魔王は失敗した ▼
───それを視界に捉えた時湧き上がってきたのは激しい怒りであった。
佐藤 淳の価値観からして人が人を虐げ犯し殺すその光光景に嫌悪感を抱くのは当然とも言える。
そしてハーデスの価値観からしても強者が弱者を無駄に痛めつけるそれをよしとはしなかった。
二人の魂が共感した瞬間であった。
故にその行動は早かった。
湧き上がる激情に身を任せ、惨劇の場へとハーデスは飛んだ。
「久方ぶりよ、余がここまでの嫌悪の情を感じたのは───」
空気の重たい異常なほどに静かな静寂を壊したのはやはり作った本人たるハーデスであった。
端麗なその顔に激しい怒りが現れていた事にその場にいる全員が遅れて理解する。
もし、この場にハーデスの事をよく知る者がいればそれがどれだけ不味いかを嫌というほど語ってくれただろう。
だが不運な事にも、この世界の者はまだ誰一人としてハーデスを知らない。
それでも一つだけ分かる事があった。
自分達は目の前にいる強者の手によって死ぬ。
それは決して避けられぬ未来であった。
「故に、死ね」
ハーデスのあまりに短い一言と共に殺戮は始まった。
最も近くにいた男の元へ一瞬で移動したハーデスはその頭を右手で掴み、躊躇いなく捻じ切った。
夥しい鮮血を撒き散らしながら体が地面に倒れ、それ一瞥すると右手に持つ頭を仲間だと思われる男の元へと投げつける。
恐怖に顔が引き攣ったまま死んだ男の頭はハーデスの肩力もあって特大の弾丸と化し、仲間の上半身を吹き飛ばしたその衝撃で弾け飛んだ。
───あまりにも馬鹿げた光景だった。
そして、認めたくない現実であった。
「に、逃げろぉぉッ!」
この場にいる誰よりも先に我へと帰った山賊の一人が震えた声で叫んだ。
その声に反応し、山賊達は我先にと逃走を開始した。
己の理解を超えた化け物を前に立ち向かう選択をする愚者はこの中にはいなかった。
自分達よりも遥かに強いものと相対したなら逃げるという選択も決して間違いではない。
故に山賊達の選択は間違ってはいない。
ただ、あまりにも認識が甘すぎた。
「余は貴様らに逃げる事を許した覚えはないぞ」
───そう、『魔王からは逃げられない』。
『destiny』をプレイしたならば誰でも知っている常識である。
彼らの命運はハーデスと相対した時から積んでいたのだ。
(逃がさない!)
必死の形相で逃げる山賊達を嘲笑うかのようにその距離をハーデスは一瞬で詰め、片っ端からその頭を捻じ切っていく。
その光景に恐怖し顔を青白くしながら必死に逃走し、気付けば死んでいる。
大した抵抗のない者を殺すのはハーデスからすれば、作業と変わりない。
とはいえ散り散りになって逃げる山賊を一々相手をするのが煩わしくなったハーデスは再び【飛行】を使い村の上空へと移動する。
その眼下に山賊達の姿を確認するとハーデスは右手を彼らへと向けた。
(逃げる相手を一人一人相手にするのは面倒だし、魔法で纏めて始末するか)
その自我こそは佐藤 淳のものではあるがハーデスの記憶を得てしまった事によりその発想や考えが些か物騒なものになっているのは困りものである。
殺しに対する嫌悪や躊躇いを感じなくなっているのもそれに拍車をかけているのだろう。
ハーデスとなりその価値観と記憶を得た事によりその心は人よりも悪魔よりである。
それでも自我を構築する記憶の大元が佐藤 淳のものである為、完全に魔王魔王になったとも言い切れず人としてはあまりに物騒な考えからで人あるとも言い切れない。
2つが混じりあった中途半端な存在がこのnewハーデスなのであろう。
「【竜炎】」
使用する魔法は『destiny』において魔法使いを職業にした時のみ覚える事が出来る中級の炎魔法。
向けた右手の先に魔法陣が現れるとそこから巨大な竜を模した炎が姿を表した。
炎は一直線に山賊達のいる村へと向かっていき、激しい爆発音と共に村全体を焼き尽くす巨大な炎の柱を形成した。
(あ、やべ)
村に残る山賊を焼き付くさんと天へと昇る巨大な火柱に山賊はもちろんの事、まだ生存している村人が一緒に燃やされた事に、ハーデスは後から気付く。
地獄の炎が湧き出たかのような光景にハーデスの魂だけが満足していたりするが割とどうでもいい事である。
───天へと昇る火柱を視界に収めながらハーデスは思う。
(失敗する事もあるさ、人間だもの)
今は魔王であると告げるものは誰もいない。
言いようのない虚しさを抱きながらハーデスは音もなくその場から姿を消した。
その姿はまるで犯行現場から逃げる放火犯のようであった。
✱
───同時刻、村の救援へと向かっていたある一団がその光景を目にしていた。
それが後にある騒動を巻き起こす事になるのを、ハーデスはまだ知らない。
『山賊が助けて欲しそうにこちらを見つめている。助けてあげますか? ▼』
はい
いいえ
〉【竜炎】