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太陽の花  作者: 七味
第一章 
5/6

北の塔にて

クレアシオンたちが見えなくなってからも、暫くその場を動かなかったアルディールだが、同じように回廊を見つめていたジュスティオに視線を投げる。

「……行ったかしら」

「おそらく」

「見てきてちょうだい」

「断る」

 素早い決断である。

 素直すぎる従者にむっとした顔を向けた。

「主のお願いを聞けないの」

「あいつらなら、角曲がったら立っているとかありうる。余計な事して色々言われるのは面倒」

「お馬鹿さん。だからジュスティオに見てきて欲しいのよ」

「従者は大切にしてくれ」

「しているじゃない。こんな慈悲深い主、そうそういないわよ……人がこないか見ていてね」

 そう言って、柱の陰に入り幾重にもレースが重ねられた袖をまくりあげ、長く垂らした髪も適当な紐で結った。膨らみのあるドレスは足首あたりで纏めて、こちらも括ってしまう。

 間違っても兄やメイドに見せることができない姿である。

「……相変わらず豪快ですな、姫様」

「あら嫌だわ、エスタファったら。見ていたの?」

 声の方向へ顔を向ければ、堅く閉じていた塔の扉が開いており、男が一人立っていた。

 白髪混じりの長い髪を縛り、やや皺の寄った目元。胸元にはフォルトゥーナの錬成術師の象徴、金のブローチをつけている。

 そんな相手に輝く笑顔を振りまくアルディールだが、返ってきたのは深いため息。遅かったらしい。

「今日はただでさえお兄様の好みに合わせたドレスなの。この無駄に多いヒラヒラや袖や髪が妨げになるのだけはイヤだわ」

「だからといって、回廊でそのような……どうぞお入りください」

 誘われるまま白磁の建物の入口へと歩み寄り。

 ふと思い出したように振り返った。

「ジュスティオ、中ではいい子にしているのよ?」

「毎回毎回舐めてんのか?」

「いいえ、楽しんでいるだけ」

 ジュスティオを見つめ、小さく首をかしげるアルディールは実に愛らしい。その容姿をわかって使うので、たちが悪い。

 そんな思いが浮かんで引きつった笑顔のジュスティオを一通り楽しんで、アルディールも扉を潜った。

 扉を入った先はホールのように開けた作りになっている。

 内壁も白の石が使われているため、壁を大きくくり抜いて作った窓からは光が差し込んで非常に明るい。

 左右に延びる廊下を進むと扉が並んで、ここで生活している術師たちの浴室や食料などの倉庫、その先は研究室や資料室などがある。

 そしてホールの中央、丁度入り口の真正面に見える扉が、かつて国を救った魔法術師のための白亜の塔へ続く回廊への入口。

 その厳重に施錠された扉と回廊を抜ければ、代々アデプトの研究室となっている塔へ入ることが出来るらしい。

 アルディール自身、聞いた事しかないし、王女の身分でもそこへは入れない。

 そもそも今日は話をしに来ただけなので、書庫になっている手前の部屋へ繋がる扉へ入り、アルディールとエスタファが席へついた。

 ジュスティオは座らず、アルディールの椅子の後ろへ位置取り、静かに佇んでいる。

「して、姫様。今日はどんなご用でしょうか」

「摩訶不思議な体験についてよ」

「不思議な、ですか」

「ええ、北の御山で緑の鉱石を見たのよ」

「俺は見ていないけどな」

「失礼、姫様……それは従者殿の体験ではなく、姫様ご自身の?」

「他に誰が行くというの」

「他に誰が行くんだ」

「……愚問でしたか」

 最もなエスタファの疑問に、王女とその従者の声が揃った。

 苦笑しながら話を促され、アルディールは今日あったことを順に話していく。乳白色の空間や、光の粒。そしてそれはすべて、緑の石に触れて起きたということ。

 射られたことは黙っていた。これだけは漏れたら大変な騒ぎになるからとジュスティオにも無理やり了承させたのだ。

 普通は城を抜け出すだけで大騒ぎだが、アルディールの場合は例外である。

 山を降りる途中、ジュスティオには話してあるそれらを語り終えて、相手の反応を待った。

「どう? ジュスティオには石さえ見えていなかった。けれど私には聞こえない音が聞こえていたわ。白昼夢だと思う? エスタファ」

「……暫しお待ちいただけますかな、姫様」

「ええ、構わないけれど……どうしたの?」

「すぐ戻りますので」

 しばらく無言で考え込んだエスタファだが、ふと立ち上がると部屋から出ていってしまった。

「どうしたのかしら?」

「まさかこのままお兄様登場とかないだろうな」

「……逃げ道はどっちだったかしらね」

「諦めろ」

 出入口は一つ。窓はない。

