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太陽の花  作者: 七味
第一章 
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悪巧み

 古い歴史を持つフォルトゥーナ王宮が誇る書庫は芸術品と言えるほど美しい内装と、一生掛かっても読み切れないだろう程の知識が詰まった場所だ。

 恐ろしく高い天井にはフォルトゥーナ国創成の物語である魔法使いとの神話が絵画として一面に描かれている。

 その下に華麗な装飾を施された棚と、そこへ隙間無くきっちりと整えられた膨大な本。二段、三段と殿上まで聳える本棚の上まで手入れと保存をするために螺旋状の階段まで取り付けられている。

 その中でも、比較的低い棚が密集する一角にアルディール達はいた。

「どこかに地下に続く扉があって、秘密の会議をする部屋があるとかないとか」

「埃っぽい部屋だろうな」

「または秘密の儀式を行う錬成術の部屋に繋がっているとか、実は生きていた魔法術師の家に繋がっているとか……それはもう、夢のある話だこと」

「胡散臭いだけだ」

「ジュスティオは夢の欠片もないのね。だから女性が寄ってこないのよ」

「大きなお世話だ。第一、そんな夢見る乙女の言葉を無表情で言い募るお前に言われたくはない」

「誰にも媚を売る必要のない場所にいて、どうして笑顔を振りまく必要があるというの」

 声こそ従者をからかい倒すいつもの調子だが、アルディールの視線は膨大に収められている本の背表紙を真剣に見比べていた。危険だからと言われても構わず(落ちたら受け止めなさいと言って登った)、ドレスのまま梯子を器用に使って高い位置のものも選びとり、内容を流し読みしてはジュスティオに持たせていく。

 彼の腕にはすでに分厚い本が何冊も抱えられているために、落とさないよう器用に積み上げていき、ため息。

「このくらいかしら」

「終わりか?」

「いいえ。それ以上積むと本が痛むからいったん置いてきていいわ。神話の方にいるからまた来てちょうだい」

「……了解しましたよ」

 まだ見るのか、とは言わず黙って机へ向かった従者を見送って、アルディールも移動した。

 それを数回繰り返し、広い机が本で埋まってきた頃ようやくアルディールが席につき、猛然と中身を読み始める。

「……頭が痛くなってくる」

「ジュスティオだって勉強はしたでしょう」

「こんな本に埋もれたことはない。何を探している?」

「石の記述よ。私は絶対あの石を知っている……どこかで見たのよ。でも私はあの山に行ったことはないから、絶対に身近な場所にあった。一番私の身近にあったものはお母様と本だわ。そして今も身近なものは本だから、そこから手がかりを探すのよ」

「宝石は? 腐るほど持ってるだろ」

「そんな安い光じゃなかったのよ。……語弊があるわね、宝石は高いけれど比べられない輝きだったの」

「その手がかりがここにあるのか……」

 そばにあった本を手にすると、パラパラ流し読み、すぐ「やっぱり苦手だ」とアルディールの隣へ置いてしまう。

「ちょっと、分けておいているのに……あら」

「……何だ」

「“王様と魔法術師”なんて童話、苦手な人初めてよ」

「ほっとけ」

「読めない分けじゃないし、本は嫌い?」

「嫌いじゃない。ただ最後はみんな仲良し、っていうのが苦手だ」

「ひねくれ者ねジュスティオ」

「今更だ」

 ため息を交えたようなジュスティオに、隣へ置かれた本を開き、アルディールは面白そうに読み始めた。


 ――むかしむかし、険しい山と美しい森に囲まれた国がありました。

 美しい宝石が多く採れるその国はとても豊かで、心優しい王様の元、小国ながらみなが幸せに暮らしていました。

 しかし、ある日美しい宝石を狙った大国に攻め込まれ、争いが始まったのです。

 王様も国民も必死で国を守ろうとしましたが、何倍も大きな相手に敵うはずもありません。またたく間に国は乱れ、王様や国民は悲しみにくれていきました。

 そんな時、太陽が登らないはずの北の山が眩い光に覆われ、その中から声が響いてきました。

『心優しき王よ、私の力を悪用しないと言うのなら力を貸しましょう』

 王様はその賢者に誓い、助けを求めました。

 すると光の中から美しい魔法使いが現れたのです。

 魔法使いは金色に光る不思議な瞳を持っていました。そして懐から太陽の宝石を取り出すと、高く掲げました。

 すると、どうでしょう。

 敵の兵士が持つ剣は土となって崩れ落ち、弓矢は脆い木くずへと成り果てました。その魔法使いが再び石を再び翳すと、強大な壁が城下を覆うように現れました。

 次々に起こった出来事に恐れおののいた大国の王と兵士はもう二度とこの国を責めないと約束したのです。

 こうして国は、魔法使いのおかげで再び平和が戻りました。

 王様はこの偉大な魔法使いに感謝して、魔法使いが現れた方角に白磁と金で覆われた、美しい塔を建てました。

『あなた様を称え、建てさせました。どうぞ末永くこの国を見守ってください』

 魔法使いは王様の心遣いに感謝し、その後も不思議な石を使って、王様と共に国を支えていきました。


 フォルトゥーナ王国の御伽噺『王様と魔法使い』より――


「ああ、まさに貴方が苦手なお話に仕上がっているわね。でも童話なんてほとんど子供向けだもの、仕方ないわよ。現実とは違うわ」

「……だろうな。脚色してなんぼの世界だ」

「ええ。私もよくお母様に寝物語りでこの話してもらったけれど、あんなに平和に終わる話ではなかったわね」

「そうなのか?」

「私が聞いてた話には続きがあってね、蜜月関係であったはずの王様と魔法術師が見解の相違により仲違いして、魔法術師が城を出てしまうのよ」

「きな臭くなってきたな……」

「そうね。魔法を失いたくない王様が魔法術師騙して捕らえ、魔法を奪おうとしたの」

 幼い姫の寝物語にしては過激な内容である。

「でも魔法術師も抵抗して、奪われるくらいならばと最後に“太陽の花を失った国に安寧はない”と言い残して呪いを掛け、自決してしまうの。王様はその呪いを恐れる日々を送っていたの。するとどこからともなく音が聞こえ、王様にしか聞こえないそれに怯えて心を病んでほどなく死んでしまって」

