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Spiral Labyrinth……螺旋の迷宮  作者: 村咲 遼
6/11

 しばらくして医師が現れ、悠紀子ゆきこ里鶴夢りずむと名前をつけられた赤ん坊を診察する。


『奥さまは落ち着いていますね。もう少し元気になったら庭を散歩したりされてください。そして、赤ちゃんですが……』


 女性の医師で、口の固い彼女だが微妙に困ったように付き添う憲広のりひろを見る。


『赤ちゃんは、奥さまや旦那様のようにアジア系の顔立ちではありません。いえ、はっきり言えば、髪の毛は柔らかくプラチナブロンド、瞳は淡いブルー……北欧系の人に多い色合いです。お二人のお子さんとして育てるには……』

『私が浮気をしたとでも!』

『何をいってるんだ。悠紀子さん。リズは私たちの子だよ?先生。リズの出生証明書を。両親は私達。父親は私です』


 真剣な訴えに、医師は苦笑する。


『解りました。丁度奥さまが体調を崩した時期に妊娠していたのなら、赤ちゃんが生まれていてもおかしくないでしょう。でも、少し体重が軽いのと、まだ泣けない位弱っているようですね。私の病院では保育器はないので……ご家族で面倒を見られますか?』

『私は、しばらく休暇をとることにします。ここ最近仕事を詰め込んでいたのは、夫婦仲が悪くなったのではなく、子供が生まれたら大変になると思っていたからだと伝え、そして、悠紀子さんが妊娠していることを伝えなかったのは、高齢出産で、危険だったからだと……』

『お願いします。先生。家族で決めました。この子を……大事に面倒を見ますから!』

『解りました。ではリズちゃんですね』


 医師は出生証明書を作り、夫婦は別荘のある国で二人の子供であるものの国籍を取得する手続きをした。

 無国籍では日本に戻るすべがない。


 そして、憲広は悠紀子との間に末っ子が生まれ、悠紀子は体調がよくなるまでと子育てに専念するため、そして自分は今まで第一線をひた走り、家族との時間を持てなかったと言う理由で育児休暇を取ることを発表した。

 世界中から引っ張りだこの有名指揮者とその妻でピアニストの出産報道は世界を席巻したが、好意的に受け止められた。


 約半年、憲広は妻と育児に専念し、そして、少しずつ入ってくる仕事依頼を選別し、なるべく妻と末娘に寄り添うようにし、子供たちも、暇があれば別荘に来るようになった。




 約一月経って、スマホで連絡を取り合った兄弟が集まり、免許を持つ海音の車に5人が乗り込み、話すのはリズのこと。


「この間リズちゃんが、寝ていたけれど笑ったのよ!」


 先日一人で来ていた英玲奈が嬉しそうに自慢する。


「でも、赤ん坊って無意識に表情を作るから、ほんとは喜んでないかもよ?」

「高飛!酷いじゃない!」

「でも、ほら、見て!」


 歌音は持ってきていた袋から中身を取り出す。


「じゃじゃーん。日本のブランドのベビーグッズ!こっちのも良いのだけれど、肌に良いものとか、タオルとかは日本製が良いのよね。通販で取り寄せちゃった。後ろにも積んでるわ」