 一言で場に嫌な空気が立ち込めたその時、扉が開いた。

 その音に二人でびくっと肩を揺らした。そろりと振り返るが、現れたのはありがたいことにエスタファで、二人同時に安堵のため息をついた。

「どうかされましたか?」

「いいえ、杞憂に終わったわ。何を持っているの?」

「ああ……さすがにこれを見るのは初めてなのですか」

 エスタファが抱えて戻ってきたのは、古い装飾が施され、金色の鍵がついた金属の箱であった。

 施錠されたその箱を開けると、一冊の分厚い本――本と言うには風化しすぎているため、もはや紙の束といっていい――を取り出し、席につく。

 机に置かれた表紙は擦り切れすぎて、何が書いてあるのかわからないほどだった。

「それは?」

「フォルトゥーナに現存する、最古の錬成術書です」

「!!」

「国宝クラスなのか、この紙束が?」

「そうです。これにかかれていることを元に、錬成術が発展したといえる書物といえば、姫様にはおわかりになるでしょう」

「……魔法術を記した本、ということ?」

「そのとおりです」

 アルディールの表情が驚きに染まる。

「現存しているものがあったの!?」

「この存在は国王、宰相、アデプト、賢人にしか知られておりません。知ってはならぬものなので」

「そんなものを、私達に見せたら」

「致し方ありますまい……姫様方がおっしゃった事象、すべてこの書物に書かれておるのですから」

 エスタファの真面目な声音に、アルディールとジュスティオの目がさらに見開かれた。

 ぽかん、と口を開いたまま固まるアルディール。

 珍しく先に立ち直ったのはジュスティオで、それまで興味なさげに寄りかかっていた扉から身を離し、机に近づいてきた。

「書いてあるって……それ、何年前の本だ」

「御伽話になるほどには前ですな」

 慎重な手付きで一枚ずつ本を捲っていくエスタファをどこか胡散臭げに見るジュスティオと、捲られる本をぼんやりと見つめるアルディール。

「そのような顔をしなしでいただけますか、従者殿。この術書に書かれていることはすでに解読済みで、代々のアデプトや国王陛下はご存知のことです」

「疑ってるわけじゃなくてだな」

「これを、どうぞ」

 差し出されたページに、恐る恐るアルディールが目を通す。

 アルディールの後ろに立つジュスティオからは、細かい内容は見えない。

「……凄いわ」

 ぽつりと聞こえた声。

 僅かに震えを含んだ声は、かつてジュスティオにあまり聴きたくない声と評価された声。

 なぜなら。

「ジュスティオ!!」

「……聞こえてる」

 この声を発したアルディールが、一拍後には必ず目を輝かせ手の付けられない状態に陥るからである。

 まさに輝きを増した笑顔を前に、肩を竦めているジュスティオ。

「あんたにしてはそのままの感想だな」

「お馬鹿さん。数百年も前の事象を体験したのよ、どんな言葉を重ねようと足りるはずがないわ。私が……まだ魔法術があった頃に書かれた、魔法術の本の事柄を体験したのよ!!」

「わかった落ち着け」

 素晴らしいわ、と机上の本を見つめるアルディールを前に、僅かに微笑むと本を捲っていたエスタファの手が止まり、間に挟まっていた何かを取り出した。

「これ以上詳しく内容をお見せすることはできないのですが、これを姫様に。どうぞ開けて下さい」

 そう言って渡されたものは、アルディールの掌に収まるほどの封書であった。

 促されるまま封を開け、中の紙を取り出した。

 古ぼけ、色あせた本に比べ、まだ新しい少し青みかかった紙。

 そこにいくつかの錬成術に関する記号。半分ほどは読みとれるが、文章自体が暗号になっているらしくまったく繋がりが見えない。

「これは先代アデプト、フラメア様の残したものです」

「お母様の?」

 今日二度目の驚きに、再び目を見開いた。再び紙に目を落とす。

「本文になんと書いてあるのか、教えて貰えるのかしら?」

「……やはり、姫様にも読むことはかないませんか」

「え」

 とっくに解読しているものと思ったが、予想外の返答に思わずエスタファを見上げると、苦笑を滲ませた瞳と目があった。

「先代様ご逝去のち、この本の間にあるものを私が見つけました。一年が経ちますが、未だ文章として解けぬのです」

 魔法術を始祖とする錬成術は、国を揺るがすほどの重要な知識であった。

 実際金を作ったとも言われるその秘密を狙う輩は非常に多く、同時に技術を盗もうという者もいた。

 それを防ぐため、錬成術師たちが操る記号や暗号は優に百を越える。そしてかつて錬成術で栄え、今は学問としての見識が深いフォルトゥーナにおいてはさらにその倍はあると言われ、未だ意味が判明しないものも多い。

