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Spiral Labyrinth……螺旋の迷宮  作者: 村咲 遼
5/11

 手術中看護師が、全身麻酔をしているのに涙を流す里鶴夢りずむに気がつき、瞼が膨らんでいるような感じにそっと触れた。


「何をしている?」

「……先生!コンタクトレンズが」

「割れていないか確認、外しなさい!」

「はい!」


 看護師は手を伸ばし、右目を気を付けて開けると、ずれているものの無事だったコンタクトを取り外し、息を飲む。

 茶色の色つきコンタクトの下には、淡いブルーアイが見えたのだ。

 しかし、すぐに気を取り直し、左目をそっと開く。

 確認してみるが、衝撃で外れたのか見当たらない。


「外しました。右目のレンズはずれていましたが、左目はありませんでした」

「そうか、後で目の方も確認しよう」

「はい」


 看護師は、手術に集中する医師たちに余計なことは言うまいとコンタクトを、器に乗せたのだった。




「……父さん、母さん。私たちがいるから、家に帰って休んでください。で、明日、身の回りのものをよろしくお願いします」


 海音かいとが告げる。


英玲奈えれな歌音かのん。お二人を頼む」

「あ、姉貴。俺の車をお願い。リズの学校の荷物が全部入っているから」


 英玲奈が兄から、歌音は高飛たかとから鍵を受け取り、両親と共に帰っていく。


「……兄さん。リズのコンタクト……外れてるよね?」

蓮斗れんと!」

「解ってる。それよりも……リズが無事なら……それで……」

「クッソー!今までずっと、せっかく隠してきたのに!」


 高飛が拳を握る。


「それよりも、これからどうするか……だな。と言うよりも……リズが家に来るまで、ほとんど喋ったこともなかったな……私たちは」


 海音は弟たちを見る。

 高飛は首をすくめる。


「話すこともないだろ。皆自分勝手だったしな。あの時……」

「……天使かと思ったよ。高飛兄さんがボロボロの布にくるんでもって帰ってきたから、何かと思ったら……」

「お前、俺の子かって言っただろ?」

「いや、お前はやんちゃ盛りだっただろ?家族全員思ってたと思う」


 海音の珍しい軽口に、苦々しげに、


「憧れてた……女性だよ。先輩。普段は隙のない格好をしていたのに、あの時はボロボロの服で恐怖に怯えて俺のアパートに来たんだ。『リズ……お願い!』って。そのまま逃げようとしてたから、コートを着せようとしたけど首を振って……翌日遺体が発見されたけど」

「……お前から電話があるとは思わなかった、しかも……」

「顔色変えて、『何とかしてくれ~!』だもんね」

「仕方ないだろ!未成年のガキがどうやって面倒見るんだよ?で、ちょうどあっちの別荘で静養してた母さんのところに連れていって……」




 その時に、久しぶりに家族が集まった。

 15歳から22歳のそれぞれ学生だった5人の兄弟と、忙しい演奏活動を抜け出した憲広のりひろは、悠紀子ゆきこの別荘に。


 悠紀子と憲広はその頃にはお互いに忙しく距離が出来始め、その上悠紀子は家族にも黙っていたが更年期障害と共にうつに近い状態だった。

 しかし、今まで夫や子供を省みず、ピアニストとして世界中を飛び回っていた悠紀子は、今さら助けを求めるなんてと、体調不良と言うことで引きこもっていたのだった。


 そんななかに、集まった家族の視線の先には抜けるように白い肌の、弱々しくヒィヒィと泣いている小さい赤ん坊がいた。


「この子は?」


 憲広の問いかけに、高飛は、


「俺の学校の先輩が抱いて来たんだよ。『リズ……お願い!』って言ってた。リズ……エリザベスが名前だと思う」

「その女性は?」


高飛は唇を噛み、答える。


「翌日遺体が発見された。半年位前から行方不明だったんだ」

「あのテレビの?美人よね。でも、高飛が遊ぶような人じゃないわ」


 歌音が言い放ち、


「当たり前だろ!あの人は俺の憧れの人だぞ!」

「高飛落ち着いて。赤ちゃん……リズちゃんが怯えちゃうわ」


英玲奈が恐る恐る手を伸ばすが、


「赤ちゃんって、小さいのね……」

「か、かしなさい!」


手を伸ばしたのは悠紀子。

 ベッドに起きあがり、赤ん坊をあやしつつ、様子を見る。


「……よしよし、良い子ね……リズちゃん。泣かないで……あぁ、この子は、おなかがすいているのよ。弱っているわ!貴方!すぐに私の主治医を、口が固い先生よ。執事に頼んでちょうだい。それと、別荘のメイド頭には子供を産んですぐの娘がいるの。メイド頭に話をつけてちょうだい。お願い!」

