昼
次の場所へと向かおうとしている時、"リンゴーン‥‥リンゴーン‥‥"といった風に、周囲の空気を軽く振動させるような、そんな低い鐘の音ともいえる物が辺りへと鳴り響いていた。
「あ、お昼ですね。アーネストさんはどうされますか?」
「昼かぁ」
先ほどの鐘の音は、どうやら昼時を知らせるための代物といったところだろうか。
昼といわれても手持ちで持ってきている訳でもなく、そういやその事を忘れていたと思い出させてくれた。
ただ、この機械生命体という代物で"空腹"という感情的なモノを感じるという事はなさそうだが、代わりに活動エネルギーが一定以下に陥るとEMPTYという警告表示がなされる事がある。
そうなる前に、ゲージを確認してはエネルギー補給を行う行為をとるのが必要な事ではあるのだが、
「一応、まかないとして食堂で一食は貰えますけど、結局みんな足りないという事で追加で注文してたりしますけどね」
「足りない?それほど少ないのか」
「えーっと、基本はパン1つと具材が多めのスープが1杯だけですから、結構追加する人多いですよ」
数量的にというか、まかない的には確かにそれでも十分だろうとは思うが、重労働ともいえる肉体労働といえるこの環境では、生物にとってみれば少ないのかもしれない。
それよりも、この身体で本格的な仕事を始めるとして、活動エネルギーがその分量でまかなえるのかどうかが疑問といえるが、それならば一度試してみる価値はあるのだろうが、初めから分量が少ないとなると、先に追加できる内容を吟味しておくのも必要なのではなかろうかと考えてしまう。
「どうしようかね‥‥」
「とりあえず、食堂の方までいきましょうか」
「ん?あ、あぁ、そうだな、そうしよう」
とりあえずは、メニューを見てから決めても遅くはないだろうと、そのまま食堂の建屋へと案内されていくが、その道中においても、ワラワラと集まる人夫の一部からは「お昼、一緒にどうですか?」「一緒にどうだ?」と声がかけられ続けていた矢先に、唐突に聞きなれた声が聞こえてきた。
「お・ね・え・さ・ま――――――っ!!」
その声と思しき物が発せられた方向といえば、工事区画の入り口の方から聞こえた言葉の音を幻聴にしたかったが、MAP上に示されている支援ユニットの光点が、幻でもなく幻聴でもなく現実であるという事をまざまざと突き付けていた。
そして、その元凶となる存在とわかる光点が、まるで磁石が引き寄せられるかの如く加速度的にまっすぐにこちらへと向かって‥‥‥って、おいおい、体躯の良い人夫が作ってる人垣がはじかれる様に二つに分かれってってるんだが
そんな、どこにどういう馬力が働いているんだ?という疑問と内容と周囲の何だあれ?という変なものをみるかのような空気を作り上げた存在が、自分の目の前に到着するや否や
「お姐様ぁ!お昼をお持ちしましたぁ!!シーの思いが一杯詰まったお昼をお持ちしましたよぉ!」
こちらが声をかけるまでもなく、目の前に現れたその存在は両手に持ちえた物を此方へと差し出しては「シーが丹精込めて作りました!」といいながら、周囲を一通り見渡したと思えば「さささっ、こちらへこちらへ‥‥」と、人がいなさそうな隅の区画へと連れ出そうとしていく。
というか、コイツにこんな力があったのか?と思いつつも、引っ張られる際に「じゃぁ、僕は昼いってきますね」と小麦肌の青年が、まさにこの異様な空間に関わらない方がよいという感じで脱出を試みるかのように告げられたが、あまりにもの急な展開の為に「お、おぅ・・・」としか返事する事が出来なかった。
* * *
テキパキと自分が座っている場所の前へとシートをひいては並べており、その内容は両手にそれぞれ持っていた、5段重ねのお重ともいえる代物を広げていった。
その中に入っているモノとすれば、炒め物から煮込みものまで主菜としてはパンが別として出されてはいたものの、これらはこれらで見た目からでも食欲をそそられる代物なんだろうなと。
ただ、何故か食欲というものが沸かないんですけどね。
