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太陽の花  作者: 七味
第一章 
2/6

いつもの朝

 豪奢な天蓋から幾重にも垂れるレースを通り、柔らかくベッドへ届けている。夢の光の正体はこれか、と微睡みから僅かに覚めていく。

 幼い頃繰り返し聞かされたお話が夢に出たことは、これが初めてだった。

 ベッドの主は暖かさの残る掛布をたぐり寄せ、朝日を避けるように抱き込むと、もう一度眠ろうと試みた。しかしそれも外から聞こえた侍女の声によって失敗に終わる。

 扉を叩く軽い音に諦めて瞼をあければ、侍女たちが静かに部屋へ入ってくるのが見えた。起き上がると、侍女によって天蓋のレースが上げあれると、傍らの侍女からため息が漏れた。

「なんてお綺麗なんでしょう……」

 黄金を溶かし込んだような濃い金色の髪が指をすりぬけ、緩やかに波を打ってシーツに流れ、光沢を放っている。

 その金色に縁どられた肌は白く滑らかで、深緑の宝石のような輝きの瞳が強く印象に残る華やかな面立ち。

 “黄金の花”。

 そう称えられるフォルトゥーナ王国の第三王女、アルディールである。

 声の主を見れば、見慣れぬ娘を見つけた。

「見ない顔ね。新しい子かしら」

「し、失礼致しました姫様」

「はいっ!! ミュゼと申します。どうぞよろしくお願い致します」

「本日より姫様付きになりました。まだまだ新参者とはいえ、明るくよく気の付く娘です。よろしくお願いいたします、姫様」

「同じ年くらいかしら? ミュゼ、よろしくね」

 古参の侍女の言葉に王女がにこりと笑って見せると、ミュゼはほんのり赤くなっていく。

「お食事はどうなさいますか?」

「散策をしてから軽く済ませるわ」

「……かしこまりました、お戻りになられたら持ってまいります。ココ、お召かえを頼みましたよ。粗相のないように」

「はい、ペッシェ様」

「それと、姫様。本日はご朝食後に兄君……王太子殿下が参られます。どうか、お部屋にいらしてくださいまし」

 どうか、を強調された気もするが気づかない振りをしておく。

 兄であるクレアシオンは王国の第二王子だが、長兄が亡くなり王太子にたった。さらに現在病床にある現国王に変わり精力的に働いており、

 今回も地方領主への視察で各地を回っていたはずだが、昨夜帰って来たらしい。

 もう一度大人しく部屋に、という部分を念押ししてペッシェが部屋を後にした。

 残されたアルディールは、ちらりとミュゼを見れば、まだ上気し赤い頬のまま、にこにこと衣装部屋から出されたドレスを広げている。

「どれも素晴らしいお衣装ですね!! 姫様、本日はどのお召し物になさいますか?」

「そうね……これにするわ」

 自分で選び、ミュゼの前に広げたそれは、上半身をピッタリ覆い下は膨らみを抑えた質素な緑のドレス。

 華やかな王女が着るものとしては控えめすぎるものだ。それにこれから兄とはいえ、王太子が来る。落ち着いた色合いの別のドレスを薦めても、アルディールは首を振った。

「いいのよ、他のものは飾りが重いし歩きにくいの。お兄様も私のことは良くわかっているから大丈夫」

「……かしこまりました。散策は中庭にいかれるのですか?」

「ええ。本当は外に行きたいけれど」

「まあ、危のうございます姫様。特に今は北の御山にまつわる恐ろしい噂もございますし」

「噂?」

 噂、の所で僅かにアルディールの声色が変わる。

 この変化にペッシェであれば気づいただろうが、ミュゼはアルディールを知らなかった。

「お伽噺に出てくる、魔法使いが現れた山ね? 普段立ち入ってはいけない山でしょう、そこで恐ろしい噂?」

「はい、近頃聞いたものですけれど、散策ということで思い出しましたの」

「どんな噂? 知りたいわ」

 アルディールはそう言って振り返り、上目遣いでいたずらっぽく微笑んだ。

 ミュゼは美しい姫が気さくに笑いかけてくれたこともあって、再び頬を紅潮させ、噂とやらを身振り手振りをまじえて早口にまくしたてた。

「はい、それが昨日まで続いた大雨のあと、山菜を目当てに普段は立ち入らない御山に、何人かの農夫が入ったらしいのですけれど。その全員が、入ってからの記憶をほとんど無くして戻ってきたということで……」

