第八話 『里見』と『銀牙』 Side Ayaka
説明的な話が続きます。
貴方の歩んできた道はどれほど辛かったのでしょう。貴方の心はほの暗い灰色の世界ようで晴らすことも出来そうにないその世界にどれほどの想いがあるのですか・・・?
Side Ayaka
誰にも邪魔されそうにないところで話したいということで私達の部屋に久遠君を招くことにしました。
学校の中だと律さんと悠璃さんを泣かしたせいで目立ってしまい落ち着ける場所がなく、学外の場所で話しをしてまた目立つのを避けるためにここになりました。
「まず最初に言っておくが、俺は『銀牙』久遠であり、『里見』久遠じゃない。」
久遠君が悠璃さんを抱き着かせたまま座って話の最初にそう言いました。
私達がその発言の意味をよく理解が出来ず、それが久遠君にも伝わったようです。
「『里見』久遠は間違いなくあの日に死んだってことだ。」
その言葉に律さんが顔を俯けてました。
「でも、くお君はちゃんとここにいるよっ?」
「ああ。まぁ、『里見』と『銀牙』を分けてるのは単に俺が線引きをしてるに過ぎないからな。」
「線引き、ですか?」
「そう・・・。ただの汚れを知らない無垢な子供の『里見』と薄汚れた血まみれの妖魔もどきの『銀牙』。その線引きだ。」
久遠君はそう言いながら自分を嘲笑うかのような笑みを浮かべていました。
悪いとは思いましたが精神感応の力を使い、心を読ませてもらうと彼の心は後悔や苦悩、不安などの負の感情が入り混じっていてそれを読んだ私の心までも締め付けられるように苦しくなりました。
「妖魔もどき・・・?それに、血まみれって・・・。」
律さんが困惑した心をそのまま表に出して声を発していました。
「順を追って説明するか。・・・『里見』だった俺があの日にしゅ、いや、でかい狼に喰われたのは覚えてるな?」
同時に律さんの心に浮かび上がったのは大きな銀の狼に胴体を噛み潰されながら共に落ちていく男の子の姿でした。
私から見てもその男の子が致命傷なのは見て分かりますが、話からするとこの子が久遠君なのでしょうか?
「覚えて、る。ボクの、せいで・・・。」
震えながら言葉を搾り出す律さんの心を一気に罪悪感に染め上げられて今にも潰れそうでした。
「・・・はぁ、やっぱりか。あのなぁ、あれは俺がお前を助けたくて勝手にやったことだぞ?お前がそこまで気に病む必要はない。つーか、気にするな。」
「でも!ボクのせいでくーちゃんは!」
「俺はお前が苦しむのも分かった上で助けたんだ。逆に俺が助けられたなら俺がお前みたいに苦しむだろうし、二人とも助からなかった場合は残された母さんたちを泣くんでどちらも俺が嫌だったから、母さん達を泣かせることには変わりないが、それでもお前が生きている分ましだと思ってお前を生かすことを選んだんだ。・・・俺はお前に俺のエゴを押し付けた。だから、恨まれる筋合いはあっても罪悪感を感じられる覚えはない。」
その言葉に心の迷いは感じられず、言い切ったときの彼の心は清々しささえ感じました。
その一方で、律さんの心は感情が入り乱れて困惑しているようです。
「くお君、もしかして、それを言うために帰ってきた?」
「まさか。」
悠璃さんの問いかけに何でもないかのように答えましたが、一瞬だけ心が乱れました。
「・・・ふ〜ん。」
「何だよ・・・?」
「べっつに〜。」
悠璃さんはその心の一瞬の乱れを悟ったようで拗ねたような声を出して更に久遠君に密着しました。
(りっちゃんのことばっかり気にかけて私のことは気にしてくれないのかな?)
