Chapter5:接触
正面から見る村も、やはり寂しい風景であった。
藁の家が二件と、木造建築(一階建てが二つと二階建てが一つ)と場違いな豪壮が見え、その集まりのとなりには大きな湖と畑がチラっと見えた。村全体はひっそり閑としていて、何か物足りない感じがする。足元は草原で、風がそれをなびかせていた。
「ふーん……」
人の姿が見えたが、みな黙々と活動している。まるで人がいるのに人の気配を感じないような、見えるはずなのに何も見えないような、そんな感じだった。それはきっと、村人たちが突然の異邦人の到来に何の関心も持たず、何事もなかったかのように作業を続けているからだろう。
「ひどく静かだな……」
あたりを見渡しながら、ファルフォークは呟いた。その言葉は無意識に出たものだった。ああこれが外の世界と関わりを持たない村の正体なのか、と思ったり、いやそれでもさすがに静かすぎるだろう、と思ったりと、たった一瞬の間にいろいろと感じさせられるものがあった。
すぐ隣の藁の家から、子連れの母親が出てきた。やはりその家族も、ファルフォークを見て一瞬不可解そうな顔をした後、何事も無かったかのように行ってしまうのだった。
そのときだ。ファルフォークが木造建築の家の前を歩いているとき、突然影から何かが飛び出し彼にぶつかったのは。
「きゃああ!」
「おっと」
ファルフォークは倒れそうになってよろめいた。そのとき、目の前に何枚もの書類がゆらりゆらりと宙を舞っていた。
ファルフォークはぶつかった者に目を向けた。そこには、しりもちをついて痛そうにする少女の姿があった。
「いたた……」
黒いストレートヘアの同年代くらいの少女で、柔和な顔つきをしている。しかしそれに似合わず一人前の従業員のような黒服を着て、スカートをはいていた。おそらく新米なのだろう。
「ああ!いけない……大事な書類が!」
そう呟くと、少女は慌てて紙をかき集めはじめた。よほど大事な書類なのか、折り曲げたりしないように急ぎながらも丁寧に拾っていた。
とりあえずファルフォークも手伝うことにした。
「あ……ありがとうございます」
「別に。ぶつかって悪かったね」
「いえ、私のほうこそすいません……。おっちょこちょいなもので……」
慣れた口調ではなく、おどおどした口調であった。ファルフォークは不思議に思いながらも書類を拾う。
やがて全部の書類を拾い終わった後、少女は立ち上がり、ファルフォークに大きく頭を下げた。
「私は急いでるので失礼します。ええと、いきなりすみませんでした」
そしてもう一度会釈すると、返事をする暇を与えないかのように、さっさと立ち去っていってしまった。
「何をあんなに急いでるんだろう」
一人残されたファルフォークは、少女の消えたほうを見つめながらそう呟いた。また涼しい風が村を通り抜ける。
ファルフォークは立ち上がった。少しの間あたりを見回していると、身体の弱そうなおじいさんが彼に近づいてきた。おじいさんは彼の前に立つなり、意思をしっかり持った目でファルフォークを見つめて言った。
「あの子に怪我はなかったか?あざとか、殴られた跡とか……」
「あの子って……さっき俺にぶつかった……?」
「ああ、ああ!」
焦ったようにおじいさんは聞いた。いきなり何を言い出すんだと眉をひそめたファルフォークだったが、「いいや、別に」と答えると「でも、なんでそんなこと聞くんだ?」と問い返した。
「それは……話せば長くなるのじゃが……」
おじいさんは悲しそうな視線を地面に落とし、鼻でため息をついた。
「なんかワケアリなようだな」
そして、ファルフォークはこれをきっかけにある事件へ巻き込まれてしまうのであった。