魔王は共感した ▼
突如、ハーデスがカッと目を開いた。
その一挙にまたも悪魔達がビクッと体を跳ねさせるが、そもそもの原因であるであるハーデスは気づいてすらいない。
彼はそろそろ自分が周囲に与える影響を考えた方がいいかも知れない。
主にハーデスの一挙に一々反応する被害者の為に。
───ハーデスが玉座から立ち上がれば悪魔達の顔が強張り、1歩足を踏み出せば思わず息を呑む。
視線は全てハーデスに固定され、頬に冷や汗を流しながらも忠誠を誓う主の言葉を待つ。
「ここが、異なる世界である事は貴様らも気づいておろう。故に命ず、この世界の情報を可能な限り手に入れ余に献上せよ。
出来ぬなど口にする者はこの中には居るまい。
ならば、行け。
そして、我が命を成してみよ」
思っていた言葉ではない。
だが、既にそういうものだとハーデスは認識していた。
その考えは概ね正しい。
どれだけ言葉を選ぼうとその口から出る言葉は尊大で威厳溢れるハーデス本来のものへと自動的に変換される。
それを成すのは佐藤 淳の魂と融合したハーデスの魂である。
魔王として世界に恐怖を齎した最強の支配者たるハーデスの魂が体が佐藤 淳の言葉を拒絶しているのだ。
その結果、口に出る言葉は、ハーデスの魂と体によって変換され本来のハーデスの口調へと変わる。
何と迷惑なハーデス通訳であろうか。
「はっ! 我が王の命ずるがままに!」
言葉と共に悪魔達は一目散にこの場を後にする。
王たるハーデスの命をこなす為に。
決してハーデスが怖かった為ではない。
彼らの名誉の為にもう1度言おう、例えこの場を離れた悪魔達が生きてる事に涙し励ましあっていようと決してハーデスが怖かったからではないのだ。
(予想以上の反応だったなぁ⋯⋯)
この場にいた総勢20名ほどの悪魔が一斉に出ていく光景を見た感想がそれである。
一つしかない扉を我先にとそれこれ死に物狂いで潜ろうとする悪魔達を見て他に思う事が無かったのか問いただしたい所である。
そもそもそのような命令を突然したのも先の問いかけで何か忠誠を誓っているのが分かったのでお願いしたら聞いてくれるかな、っという軽い上に明らかに思慮の足りない考えからである。
そんな事を知らずハーデスの命を必死にこなそうとする悪魔達は泣いていい。
既に何名か泣いていたりするが、とにかく泣いてもいいだろう。
(さてと、この世界の情報は悪魔達が集めてくれると信じるとして、まずは自分の事を整理しないとな)
ハーデスの知識や経験をそのまま手に入れている為、戦闘面に関しては問題はない。
故に整理し考えないといけないのはそれとは別の事になる。
つまり1人になって漸く僅かに感じるようになった違和感にハーデスは気付いたのだろう。
まず抱いた違和感は悪魔達を見ても驚かなかった事であろう。
というのも悪魔達は人型でこそあるが人外である事を示す異形な姿をしている者が殆どだ。
代表的な例とするならばハーデスに対し発言し、誰よりも早くその場を去り生きてる事に感動の涙を流す悪魔だ。
その体を黒い燕尾服で包み一見、執事のようにこそ見えるが顔が山羊である。
他にも猫であったり、粘体であったりと明らかな異形な姿をしていた。
にも関わらずハーデスはそれをさも当然のように感じていた。
恐らくハーデスの知識を得た後の価値観の変化が理由であろう。
(価値観が変わったからと言って人間であった記憶があるからか人に対して嫌悪感や憎しみを抱く様子はない。
つまり価値観が変わったというよりは許容範囲が広くなったと取るべきか)
なら、問題ないかと心中で結論を出すとハーデス以外誰も居なくなった玉座の間を出る事にした。
目的地はハーデスの自室である。
幸いな事にハーデスの記憶がある為道に迷う事はないだろう。
有難う、ハーデス。
自分自身に対して感謝しながら灯りの少ない薄暗い廊下をコツコツと靴の音を立てながら歩く。
(今更ではあるけど、城ごと別世界に追放されたみたいだな。
いや、だからこそ追放出来たのか)
ハーデス本人に対し直接やれば気付かれる可能性が高い上、効かない可能性すらある。
なら城ごと気付かれる前に別世界に飛ばしてしまおう。
そんな結論に至り、現にそれは成功している。
何があっても対応出来るという1種の慢心と油断から一瞬対応が遅れたのがそもそもの原因である。
自分に対してではなく城に対してというのも、拍車を掛けていただろう。
その結果、対応は遅れ城ごと追放される羽目となった。
城に住んでいた悪魔達からすればいい迷惑な話である。
さて、そんな事を考えている内に気付けばハーデスの部屋へとたどり着いていた。
その部屋は魔王の部屋と呼ぶにはあまりにも質素であった。
それもその筈、この部屋には必要な物以外何一つとして置いていないのだ。
あるのは睡眠を取る為だけのキングサイズのベッドに、洋服ダンス、姿見、武器を立てかける為の棚、唯一装飾などが施された高級そうな机と椅子。
まだ幾つかあるがそれでも面白みにかける─質素な部屋である事に変わりはない。
にも関わらずこの部屋に来たのは一つ確かめたい事があったからだ。
その為ハーデスの足は迷いなく進み、あるモノの前に止まると視界に写ったそれに満足そうに頷く。
(やっぱりハーデスはカッコイイな、うん。)
姿見に映る自分の姿にnewハーデスは絶賛する。
佐藤 淳はもちろん、ハーデスの魂もそう思っているようだ。
救えないナルシスト共である───。
『瘴気に包まれた世界が助けを求めている。助けてあげますか? ▼』
いいえ
断る
〉消えてなくなれェェっ!!