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肖像画  作者: くたち
第一章『不変』
6/17

5 向き合う二人

 花霧大社を辞した凛太郎たちは、竹崎邸から寄越してもらった車に乗っていた。

凛太郎と瑞穂が後部座席に座り、菊は一人助手席に乗って前を見据えている。

先ほど、スレッド上にて一つの結論に至った。

 二十五年前の女子生徒が転落死した事件で、神隠しが起こっていないか。もしくは類似した事件が近辺で起こっていないかを調べる事。

そして、もし神隠しなどが起こっていたらその経緯も調べる事。

 それが、五人を校舎より連れ戻す唯一の手掛かりだった。

 道博によれば、二十五年前の転落死以前も以降も、目ぼしい人死にの事件は起こっていないという事だ。

 その突き付けられた事実に、凛太郎は目を伏せるしかなかった。

 それならば、二十五年前の女子生徒と共にあの学び舎へ通っていた人物に会った方が事の仔細が分かるだろう。

当時の事件をより詳しく知っているはずの誠次郎の父、光次郎の元へ、つまり凛太郎にとっては自宅の竹崎邸へ向かっている所だ。

 凛太郎の表情は暗い。普段から表情が動く事は少ない人だが、それでも落ち込んでいる事が付き合いの短い菊にも分かった。

 二十五年前、若い命を散らした少女の名は、竹崎仁美と言う。

 凛太郎と誠次郎の、叔母にあたる人だ。

「凛ちゃん、ほんとは気付いてたでしょ」

 瑞穂が横目で凛太郎の様子を窺いながら、静かに切り出した。

 凛太郎は一度瑞穂に視線を遣った後、目を閉じて息を深く吐き出した。

彼にしては珍しく、どう言葉を切り出そうか、迷っているのだ。

無理もないと、菊は思う。

「……確証は、持てなかった。今日は、叔母と父の命日だから、何よりも先に、彼女の事を思い浮かべていた事は否定しない」

 昇降口で彼女を見た時、凛太郎は瞬時に推測を立てていた。

丁度、高い所から落ちて亡くなった叔母の命日に、無残な姿の霊が凛太郎と、誠次郎の前に現れた。

 もちろん情報はそれだけしかない為、あらゆる可能性を探ろうと花霧大社に向かった。

この地が、歴史に刻まれるより前から存在するあの社に。

「……本当は、叔母だと思いたくなかったのかもしれないな」

 その為に、花霧大社で無駄に時間を浪費したのだろうか。

そう思うと情けなくて、凛太郎は無表情の下で奥歯を噛みしめた。

 瑞穂は窓に反射する凛太郎の横顔を見詰める。

「まあ、それは仕方ないよね。俺ももしお母さんや姉さんが菊ちゃんや凛ちゃんに危害を加えようとしたら」

 瑞穂が笑いながら言って一度言葉を切り、切れ長の瞳を伏せた。

少し考え込んだ後、凛太郎を振り返り真っ直ぐ見詰めた。

「……どうしたらいいか、分からなくなるかも」

 凛ちゃんと同じように。

 呆気に取られたように、凛太郎が瑞穂を見詰め返した。それに対して、瑞穂は苦笑を返し菊も前を向いたまま微笑む。微かに、頬や耳が熱くなる。

「ふふ……すごく熱烈な、告白をされた気分です」

「ええー? 俺は菊ちゃんも凛ちゃんも大好きだから、嘘はついてないけど」

「……余計、たちが悪いし、ずるい」

 一拍置いて我に返った凛太郎が、菊に同調するように笑った。

その笑顔を、まるで眩しいものを見るように瑞穂は見詰める。

 瑞穂は、凛太郎の誠次郎に対する親愛の情を一番よく知っている。

それこそ、保育園の頃、公園で偶然出会ってからの切れない縁だ。

ずっとずっと、近くで見てきたのだ。

「うん、だから、凛ちゃんの大切な人、助けに行こ?」

 どうしたら良いのか、悩んだ後はそんな事は決まっている。

