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太陽の花  作者: 七味
第一章 
4/6

帰還、そして天敵と

 ――北西の城門前。

 あと少しで帰れるというのに、アルディールたちは立ち止まっていた。

「……見たくないものが見えるわ、ジュスティオ」

「俺にも見える」

 二人の視線の先――城門の前に立つのは短い枯葉色の髪を持った男。

 やる気なさげにあくびをしている姿からは想像出来ないが、フォルトゥーナ王国・王太子が絶大な信頼を置く側近、ファナティス・ルイである。

 背には騎士の紋章を縫いとった、紫の裏打ちがされたマント。それは王族の傍に仕える事が許された特別な騎士の証。

 城から出る前にアルディールが警戒していたのはこの男である。

「追い払えないかしら」

「無理だ」

「……追い払ってくれないかしら?」

「無理だ」

 確認するよう言った言葉も即答で返される。

「そこをどうにか盾になって私を逃がすのが従者よ、ジュスティオ」

「自分だけ逃げようなんて裏切りだぞ、アルディール」

「――相変わらずのようですね」

 間近で聞こえた声に、思わず背筋が伸びる。

 バレないであろう距離から小声で話していたにも関わらず、気づけばルイがすぐ傍にいた。

 アルディールがそろりと振り返ると、ファナティスは苦笑しながら片膝を付き、完璧な王族への礼をする。

「お待ちしておりました、姫君。お久しぶりの拝謁がこのような場所というのがなんとも言えませんが、枯葉を纏おうが土に汚れていようが、変わらずお美しい」

「ありがとう。そちらも元気そうでなによりだわ。お兄様は……無事ご帰還なさったようね」

 どこか遠い目で兄の帰還を喜ぶアルディールと、後ろで明らかに気落ちしているジュスティオ。その二人を交互に見て、ファナティスは笑うのをこらえる顔になった。

「お迎えに上がりました。クレアシオン殿下がお待ちかねですよ」

「ご苦労さま。わざわざあなたが来るほどの用事ではないでしょう? 忙しいのではないの、ルイ」

「それはもうお忙しいのですがね……肝心の殿下が何もしてくれないのです。妹に会わないとやる気がおきないと。アルディール様から何とか言ってくださいませんか」

 そうきたか、とつぶやきそうになり、慌てて口元を引き締めた。

 気楽な第三姫とは違い、王太子の兄は忙しい。父である国王が病に倒れてからは余計に忙しいはずだ。

 それなのに「妹に会わないとやる気がでない」という理由でだだをこねるとは。

 馬鹿なんじゃないのか、とジュスティオの顔に書いてあるのを無視して、アルディールはファナティスに向き直った。

「そうね、何とか言うわ」

「有難い。すぐに参られるならば、お供しますが」

「いいえ、この通り、ちょっとしたお散歩から戻ったばかりだから、着替えてからすぐ行きますと伝えてくれる?」

「かしこまりました。殿下は北の廊下でお待ちですので、くれぐれも、お早めに」

 完璧な笑顔を残し、門の中へ去っていくファナティスの背中を見送る姫と従者。

 普通見送られるのは姫のはずで、なんともおかしな光景であるが、この城では珍しいことではない。

 ファナティスの姿が完全に門の奥へと消えてから、ぽつりと呟く。

「ジュスティオ」

「なんだ?」

「お兄様の気持ちを変えさせて、今すぐ執務へとりかかるよう言って来てちょうだい」

 アルディールが怖いくらい真剣に言ったその言葉に対し。

「絶対、無理だ」

 清々しいほどにきっぱりとした返答が、ジュスティオから返ってきた。


 *


 城の北側に位置する一画。

 真っ白な外観の、天高く聳える塔。

 そして周りを囲むように、同じく白で揃えられた背の低い建物がある。

 ここはかつて、国を救った魔法術師のために当時の国王が離宮を建てさせた場所。

 建国の神話にあやかり、今でも学問として錬成術が盛んなこの国では、 王宮付きの名誉を賜った“正位せいい”と呼ばれる錬成術者と、それを取りまとめ、国政にも絶大な発言力を持つ一人の“達人位アデプト”という名を得た錬成術師達が住まい、研究を行う離れとして活用されている。 

