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維新〜総員決起せよ〜  作者: 棚瀬 賢
甲章
5/18

第4話 黒い素肌か白い化粧か【後編】

前回から3日後 19:10


尖閣諸島での睨み合いは3日に渡った。

海上自衛隊は佐世保基地配備の護衛艦『あまぎり』を尖閣諸島接続水域に展開させ、目標の『海警2901号』と睨み合っていた。こちらが1隻なのは相手も1隻であるだからだ。装備で勝っている分、相手に過剰な刺激を与えないためにも。

しかし、その後方には佐世保基地配備の『あきづき』『じんつう』、横須賀基地配備の『いかづち』と呉基地配備の『さわぎり』が展開した。特に『あきづき』搭載のFCS-3Aレーダーは、最大出力で約300Km範囲以内の対空目標を捜索することが可能なため、中国から増援として飛来する航空機があれば即座に探知した。

海中には『海警2901号』のほぼ真後ろに横須賀基地配備の潜水艦『ずいりゅう』が展開。他にも周辺警備ゾーンディフェンスのため呉基地配備の『そうりゅう』『くろしお』が展開していた。

上空には空自と隣接する那覇基地よりP-1及びP-3C哨戒機が常時3機が留まれるように飛来。

航空自衛隊は那覇基地所在の第603飛行隊所属機E-2C早期警戒機が警戒のため発進していた他は、通常の勤務体制のまま、それでも不足の事態に備えた。また、この間、中国から多数の戦闘機、爆撃機を含む航空機が飛来。那覇基地から当直待機の第204飛行隊所属機F-15Jイーグル改戦闘機が対応のため緊急発進スクランブルしたが、その数があまりにも多すぎたため待機外であった第304飛行隊所属機までもが発進した。

これに対し、中国政府は先制発砲と海保への射撃を「現場指揮官の暴走」としつつも、「我が国固有の釣魚列島とその海域に通常任務のため航行していた『2901』に対し、日本の警備船舶が不必要に接近したこと、日本側からの先制的攻撃の兆候が見て取れたこと、そして乗組員保護のためにも止む無く発砲したものである」と発表。むしろ日本側に原因があり、即時日本艦の退去を求めてきた。「必要ならば開戦も辞さない」として。

また、睨み合いの2日目には海自P-3Cが『2901』の遙か後方に中国人民解放海軍所属の『ルージョウ』級ミサイル駆逐艦、『ルフ』級駆逐艦、『ジャンカイⅡ』級フリゲートらしき艦影が各1隻航行していることを確認した。

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

これを受けて、この海域における全般の指揮権を持つ佐世保地方総監は後方に待機している『あきづき』を除いた3艦に前進命令を発した。


一方、世間は揺れていた。あまり国防に関心が薄い日本人でも、さすがに今回は違った。

世論にあった5割の意見をまとめると、「中国艦艇が攻撃を行い、海保に危害を加えた」と言う点と「海上保安庁では対応できない」という政府発言を強調し、自衛隊の出動を「やむなし」とする意見が大多数であった。「報復攻撃」や「制裁」までぶっとんだ意見もあったが、極端な発言や思想を除けば「武力衝突だけは避けつつも、とにかく自衛隊を派遣し、まずは相手を自制させる」というのが一番であるとされた。


1割は「よくわからない」という何ともよくわからん意見もあった。が、戦争らしい戦争を70年近く経験していない我が国ならば致し方ないとも言えるかもしれない。


しかし、4割は「自衛隊が出動を自粛すべき」や「まずは言葉で抗議して、とにかく自衛隊はまだ出さない」、果ては「平和的解決のためにもいっそ尖閣を分割統治する」と言う意見まであった。

マスコミの多くは「相手は海警局=日本の海上保安庁」というところを強調し、海保が対処不能という点をあまり強調せず「相手が白い船(巡視船)なのに、なんでわざわざ黒い護衛艦を出さなくてはならないのか。政権は、かえって中国と日本を戦争に引きずり込もうとしているのではないか」や中国政府の発言を受けて「実は日本政府の策略ではないか」とまで言う意見もあり、先制攻撃した方も忘れて報道していた。


米国国防長官が「両国とも冷静かつ、大人の対応を期待する。ただ尖閣諸島は改めて安保の適用範囲である」と会見で発言したが、それよりも韓国大統領府が「日本は中国が警察力行使の艦船を派遣したときに、日本はなぜ軍艦(護衛艦)なのか。両国とも慎重な対応をするように」という談話を発表すると、「周辺国は日本の対応に否定的である」と政権を批判した。フィリピンやベトナム、インドが「先制攻撃した国に悪があり、我が国は被害国を全力で救済する用意がある」と発表したのにもかかわらず。

同様の意見は野党、特に中国とのパイプを持つ政党や「親中派」と言われる議員が反対した。与党内部にも同様の意見が現れたほか、挙句の果てには「ここまでの混乱を作った総理に責任がある」と、ここまで来てもなお与党崩しに時の野党第一党は走った。