「あ、可愛い。ウサギだ」

「でしょう?ピンクで揃えたら可愛いと思って」

「……あぁ、俺も、日本の友達に頼んで取り寄せたのに……」

「はっ?高飛が?」


 隠し持っていた袋から、


「なんか、向こうではこういうの流行ってるみたいでさ、ロンパース」


 取り出したのはウサギとテディベア風のふわふわのフードつき着ぐるみロンパース。


「きゃぁぁ!可愛い!」

「本当だわ!」

「それに、フードがあったら髪も隠せるし、良いと思って」

「それ良いね。あ、僕はテディベア」


 出してきたのは、旅行鞄風のケースに納められた、有名なぬいぐるみメーカーのものである。


「おい、蓮斗。聞いたけどテディベアはガラスの目とか……」

「兄さん、これ、子供用の柔らかいの。確認したし」


 長兄の一言に、笑う。

 無表情の蓮斗の珍しい微笑みに、兄弟はあれ?と顔を見合わせる。


 しばらくして到着した別荘では、ベビーベッドを覗き込んでいた両親が、息子たちが大きな荷物を抱え現れ、驚く。

 家族と言うには名ばかりで、それぞれ言葉も交わさなかった兄弟が、何かを言いながら笑って入ってきたのである。


「ただいま、父さん、母さん」

「あぁ……お帰り。どうしたんだ?その荷物は」

「お母さん。見て!通販で日本のタオルとか、リズちゃんの肌に良いものを取り寄せてみたの。あ、お母さんにもよ」


 歌音は後ろからメイドが運んできた箱を示す。


「まぁ!日本から?」

「だって、西日本のこの『今治』ブランドって本当に良いのだもの」

「でも、こんなに……」

「あ、俺は、これ~!」


 一番やんちゃでツンツンタイプの高飛が、何故かもこもこの……


「これは?」

「日本で流行ってるんだってさ。着ぐるみロンパース。ほら、ウサギとかアニメ映画のキャラとか……」

「厚手はこれから困るんだが……」

「薄手のも買ったさ!大量まとめ買い!顔も隠れるし!リズの為なら財布は痛くない!」

「……」


 父親は次男の自慢げな顔に、何故か残念そうな顔になる。


「お父さん。リズにテディベア」


 蓮斗は包みを取り出す。

 まだ、あまり動かない、赤ん坊の側にとふわふわのテディベアを差し出す。


「リズがだっこするかな?」


 モゴモゴと口を動かしていた赤ん坊は目を開けた。

 夫婦は解っているが、プラチナブロンドのふわふわの髪と、ライトブルーの瞳の赤ん坊はきょとーんとした顔になる。


「……うわぁ……リズ、可愛い!」


 海音は呟き、蓮斗は恐る恐るテディベアを差し出す。


「えっと、ほら、リズ。くまさんだよ~?お兄ちゃんが探してきたよ?くまさん」


 ちょっと動かすと、テディベアの手で優しくちょんちょんっとつついて見せる。

 小さい指が動き、ぎゅっとテディベアを掴む。

 その姿に家族は喜ぶ。


「可愛い!どうしましょう!」

「はい、リズのくまさんだよ。一緒にねんねだね」


 言いながらベッドに置く、すると、リズの頬がゆるみ、にぱぁ……と笑う。


「あ、笑った!」

「やっぱりリズちゃん、お利口だから解るのよ!」

「良かったな、蓮斗」


 海音の声に、蓮斗が頬を赤くして照れている。

 家族は、無表情と思われていた蓮斗の嬉しそうな顔に、顔を見合わせ、幸せそうに笑った。


 それからは定期的に会うことにし、海外を拠点に活動する両親に、学校を卒業してそれぞれ音楽家として活動を始める中、リズはすくすくと育った。

 しかし、リズの家族とは違う容姿を理解する頃、家族は集まり、悲しそうな顔をするリズに、高飛が示す。

 高飛は髪の色を抜いている。


「ほら、リズ。兄ちゃんの髪の毛、最近色が変わったんだ」

「ほんと……どうして?」


 クルクルとした大きな瞳の妹を抱き上げ微笑む。


「仕事と、それにそうだなぁ~リズと一緒が良いなぁって」

「……リズ、どうしてパパやママと一緒じゃないの?」

「はぁ?一緒じゃないか。リズは父さんや母さん、兄ちゃんたち、嫌いか?」

「ううん!大好き!」

「父さんも母さんも、兄ちゃんたちも一緒だ。大好きだぞ?それにな?」


 頬に、額にキスをする。


「髪の色も瞳の色だって簡単に変えられる。髪は染めて、瞳はこの前兄ちゃんが青い目で来ただろう?」

「うん」

「コンタクトレンズっていって、海音兄ちゃんみたいに目が悪いひとが、眼鏡をかけていけない時や、兄ちゃんみたいにお仕事で服を変えるときに合わせて使うんだ。いまは駄目だけど、一緒が良いなら考えような?でも兄ちゃんたちは、リズが大好きだから、プラチナブロンドの髪とライトブルーの瞳のリズが可愛いし大好きだぞ?それに、父さんと一緒じゃないか?」

「パパは白髪なんだって言うんだもん」


 唇をつき出すその顔に、英玲奈が頬をつついて、


「リズちゃん?可愛い顔が台無しよ?」

「お姉ちゃんたちの方が綺麗だもん。お兄ちゃんたちはかっこいいもん」

「あらあら。お姉ちゃんお世辞は要らないのよ?」

「歌音お姉ちゃん、綺麗だよ!ほんとにほんとだもん!」


 半泣きで姉を見る、と海音が抱き上げ、


「歌音。リズを泣かせない。リズ?髪の色とか瞳とかよりも、もっと大事なことがあるんだよ?」

「海音お兄ちゃん……?」

「高飛がいっていただろう?父さんも母さんもお兄ちゃんたちは、リズが一番可愛くて大切で、宝物だよ。それだけは信じてほしいんだ」

「……うん!リズ、パパとママとお兄ちゃんたちとお姉ちゃんたち大好きだよ!一杯一杯!」

「僕も……」


 蓮斗はリズの頭を撫でる。


「リズは僕の一番可愛くて自慢の妹なんだ。悲しい顔をしないで、笑ってて」

「蓮斗お兄ちゃん!」


 瞳はコンタクト、そして髪を染めることを家族は反対したため、かつらを用い、リズは日本に戻ることになった。

 幼稚園や保育園は何かあってはいけないと行くことは止め、家族に楽器や声楽等を習うようになる。

 まるでスポンジが水を吸うように、みるみるその才能は開花し、家族は成長を喜んでいた。

 特別な学校ではなく、あえて市立学校に通わせたのものびのびとさせてやりたいと思って選んでいた……それなのに。




 高飛がじっと見つめていたランプが消え、扉が開いた。

 押されて出てきた寝台には呼吸器や点滴に繋がれた小さな身体……。


「リズ!」

「先生!リズは!」


 運ばれていくリズには蓮斗が付き添い、海音と高飛は問いかける。


「……大量出血で、危険でしたが、提供していただいてその点は大丈夫です。が、全身を強く打っていることと、骨折、頭を怪我しています」

「……やっぱり……」

「それと、あの……里鶴夢さんの瞳にコンタクトが残っていたので外しましたが、後日傷がないか専門医にチェックさせたいと思います。後遺症……の危険は高いです。集中治療室にと思っております」

「よ、よろしくお願いいたします」


 海音と高飛は頭を下げたのだった。

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