 散策(というにはだいぶ危険だったが)から戻ったアルディールを待っていたのは、まずペッシェからのお説教。

 半分以上聞き流しながらドレスに腕を通し、すっかり支度が整った頃には見違えるほどの姿になった。

 気が遠くなるほど細かく編み込まれたレースをまた幾重にも重ねた、淡い緑のドレスを纏い、髪も丁寧に梳かし込まれた様は実に美しく、ドレスの緑色も相まって、黄金を溶かし込んだ花のような姿だ。

「……気が重いわ」

 淡く色づいた唇から溢れるのは、そんなつぶやき。

 姫らしからぬお転婆ぶりを叱られるから兄に会いたくない、というわけではない。腹違いの兄が嫌いなわけでもなければ、兄妹仲が悪いわけでもない。

 むしろ兄は、アルディールに大層優しく甘い。異母兄妹たちの中でもとりわけアルディールを愛し可愛がっていることは、城中の人間ならば誰もが知ることだ。

 彼女自身それを自覚して、幸せに思いこそすれ兄に苦手意識などなかった。


 ほんの、一年ほど前までは。


 その気持ちを知るジュスティオは同感だ、と言う変わりに肩を竦めて見せた。

 下手な事を言って、どこから現れるかわからないあの従者に聞き咎められては面倒だからである。

 北の回廊へ繋がる曲がり角の手前で止まる。

 ドレスの汚れがないか確認するとシャンと背筋を伸ばし、大きく呼吸をする。

「行くわ」

「武運を祈る」

「お馬鹿さん。あなたも行くのよ」

 軽口の後、角を曲がって――やはり、その人はいた。

 長椅子に掛け、優雅にお茶を飲みながら書類に目を通す男。

 靴音に気づいたのか、顔を上げてアルディールを見つけると、満面の笑みを浮かべた。

「あぁ、やっと現れてくれたね? 私の可愛い姫君」

 淡い金の輝きを持つ髪を緩く縛り、背へ垂らしている。通った鼻梁に切れ長の瞼の下には、光を浴びた海の青い瞳。

 アルディールの腹違いの兄であり、王太子であるクレアシオン・カイエは、男と一言で片付けてしまうのは失礼にあたるほど美しい。

 見ていた書類をルイへ預け、アルディールに向かい静かに手を差し出す。その手に、気合を込めて己の手を重ねると、さも当然のように相手は腰をおり、完璧な仕草で手の甲へ口付けを落とした。