靖国神社前では「今こそ打倒中共!」のシュプレヒコールを右翼が叫び、「政権は解散せよ」「日本を戦争に巻き込むな」と左翼や安保法制時有名となった某学生集団の「自称・後継団体」が国会前で叫び、それらに対処するため警視庁機動隊が出動しつつも、機動隊が出動した穴を埋める形で特殊急襲部隊「SAT」などを代表とした警察特殊部隊、全国の警察、自衛隊は在日系や不法入国者、土台人によるテロを警戒して出動に備えた。

戦争反対だろうが賛成だろうが、デモを行われると警備に警察戦力を裂かなければならない警察としては「頼むから家で寝てるか普段通りの生活しろ!」と叫びたかった。


ただ、その喧噪の裏では在日中国大使館の二等書記官が非公式に友人の外務省アジア大洋州局職員と山手線車内で偶然を装って会い、1通の文書が手渡された。そこには「共産党指導部は戦争を望んでおらず、貴国艦船が退避すればこちらも引き上げる」という中国政府の意向が書かれていた。

その場で保留した後、ただちに局長経由でその事実が外務大臣に伝えられ、NSCによる会議の上、都内のホテルで在日中国大使館政治部公使参事官と外務省事務次官が密会。「翌朝午前0時を以て、双方艦艇が1時間おきに現場海域を離脱し、最終的には通常の体制に移行する」と日中双方が水面下で了承した。

海保船艇、航空機攻撃による損害の協議並び中国側指揮官の処罰は後日行うこと、これを機に海上連絡メカニズムの本格協議に入ることも確認。また「76mm砲以上の搭載中国艦船の永久的尖閣諸島水域への立ち入り制限」が約束され、これを破った場合日本側は「艦船の軍民所属を問わず、即海上警備行動発令」が密約された。

賠償金に関しては全く期待できないが、それでも日本政府にとっては巡視船1隻と航空機1機の犠牲に見合うだけの成果であった。なぜなら「76mm砲以上の砲口兵器搭載中国艦船の永久的尖閣諸島水域への立ち入り制限」、「違反時、艦船の軍民所属を問わず海上警備行動発令」の確約はその分日本側の警備的負担を減らすばかりでなく、日本の安全保障においても非常に喜ばしいことであるからだ。ミサイル搭載の艦船は現状海警局に未配備であるし、「軍艦の尖閣侵入は即海上警備行動発令」ということは5年前に通告している。

だからこそ、尖閣諸島から全自衛隊(海自潜水艦に中国側は気づいておらず、最後の中国側の1隻『ルフ』級駆逐艦が撤退するのをしっかりとソナーで見届けた)が撤退した直後、総理が「なんとか乗り切りましたね」と発言できたわけである。


しかし、一般的には詳細はもちろん公表されず、表向きは「日本の総理と中国国家主席による電話会談で解決した」とだけ公表された。日本が得た成果も言わなかった、というより言えなかった。中国の面子を持たせるためにも。


だから、政府は「弱腰」の烙印を押された。あんなに戦争に否定的であったマスコミも野党も「もっと日本にとって有利なことはできなかったのか」「ここまでの混乱の責任は内閣にある」「亡くなった海上保安官の命は報われるのか」などと、今までの言動を無視して政権叩きに走った。一部の報道は「なにはともあれ戦争を回避した政府はよくやった」というような風潮で報じてもいたが、それは多くの否定的意見の中で埋もれていった。

もちろん周辺国は「日中双方の平和的解決に賞賛を送る」などとメッセージを発表したが、報道はそれよりも社説で「まるで戦争前夜のように国民を凍えさせた政権は悪である」と論じた。

国民も政府(主に内閣と総理)を称賛する意見と否定する意見に分かれたが、やはりマスコミが「偏向報道」ともいうべき報道体制の中でいつのまにか「否定」が当たり前のような雰囲気に見えた。ましてや、どちらかと言えば「タカ派」のイメージであった総理だけに「失望した」と一方的に決めつけて「総理支持」から「反総理支持」となる者もいた。


政府はそれらの意見の矢面に立たされながらも、粛々と政治を進めた。少なくとも「電波停止」を実行はしなかった。そんなことをすれば逆に自分たちの首を絞めることを知っていたからだ。


結局、大多数の人々が真実を知らないまま時は流れた。

だからこそ必要だった。我々の決起が。この国を変えるためにも。


初老の男は、あえてその懐かしい制服に袖を通した。

あれから2年。長いようで短かった。

書斎の戸棚に大切に保管してある黒革の手帳を取り、そして左手で開く。あるページで捲るのを止めると、静かに指でなぞり始めた。

メモ帳には名前が書いてある。その一つ一つを確認した後、静かに閉じてから左の内ポケットにしまう。

机の上に置いてあった制帽を取ったあと隣室に向かう。仏壇で線香を炊いてから合掌した後、亡き妻が微笑む遺影見つめてから静かに「行ってきます」と呟いた。

トレンチコートを羽織り、最低限の着替えを入れた紙袋を手に持ち、必要な物を入れたカバンを肩にかける。

玄関で革靴を履いて外に出れば雪が舞っていることに気が付いた。


「つもるな...」

男はひとり呟いた後、そのまま鍵をかけた。

二度と戻らぬ我が家を背に男は歩んでいった。

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