 帰りが遅いと心配した仲間が迎えに行くと、麓で眠り込んだ農夫たちを見つけたというのだ。

 寝ていた本人たちも何が起ったのか、自分がどこまで行ったのかすら覚えていなかったという。

「まあ……初めて知ったわ」

「皆は恐ろしい呪いにあったとか、噂になっておりまして。ですから外出はお控えになられたほうが……あ」

 そこまで一気に話し終えると、ココは急に不安げな面持ちで頬に手を添え、慌てて頭を下げた。

「ごめんなさ――申し訳ございません!! おしゃべりが過ぎました、あの、本当に……」

「あら、いいのよ。友達みたいで嬉しいわミュゼ。それより他にないのかしら? その件に関して」

 初対面なのにずっとしゃべっていたばかりか、主の意向に背く発言までしたのだ。叱られて当然の行為に怯えた顔色を浮かべたが、そんなことは気にしていないから、と話をすすめられた。

「あ……はい。ええと、唯一覚えていたのが音が聞こえた、ということらしいのですが」

「音?」

 何かを考えるように首をかしげ、ココに続きを促す。

「はい。音がして、気づけば麓に居たそうで。あんまりそうなった人数が多いので、お役人達が入ってみたらしいのですけど、何の変化もなかったと。城では魔法使いの御山に無断で入った罰があったとか、呪いだとか」

「そう、そんな事が……」

 続けようとしたミュゼの言葉を遮るようにアルディールが発した言葉。

 か細い声で紡がれた言葉に、怖がらせるような事を言ってしまったかと不安げな面持ちになったミュゼ。

「あ、あの……アルディール様?」

「ねえ、その噂いつから流れているの? 城の者は皆しっているのかしら」

「あ……はい、農民の噂ですが、一昨日から城の侍女の間では」

「そう、あなたも気を付けないと駄目よ」

「はい!! ありがとうございます姫様」

 話しながらすっかり支度を整えると、アルディールは立ち上がった。

「じゃあ少しだけ庭に出てくるわ。城内なら安全ですものね」

「それはもう!! では、ご一緒いたします」

「ああ、大丈夫よ」

「しかし姫様、お一人では」

「すぐそこにペッシェも良く知っている、とーっても有能な従者が居るの。ミュゼはお部屋を整えておいてちょうだい。お兄様がいらっしゃるのだから」

「まあそうなのですか。では私はこちらでお待ちしておりますね」

 強い従者ならば安心、と軽やかな足取りで部屋を出たアルディールを見送り、部屋をすっかり整えたココが素直に待っていると、ほどなく腕いっぱいの花を抱えた別の侍女を連れたペッシェが部屋へ入ってきた。

「姫様、こちらをご覧ください……姫様?」

「ペッシェ様、アルディール様は散策とかで、先ほどお部屋を出ていかれましたが……お会いになりませんでしたか?」

 笑顔で今までアルディールが座っていた場所を見るも、そこににいるのは控えるミュゼのみ。

「お前はいかなかったのかい?」

「はい、従者様がいるとかで。ペッシェ様もよくご存知とか」

 その言葉にペッシェは素早く踵を返し、廊下への扉を開け放つ。

「誰か、アルディール様が北の中庭に居ないか至急確認を!! ジュスティオをここへ連れてきなさい!! 姫様が抜け出すのは決まってあの中庭からです。いや今日は東からかもしれません、皆早く手配を……」

 急にバタバタと動き出す使用人の中、一人置いて行かれたココは、目を白黒させながらペッシェを見つめるしかない。

 どう説明したものかとペッシェが考えていると、駆け込んできた侍女からペッシェが渡されたのは小さな紙切れ。『王太子殿下によろしく』と一言書かれているそれを見て、ああ、と盛大なため息とともに顔を覆った。