「……ああ」

 力強く凛太郎は頷き返した。

 絶対に、取り戻す。

決意を新たに、凛太郎は西の山の中腹に見える屋敷を見上げる。

 ただの、事故死なわけがなかった。結論としての自殺にしても、何かしらの理由があるはず。

叔母の死の秘密。その先に何が待ち構えていようと、絶対に誠次郎たちを取り戻して見せる。

 車は繁華街を走り抜け、閑静な住宅街を抜けた後、舗装された山道へ入る。一分ほど進んだら、広い砂利の前庭へ到着した。

三人は車から降り、屋敷を見上げる。森に囲まれた洋風の、シンメトリーが美しい大きな屋敷だ。

 凛太郎の曽祖父の時代までは、純和風の邸だったらしいが、祖父が今の屋敷に作り替えたらしい。その祖父は、今は屋敷の離れで祖母を弔いながら余生を過ごしている。

「いつ来ても落ち着かないなあ」

「竹崎さん、噂に違わずすごいお家に住んでるんですね……」

 瑞穂の言葉に、菊が同意したのか呆然と白亜の屋敷を見上げている。

「僕は住まわせてもらっているだけだ。ここは、母と叔父の屋敷で僕の物ではない」

何の感慨もなく、凛太郎が淡々と言った。

「凛太郎坊ちゃん、まだ、光次郎様はご帰宅なさっていないそうです」

 先に屋敷へ入った運転手が戻ってきて告げる。凛太郎は少し考えて顔を上げた。

「母に話を聞こう。今、お忙しそうかな」

「いえ、凛太郎坊ちゃんが友達を連れて来たと申しましたら嬉々としてお茶の用意に取り掛かっておられました」

 凛太郎は一瞬頭を抱えたくなったが、すぐに気を取り直して二人を振り返った。

「大丈夫みたいだ。入ってくれて構わない」

「中に入るの久しぶりだなー。相変わらず厳しいし」

「はい……」

 まさか中に入るのに少し待たされることになるとは。菊は自分とは違う世界に凛太郎が住んでいる事を改めて感じ戦きつつ返事をして瑞穂と一緒に歩を進め始める。

 先を進む凛太郎がちらりと二人を見返した。

「二人とも、巻き込んでしまってすまない。僕の我儘に付き合ってくれて、ありがとう」

 改めて、凛太郎は二人を交互に見て言う。今度は二人が呆気に取られたように友を見返した。

そして顔を見合わせて笑う。

「……何が可笑しい」

「いや、まさか改めて言われるとは思わなくって……」

「竹崎さんのすまないは貴重ですね……」

「……失礼だな」

 不貞腐れたような凛太郎の表情に二人は一層笑みを深めた。

緊張も吹き飛んでしまった。

 これから聞くことになるであろう話は、きっと決して気持ちの良いものではない。その事に気負い、気を重くしていたがそんな気分は遥か彼方だ。

「凛ちゃんってさ、昔っから自分一人で大体問題解決しちゃうからさ。頼ってくれて俺はめっちゃ嬉しい」

「竹崎さんのありがとうが聞ければ、百人力ですね」

 瑞穂も菊も不敵に笑って最後には凛太郎に力強く頷いて見せた。

凛太郎は目を微かに見開いて小さく笑うと、もう一度ありがとうと囁いた。



 智博は最上階の三年生の教室に隠れていた。

さっきから、肩の痣が痛い。特別教室棟へ向かおうとすると引き攣れ、激しい痛みを発する。だから教室棟から出られていない。

まるで、どこかに自分を連れていきたいかのようだと思う。

 先ほど、智博は水野に襲われた。

教室の机に座ってスレッドを開いていたのだが、突然激しい怒りが体にぶつかり、反射的に机から身を退いていた。

次の瞬間には、机の真ん中に包丁が突き刺さっていた。

 あの光景を思い出すと、ぞっとする。自分を仇のように睨む水野の首が、はっきりと裂かれているのが見えた。

 その後、一階から四階まで捕まれば必死確定の鬼ごっこを繰り広げ、今に至っている。

(なんで俺追われてんの)

