第二話 現在 Side Kuon
遅くなって申し訳ありません。
誓いを立てた。『俺』が『僕』であったことを忘れないために、『僕』が『俺』として生きている証として・・・。
Side Kuon
草木も眠る深夜、見上げた夜空に浮かぶ月はいつもと違ってどこか俺を見守ってくれているような気がした。
そんな風に見えるのも偏に俺の心境の変化のせいだろうか?
「坊。」
「始末は終わったか?」
「無論だ。死体は跡形もなく処分した。」
最初のころは殺すことに抵抗を覚えていたのに、今ではこんな風に淡々と会話をこなせるようになってしまった。悲しいことだと思うが、必要なことだと割り切ってしまった自分はやはりあのときから随分と変わってしまったのだろう。
「報告も他の烏に伝えた。これからどうする?」
「・・・俺の故郷に向かいながらあっちからの通達を待つ。」
「晴れてノルマの達成、『黒組』への昇格を一応は祝っておくべきか?」
「それは嫌味のつもりか?殺しの上に成り立った地位を祝われたところで嬉しくも何ともない。」
そう。俺は再び、故郷に帰るために多くの命をこの手にかけた。
しがらみを断ち切るためにこの地位までのぼる必要があった。
警邏『黒組』、人間で言う警察組織にあたる警邏の中での独立執行部隊。
そこまで登り詰めることが俺が自由を得るために提示された条件であった。
そして、そこまで登り詰めるために色々な事を上からの指示でこなしていった。その中でも一、二の頻度を誇るのがルールを犯したものへの制裁。
人間の世界のような法はないが、暗黙の了解として超えてはいけない領分が決まっていて、それを犯してしまえば上の指示ですぐに処分が決定する。
その多くはその命によってあがなわれる。
当然、俺もその役割が回ってきて命を奪ったことは少なくはない。そこに自分の意志が伴わないでも。
「・・・くだらない。」
結局、俺の手がどうしようもないくらい汚れているのは変わらない。
そして、人でなくなってしまったことも・・・。
あの夏の日、里見久遠という人間は死に、久遠という半妖が生まれた。
黒かった髪は毛先から四分の一ほどが銀色に染まり、長く伸ばした後ろ髪はうなじのあたりで一つにくくられ尻尾のように揺れ、左目は血のように紅く染まり、決して普通とは言えない容姿へと変わってしまった。
こんな俺を皆は迎えてくれるだろうか?悠璃や律、母さんは僕を受け入れてくれるだうか?
受け入れてくれないのではという可能性も十分に考えられるたが、それでも会いたいと願うこの心を無視することは出来ない。
結局は全て俺のわがままだ。会いたいから会う。そのためにはどんなことでもする。
他人の事情なんかまるで考えない独りよがり。自分の勝手さにへどがでる。
「・・・行くぞ。」
期待と不安がを抱えながら闇夜に身を翻した。
〜〜〜〜〜
俺がこの地を離れて、故郷への想いをはせる間もなくあまりにも濃密な時間を過ごしてきたが、こうしてこの場に立つとあの夏の日のまま時間が止まっていたのではないかと錯覚してしまいそうになる。
数年振りに見る我が家は幼い頃のまま若干小さくなったように見えた。
ここに来るまでに街中を見てきたが、随分様変わりしていた。そこに時の流れを感じたというのに我が家を見て、過去の幻影と重ねる自分に自嘲的な笑みを浮かべる。
それにしても・・・、どうするべきか。
いざ再会となると、どうゆう顔をして会えばいいのか分からなくなる。
目の前にあるインターホンに手を伸ばしたり引っ込めたりを繰り返すこと一時間、結局、明日出直すことにして踵をかえすと、
「・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
そこには数年経ったが姿が変わっていない三人が立っていた。
一人は俺の母さん、里見舞華。
身長は160程度、相変わらず二人の子持ちとは思えない若々しさで茶髪先を軽くウェーブをかけ、ただでさえぱっちりとした瞳を今は大きく見開いて停止している。
その隣にいる母さんより少し背が高い人が橘蘭さん。
律の母さんで俺は蘭さんと呼んでいた。歳を気にしているらしくおばさんと呼ぶと地獄をみるはめになる。普段着が着物で艶やかな黒髪で、言動もおしとやかなまさに大和撫子という言葉がぴったりな人で俺の初恋の人だ。律に練習台にされる度に手当てをしてくれたのが惚れた理由だと思う。
最後に両手に袋をたくさん持っている明らかにこき使われている人が橘刃さん。
律の父さんで父親のいない俺と悠璃の父親代わりでもある人だ。おじさんが律の師匠であり、優れた古流剣術の使い手であるのだが、筋肉は引き締まっているものの見た目は優男そのものでそのせいでよく不良に絡まれるらしい。それと、何故かこの街では不良が記憶をとばされボコボコにされて倒れているのがよく見つかるらしい。
「久遠・・・?」
母さんの口から俺の名前がこぼれおちる。
「あー・・・、ただいま、でいいのか?それとも久しぶり、か?」
「久遠!」
走って俺のもとに駆け寄ってくる母さんは後一歩のとこらまできて俺は、
本気で放たれた右ストレートをかわした。
「かわすな!ボケッ!!」
「相変わらずだな!いい加減に蘭さんみたいに女性らしくなれないのかよ!」
昔から母さんは鉄拳制裁を嬉々としてやってたからこうなるんじゃないかと思ってたんだ。
「少しでも感動の再会を期待した俺が馬鹿だった!」
「よくわかってんじゃねぇか!つうわけで殴らせろ!」
「誰が好き好んで殴られるか!」
左フックを顔をそらしてかわす。
「あたしの涙を返せ!!」
右ボディーを左手で受け止める。よく見ると母さんの目の端に涙が溜まっている。口が悪くて手がすぐでる癖にちゃんと母親をやってるから扱いに困る。
「いや、まぁ、心配かけて悪いとは思ってる。」
「生きてるんだったら連絡ぐらいよこしやがれ!」
バシッ!