「解ったよ、悠紀子。海音、高飛、蓮斗、手分けして乳母になる女性のことと、赤ん坊の身の回りのものを別荘の中から手分けして探しなさい」

「はい」


 4人は動きだし、英玲奈と歌音はなれた手つきで子供をあやす母を驚いたように見つめている。

 その視線に気がつき、悠紀子は、


「どうしたの?あぁ、疲れているのね……英玲奈。子守唄を歌ってあげて。赤ちゃんはお母さんの心臓の音や優しい声に安心するの」

「えっ……こ、子守唄ですか?えと……」


 普通に声を出そうとした英玲奈に、悠紀子は苦笑する。


「駄目よ。『良い子ね?おねんねしましょ?』って語りかけるように。歌音はトントンって優しく叩いてあげてゆっくりとよ」

「は、はい」


 姉妹は顔を見合わせ、言われた通りにしてみる。


「良い子ね?もう少し待っててね……リズちゃん。お姉ちゃんたちがいてくれるわ」


 しばらくして蓮斗がメイド頭と娘に孫、そして、哺乳瓶を持ってくる。


「お、お母さん。お姉さんがこれをまずって。白湯だって。喉が乾いているかもって」

「あぁ、そうね、ありがとう」


 受け取った哺乳瓶を口に含ませようとするものの、口が小さく、難しい。

 すると、メイド頭が、サイドテーブルに置いていた悠紀子が飲んでおらず冷たくなったティカップのスプーンに、哺乳瓶から白湯をたらし、そのあと口の回りを湿らせることを繰り返す。

 そうして、もう一度哺乳瓶を口に近づけるとようやく口にくわえ、ンクンクと必死に飲み始める。


『もう大丈夫でしょう。奥さま。お体が良くないのです。着替えをさせて、私が預かりましょう』

『いいえ、先生に見せないと、それに、まだ弱っているの。傍についていてあげたいの』


 メイド頭に訴える。


『奥さま』

『ねえ、ばあや。お母さんの病気って……』

『半年前から、今のように寝込んだり起きたりでした。今まで世界中を飛び回り、疲れがたまっていたのですわ。きっと……何度も奥さまに、ぼっちゃまやお嬢様方にお伝えをと申しておりましたのに……』

「お母さん!」

「更年期障害とストレスですって……マスコミにも回ってはいけないでしょう?憲広さんの仕事にも、貴方たちにも迷惑だわ……何もしていない母親が……自分が調子を崩したから助けてなんて……」


 自嘲するように呟くが、小さい哺乳瓶のほんのすこしの白湯を飲み終えた赤ん坊を持ち上げ、軽くトントンと背中を叩く。

 何回か繰り返すと、ケプッと口から音が漏れる。


「これで大丈夫。今は白湯だったから、少ししたら粉ミルクを薄めたものの方がいいかしら……英玲奈と歌音は丈夫だったけれど海音は始めての子で、すぐに泣いて泣いて……当時はピアニストだから抱くなって……辛かったわ……」