顔には出ませんが悠璃さんは久遠君が自分のことを気にかけてくれてないことに対して不満というより、哀しげな思いを持っているようです。
それを見た久遠君は彼女の頭に手を置いて慈しむような感情を抱きながら撫でて、撫でられた彼女は彼の手から求めていた優しさを感じてとても満たされた温かい気持ちになっていきました。
来るときもそうでしたけど、久遠君と悠璃さんは以心伝心しているかのようにお互いのことを分かり合っているようでそのときの二人の間には独特な雰囲気を感じます。
「で、話を戻すと、俺はあのときに体を食い千切られて死んだんだが、しゅ、じゃない、その狼に助けられてな」
「あれに助けられた!?何で!?」
「その前に死んだ人をどうやって助けるんですか?」
「それにさっきからしゅ、って何のことっ?」
「話の途中に割り込むな。それに質問を一度にいくつもするな。・・・まぁ、助けられたと言っても、生き返ったわけじゃない。『里見久遠』の肉体の無事な部分と精神を使って別の命に転生させられたんだ。」
なるほど。だから、『里見久遠』は死んだけど、『銀牙』としてここにいるということですか。
「でも、そんなことが出来るんですか?」
「普通なら、無理だな。」
久遠君は普通なら、という部分を強調して言いました。
「しゅ、じゃなくて、あの狼はかなり高位の存在でな、そこら辺の神と比較したら失礼にあたるくらいの存在で、しかも、力が『生命』に特化してるからわりと簡単に出来たらしい。・・・ちなみに、他の奴等がやろうとすれば神格級の奴でも相手が受け入れられるかどうかで左右されるほどの超高度な術だからな?というか、人間では使えない。」
「とにかく、凄い存在の凄い術で転生したってことだよねっ?」
「簡単に要約するとそうだな。そうやって生まれた奴らが『眷属種』って存在で、つまり、俺はしゅ、じゃない、あの狼に仕える種族であれが俺の主人ってわけだ。」
「でも、精神は人間だったころのままだから久遠ではあるけど、里見ではなくて銀牙ということですか?」
「そういうことだ。」
「さっきから主人って言いたかったんだねっ。」
「転生した際に本能レベルで主人って擦り込まれるからな。自然とそう言いたくなるんだ。」
「でも、あれがくーちゃんの命を奪ったんだよ!?」
律さんが激昂して久遠君を睨み付けます。心の内は怒りで荒れ狂っていて、行き場のない怒りを目の前にいる唯一事情を知る久遠君にぶつけているようです。
「しかし、主人をあそこに封印したのは人間で俺も律もあのとき一番近くにいた人間だった。今までの恨みをぶつけるにはうってつけの存在だ。」
「そんなの向こうの勝手な理由じゃないか!」
「そうだ。けど、そもそも主人が封印された経緯からして俺一人が犠牲になっただけで済んだのはむしろ運がよかったと言うべきだ。それに俺自身こうして転生させてもらったんだから負い目しかない。」
「どういうことっ?」
「主人は元々、人間に対してかなり友好的な存在だったんだ。人里離れたところで暮らしていたんだが、ある日人間が迷いこみその人間の悩みを取り払ってやった。その話が広まって腐った奴らに力を狙わた挙げ句、悪役に仕立てあげられて封印されたんだよ。封印の中での長い時は主人の人間に対する感情を一時でも狂わせるのに十分だった。だから、一番身近にいた人間を襲った。」
話している間に久遠君の心の内にも憎悪が渦巻いて来ました。
「そんなこと嘘に決まってる!」
「嘘じゃない。転生したときに主人の記憶が俺にも流れて来た。転生術は自分に近しい存在を作るゆえに主人の記憶が流れ込んでしまうらしい。だから、俺には主人の苦しみが分かるし、それを許している主人に対して感謝している。それに、人間に対しても少なからず含むところがある。」
「それは私達にも憎しみを抱いているということですか?」
「俺は実体験したわけではないから憎しみを抱くのは人間という種だが、個人的な知合いには憎しみを抱く事はない。無関係な人間に無意識の内に苛つく程度だ。もっとも、思い出している内は違うがな。」
私が能力を使って心の内を憎悪を感じとったことにも当然気づいていて、最後に私に言うように付け加えてくれました。
「律、お前が憤りを覚えるのも分かるが、主人の事情も少しは考えてくれると助かる。」
「・・・。」
律さんはまだ納得はしてないようですけど、少しは怒りが収まって来たので黙っていました。
「ここまでがあの日に起こったことで、ここからは今までの話だ。・・・それを聞いてから俺と今後、どう接するか考えてくれ。どんな選択をしようとも俺は構わないし、俺はお前たちの味方でいる。」
そう言いながら心の内では不安が渦巻き、恐れなどの感情が広まり、ただでさえ薄暗いもの感じていた心の内に灰色の霧がかかったように感じたのでした。
次はこの作品の世界観の説明になると思います。うまく出来ていなかったり、分かりにくかったりするかもしれませんがよろしくお願いします。