閑話:〇月□日 同時刻 ギルの宿 馬房改装部屋周辺 闇夜の戦い2/4
また、視点変更
月明かりも星明かりも見えにくい曇り空によって明かりが乏しく、暗闇という存在があたりを支配しているかの様な、それほどまでに視界が得られない中、まるでそれでも見えているかの様に、しかし動きは静かに気取られる事が無いようにと移動している者たちの存在があった。
その移動していた者たちは、周囲の状況を確認したかたと思えば、石壁とも呼ばれる代物の積まれた石同市の隙間に、手足を器用に使っては手慣れた手つきで登っては乗り越えていく人影があった。
その石壁をまるで軽業師の様に乗り越えていった影は三つ
それぞれに背丈などは異なってはいるものの、その風貌は黒ずくめで統一されており、周囲の暗闇に溶け込むとでもいう服装をしていた。
その影の一つが、周囲に聞き取りにくい形でほかの影へと囁く
「この宿なんだな?」
「へい、間違いありません。近所の奴らが話していた内容では、あのガーランの肉と酒をタダで振舞っていた奴がいたそうです」
この時分、そんな事を行う奴がいる事すら疑わしかったのだが、高級食材と酒をタダで振舞うという豪遊をしでかしている奴がいる。という情報をもたらされたことから始まる。
そんなにも小さくもないこの街で、そんな事をすれば狙われるのは当たり前だろうとは思うものの、自分たちの食い扶持にもなってくれる存在に、多少なりともありがたみを感じてもいた。
「このご時世に、大した羽振り具合じゃぁないか。それなら、俺たちにもおこぼれがあっても良いだろう」
「違えねぇ」
「ですねぇ」
顔は隠されてはいるが、それぞれがそれぞれに、そんな裕福な奴から盗みを行うのは正当であるという考えの持ち主であるがために、犯罪を行っているという意識は薄れていたりもしながら、声を殺す形ではあるものの、お互いが笑いあっていた。
「それと、屋台街担当の奴らからの情報で、金銭貨で支払い続けてたそうですよ。しかも、金銭袋も商業用を財布代わりに使って」
「ほぅ、どこぞの田舎者なのかバカなのか、盗ってくださいって言っている様なもんだろう?で、成果は?」
商業用の金銭袋を持ち歩き、しかも財布代わりくというのは、よっぽどのバカか無知なやつ、つまりは田舎者でしかない。
なぜなら、自分が大金を持っていますよという事を周囲にアピールしている事と同義であり"奪ってください"と言っている様なものでもある。
屋台街担当が、それを目にしているのならば、狙わない訳がなく、最悪自分たちが潜り込もうとしている先には、めぼしいものがない状態になるのでは?という危惧してしまう。
だが、その危惧とは裏腹に違う答えが返ってきた。
「それが・・・ダメだったと」
「ダメだった?どうしてだ、アイツが失敗するって事は相当な相手だったという事か?」
「ダメだった。という事ではそうなんですが・・・」
スリを行う担当として、実行・受取・搬送という形でその行為をグループで行っている。
実行担当はすぐに受取へと受け渡し、たとえ実行担当が捕まったとしても、証拠となる物が見つかなければ、それは冤罪という主張がまかり通り解放される形になるからである。
そうして受取担当も、すばやく搬送担当へと受け渡して‥‥‥という風に流れる形で仕事を行い、その各仕事を分担したグループが屋台街の担当として駐在していた。
そのグループは、長年の経験と勘で目利きも高くヤれる相手にせず、ダメなときはすぐに引き上げるという事を徹底しており、そのため成功率もかなり高く、それに伴って組織内における信頼度もかなり高いものであった。
しかし、そのグループが目を付けた相手に"失敗をする"という事自体が、起きる事がそう滅多になかった為でもあった。
「ん?何かあったのか?」
「いえ、それが・・・聞いた話なんだが、実行に移したまではよかったんですが、どうも"実行の奴"がヘマしたらしくて、一応はその場を立ち去ったには立ち去ってはいるんだが・・・」
「?」
「その後、"実行の奴"がヤれなかったのが効いたのか、心ここに在らずという感じで、ずっと上の空になってるって話がな。それに、なんでも"もうどうでもいい・・・どうでも・・・"といった事を恍惚とした表情でブツブツと言い出してる始末で‥‥」
「はぁ?なんだそりゃ?失敗したのがそんなに堪えたのか?」