「……」

「それを筆頭に、他の王族や官僚までバタバタ亡くなってしまったので、周りが慌てて魔法術師の弟子に助けを求めようとしたけれど、彼らも城を後にしてしまっていてね。残った王様の子孫は呪いをどうにか回避しようと慌てて石碑を建てて、亡くなった魔法術師と、遺言にもある“太陽の花”を崇め、祀ったのよ。こちらの方がジュスティオの好み?」

「人聞きの悪い言い方をするな……やけに現実的な話だな」

「現実かもしれないわね」

「……」

「うふふ。まあ話してくれたお母様はもう居ないし、昔のことだもの、見聞きできる訳じゃないわ」 

 そう言って、開いていた本を静かに閉じた。 

「とても強い不思議な力を持った人と、とても強い権力をもった人。お互いに混ざり会えなかったというお話だわ。童話でも実際の世でもある悲劇だから、教訓としてお話してくれたとだけ思っていたわ」

 少し生々しい、それでもよくあるお話の中だけの事だと思ってきた。

「……暗記するほど聞かされた寝物語と今回のこと、似ている気がしてならないわ。死者は出ていないけれど……」

「……何故だろうな」

「わからないわ。だから調べているのでしょう。そして今思うとお母様のことだから、何か意味があってお話してくれたと思うし」

「無駄に遠まわしだな」

「それが錬成術師というものよ。そもそもお母様は練成に関することは私に何も話さなかったから……さっき話した童話くらいかしら」

 覚えているのは、あらゆる場所を一緒に散歩をしたこと。そしてよく二人でペッシェに怒られたこと。

 山や森の歩き方に馬の乗り方、護身用の短剣の使い方から物事の見極め方、人としてのたち振る舞い。

 または城下という場所、お金の価値から使い方使われ方。

 なにより母として、アルディールが与えられた愛情。それが、アルディールにある全て。

 それは母が無くなった直後、多く近づいてきた少しでも知識の恩恵に預かろうという相手を落胆さるには十分で、またたく間に彼女は外見だけの姫、というレッテルがはられた。

 中にはアルディールがわざと知識を漏らさぬよう言われていると噂するものもいて、あの手この手で聞き出そうという輩が耐えなかったおかげで、なぜ何も残していってくれなかったのだと思った日もあった。

「でも、これが残っていた」

 視線を手元へ写し、小さく畳まれた紙を取り出す。

 先ほどエスタファから渡された、母が残したもの。

 何が書いてあるのか、エスタファにすら読み取れない暗号ばかりが並ぶそれを見つめ、次いでジュスティオを見ると、嫌な予感しかしないと言わんばかりに顔をしかめられる。

「ねぇジュスティオ。この紙はきっと石と関係あるわ」

「その根拠は」

「うら若き錬成術師の卵である、乙女の勘よ」

「……。素晴らしいな」

「光栄だわ。だからもう一度見に行きたいの。今夜にでも」

「駄目だ」

「そこをあなたの捻くれた知識でなんとかならないかしら」

「無理だ」

「あなたの主のお願いよ」

「却下だ」

「……そこまで頑なに否定しなくてもいいと思うわ」

 むくれるアルディールに苦笑を返しつつ、ジュスティオは窓の外を眺めた。

「付き合うのは構わない。ただあの殿下が居る時に、供を俺だけにして怪しい噂の山登りなんてできるはずがないだろう。第一、外へ出られるかも怪しい」

 何かと融通(諦めともいう)を利かせてくれていた侍女や門番も、“クレアシオン殿下のお言いつけ”は効果絶大である。彼が出さないで下さいねと言えば絶対出ることができなくなる。

 それはアルディールも身をもって知っていることだ。

「ええ勿論わかっているわ」

「なら諦め」

「でもそれは、素直に回廊を歩いて、素直に裏門なり扉を通って馬で麓まで行くからでしょう?」

「……その笑顔はなんだ? アルディール」

 先ほど、ジュスティオの前では媚を売る必要もないから笑わないと言わなかったか。

 表情がひきつり気味のジュスティオへ近づき――アルディールはそのまま横を通りすぎる。

「そんな遠回りしなければいいのよ」

「……アルディール」

「知っていたかしら? 北の塔の書庫の裏は、山なのよ」

 そう言って書庫の窓辺まで歩き、一番大きい窓を開け放つ。

 同時に冷えて澄んだ風が書庫へ吹き込み、アルディール達の目の前には一面の緑が広がった。

 アルディールは窓の外へ手を差しのべるように伸ばす。

 そのままゆっくりと振り返れば、ジュスティオの表情が固まった。

「そこからまっすぐ行きましょう」

 幼子に言い聞かせるように、優しくはっきりと言い放ち、なんとも可憐に笑って見せた。

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