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肖像画  作者: くたち
第一章『不変』
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3 スレッドという名の命綱発見


「とりあえず、こうなっては情報収集をしなくてはならないな」

 校舎の隅から隅まで駆けずり回った後、凛太郎が校舎を睨み上げながら宣言した。

予想通りと言えばいいのか、案の定どの扉も窓も開かなかった。中に入り無理矢理問題を打破する事を断念し、外からの解決のアプローチを探る方向へ思考を切り替える。

 この状況に陥った原因。怪異現象の正体。主にこの二つを調べなくてはならない。そこから、現状を打破する方法を探れるはずだ。

「正体については、すぐに分かるだろう。これだけ大掛かりな現象を起こせる大物だ、学校の歴史を調べれば、それらしい事件が起こっているだろうから」

「うん。で、どこに行こうか」

「花霧大社だ。本宮さんはここの卒業生だし、母さんがいる竹崎よりも近いからな」

 瑞穂の言葉に凛太郎は振り返り言う。二人とも頷いて、必要のない荷物を手近な茂みに隠す。手には財布と、携帯電話と充電器、定期入れしか持っていない。

 きっと、再びここに戻って来る事になる。出来るだけ身軽になった方が、機動力は格段に上がる。特に菊は、キャンバスを持っている。正直邪魔で仕方がなかった。

「よく心得ているな。行こうか」

 三人は花霧大社に向かって、学校の前門の坂を駆け下りる。

「そういえば、秋月」

 凛太郎が、隣を走る菊に声を掛ける。菊はその声に答えるように顔を向けた。

「お前が、ああいうものの存在を感知できなかったのは珍しいな。何か特殊なのか」

「ああ、それは思った。菊ちゃんあんなの近くに居たら卒倒しちゃうでしょ」

 菊はそういうものが見える聞こえる触れる二人とは違い、感じられるだけだ。

時に、纏っている空気でその人の体調や感情も感知出来るほど、その能力は優秀である。

二人が何を見たのかは教えてもらっていないが、相当おぞましいものを見たようだと想定する。

 菊は少し考えた後、二人を見詰め返した。

「正確には、感じなかったわけではないんです。ただ、突然空気が変化して、振り返った時にはもう昇降口はしまっていたというか」

 彼女にしては珍しく歯切れが悪い。伏せられた長い睫から視線を外し、凛太郎は再び前を向く。

「という事は、異界が現れたのはあの瞬間、本当に突然センパイ達は取り込まれたという事?」

「結論を急いては事を仕損じるぞ。原因を探れば、おのずと分かるだろう」

 どこか忌々し気に凛太郎が眉を顰めた。瑞穂は、それを目敏く見つける。

「……凛ちゃん、どうしたの。何か心配事?」

「……心配事、というか、あの学校での人死にが関わる事件について、僕は一つ知っている」

 菊と瑞穂が驚いたように視線を凛太郎にやる。走るスピードを若干上げながら、凛太郎は首を横に振った。

「話は花霧大社に着いてからだ。見えてきたぞ」

 花霧大社が鎮座する花霧山が、夕陽に照らされ青々とした木々を風に揺らしている。

 花霧大社は古くから、武神である刀の神と、風の神を祀る、由緒正しい神社である。霊験はあらたかで、智博の父で神主の本宮道博は人格者ということもあり、参拝客は平日であっても絶えない。