「ほかの奴らは、そう言ってましたが、ありゃぁ自信喪失という代物とは別の何かというか、なんか手のひらを、こう大事そうに眺めては、ため息をついたかと思えば放心しているといった」
「なんだそりゃ、ま、とりあえず失敗したのなら、俺たちの方には残ってるという訳だ」
「そうなるな」
話を聞けば聞くほど、よくわからない話ではあったが、わかっている点といえば、屋台街担当が失敗したおかげで、自分らの仕事の成果が存在するという事が確約された事でもある。
アガリとして上納する分を差っ引いたとしても、残り分もそれなりに自分らに回ってくる物と期待は高まる。
「それにしても、豪遊している割に馬房にいるとは、なんというかチグハグというか間抜けというか」
「宿部屋だと侵入するのも少々厄介ですからね、鍵屋を手配する手間も省けましたし」
「ま、その分俺らの仕事が楽になるって訳だ、感謝しておこうや」
「ちげぇねぇ」
「じゃ、そろそろ始めるぞ・・・」
そういっては、各人が口を閉ざしハンドサインの様な仕草を行う。
そのしぐさは"普通の人族"では、暗闇の中で閉ざされてしまい見えないといえるのだが、彼ら"人とは異なる種族"にとっては、当たり前の視界が広がっている。
その広がったハンドサインから、馬房周辺の状況を確認し、それぞれが配置につこうとした際、宿の本館から一つの人影が出てくるのを確認する。
もしもの事を想定し、念の為にと待避のサインを出して各々が、さらなる陰へとその身体を忍ばせ、潜むことを優先しながら、その状況を様子見していくと、その一つの存在は、こちらが向かう馬房の方へと怪しい動きで近づいて行っているのを確認できていた。
(同業者か?)
自分たち以外に、そういった組織が幾つも存在している。
その同業者会議では、今の地区は自分たちが所属する組織で決められているはずであるが、その組織でもモグリや単独で行う者がいない訳でもない。
そのため、こういったブッキングともいえる事が発生するのも、よくある話でもある。
こういった場合は、相手に牽制をかけて制したり、もしくは強制的に排除する物であるが、今回は一人であるために、排除するという手もないでもない。
だが、先ほどの話で、屋台街の奴らが失敗した。という話が気にかかっていた為に、今回は様子見という事で仲間内へとサインを送っては状況を様子見をする形へと指示を回していた。
そうして様子をみていると、その存在は、馬房の扉を自分たち以上に完璧に開け放っており、かなりの手練れと思わせる作業であり、どこぞの"流れ者"にしてはもったいない腕前であると感心させられていた。
そうして開け放った扉から、中に入ろうとしていると見えたのだが、何か戸惑うかの様にそれ以上の進行を行っていないと思えば
「ようぉぇ!?」
という奇声を上げながら庭の方に飛ばされていったのを確認できた。
(‥‥‥なんだ?何が起こった?)
何が起こったかの仔細は分からない。
が、緑色の淡い光が発生したかと思えば、"流れ者"が飛ばされたという事実が目の前で起きたという事だけは認識していた。
仲間内からのサインも、"どうする?"というサインが来ており、状況としてこのまま進めるかどうかの判断に迷っていた時に、さらに
「どぅぁ」
という流れ者の奇声が再び放たれ、飛ばされていた。
(まずいな‥‥‥)
これで判明したことは、防衛する"何か"があるという事である。
田舎者と思ってはいたが何かしらの防衛手段、またはそれに類する代物をもっているという事。
いままでの経験上、そういった防衛手段を用いる者がいる事はあったが、そういった代物は高価すぎる点と、防犯上の対策がとれる身分がハッキリしている者しか持っている場合にしかない。
逆にいうならば、そういった類を持っているという事は、一定の身分を持つ者、つまりは権力者かまたはそれに連なる者といえる存在である。
そうなってくると、話は大きく変わってくる。
そういった類に対応できる準備を、事前にしっかりしていなければ、うまく立ち回ることさえ怪しくなってくるからである。
(どうする?)
(強行するか?)
(まて、しばらく様子見だ)
仲間内からの指示を求める内容が送られてくるが、情報が少ないうえに強行するわけにもいかない。
ならばと、いま目の前で繰り広げられている争い、つまりは"流れ者"を使っての情報収集へと切り替え、ヤれるかどうかの判断材料にさせてもらおうと、さらに闇の中へとその身体を忍ばせていった。