episode.3
若松の目の前に建っているのは、どこにでもある一般的な、一階建てで瓦屋根の家だった。『退治屋 いづる』という看板がそばに立っていた。金髪の青年に促されるままに、彼の家に来たはいいが、若松は腕の中の存在を考えると複雑な気持ちになった。
「入れよ」
顎を使って金髪の青年は若松に言った。玄関の戸を開けて中に入っていく彼のあとに続いて、おそるおそる若松も家の中に入った。
「おかえりなさい。理一郎」
二人を出迎えたのは着物を着た、黒髪の青年だった。
「恒永、客いるから」
金髪の彼の言葉に恒永と呼ばれた青年は、若松と若松の腕の中で眠る斐鶴を見て目を丸くさせた。
「わ、若松瑛彦といいます!」
「あ、私は恒永といいます」
勢い良く頭を下げた若松と、一拍置いてからおっとりと名乗る恒永。
「どうぞ、お上がりください」
「はい…」
恒永はにこりと若松に微笑んだ。男の若松でもどきりとするほど恒永の顔は整っており、若松よりも細身で、すぐに折れてしまいそうな薄い身体の青年だった。
若松が思っていたよりも広い屋敷なのか、どこまでも続く薄暗い廊下の景色は同じように見え、慣れた調子で若松の前を歩く恒永の背中を見失わないように進む。
ようやく恒永の足が止まり、ある部屋に若松は招かれた。
「こちらでお待ちください。理一郎もすぐに顔を出しますから」
「はあ…」
部屋は和室で、若松の住むアパートの一室よりも広いのではないかと思わせる。どうぞ、と恒永に促され、若松は斐鶴を起こさないようにゆっくりと座布団の上に座った。すると、柔らかく笑う声が横から聞こえ、若松がそちらを見ると恒永が隣に座っていた。
「斐鶴はよほど、若松様のことを気に入ったんでしょうね」
「え?」
「斐鶴は人見知りが激しいのです。寝かせることができる人間も限られていて…。それなのに初対面のあなた様の腕の中で静かに眠っていて…」
「そうだったんですか…。大人しい子だとは思ってたんですけど…」
「かわいらしいでしょう」
「…はい」
それから数分ほど二人で話していると、音を立てて障子が開いた。そちらを見れば、濡れた金髪を乱暴にタオルで拭いている先ほどの青年__理一郎が立っていた。彼は部屋に入ると、すたすたとテーブルを挟んで若松たちの向かい側に腰をおろした。
「あんた」
「お、おれ、ですか?」
「そう、あんた」
ごしごしとタオルで髪を拭きながら理一郎は話し出した。
「恒永は斐鶴寝かせに行け」
「はいはい」
恒永は若松から斐鶴をゆっくりと受け取り、抱き上げると、目が合った若松に微笑みかけた。
「若松様のお布団は斐鶴の隣に敷いておきますね」
「え、ふとん?」
「はあ?布団?」
理一郎と若松は目を丸くさせた。
「お泊まりになられてはどうですか?斐鶴もよく懐いていますし。ねえ、理一郎」
恒永は髪を拭くのをやめてタオルを首にかけた理一郎に微笑みかける。理一郎は至極嫌そうな顔をした。
「明日の朝、若松様がいないと斐鶴がわかってしまったら、きっと泣いてしまいますよ?」
恒永が続けてそう言うと、理一郎は舌打ちをして好きにしろ、と一言吐き捨てた。
「理一郎の許可を得たので後でお部屋までお連れしますね」
「あ、はい…」
軽く頭を下げて、恒永は部屋を後にした。
彼のおかげで室内の雰囲気が和らいでいたため、今は理一郎のあからさまな不機嫌オーラで若松は萎縮してしまっていた。重い沈黙は若松の筋肉のない細い身体にのしかかり、膝の上で握り締められた手は汗だくだった。
理一郎はまた舌打ちをした。
びくりと大袈裟なほど、若松の肩が大きく上下する。理一郎はその態度も気に食わないと頭を乱暴にかいた。
「刀については恒永から聞いたか」
「い、いえっ」
「…斐鶴は人間じゃない。さっき言った通り、あいつは刀だ」
「はあ…」
「ま、理解し難いってのはわかる。だから町の人たちには軽く術かけてんだ。害はない。あんたは例外だったみたいだけどな」
「…術って、なにしてんですか」
「んなビビんなくても今更あんたにかけねーよ。めんどくせぇし。術は、まあ、あれだ」
「なんですか、それ…」
「まあ聞けよ。めんどくせぇが長くなるけど」