魔王は思案する ▼
「よい、許す。貴様が見てそして得た情報を余に献上せよ」
一旦、ベヒーモスが担いできた少女の事は置いておく事にしたハーデスは玉座に座り直し、続きを話すよう催促する。
「では、恐れ入りますがこのベヒーモスが得た情報を報告させて頂きます。
まずこの世界の名前は───」
「それはさっき私が言ったにゃ」
見事に出鼻はくじかれた。
「むぅ、では他の事を。
この地より北に向かった先に『スヴェリア王国』の王都が───」
「それも言ったにゃ。」
又もや邪魔が入る。
だが、問題などはない。
先の情報などこれからする情報に比べれば価値は低いのだ。
ベヒーモスは自信満々に、その顔の笑みを深くし───。
「ぬぅ、ではベヒーモスが持つ情報は次が最後でございますがハーデス様が必ず満足頂ける情報でございます。
『スヴェリア王国』には勇者なる冒険者が」
「ごめん、それも言ったにゃ。」
三度目となる猫の悪魔の言葉に、ベヒーモスは沈黙した。
先程まで浮かべていた自信満々の顔は何処にやったのやら、肩を落としあからさまに落胆を示す今では哀愁を帯びた悲しい男の姿があるだけである。
その姿を流石に気の毒と思ったのか、猫の悪魔はベヒーモスの肩に担がれた少女を見て意味深に笑うと口を開いた。
「ところで、どうしてもベヒーモスは人間のメスなんかを担いで持ってきたのにゃ?」
「よくぞ聞いてくれたぞ、レヴィアタン。
そうだ、この事を早く我が王に報告せねば」
先程まであからさま落胆していたにも関わらず、自信溢れるその顔で笑顔を深めるとコントでも見るような目で二人のやり取りを見ていたハーデスへと顔を向ける。
「我が王よ、醜態をお見せして申し訳ありません。
ベヒーモスに罰を与えねばならぬ事は重重承知しておりますが、出来るならばこのベヒーモスの話を先に聞き遂げて頂きたい。」
「先の醜態、真に恥ずべきものと思うならばその話を持って挽回してみせよ。
余が価値があると判断したならばその醜態すらを許そう」
───罰を与える気なんてないから、早くその少女の事を話せ。
と、言ったつもりだがハーデス通訳によってそれは見るも無残な変化を遂げてしまっている。
原型などまるで留めていない。
匠もびっくりなビフォーアフターである。
そんな言葉ではあるが、ベヒーモスは感動したようにその巨体を震わした。
「ならばこのベヒーモス、必ずや我が王を満足させる話をしてみせましょう。」
仰々しいその言動にうわぁ、とハーデスが引いている事にベヒーモスは気づいていない。
ハーデスの期待に応える為、ベヒーモスは口を開いた。
「この人間は城の中に倒れていたのです。
それをこのベヒーモスが発見し、持って参った次第にございます。」
短い、あまりに短い話であった。
ハーデスは瞬時に悟った、あぁこいつはダメだ。
ベヒーモスの言動から熱い忠誠心を感じる。
信頼する事は出来るだろう。
ただ、大げさな言動に対してその内容がしょぼ過ぎる。
せめて、もう一言は欲しかった。
次にベヒーモスが報告したきた時に期待するのは止めておこう。
ハーデスの言葉を期待するその顔に似合わないキラキラとした眼差しを向けて来るベヒーモスの評価が物凄い勢いで下がっている事は本人は知らぬ事である。
「うむ、貴様の話しかと聞き遂げた。その人間がここに連れてきた理由も相分かった。
此度の醜態、その報告と貴様のその忠誠心から不問とする。」
「おぉ、何という慈悲深いお言葉。
このベヒーモス、感動に満ち溢れておりますぞ。
必ずや、次も我が王に満足して頂ける成果を挙げてみせましょう」
「うむ、次もしかと励め。
それで貴様の報告が終わりなら、その人間を置いて貴様は下がれ。」
「ははっ!」
胸元に右手を起き無駄に仰々しく一礼をした後、担いでいた人間を床に置くと意気揚々とその場を後にした。
それこそハーデスがこの場に居なければスキップしていただろう。
それ程までの達成感に溢れ、忠誠を誓うハーデスの期待に応えられたと本人は思っている。
実際は大して有用な情報でない上、無駄な問題を残していった事にベヒーモスは気付いていない。
哀れベヒーモス、意気揚々と帰るその最中にも評価が下がっている事に何度も言うがベヒーモスは気付いていない。
「人間がこの城に落ちておっただと⋯⋯」
「そのようでございますにゃ。
その異常性をベヒーモスは気付いていなかったみたいですがにゃ」
ベヒーモスが去った後、置いていった人間を一瞥するハーデスの顔は酷く険しい。
