霊が立ち上がる。
「ごめん、いまから温めてお皿に盛るから」
半透明の幽霊三人がお皿を並べていく。ふわふわ浮遊する食器は、ポルターガイスト現象を見ているようだった。温め直した肉じゃがを入れた器からは湯気が立ち、焼きサバも香ばしい匂いを放っている。
四人掛けのテーブルに夕食が並ぶ。
しかし幽霊たちの分はない。食べる必要がないからだ。完全に僕のためだけに作られた夕飯だ。
この家に住み始めてすぐ、知らない間に幽霊が作ったご飯を見たときは、毒を盛られているかと思っていた。けれども食べてみると何の問題もなかった。
いまはこうやって、毎日ご飯を作ってもらっている。幽霊は買い物に出られないので、食材は僕が買っている。自炊する手間を考えれば大したことはない。惣菜を買わない分、食費も浮いた。
「ほんと毎日豪華ですね」
一人分の食事なのに、四人掛けテーブルの半分が食器で埋まっている。
「だって栄養つけなきゃ。あなたには私たちのようになってほしくないから」
親子の話によると当時は栄養失調気味だったらしい。
その反動が食卓に表れている。
幽霊の母親が作った肉じゃがを食べた。
この夕飯は幽霊の食事ではない。幻ではない。
本物の温かい肉じゃがだった。
幽霊の親子はいまも生きている。