 そっと肩に触れる。やはりこの、スレッド上で指摘された『印』とやらのせいだろうか。

 この印をつけた少女を思い出す。

惨い姿だった。肖像画の『不変』の面影は、口元以外一片もなかった。

 黒い髪が艶やかで、瞳も、鼻筋も、すべてが魅力的な、美しい少女。彼女が何故死ぬ事になったのか。

それは凛太郎たちが探ってくれているはずだ。

 窓から、深い濃紺の空が見える。いつの間にか、赤黒い雲は消えていた。

誠次郎たちは無事だろうか。ずっと閉じたままだった携帯電話を開けてみる。

スレッドでは、誠次郎たちの経緯の後にこれまでの自分たちの動向のまとめが投稿されていた。

ログを読み返していて、ふと妙な事に気が付く。

 水野は、何故理和たちへの攻撃を止め、教室棟へ向かってきたのか。

「………」

 額の汗を拭いながら、もう一度ログを読み直し考える。そして、一つの仮説を立てる。

 水野は、あの少女を追っているのではないか。

 丁度、あの少女に印を付けられた時が誠次郎と水野が交戦している最中だったとしたら、印はあらゆるものを引き付けると言うオカルトマニアの言葉通り、水野も引き付けられたのだ。

 目の前の理和に自分が付けた印よりも、強い力で。

(水野とあの子は、どういう関係なんだ?)