 幼い頃から、凛太郎は人には見えないものを見ていた。

時に生者と変わらぬほどに見え聞こえるそれらの危険を回避する為、今は亡き父和太郎が花霧大社に息子を通わせるようにした。

 その時から彼は、花霧大社付の補助的な神官として、修行に入る事になった。

「おお、凛太郎じゃないか。今日はえらく急いでいるな」

 石段を登り切れば、境内へ入る為の鳥居の下に、待ち構えるように道博が立っていた。

 智博によく似た眦を下げ、口元に笑みを浮かべている。

 凛太郎は目を瞠り、呼吸を整え、深々と頭を下げる。

 あと二人はぎょっとしたように凛太郎を見た。

普段の彼からは想像できない姿だった。

「本宮様、申し訳ありません。御子息を、奪われてしまいました」

「それは君のせいではないよ」

「ご存知でしたか」

 凛太郎が道博に促され顔を上げて、問いかける。道博は首を横に振った。

「いや、仔細は分からない。妻の持っていた智博の茶碗が割れ、夏緒が智博の名前を呼んで泣きじゃくっているものだからね。何か起こったと思わない方が可笑しいだろう」

「夏緒が」

 智博の妹である。霊感がないに等しい智博と違い、霊力の強い優秀な娘だ。

その少女が泣いているとなると、相当状況は芳しくないかもしれない。

「さあ、立ち話もなんだから、社務所に行こう。そちらの御二方も、ようこそおいでくださいました」

 今度は道博が瑞穂と菊に深々と頭を下げた。二人は狼狽え、よろしくお願いしますとしどろもどろに応えつつ境内に入る。

 社務所で情報収集していた瑞穂が、智博が立てたスレッドを発見し、道博や凛太郎、菊が狂喜乱舞するのはもう少しだけ先の話である。



 激しい、何かを叩くような音が遠くから聞こえた。

その音が遠ざかっていくのを意識しながら、ゆっくりと瞼を上げる。

見慣れない、白い天井が見えた。

 静かだ。誠次郎は瞬きを繰り返して、それから辺りを見回す。

ビニールのテーブルクロスが掛けられた机と、パイプ椅子、薬品の入った戸棚が目に留まった。

 どうやら、保健室で寝ていたようだと認識する。

体を包んでいる毛布が暖かく感じる。起き上がって掌を閉じたり開いたりしてみると、若干冷たく強張っていた。

 一体、何が起こったのだろう。

誠次郎は、次第に昇降口での事を思い出す。裕子から上がった悲鳴、ひどい耳鳴り。

そこから意識がない。誰かが、ここまで運んでくれたようだ。

 周りには誰もいない。ポケットから携帯電話を取り出してみるが、電話も、メールも、誰にも届かなかった。

 そして、窓の外を見上げれば、赤黒く曇った空。

 誠次郎は目を細め、口を一文字に引き結んだ。

 ここは一体、どこなのだろう。

 見慣れた校舎のはずだ。しかし、不幸なことに彼は状況を把握し分析する能力に長けていた。

 ここが、すぐに普段通っている学校とは似て非なる場所であると気付いた。

 そこからの行動は、決まっている。

 誠次郎は保健室のロッカーを漁る。たしか、保健室と職員室には置いてあったはずだ。

 防犯の為なのか、誰の忘れ物かは分からない。見付けたそれを手に取る。

手になじんだそれは、竹刀だった。

 これを持たなくてはならないと、誠次郎の直感が告げていた。

ポケットに携帯電話を再び突っ込み、誠次郎は迷わず保健室の扉を開け、顔をしかめた。

 竹刀を、何か武器を、持たなくてはならない。胸騒ぎがずっと、止まらない。

保健室から顔を出した廊下にも、変わらず生臭い鉄の臭いが充満していたのだから。