 顔を上げたクレアシオンに促されるままアルディールも長椅子に座る。

「お久しゅうございます……クレアシオンお兄様」

「可愛い姫君(アディ)、ご機嫌いかがかな?」

「貴方のアディは、いつでもご機嫌よ。お兄様は昨夜帰ったばかりとか……お疲れではないの?」

「あぁ、心配してくれるのだね? 大丈夫、アディに会えば全て癒されてしまうから」

 極力、笑顔を崩さぬように務めるアルディール。

「お忙しいのに申し訳ありません。行き違いがあったようでして……」

「仕方ないね、アディはお転婆だから……ふふ。散歩もいいけれど、お兄ちゃんに内緒というのは悲しいな。ジュスティオが羨ましいよ」

「朝のお散歩をしてきただけよ、お兄様」

「そう? 今回はどこへ散歩に行っていたのかな、ジュスティオ」

「……新鮮な空気を吸いに、緑豊かな場所へ」

 クレアシオンが穏やかな微笑みを向けた相手はアルディールではなく、その従者。

 そして不自然なまでに視線を逸らし、実に曖昧な答えを返すジュスティオ。その視線の逸らし方がとても兄殿下に言えないお散歩だと物語る。

「ふぅん? 今度は私も連れていって欲しいな。いい息抜きになりそうだ」

 何か言いたいのだろう、僅かに口が開きかけたがそれを堪え、ひきつった笑顔を向けるジュスティオ。

 このままでは兄の息抜きどころか、今ジュスティオの魂が抜かれかねない。

 そう判断しアルディールはややうわずった声でクレアシオンへ問いかけた。

「ところで、お兄様。何かご用があったのではないの?」

「いいや?」

「……え」

「そうだね。アディの顔を見に来たというのが用事かな」

 きっぱりといい笑顔で言われ、言葉に詰まった。

 まさか本当に顔を見に来ただけか。

 この兄ならばあり得ない話ではないが、長く城を空け、帰ってきたばかりの忙しい身のくせに。

 そんな気持ちを乗せて兄を見たが、優しい眼差しを向けてくる相手に、さてなんと言ったものかと思案する。だいぶ離れた位置に控えている己の従者を見るも、案の定疲れきった顔で頭を押さえていた。

「本当に私の機嫌伺いでしたか……」 

「アディが元気そうでよかった。心配で仕方がなかったよ」

 クレアシオンは笑ってアルディールの頭を撫でた。己より幾分大きな手が柔らかく髪を梳いていくのを感じ、少し笑う。

「……お仕事して下さいな、お兄様」

「仕方ない、可愛いアディの顔も見れたことだし執務に戻ろう。その前に部屋までエスコートさせてくれるね?」

 そう言ってクレアシオンは立ち上がり、アルディールに手を差し伸べてくる。

「どうぞ、姫」

「ありがとう、殿下……いえ、お兄様。送ってくださるのは結構よ。このまま塔に入るわ」

 手を取り立ち上がると、歩こうとする兄を止めて告げると、クレアシオンの表情がやや厳しいものへ変わっていく。

 元よりおとなしく部屋に帰る気はないし、先ほど起こったことを報告したい相手はこの先の扉の中だ。

「まだこの塔に入り浸っているのかい?」

「お兄様」

「ここの術師たちも困ったものだね……先代の娘だからといって、アルディールを危ない目に遭わせるなと言っているのに」

 アルディールの母は王の側室でありながら、最高位の錬成術師だった。故に自然とアルディールも錬成術を学んでいるのだが、この兄が望むのは“姫”である自分。難しい学問など殿方にまかせ、お茶を嗜み花を愛でる、穏やかな者であって欲しいらしい。

 どう頑張って説得しても、この思いは消えないらしくアルディールが錬金棟に近づくことすら良く思っていない。

「危険はないわ。それにお兄様、私が無理に頼み込んでいるの。悪く言わないで下さいな」

「でもね、アルディール。姫であるお前に錬成術の知識は必要ない」

「いいえ、お兄様。私は」

「本来、錬成術に関わることはやめさせたいのだけど。フラメア様の不幸を忘れてはいないだろう」

 アルディールの言葉を遮って囁かれた優しい言葉に、胸がきゅっと締め付けられたような感覚を覚えた。

「それは、もちろん」

「フラメア様はその才覚故に亡くなられた。お前にもその才が継がれているのはわかるけれどね、アルディール。お前まで狙われたらと思うと……どうか危険なことはやめて欲しいと願うのは、いけないことかな」

 痛い。

 それはとても小さな痛みだ。

 小さい棘を刺されているような、ささやかだが無視をすることはできない痛み。

 それは一年前から、起こっては消える。

「……安心してお兄様。大丈夫」

 兄の手を出来る限り優しく握り返し、震えそうな声を隠した笑顔で言う。

「錬成術は亡くなった母が唯一私に残した思い出。ですからもう少し、母の面影を見ていたいの」

「まったく、強情だね。誰に似たのかな」

 真摯な顔つきだったクレアシオンが、ふっと力を抜いた笑みでアルディールを見た。

「一つ条件があるよ」

「はい」

「今日のお茶は必ず呼んでおくれ。夕食もできたら一緒に取ろう」

「……えぇ、必ず」

「では、またねアルディール。ジュスティオ、しっかり仕事を全うしてくれ」

 アルディールには笑みを、ジュスティオには些か厳しい顔を向けクレアシオンと従者は去った。

 あぁ、まるで仮面のよう。

 そう思って、兄の背を見送った。


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