 水野は凛太郎の父である和太郎と、誠次郎の父である光次郎の友人だった。その中で面識があったとしても全然不思議ではない。

 むしろ

「……まさかな」

 まさか、あの少女と、恋仲だったということはないか。

いや、あり得ないだろう。すぐに智博は否定した。

竹崎は恐ろしいほど厳格な家柄だ。家訓も厳しく、誠次郎も凛太郎も、幼い頃から友と遊ぶ自由な時間などほとんどないほど、習い事や稽古事に勤しんでいた。

 友との交流など、稽古事の最中や学校でしかないほどだ。

そして悲しいかな二人とも、それらの厳しい試練を熟すほどの器量を持っていた。

誠次郎の話によれば、二人の祖父が当主であった時の人格の鍛錬は二人に課せられたものよりも、もっと苛烈であったらしい。

 兄妹には生まれた瞬間から須らく家に有益となる血筋から許婚が選定され、竹崎家に相応しい人間となるよう様々な面から厳しく躾けられたのだとか。

そんな家の娘が、ごく普通の男と、どうこうなれるわけがないのだ。

 安直で下世話な想像を打ち払い、智博は竹刀を握り直した。

スレッドを開いても、まだ凛太郎たちは姿を現さない。

焦る心を落ち着かせ、今度は自分に出来る事を考える。

 ここにいても、いずれ水野に見つかって殺されてしまうだけだろう。

彼から逃げて階下に降りようとすれば、痣が引き攣れ歩けなくなるほどの痛みを伴う。

ならばやる事は、一つしかない。

「……行くっきゃねえかなぁ……」

 はああと凄まじく重い溜息を吐き出す。

正直、嫌だ。しかし、今の自分に行く所など他にない。

智博は立ち上がり、呼吸を整えて両手で頬をぱんぱんと叩いた。

「……よしっ!」

 気合を入れて教室から廊下を静かに窺う。

水野は階下にいるのか、この階にはいないようだ。

 するりと扉から廊下へ滑り出し、智博は中央階段へ向かう。

そこから繋がる場所はもう

屋上しかない。



 理和は呆然と誠次郎を見詰めていた。

誠次郎はというと美術室の扉の前に屈みこんで、理和が持っていたヘアピンを鍵穴に突っ込んで手を動かしている。

しばらくかちゃかちゃという音が響いていたが、最後にはカチャンと金属が弾かれる音がして誠次郎は立ち上がり扉を開けた。

「ほら開いた」

「……すごい、竹崎君って、ほんとに何でも出来るんだね……」

「まあな」

「いや、褒めてないからね?」

 分かっているよ、と苦笑しながら誠次郎は先立って美術室に入る。昼間にも来た場所だ。

その時とは違い、今は暗く外から月明かりが差し込んでくるだけだ。

「……雲が晴れているな」

「本当だ……」

 理和も誠次郎の隣に立ち、外を見上げた。赤黒い雲はいつの間にか晴れ渡り、月が綺麗だ。

 まさか、こんな事になるとは思わなかった。

今日は、大切な日だ。花を買って、家に、母の元へ戻るはずだったのに。

 理和の様子をちらりと見た誠次郎はしばらく考え込むように月を見上げた後、改めて室内を見渡した。

「では、手掛かり探しを始めようか」

「うん」

 理和は頷いて室内の探索を開始した。

 誠次郎と理和は、美術棟へ到着した時、真っ先に美術室の扉へ向かった。

屋上から転落死した叔母の肖像画がある教室だ。一番に捜索しようという理由には十分だった。

しかし、今までどの特別教室もまるでボーナスかのように扉に鍵が掛かっていなかったにも関わらず、美術室はしっかりと施錠されていた。

 そして、誠次郎の裏ワザが炸裂したのだ。

「何を目的に探そう」

「そうだな……諒太おじさんが興味を持ちそうなもの……は、」

思い浮かばないな。

理和の問いに、誠次郎が苦笑して答える。

「だよね」

 この捜索は、昼間の目撃証言を基にした根拠の無い物だ。理和もしたり顔で頷く。

誠次郎が叔母の肖像画の前に立ち、微笑む少女を見上げる。

「おじさんと、一番縁があるのはこの絵だとは思うんだが」

「そっか、叔母さんと昔顔を合わせてたかもしれないもんね」

 誠次郎が額縁を持ち上げ、肖像画を床に降ろした。微笑む少女をかたどる油絵具の表面を丹念に探り、その後絵画の背面を見た。

「……何もない」

「絵じゃないのかな」

「とりあえず他にも見てみようか」

 二人は別れ、机の裏や胸像の台座の裏など、入念に調べていく。

しばらくして、理和がぽつりと呟いた。

「それにしても、不思議」

「何がだ?」

 彼女が重なっているバケツを一つ一つ手に取っているのを、棚を動かし、裏側を確認し終わった誠次郎が振り返った。

 理和も振り返り、視線が交わる。

「普段、そんなに話さないでしょ? だけど、竹崎君は助けてくれて、こうして一緒に行動してるのが」

今日はよく一緒に居るね。

 理和が何の気なしに笑って言えば、誠次郎は不意を突かれたように切れ長の目を見開いて、口を微かに開いた。

「……クラスメイトなんだ、当然だろう」

 やっとそれだけ言って、誠次郎は視線を外して作業台へ向かった。

「うん。だから、竹崎君も私の事、頼ってね」