 徳市は箒を抱きしめながら、二年D組の教室の隅で蹲っていた。

手の震えが治まらない。

目が覚めたら、廊下に倒れていた。咄嗟に、どこの廊下か分からなかったが、どこからか寄贈されたという立派な額縁に入った鉛筆の素描を見て、校長室前の廊下だと分かった。

どうして自分がこんな所に倒れているのか分からなかった。

 そんな事よりもまず、姿が見えない幼馴染二人と女子二人だ。一年生三人は外にいたから、校舎内にはいないだろうと推測する。

体で痛いところはない。ほっとしながら立ち上がり、携帯電話を開けようとした時だ。

視界に入ったものに、思わず携帯電話を取り落しそうになった。

自分と反対側の廊下の突当り。そこに、奇妙な形をしたものが立っていた。

自分の背丈の半分くらいだろうか。いや、実際半分なのだろう。

それは、腰から下の足のみの姿をしたものだったからだ。

それが一歩を踏み出した。瞬時にこちらに近付いてくるのだと悟って足が竦んだ。

一歩一歩、普通に人が歩いてくるように、ズボンを履いた足が近づいてくる。相変わらず、自分の足は動かない。

そして、足が職員室前に差し掛かった時だった。

突然、職員室の扉が開き、誰かが出てきた。

見慣れた、スーツ姿の教師だ。隣のクラスの担当であり数学教師の、水野だった。

ほっとして声を上げようとしたが、それも一瞬で引っ込んだ。彼の見慣れたスーツは、首から下が真っ赤に染まっていたからだ。

極めつけは右手の包丁だった。

 なんであんなもの持ってるんだ。足に見つかる。先生が危ない。頭の中で様々な警告がぐるぐると回る。

動けもせず固まっていると、水野が包丁を振り被ったと思ったら、歩いている足の腰の部分に突き立てた。

思わず口元が引きつる。

 奇妙な足は廊下に崩れ落ち、水野がそれに馬乗りになって滅多刺しにし始めたのだ。

「邪魔をするな邪魔をするな邪魔をするな……」

 延々と呟いている言葉が耳に入って我に返った。

 咄嗟に、校長室の脇にある観葉植物の影に隠れて様子を見守った。

二人の攻防は続く。最終的に、奇妙な足が根負けしたのか何なのか、宙に消えていくのが見えた。

水野はふらりと立ち上がると、赤いスーツはそのままに渡り廊下を伝って特別教室棟へと姿を消した。

「……なんだ今の……もう、帰りたい……」

 誠次郎はどこだろう、智博は。一人でいたくない。窓は開かない。外へと直接繋がる扉も開かなかった。

 皆ほんとに校舎内にいるんだろうか。

徳市は手持無沙汰なのが不安で校長室に入る。部屋の隅に掃除道具入れがあり、そこから長箒を取り出した。

 誠次郎や智博のように長物が得意なわけではないが、ないよりはましだろう。扉を細目に開けて外の様子をうかがった。

 何もないのを確認して特別教室棟、一般教室棟へ続く渡り廊下へ走る。

 渡り廊下を渡る途中、外に出られないかと思ったが見えない壁に阻まれ断念する。水野に鉢合わせしないかと冷や冷やしたが、幸いにもそんなことはなかった。

 そうして、皆が居そうな自分の教室までやってきた。

しかし、誰もいなくて途方に暮れる。

箒を抱きしめずるずると窓を背に腰を落として今に至るわけだ。

 どれくらいそうしていただろう。ふと気配を感じて顔を上げた。

目の前の机三つほど奥に、人が立っていた。

「……っ誠次郎?」

 徳市はその見慣れた顔を確認して叫ぶ。自然、涙腺が緩んだ。

誠次郎はちらと徳市を見ると、小走りに教室から出ていく。徳市は慌てて追い掛けた。

どうして無視するの、今、目が合ったよね?