左手のビンタを甘んじて受け入れる。事情があったとはいえ、母さんには辛い思いをさせたのは変えようのない事実だから。
「悪い・・・。」
「馬鹿野朗・・・。」
「・・・すまん。」
抱きついてくる母さんは俺の胸に顔を押し付けて声を殺して震えている。俺は母さんの髪を梳いて落ち着かせながら、視線を前に向ける。
「久遠君、君は・・・。」
「久しぶり、おじさん。聞きたいことは色々あるだろうけど、先に言わせてもらえば『里見久遠』はあの日に死んだ、それだけは変わらない事実だよ。」
「どういう、意味だよ?それ?」
母さんが顔を上げる。というか、その顔と仕草を他の男にやらないほうがいいぞ?大抵の男はおとせると断言できる。
「今の俺は半妖の銀牙久遠。あなたたち、守人ならどういうことか分かるよな?」
「・・・やっぱりか。」
「やっぱり?何か知ってたのか!?刃!蘭!テメェばぅ」
「落ち着け。おじさん達にも話せない理由があったんだ。」
おじさんの反応に振り返り、今にも飛び掛りそうな母さんを無理矢理また胸に押し付けて黙らせる。
「・・・理由があったにせよに隠し事をしていたことには変わりません。ごめんなさい。何も分からずに子を失って苦しんでいたあなたに私は・・・。」
「そうかもしれないけど、それでも出来る範囲で母さんを支えてくれていたのもまた事実じゃないですか?ありがとうございます。母さんを支えてくれて。」
誰かが支えてくれなければ意外に脆い母さんは追い詰められていたかもしれない。そう思うと封印破りに一枚噛んでいる俺にはおじさん達に感謝はすれども恨む気持ちなど一切わいてこない。
「でも、久遠君。私は、私達はあなたの運命を大きく狂わせてしまった。私達がもっと注意を払っていればあんなことには。」
「あれはどうしようもない事故だったんです。IFの話をどれだけ繰り返しても、現実は幾つもの偶然の重なりで容易く変化してしまう。どんな仮定の話をしたところで実をなさない無意味なことですし、変えられない過去より変えられる未来と今のことを考えましょう。・・・母さんもその辺わかってくれよ?」
押さえていた力を緩めると、母さんが体を離して蘭さん達に向き直る。
「・・・さっきは動揺してて、その、怒鳴って悪かった。お前たちが悪い奴じゃねぇのは知ってるし、久遠の言うとおり何か理由があんだろうから許す。」
罰が悪そうでぶっきらぼうに言い捨てる。蘭さん達は許されて安堵したようだ。
「にしてもよ。お前、蘭にだけ態度違わねぇか?」
「そりゃ、蘭さんだからな。母さんももう少し落ち着いてくれれば敬意を払ってもいいぞ?」
何か蘭さんには頭が上がらないっていうか、自然とこういう口調になってしまう。惚れた弱みというやつだろうか?
「おじさん、これから母さんには俺が知る全部を話す。いいよな?」
「それは・・・、」
「ここまできて話さないってのはないだろ?さっき、半妖っつう単語も口走ったし、母さんには聞く権利がある。今後の俺との付き合い方も含めて知らなきゃいけないことだ。・・・もしも、裏側に引きずり込まれることを心配してるんなら俺が母さんを護る。それが出来る力も手に入れた。」
例え、拒絶されようとも俺は里見久遠が大切に思っていたものを、銀牙久遠としてあらゆる手段をもって守り抜く。
それは『俺』が『僕』であったことへの未練でもあり、『僕』が『俺』に変わるために決めた唯一絶対の誓い。
「一応、言っておくだけ言っただけだ。あなたが拒否しようとも俺の意志は変わらない。」
「・・・好きにするといい。それに・・・、僕もこれ以上舞華さんを欺き続けて、重荷を背負うのもゴメンだからね。」
おじさんはほっとしたような表情でそう言った。おじさんも蘭さんと同じで母さんに真実を伝えられずにいたせいで良心の呵責に苦しんでいたのだろう。
「よく言った。」
「え?って、ぎゃああああ!!?」
何時の間にか母さんがおじさんの前にまで移動して、頭を鷲づかみにした。
・・・母さん、昔から握力が半端じゃなかったんだよな。笑いながらりんごを片手で握りつぶしてたし、お仕置きのアイアンクローは洒落にならなかった・・・。
「お前の知ってることは洗いざらい全部喋ってもらうからな♪」
「あぎゃああぁぁぁ!!」
・・・合掌。
引きずられていくおじさんの頭からやばい音が聞こえたような気がしたが・・・、きっと、気のせいだろう。
「私達も行きましょうか?」
「夫があれなのにほっといていいんですか?」
「あら?昔からよくあったことじゃない?」
・・・ああ、昔から無駄に誰かが母さんの餌食になっていた気が。俺とか、おじさんとか、悪ガキとか、俺とか、おじさんとか、俺とか、おじさんとか、俺とか、俺とか、悠璃と見せかけて何故か俺とか・・・。
「・・・行きましょうか。」
おじさんの悲鳴がどこかむなしく聞こえた。
主人公の故郷への帰郷、親との再会を今回は書いてみましたが、この後の親たちへの事情説明は飛ばしていきます。
この後、律達との再会のときに同様の話をするので重複するのを防ぐためというのと、早く二人を合流させたいという作者の勝手な都合になりますが、ご了承下さい。
今回も駄文をご覧頂きありがとうございました。