 どこか嬉しそうに理和が言う。誠次郎は再びゆっくりと振り返って、微かに笑った。

「……ああ、ありがとう」

 一つだけ、確信したことがある。

それは、理和に対する感情が自分でも想像以上の大きさだったという事だ。

 自分はもっと、本質は猛々しくとも冷静に問題に対処できる人間だと思っていた。

 でも、実際はそんな事はなかった。

彼女が物理準備室で引き倒され、殺されそうになっているのを見て、不覚にも我を忘れてしまっていた。

 自分の彼女に対する感情が、『気になる』などという言葉なんかでは生易しいと、実感した。

「そう言えば」

 理和の不意の言葉に意識を引き戻される。

「『奇跡』って、学校に帰って来たの?」

 彼女にとっては素朴な疑問だったのだろう。しかし、その問いは誠次郎の胸の内を大きく震わせた。

「いや……帰って来てはいるが、ここにはない」

 家に置いてあるんだ。手を止めず、誠次郎は答えた。

「そっか。また見たかったな」

「なら、見に来ると良い。いつでも歓迎するよ」

 あからさまに残念だと声音に滲ませる理和に、誠次郎は振り返り言う。

バケツを元に戻して流し台へと向かう理和を目で追っていく。

 今なら、聞ける気がする。

ずっと、聞きたくて、堪らなかった事だ。初めて会った時からずっと。

「田中さん。一つ、聞きたい事があるんだが」

「何?」

 改まって言葉を発する誠次郎に、理和も手を止め向き直った。

「何故、『奇跡』を見て泣いていたんだ?」

 瞬間、理和の瞳が揺れた気がした。

それを見て、誠次郎がはっと息を飲む。

 『奇跡』を見ると、涙が溢れてくる。

それは、高展の作品が一般公開されると同時に実しやかに流れ始めた噂だった。

当然、全員が全員涙が流れるわけではなかった。

どういう人物が泣くのか。誠次郎は一つ仮説を立てている。

 感受性が強く、加えてあの絵の意味に気付いた人間が、涙を流すのだと。

理和はその意味に気付いた人間なのだと、誠次郎は思っていた。

「……すまない。前に、偶然見掛けて気になったんだ。答えられないなら答えなくてもいい」

 流してしまおう。誠次郎にしては珍しく、一歩下がる。

それに対して、理和は笑って首を横に振った。

「ううん。大丈夫。自分の絵を見て泣いてる奴がいたら、そりゃ気になるよね」

大したことじゃないの。そう言い置いて、理和は改めて口を開いた。

「あの家族の絵を見てね。幸せそうで、私にお父さんがいて、お母さんも生きてたら、こんな感じになれたのかなって、想像したら」

「自然と泣いていた?」

 理和の言葉を継いで誠次郎が言う。一変して無表情な彼の言葉に、理和は一瞬息を飲み頷いた。

「うん。私が生まれる前にお父さんがいなくなっちゃったみたいで、母子家庭だったんだ。でも、お母さんも六年前に死んじゃって、今はお祖母ちゃんと二人暮らし」

「……そうだったんだな。変な事を聞いて、すまなかった」

 申し訳なさそうに眉根を寄せ、誠次郎が言う。理和は慌てて首を振った。

「そんな、良いんだよ。私が質問に答えただけだし」

小さく息を吐いて、探索を再開する。

 理和が筆たてから筆を抜いて中を確認する。やはり、何もない。

 その後、しばらく美術室を隅々まで漁ったが、不審なものは出てこなかった。

「……ないねえ……」

「美術室じゃないのか……」

「……そうなのかも。技術室行ってみよう」

 理和が美術室の扉を開けようとした。が、いくら引いても動かない。

無言で振り返る理和の視線を、誠次郎は真顔で受け止めた。

「……なんだ、また開かなくなったのか」

「うん。もう驚かないよね」

 誠次郎も、念の為力いっぱい引っ張ってみるが、扉が溝を滑る事はなかった。

やはり、鍵も掛かっていないのに、だ。

「俺たちをここに閉じ込めるのが目的だったのか……」

「もしくは、ここをもっと探せっていうことか、だね」

「ああ。だが、今までのこの学校の様子から言って、そういう好意的なものがいるとは到底思えないが」

 理和も頷きながら椅子を引いて座った。誠次郎もそれに倣う。

暗黙の休憩に入った。

「田中さんは、この状況についてどう思う」

 誠次郎が理和を見詰め、問いかける。理和は大分落ち着いてきた頭で考えてみた。

スレッド上にて、様々な人間が考えを巡らせてくれている。凛太郎たちも、学校から脱出する手段を探してくれている。

 なのに、当事者である自分たちが思考停止すると言うのは、外界にて手を尽くしてくれている彼らに失礼だろう。

「……正直、訳が分からないけど。なんとなく閉じ込められた人間の中に、原因があると思うよ」

「根拠は」

 短く問い掛けてくる彼から視線を外し、理和は少しばかり躊躇した。

「……君が、殺されかけたから? 君は自分が、原因だと思うのか?」

 はっと理和が肩を揺らす。そろりと顔を上げれば、真っ直ぐに自分を見詰める端正な瞳と目が合った。

「言いづらいが、君が原因の一つと言う考えには、同意しよう。もちろん、それだけではないと思うが」