 名のある錬成術師たちはそれを組み合わせ、独自の暗号に仕上げているのだ。

「エスタファにわからないものが私にわかると思う?」

「わかるやも、と思ったのですよ。ただ一人のご息女様ですからな」

「それはそうだけれど……」

「と言うわけで、これは姫様にお渡しします」

「え」

 何がどう「と、言うわけで」なのか。

 差し出されたままアルディールは受け取ってしまったが、これは非常に重要なものではないのだろうかと顔に出ていたらしい。

 エスタファは僅かに微笑み、アルディールを見た。

「……本当は、もっと早くにお渡しすべきでした。その暗号の中に、血縁を表す記号があります。案外、成長した姫様に向けた手紙かもしれませんので。しかし」

 ふ、とエスタファの目が伏せられる。

「“あのような”形で母君を亡くされた直後。その悲愴を思い出されるのではと、似合わぬ気遣いをしてしまい、今に」

「……そう」

「ですが今回、姫様が体験されたことを聞きましてな……これはいけないと思い至りました。フラメア様は特別なお方。ともすればそのことが書かれていたかもしれません」

 アルディールの手紙を持つ手に力が篭る。その手に添えるように、エスタファの手が重なった。

「姫様がこの書庫を使う許可を出しておきましょう。早朝や深夜でなければご自由に使っていただいてかまいません。ただし何が書かれているのか読み解き、内容を理解された時。このエスタファに偽り無く知らせてくださいますかな?」

「……ええ」

 城の中でアルディールを理解し、応援してくれている数少ない人であり、こんな秘匿の書物を見せ、預けてくれたのだ。

 受け取った紙を大切に胸に抱き、軽く膝を折る。そして己の額に手を当てる、錬成術の弟子が師にする古い礼の形をとった。

「アルディール・リズの名に、誓いを刻みます」

 偉大なる先代アデプトの血に誓って。

 皺の刻まれた、わずかに鋭さを増したエスタファの目を見つめ返し――出来る限り厳かに言って礼をした。

 王族が腰を折るなんて、とクレアシオンあたりが知ったら確実に眉をひそめるであろうが、アデプトはたとえ王族であろうと敬意を表し礼節を尽くさねばならない相手。

 何とかなるだろう。

「お頼み申しますぞ姫様」

 その言葉に目をあけると、エスタファの柔らかい微笑みと目があった。

 どこか誇らしげな眼差しに、なんだかくすぐったいような感情を覚えてアルディールは微笑み、ふと思い出したように振り返った。

 扉に寄りかかっていたジュスティオを見て、自分の唇に指を当てる。訝しげに眉を寄せる従者を満足家に見つめて。

「言っては駄目よ?」

「今更だな」

「ふふ。ジュスティオの困ったような呆れたような顔が素敵だからつい」

「……大変良い性格になられましたな、王女」

 ジュスティオの心を代弁するようにエスタファが呟き、一つため息をついて懐中時計へ視線を送った。

 そして席を立つ。

「王女、申し訳ありませんが本日はこれで御前失礼します」

「えぇ、ありがとうエスタファ。引き止めてしまってごめんなさい」

「アルディール王女のためとあらば、いくらでも。では後ほど」

 扉を出ていくエスタファを見送り、アルディールも立ち上がった。

 そのまま小さな紙切れに一言書くと、本棚の隙間に挟み込む。何をしているのか見ていたジュスティオを振り返ると、あっさりと言う。

「私たちも出ましょうジュスティオ」

「……いいのか? さっき許可するとか言っていたのに」

「そんなに直ぐ許可が出るわけないわ、お兄様もいるのに。だからエスタファが居ないなら、私たちもあまり長く居るべきではないのよ。本来入ってはいけない場所だもの」


 錬成術師達が集うこの離には、国が許した証を持たぬ者は入れない決まりだ。かつて国を揺るがしたほどの学問を扱うのだ、当然のことである。

 アルディールも王女とはいえ例外ではない。

「毎度思うが、よく許されているよな。俺まで」

「それは私が先代アデプトの娘で、王女で、現皇太子の寵愛という後ろ盾を持った、あなたはその従者だからよ」

 完全なる人頼みである。

「ついでに言うなら、ジュスティオの元・肩書きも役立っていると思うけれど」

「もう関係ない」

「過去は嫌でもついてまわるわ、諦めなさい」

「……」

「持っているものを全て使って、狡い事は承知で入っているのよ、私は。でなければ目的は果たせないもの」

 堂々と言い切った。

 自分の力ではない、しかし良くも悪くも絶大な効果を持つアルディールを取り巻く事柄。

 使えるうちに使っておかなければ、と言えば従者からは苦笑と諦めたような声。

「あんた、ほんと……」

「ジュスティオ、その先の言葉がいつもどうりだとしたらもう飽きたわ。捻りを聞かせた素敵な褒め言葉を考えておいてちょうだい」

 変わった姫など聞きあきている。そろそろ次の肩書きが欲しいところだ。

 そう従者に伝えれば、肩をすくめて「考えておく」とだけ言った。

「それで? アルディール。これからどうする、おとなしく部屋に帰るか」

「えぇ少しだけ大人しくするわ。書庫で調べものをしたいの」

「はいはい」

「そこは“お供致します”と言うのよ」

「言ったら気持ち悪いっつーだろあんた」

「そうね。でも、私が軽口を言わなくなったら一大事よ」

 アルディールの言葉に対し、わずかに考えたあと。

「それもそうだな……」

 そう呟くほか、無かった。


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