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抜刀!!  作者: スー
episode.1
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episode.1

青年__若松が刀を拾う一時間前の話だ。



鴉杜(からすもり)町には『退治屋 いづる』という店がある。ネズミや害虫の駆除から、頼まれたら何でも、という万屋のようなこともしている。依頼によって報酬が異なり、困難な作業になればなるほど高くなっていくのは勿論だが、近隣の住民にはわりとリーズナブルな値段で何でもやってくれると評判の店だ。


しかし、その店、一風変わったところがある。


事務所は町の中心部より少し外れたところに位置し、風貌は一般的な古民家だ。玄関付近に『退治屋 いづる』という看板が立っているだけで目印になるようなものはその他になく、依頼人が迷うこともある。


そんな事務所の社長である理一郎りいちろうはとある依頼を受けていた。彼は金髪を靡かせながら煙草を吸い、民家の屋根に座り込んだ。そして標的がやって来るのを静かに待っていた。



三日前に遡る。依頼主・Rさんは『退治屋 いづる』のお得意様だ。Rさんの性別、年齢、本名は全て不詳だが、理一郎にとって依頼料をきちんと支払ってくれるのならば客の個人情報などどうでもよかった。


Rさんを仮に『彼』と呼ぼう。


Rさんの家は余程裕福なのか、依頼をしては多額の依頼料を理一郎に渡す。そして『いづる』に屋敷の害虫駆除から掃除をたまに依頼しているが、基本的な依頼内容は「怪」退治。

ここ鴉杜町はそういった「怪」が多く、彼は非常に困っているとのこと。しかし理一郎はRさんの言う「怪」を退治するためにここにいるため、彼に依頼されるまでもないのだが報酬がほしいので理一郎は黙っている。


そして三日後の話へ続く。


次第に空は赤く染まりっていき、鴉杜町一体の雰囲気が変化し始めた。「怪」に昼夜など関係ないのだが、朝夕は特別だ。夜から朝に、昼から夜に変わる時刻は微妙なもので理由は定かではないが「怪」が少しだけ活発になる。

理一郎はそれを狙っていた。

活発になればなるほど「怪」の出現率が高く、一般的な人間も裸眼でわかるほどになる。


彼にとって「怪」を視ることは簡単であるが、斬ることは少し厄介だ。


だから「簡単」に「早く」対処できるよう、いつも「怪」を斬るときは朝夕の時刻に限られてしまうのだ。今回もそのようなもので、理一郎にとって難しい依頼ではない。


そろそろ来るか、と立ち上がると強風が彼を包んだ。驚いて足を一歩ずらすと、そばに置いていた刀が音を立てて屋根から落ちて行った。


息を吐く間もなく慌てて下に降りるが、落ちたはずの刀は消えていた。




そしてまた一時間後、冒頭にかえって、若松という青年の話になる。

彼の本名は若松瑛彦わかまつ あきひこ

年は今年で19。大学に通う学生である。別段、変わった特徴などはなく、黒髪に細身のどこにでもいる青年だった。鴉杜町出身の人間ではなかった。通っている大学が鴉杜町に近いということで引っ越してきたのだ。ようやく一人暮らしにも慣れてきたが、碁盤目状の道が多い鴉杜町はまだ把握できていないところも多く、気を抜けば迷子になってしまう。


結局若松は拾ってしまった刀を持って"何か出そう"と言われているほど古いアパートに帰った。

明日あたり、友人に聞いてさっさと刀を他の誰かに渡してしまおうと、若松は部屋の片隅に置いた刀に目を向けた。


腹が減った、と刀を拾う前に近くのコンビニで適当に買った弁当をコンビニ袋から取り出して小さなテーブルに置く。どかりとテーブルの前に座るとイヤでも拾った刀が視界に入った。鞘におさめようにもその鞘が無く、こんなものを誰が落とすのかと若松は頭をかいた。


刀の存在を無視して割り箸を割る。片方が太く、もう片方が細いというアンバランスな箸になり、これだけで彼をどこか損をした気分にさせた。もう少し綺麗に割りたかったなあ、と弁当を開け、水滴のついた蓋を裏返してそばに置く。


「いただきます」


手を合わせて冷えた弁当に向かって言った。固くなった白飯に箸で掴み、口に運ぶ。


「わたしも、たべたいです!」


白飯を口に含む直前、子どもの高い声が部屋に響いた。若松は驚きのあまり、口を開けたままの状態で固まる。この部屋には若松が一人で暮らしている。だから子どもの声がするというのはありえない話だ。隣の部屋から聞こえてきた、といっても先程の声は壁越しとは思えないほどクリアだったのだ。

若松は疲れて幻聴がしたのだと必死に思い込む。そして白飯を口に含んでよく噛まないまま飲み込んだ。箸を震えさせながらも白飯の隣にある唐揚げを摘む。


「からあげ!」

「!?」


若松は顔を上げた。先程よりも至近距離で声がしたのだ。そして彼は顔を青くさせる。


「おいしそうです、わたしもたべたいです」


若松の目の前にはテーブルを挟んで、妙な格好をした小さな男の子が笑顔で弁当をのぞき込んでいた。

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