 誠次郎の淀みない言葉に、理和は何故かほっと、胸を撫で下ろした。

 物理準備室の前で、皆が思っていたが言わなかった事。それが、ここではっきりと指摘され、胸の内に渦巻いていた不確定的な不安が晴れていくようだった。

根本的な解決には至らないかもしれないが、もしかしたら、この空間に引きずり込まれた原因である水野の自分に対する態度に、解決の糸口が何か隠されているかもしれない。

「……さっきのスレッドの質問に答えていくね」

 携帯電話を開いて、理和が力強く言う。誠次郎は一瞬目を瞠り、微笑んで頷いた。

「ああ。まずは諒太おじさんの、田中さんに対する態度だったか」

「うん。水野先生は、去年私の担任だったんだけど」

一学期から、少し様子がおかしかった。

時折何か聞きたそうにこちらを見詰め、結局何もない。日常業務的な会話は問題ないが、ふとした時に視線を感じれば、彼だった。

「それは……気持ち悪いな」

微かに眉を顰め、誠次郎が答えた。子供の頃から良く知るおじさんが、そんな女子にとっては気持ち悪い以外感じない事をしていたとは、正直耳を疑った。

 スレッドに打ち込みをしながら、理和はちらりと誠次郎に視線を遣る。

「まあ、私の気のせいかと思ってたんだけど、学年末の個人面談の時に確信に変わったんだ」

「何かあったのか」

 さっと、誠次郎の顔色が失せた。不思議に思いつつ、理和は首を横に振る。

「何かあったってほどじゃないよ。ただ、家族の事を根掘り葉掘り聞かれただけ」

「家族……先ほど言っていた、亡くなった母親と、一緒に暮らしてるお祖母さんの事か」

「うん。名前と、出身地、出身高校を聞かれたかな。これ、個人面談に関係あるのかって疑問に思ったから」

 水野先生に関する不審な動向は、これくらいかな。

理和はそう言って締めくくる。誠次郎は頷いて、目を伏せ考える。

「田中さんの家族に関して、諒太おじさんは気になる事がある……」

「……竹崎君。すごく、言いにくいんだけど」

 考え込む誠次郎に、理和が躊躇いがちに声を掛けた。

「何かな」

「水野先生ってその、生きてるの?」

 声を発しているし、動いている。しかし、あんな様子を見たら、誰だって疑問に思うだろう。

 まるで、出来のいいゾンビのようだ。理和は少なくともそう思った。

「……そうだな。さっき写真に撮ったその痣だが」

 誠次郎が思案気に口火を切り、理和の首筋を指差した。理和はつられて指先で痣に触れる。

「それは、死者が目印として、獲物につける印だそうだ」

「!!」

 スレッドからの又聞きとして、誠次郎は説明する。理和は表情を硬くして、頷いた。

「じゃあ……」

「……仮説でしかないが、恐らく、諒太おじさんは、学校の敷地内で何らかの形で死んだ。それで学校の七不思議の一つである神隠しが起こったんだろう」

 スレッド上で、凛太郎たちがもたらしてくれた情報だ。

 

 花霧高等学校の七不思議。

何かが屋根から覗き込んでくる体育館へ続く渡り廊下。

裏山を見ながら歩くと足を切られる北舎二階の廊下。

体育館倉庫のギロチンシャッター。

中庭の光るケヤキの木。

学校の敷地内で人が死ぬと、神隠しが起こる。

真ん中を通ると必ず転ぶ廊下。

開かずの教室を見つけると、願いが叶う。


 その内の五つ目の不思議が、今の状況に当てはまる。

「伯父さんと叔母さんの命日に、こんな事に巻き込まれて。追ってくる幽霊は諒太おじさんと、叔母さんで。もう偶然じゃないなこれは」

 誠次郎は吐き出すように笑って肖像画を見上げる。彼女は、月明かりにただ静かに微笑むだけだ。

「……ねえ竹崎君」

 彼の瞳が、潤んでいるように見えた。

理和は思わず、声を掛けていた。

 彼と初めて出会ったのは、彼の絵が音楽室前に飾られていた、その彼の分身とだった。

 滲んだ家族の肖像。柔らかい色遣い、作者の家族は、きっと幸せな家族なんだろうと、思った。

その絵が気に入って部活のたびに鑑賞していた。

しかし、ある日の事だった。

一つの可能性が頭の片隅を過って、次の瞬間、目から涙が流れていた。

 彼自身と初めて出会ったのは、クラス替えの後二年生で同級生になった時だった。

礼儀正しく、穏やか。温厚篤実冷静沈着で人一倍どころか何倍も頼りになる人。

 何の瑕も、ないように見えた。

「私も一つ、聞いても良い? 全然、水野先生とか、この状況に関係ないんだけど」

 心臓がばくばくとうるさい。もしかしたら、気を悪くするかもしれない。

自分の、勘違いかもしれない。

「ああ。何だ?」

「『奇跡』の、肖像の事なんだけど」

 誠次郎が、息を飲んだ気がした。

「竹崎君があの、三人家族を見て泣いているのは、どうして?」


あなたの瞳が、潤んでいるように見えた。

あなたが、泣いているように見えたから。



急展開というか、うまく会話がつなげられなくて自分が意味不明になってる。


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