 思い出したように告げる悠紀子の声を聞きながら、小さい手が動くのを指を伸ばして触れていた歌音は、不意に小さい手がぎゅっと握って来るのに驚く。

 その力に……温もりに……何故か胸が熱くなる。


「……ちっちゃいね」


 母のベッドに座った蓮斗が覗き込む。


「そうねぇ。一番小さかったのは蓮斗だったわ。この子位かしら。よく寝ていたわ。逆に大きかったのは高飛ね。予定日過ぎても出てこなかったわ」

「……そんな話、知らなかったなぁ」

「……そうね。今さら、言い訳にしかならないけれど……もっと、家族を、憲広さんや貴方たちと向き合えば良かったわ……ごめんなさいね」


 声が震えるのに気がつき、悠紀子を見ると、ボロボロと涙を流している。


「家族なんて……言えないわね。名前ばかり、形ばかり……後悔ばかり……」

「母さん。赤ん坊の服と、タオル、それに沐浴ってのをさせろって持ってきたんだけど……」

「か、母さん?おい、姉貴たちなんか言ったのか?」


 海音と高飛が桶を運び、後ろからメイドがタオルに赤ん坊の産着、おむつなどを持ってくる。


「違うわよ。リズちゃんを抱いていたら、貴方たちの小さい頃を思い出しちゃったわ」

「それなら良いけど。で、リズ、どうすんの?」

「高飛、やってみる?」

「無理無理!ふにゃふにゃしてて、恐い!」


 必死に後ずさる高飛がぶつかったのは、執事に指示をして戻ってきた憲広である。


「あ、父さん、ごめん!」

「いや、そう言えば、蓮斗を入れたのが15年前だったな……悠紀子。私が入れよう。腕が鈍ってなければ、大丈夫だろう」

「貴方、良いの?」

「孫を入れてくれと言われるだろうし、海音や英玲奈も見ておくんだぞ?」


 上着を脱いでシャツのボタンをはずし、腕捲くりをすると、妻の腕からリズを抱き上げる。


「ほーら、リズ。怖くないからね。体をきれいにしよう。海音、ガーゼを上にかけなさい。赤ん坊は刺激に敏感で何かに掴もうとする。ガーゼをかけておけば、ぎゅっと握るから」

「は、はい!」

「で、少しずつ、お湯をかけていくんだ。で……ゆっくりと入れていく。もう一枚ガーゼを」


 海音が渡すと、お湯につけ、そして優しく撫でるように体や手足をガーゼで清めていく。

 首の後ろに、頭皮、最後に、


「怖くないよ?お顔をきれいにしよう。リズ」


と話しかけながら拭い、


「高飛。タオルを。包む程度で良いから。こすっては弱い肌が赤くなる」

「はい」


湯槽から出た赤ん坊はますます白い肌になり、憲広の腕のなかでスヨスヨと寝入っていた。


「すごい!父さん。リズ寝てる!」

「これからはおしめに産着だな……よし、母さんにしてもらおうか」

「えぇ」


 手早くてきぱきと着せていくのを5人は唖然としている。


「ぷぅぅ……」


 気持ちが良かったのか、口がモゴモゴと動く。


「父さん、母さん、すげぇ……」


 高飛は呟く。

 憲広は、リズを抱き上げた悠紀子に話しかける。


「ねぇ?悠紀子さん。君が苦しんでいるのを……私は薄々気がついてた。それに、高飛のやんちゃや、他の子達に向き合うのも……仕事を言い訳にして逃げていた、最低な夫で父親だ」

「えっ?でも、貴方は忙しくて……」

「それは、本当に言い訳だ。でも、この子のお陰で今ここで集まり、成長した子供たちと、しばらく会わない間に顔色が悪くなって、痩せてしまった君に、本当に衝撃を受けたよ」

「貴方……」


 憲広は結婚指輪をつけている悠紀子の手を握る。


「……悠紀子さん。もう一度、一緒に暮らそう。夫婦と家族をやり直そう。そして、リズを私たちの子供として育てよう」

「で、でも、私は……」

「表舞台から姿を隠していたのは、高齢出産で体調を崩したため。リズが生まれたことだけは公表して、しばらくは育児と静養に勤めます。で良いと思うんだ。海音、英玲奈、歌音、高飛、蓮斗……情けない父親だけど、もう一度やり直すチャンスをくれないか?」


 兄弟は顔を見合わせ頷く。


「はい。一緒に……」

「じゃぁ、リズちゃん。お父さんとお母さんとお兄ちゃんとお姉ちゃんたちが名前を考えるわね?出生届を提出しないと……」


 医師が来る前に、家族で話し合った結果、リズを愛称とするため、里鶴夢と言う名前を決めたのだった。

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