「あの、ペッシェ様?」

「……お前にはまだ伝えていませんでしたね。アルディール様の事を。あの可憐な外観から、一見しただけでは、誰も信じはしないからです」

「え」

「国の歴史上、最も偉大と言われた錬成術師であり、陛下の側室でおられたフラメア様の美しさと才知をその身に宿された姫様ですが……」

 そこへ息を切らせた侍従が部屋へ飛び込んでくる。

「――アルディール様が、姫様がまた脱走されました!!」

 その声を聞き、口を開けたまま呆然と立ち尽くしたミュゼに、ペッシェは深いため息をついた。

「……これが貴方が今日からお仕えする第三王女、アルディール・リズ様です」


 *


 アルディールは人気のない回廊を一人歩んでいた。北の中庭を抜けて、主になじみの下働きが出入りする裏口を通って外へ抜ける。

「おはようございます、王女殿下」

 王女とは思えない手際のいい脱走中のアルディールに声を掛けたものがいた。

「おはよう、ジュスティオ」

 長い黒髪を一つに結った長身の男。眠たそうな紺色の目が静かにアルディールを見つめている。

 詰めた襟元に王国の紋章である太陽を掲げる竜の刺繍。

 騎士の服装と近いが、彼らが背負うべき国と所属する団の紋章を縫いとったマントをつけていない。

 それが意味するのは騎士団に入ることを許された身でありながら、理由があって除隊した者の証。剥奪ではないにせよ国を背負う事を奪われたに等しい、そんな不名誉な証を堂々と身につけ続ける者はいない。除隊後は服装を変えるか、家に篭るのが普通だ。

 その服装をするものは、アルディールが知る限りこの城でたった一人。

 己の従者である元騎士、ジュスティオ・アルマだけだ。

 アルディールは立ち止まり、頭一つ分以上背が高い相手を見上げると、その瞳を覗き込む。

「目付きが悪いわ」

「悪かったな」

 やや不貞腐れたような表情から出てきた言葉は、間違っても王族に対するものではない。

 しかし気にせずアルディールが口を開く。

「ご機嫌斜めなのかしら?」

「いつもこうだろ。これからどこへ何しに連れ出されるのか、楽しみで仕方がない」

「あら、だったらもっとにこやかにならなければ駄目よ。ジュスティオだって笑えば素敵なのに。外観がいいのはとっても得なんだから」

「あのな、王女」

「でも笑っても引きつったら意味が無いわね」

「王女」

「やっぱり、愛想がないから駄目かしら」

「おいアルディール」

「なに? 用事があるならば名前を呼んでもらわないとわからないわ」

 にっこり微笑まれて、ジュスティオはため息をついた。

「今は周りの視線が痛い。太子も帰還したんだろ」

「ああ、そうね」

 アルディールは沈んだ面持ちの従者を見つめ、ふむ、と納得したように歩きだした。

「お兄様は昨夜、無事に地方視察から戻られたそうね。ご無事で何より……複雑だわ」

 小声で言うアルディールに、再びため息をついた。

「帰って来ているなら、もう外へ行けないだろ」

「大丈夫、今ならまだ油断しているから」

 今のうちに城をでなければ、きっと“王女通行止め”にされてしまうからこそ急いでいるのだ。

「だがな、アルディール。さっき使いが、王女の元へお伺いしますので、どうかお部屋に居るように引き止めておいてください、と言付けていったぞ。俺にまで言うってことは太子が来るんじゃないのか?」

「大丈夫よ」

「言い切るなよ」

「本気で何が何でも会うつもりなら、侍女全員私の部屋の前から離れないわよ。ということで大丈夫。ジュスティオがその伝言を聞いたのは、散策から帰ってきてからということにしましょう」

 あっさり結論を出すと、再び早足で裏口へ進むアルディール。

 僅かに肩をすくめただけで特に反論はないのか、ジュスティオも横へ並んで歩き出す。

「で、どこへ行く?」

「北の御山へ」

 アルディールが告げた行き先に、ジュスティオの表情がやや曇る。

「……噂、聞いたのか」

「今朝ね。噂とやら、ジュスティオは知っていたのかしら?」

「俺も今朝聞いた」

「あら同じなのね。……北の御山。錬成術の始祖、魔法術が生まれたとされる御山で起きたこと。お母様もきっと興味をもったでしょうね」

 器用にも歩きながらくるくると廻りながら嬉しげに語るアルディールは、眩しいほどの笑みを浮かべている。

 こんな時のアルディールを止められる人は滅多にいない。ジュスティオは従者ながら、既に諦めている。

 苦笑を浮かべる従者を、アルディールは満足げに見つめ、無理やり門番を押し通って外へ出た。



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