その理由としては、このシートを引いた周囲の存在たちが、壁となって此方を見続けているというのが主であり、なんというか動物園の折の中とでもいうか‥‥‥なんだよ!この晒し者状態は!!という状況を体験している始末である。
しかも、その元凶を作り出した存在といえば周囲の事などお構いなしにテキパキと並べていき、その並ばれたソレらをのぞき込んでいた作業員からは「おぉ、すげぇ…」「豪勢だなぁ」「結構な量ありますよね」「ガーランの肉だろ?あれ」などと、その見た目もかなりおいしそうにみえる代物が、なおかつ分量もかなりの多さでもあるという代物であったりして、余計に目立つ事このうえない状況を加速させていた。
そんな中、自分としてはただただ、もうどうにでもなーれー的な心境で、事の成り行きを流していくしかないというか、周囲の人垣や状況で一切動けないという。
そんなこちらの心境を察することもなく、一通り準備が終わったのか暴走Sといえば、「さぁ!お召し上がりください!」と食器を手に、こちらの隣へと寄ってきており、その渡された食器を受け取ったとたん、その顔の表情も雰囲気も、全てが一転したかと思えば
「ところでお姐様、こいつらは何です?何なんです?私のお姐様に群がっているハエ‥‥‥いや、雑菌どもは。お姐様、殺っちゃっていいですか?魚の餌にしちゃっても良いで‥‥‥ホグァツゥ」
「ヤ・メ・ロ」
と、耳打ちをしてきた今にも得物を取り出しそうにしていたアホの子Sの頭部に、行動を強制的に停止させるほどの威力で手刀を加える事で停止させると「痛いです…」と直撃した頭部に手を当てながらこちらにその顔を向けてきた。
向けてはきてはいるのだが、どことなく"嬉しそう"なのは気のせいだろうか‥‥‥
いや、それよりもこの元凶をこのままここに居座らせたら何をしでかすか分からない。
行動理念が狂ってしまっているコイツの為に、毎回毎回何かしらの心労を伴った停止処理をしなけりゃならないというのは、メンドクサイ事この上ない。
なれば、何とかしてコイツを処理しなければいけない、何か方法ないか、何か‥‥あっ
「で、店の手伝いの方はどうした?店で働かないと一緒に寝泊りできないんだろ?」
「はっ!そうでした!このお昼をお届けに行くだけの許可はもらってきましたけれど、お姐様と一緒にお昼というのも捨てがたく‥‥‥しかししかし、そうなるとお店の方を留守にしてしまえば、お姐様と一緒に寝泊りできなくなりますし‥そうなると、シーの憩い空間における大事な大事な時間が無くなって‥‥うぐぬぬぬ‥‥‥」
かなり真剣に何かしらの葛藤とよべる言葉を口にし、というか誰のどういう空間なんだよという突っ込みを入れたいのを抑えつつ様子みていたら、当の本人は百面相のごとく表情をコロコロ変えては思考を逡巡させていたかと思えば、
「お、お姐様、申し訳ありませんが、シーは、コレにて失礼‥‥いたします、あの憩い空間を堪能できないというのは‥‥‥シーが万死に陥りそうなので‥‥‥ヨヨヨヨヨ‥‥」
そう結論付けたシーは、店に戻るという選択をとったみたいだった。
というか、だからなんなんだよその空間は。
そんなこちらの質問を投げかける前に、後ろ髪をひかれるかの如くその場から後ずさりをしながら、この世の絶望といった雰囲気を醸しながら、やって来た方角へと高速で後退りで去っていくボロットS。
そのよくわからない行動に対して、周囲の生物からは、
「なんだったんだ…今の…」「さぁ…」「けど、かわいかったよな」「ああ」「お近づきになれないかなぁ」
と、散々?な印象を植え付けていたりしていた。
まるで嵐が過ぎ去ったかの様な、周りを置いてけぼりな空間を作り上げていった。
一部怪しい言葉が聞こえてはいたが聞かなかったことにして、とりあえず目の前に広がっている代物で昼食をとる事にした。
うん、普通に旨いや…
〇シー辞典
憩い空間:
双丘の谷間に頭部を窒息でもするかの如く埋めつつ、
肌触りの心地良さと柔らかさの両方(ついでに香り)を全て堪能できる空間の事。
なお、その空間における効果は、当人に"エクスタシー"をもたらすという。
分類:最重要事項




