魔王が現れた ▼
───ハーデスが城の外出たのは、一足早く帰ってきた山羊顔の悪魔から齎それた情報を確かめる為であった。
山羊顔の悪魔の来訪がなければ姿見の前で何時までも立っている可能性すらあったのだから、いい仕事をしたと拍手をしたい程である。
山羊顔の悪魔が他の悪魔より早く戻ってきたのは、周囲に関する情報をいち早く伝える為だ。
全くの未知の世界故に何が起こるか分からない。
その為、一番最初に必要な情報は周囲の情報である。
安全がどうかはもちろんの事、自分達が今どのような状況にあるのかいち早く理解出来なければそれだけ対応は遅れてしまう。
それ避ける為に、周囲の地形と自分達を脅かすモノがいないか隈無く探索した後、他の悪魔に後を任せハーデスへと報告を行った。
無限城の周囲にその身を脅かす生物の姿はなく、城を取り囲むように深い森が周囲に広がっていたそうだ。
その報告を受けたハーデスは山羊顔の悪魔を1度下がらせると、自らの目で確認する事に決めた。
その報告が事実であるか確かめる為であり、決して未知への好奇心に負けたからではない。
(綺麗だな、うん)
城の外へと出たハーデスの目に真っ先に入ったの雲一つない夜空を照らす赤と青の二つの月であった。
その幻想的な光景に目を奪われたハーデスは顎に手をやって満足そうに邪悪な笑みを浮かべた。
身の毛がよだつ邪悪な笑顔であった。
それに対し森に棲む小動物たちが一斉に逃げ出したのは、仕方がない事だろう。
ハーデス本人の隠しきれない威圧感もそれに助力していたのもあり、生命の危機に逃げ出さぬ愚鈍なものはこの森には居なかった。
(うお、びっくりした)
元凶であるハーデスの反応がこれである。
本人は意図してやっていないのだから尚、タチが悪い。
どうも佐藤 淳であった時と同じ感覚でいるようだが、その体が世界を恐怖を齎した最悪の魔王の体だというのを早く理解した方がいいだろう。
特に笑顔はやめた方がいい。
爽やかに笑っているつもりなのかも知れないが、この世全ての生物がその邪悪な笑みに恐怖を感じるでおろう。
それほどまでに禍々しい邪悪な笑みである。
(情報は概ね正しいみたいだな。
なら特に確認する事はないだろうし、他の悪魔が帰って来るのを待った方がいいか。
いや、せっかく外に出た訳だし色々試してみるのもいいだろう。)
悲報、どうやらハーデスはただでは帰らぬ模様。
(確か、ハーデスの記憶に戦闘以外でも使えそうな魔法が幾つかあったな。
それを試してみるか。)
『destiny』において魔法というものは従来のRPG同様確かに存在する。
魔法を習得する場合、ゲームの途中から選べるようになる職業で魔法使いなどの魔法に関連する職業を選ばないと覚える事が出来ない。
尚、職業を選択出来るのは1度だけだったりする。
その為、その主人公が覚えられる魔法は基本一つの系統のものとなる。
魔法使いならば攻撃系、僧侶ならば回復補助、魔法戦士ならば防御系と覚えられる魔法が違う。
どれを選択するかは人によって変わるが、そこに個性が出るのが面白い。
魔法は基本一つの系統のみ。
だが、魔王たるハーデスにその考えは当てはまらない。
なんとハーデスは存在する魔法全てを使う事が出来るのだ。
その中に勇者しか覚える事が出来ない筈の魔法があるのだから、その理不尽さが伺える。
おまけにハーデスが使った方が威力や効果が高いという。
ふざけるな。
「【飛行】」
ハーデスが魔法の中から選んだのは無難な補助系魔法の【飛行】である。
ゲームにおいては毒沼やマグマを避けてショートカット出来たり戦闘で一部の攻撃を躱す事が出来たり使えない事はないが別に必要な魔法でもない。
その魔法の効力はその名前が表すとおり宙に浮き空を飛ぶ事が出来るものだ。
設定上、ゲームではその魔法を殆ど活かす事が出来ないのだが現実においては違う。
独沼やマグマを踏まない程度にしか浮かなかったゲームとは違いグングンと空に向かって飛ぶことが出来た。
城が米粒のように小さく見える高さまで飛ぶとハーデスはその場で停止した。
その眼下に広がるのはハーデスの世界では既に枯れ果て、佐藤 淳の世界では開拓によって見る事が減った豊かな自然であった。
その光景にハーデスの魂は破壊衝動を訴え佐藤 淳の魂は1種の感動に浸っていた。
全くバラバラである。
だが自然に見入っているという事実のみが共通していた。
最もそれは長く続く事は無かった。
ハーデスの超人的な感覚があるモノを捉えたからだ。
そこからのハーデスの行動は早かった。
───無限城のある深き森から少し離れた農村にある悲劇が起きていた。
最近、巷で噂となっている山賊が村を襲撃したのだ。
まともな武力を持たない村人達はろくな抵抗も出来ず殺され、女達は男たちに慰みものにされ、反応が無くなった者は躊躇なく殺された。
彼らは元は同じ農民であったが度重なる重税によりまとな生活が出来なくなった為に、賊へと落ちた。
最初は生きる為に止む得ず略奪を行ったが何時しかそれが当たり前となり、快感すら感じるようになった。
彼らは真性のクズであった。
今回の襲撃もろくな武力も持たない村を狙っての犯行であった。
真性のクズではあるが、生き残る為の考えは持っており危険はできる限り回避する行動をしていた。
国の兵や傭兵等が在住する場所は選ばず、そこからの遠く離れた安全で危険の少ない農村ばかりを狙って襲撃する。
彼らは皆女を犯しながら、あるいは必死に逃げる村人で遊びながら、大声で笑いその惨劇を楽しんでいた。
そんな時であった、弱者を虐げる強者が同じ弱者へとなったのは。
最初に彼らを襲ったのは言いようのない恐怖であった。
それに反応する間もなく押しつぶすかのような威圧感が彼らを襲った。
女を犯していた者も、村人で遊んでいた者も、虐げられる村人さえも動きを止め1点に視線を向ける。
そこにいたのは人ならざる者。
人の理解を超えた超越者たる怪物。
190cmほどに長身に程よく筋肉のついた青黒い肌。
絹のように細く、繊細な銀の髪は腰元に届くほどに長く、黒い特徴的な羊角がその頭にあった。
驚くほどに整った顔をしているが、鋭く見据えるその赤い瞳と威圧感が好感を妨げる。
その身に纏う所々に走る赤いラインが特徴の禍々しい漆黒の鎧。
風によって靡く赤黒いマント。
───この世全ての頂点にして、暴虐なる破壊者、魔王が其処にいた。
『野生の魔王が現れた ▼』
戦う
〉逃げる
死ぬしかないじゃない!
尚、どれを選んでも死ぬ模様