「無限城には人間は入る事もその目で見る事も決して出来ぬ。
それこそ悪魔が連れて来ぬ限りは、な」
「誰かが連れてきたという可能性は低いと思いますにゃ。
城にいる悪魔は皆、人間によって迫害を受けた者達ばかりですにゃ。
人間に対しての憎しみが強いですから、よほどの事がなければ城に連れてくるという事はしない筈ですにゃ。
万が一連れてきたとして、途中で捨てるような事などせずハーデス様に報告を挙げている筈なのですにゃ」
ハーデスが述べた通り無限城に人間が入って来る事は決して出来ない。
悪魔だけが感じ取れ見て触ることの出来る魔晶石と呼ばれる鉱石を使った無限城は目に見えない結界のように悪魔以外の種族を拒絶する。
『destiny』に置いては、あるサブイベントで手はいる一時的に悪魔になる事が出来る『悪魔の浄血』を使う事で入る事が出来る。
ちなみにメインイベントではないので、勇者がそのサブイベントに気づく事が出来なければラストダンジョンである無限城に入る事すら出来ない。
オマケにこのサブイベントには発生する期間というものがあり、それが過ぎれば2度と発生する事はない。
このサブイベント以外にもランダムエンカウントでごく稀に出てくるある悪魔が超稀にドロップするアイテムとして手に入れる事ができるが、実質的にそのサブイベント以外で手に入れる事は不可能と言える。
『destiny』がクソゲーたる由縁である。
「悪魔が連れてきた訳ではないのであれば、その人間が異常なのであろう」
「そういう事になりますにゃ」
「ならば、この場で殺すのは愚行であるか。
この者が余が知らぬ事を存じてある可能性もある。
───レヴィアタンよ、この城に残っている部屋はあるか」
「はいですにゃ。
私達、使用人用の部屋が幾つかと来客用の部屋が余っておりますにゃ」
猫の悪魔、レヴィアタンの返事を聞くと何か思案するように顎に手をやり、その数秒後にハーデスは口を開く。
「うむ、ならばこの人間を空いている部屋に運び、レヴィアタン貴様が世話をしろ。
逃げ出さぬよう監視しその行動を逐一報告せよ。
とはいえ、その必要は暫くないであろうがな」
「了解でありますにゃ」
人間を殺すのも何だし、それに有用な情報を聞き出せるかも知れないと人間を城においておく事にハーデスは決めた。
もっとも少女がただ意識を失っただけではないのを超越者たるハーデスは一目で理解した。
故に、監視の必要が暫くは必要がないと判断した。
「人間が目を覚まし次第、余に報告をせよ」
「はいですにゃ!」
玉座から立ち上がったハーデスに洗練された無駄のない動きで一礼するレヴィアタン。
ベヒーモスと違って、その行動に期待出来る猫である。
うむ、とハーデスは一度頷くとレヴィアタンの報告の時からやろうと思っていた事を口にする事にした。
「余は暫し城の外へと出る」
ハーデスの一言に驚くレヴィアタンを尻目に更に続ける。
「貴様の報告に気になる事があった故、余自ら確かめることにした。
ククク、冒険者⋯⋯勇者か」
その顔に邪悪な笑みを浮かべるハーデスを前にレヴィアタンは固まった。
本来ならば王自ら動くような事は止めねばならない。
だが、ハーデスが浮かべるその笑みにレヴィアタンは言葉を失った。
「レヴィアタンよ、城に戻った悪魔には引き続き情報を集めるよう告げよ。
何かあれば真っ先に余に報告せよ、よいな」
「はいですにゃ」
とっさに反応し、その命を受けてしまえばもうハーデスを止める事は出来ない。
だが、特に問題はないだろうとレヴィアタンは結論付ける。
ハーデスの強さを嫌という程知っているからこそである。
───ハーデスが玉座の間より去っていくのを確認した後、レヴィアタンは床に置かれていた人間を抱え王の命の従い移動を開始した。
玉座の間を去ったハーデスは自室へと移動し姿見の前に立つと満足げに頷いた。
そこには人間の姿をしたハーデスが写っていた。
―――余談―――
『ディストピア』において人間という種は生態系の頂点に立つ存在である。
異種族に比べ圧倒的に数が多いのに加え、神の加護を得て強大を力を手に入れた人間に適う種族はおらず、例え迫害を受けようと異種族には耐える事しか出来なかった。
エルフや妖精などといった見目の好い種族は人間に捕まれば性奴隷にされ、それ以外の種も奴隷として人間に酷使された。
その為、ハーデスが人間達に対し反逆を起こした際多くの種族がその軍門に下った。
世界の崩壊のきっかけ作ったのは魔王ではなく人間であった。