寂しさと悲しさで口元が歪みそうになるのを必死に我慢しながら足を動かす。

 一階に降り、体育館へ向かう渡り廊下へ差し掛かろうとした時だ。ふと、目の前を走っていたはずの誠次郎の姿が見えなくなった。

「え……あれ?」

 元居た昇降口に、戻ってきていた。

一気に血の気が引いた気がした。さっきのは、本当に誠次郎だったのだろうか、と。

 確かに、この学校の制服は着ていた。

しかし、薄暗い教室の中、いやにはっきりと見えていなかったか。彼の双眸は、あんなに冷たい光を宿していただろうか。彼の髪は、あんなに短かっただろうか。

 突然体の震えが戻ってきて立ち竦んだ。すると、昇降口の簀の子を踏む音が聞こえた。

「!!!」

 もしかして、またあの足みたいなものだろうか。箒を握り直し、構える。

下駄箱の影からそろりと顔を出し、竹刀を構えていたのは、探し人であった誠次郎だった。

「っ徳市!」

「誠次郎!」

 お互い名前を呼び合い、駆け寄る。安心して、徳市は今にも泣きだしそうだった。

「大丈夫だったか。怪我は」

「ううん、大丈夫。これ、どうなってるの。扉も開かないし窓も開かない……渡り廊下からも出られないんだよ」

 外に出られない。

昇降口が開かないと騒いだ時から薄々予感していた事だったが、徳市が弱弱しく呟く。

 誠次郎は思案気に口元に右手を充て、眉をしかめた。

「徳市もそうだったか……俺も色々と試してみたんだが、ダメだった。それより、渡り廊下というと、あの柵が途切れていて中庭と校庭を行き来するための通路からも出られない、という事だな?」

 誠次郎の言葉に、徳市はこくこくと頷く。思ったよりも、事態は深刻だ。

出られない事よりも、この閉塞空間に他にも脅威がある事が不安を煽る。

「誠次郎は、変なのは見た? それに、水野先生……特別教室棟に行ったみたいだけど……」

「変なの? 水野先生?」

 先ほど見た光景を、かいつまんで話す。誠次郎の顔がみるみる曇っていった。

「水野先生は見ていないが、それは異常だな。昔から穏やかな人だ……」

「というか、足っぽいのって何だと思う」

 誠次郎はその問いに答えず、周りを注意深く見渡しながら無言で廊下を歩き始めた。そして、一番近くの教室に入ると、扉を閉め、机を動かし始めた。徳市もそれを手伝う。

 二人で教室の廊下側に机を集め、扉が見える教室の角に二人して座り込んだ。その周りに二、三個の机と椅子で簡易なバリケードを作った。

 何があっても逃げやすくするためだ。扉はどちらも塞ぎ切らず、いつでも開閉が出来る。

「少し休もう。お前は変なものを見て、気が滅入っているようだからな」

 誠次郎が項垂れる徳市の肩を叩いて言った。徳市は頷いて天井を振り仰いだ。

「それで、さっきの問いだが、俄かに信じがたいがその足とやらはこの世のものではないのだろう」

 上半身がなく足だけで、歩ける人間などいるはずがない。

 まず、足の神経は脳から指令が送られて動くはずだ。実物を見たわけではないが、誠次郎は言い切った。

 逃避したかった現実を突きつけられて、徳市は項垂れた。

「……やっぱり誠次郎もそう思うよね。となると、智博や加藤さんや田中さんが心配」

「もっとも、校舎内にいないかもしれない……」

 言って、誠次郎は自然と口を噤んだ。

その可能性は少ないと分かっている。徳市も自分も、校舎内にいるのだ。あの時昇降口で足止めされた五人はこの校舎内にいる可能性の方が高いだろう。

「なんにしろ、闇雲に動き回っても無駄に体力を浪費するだけだ。メールや電話は繋がらないが、幸いネットは通じるようだから情報収集しよう」

 誠次郎は竹刀を肩に立てかけ携帯電話を起動する。そしてちらりと手も動かさず塞ぎ込んだままの徳市を見る。

「お前、そんな情けないザマを加藤さんに見せるつもりか?」

 その一言に、徳市の肩が大きく跳ねた。顔を真っ赤にして誠次郎を睨み付ける。

「今、それとこれとは関係ないだろ!」

 心持ち、声を落として言い返す。誠次郎は小さく笑いながら画面から視線を外した。

「そんな事はない。こういう危機的状況においてこそ、男の真価が発揮されるものだ」

と、父親が言っていた、とは言わない。

 小学生の頃から気付いていた事だ。そして中学時代に相談されて確信し、高校に入って見守っている。

柔らかい誠次郎の笑みに、徳市は顔を熱くしたままそっぽを向いた。

「……なんだよ、どうしたんだよ突然……自分からは、こんな話いつも振ってこないくせにさ」

「だからこそさ。いつもいつも俺が振り回されてばかりだから、今回は俺が仕掛けてやろうかなって」

 正直、彼が振り回されたことなどない、と、徳市はしっかり覚えている。

いつも愛だの恋だの、そういう話題になるとうまくはぐらかされる。そして、自分からは決してそういう話は振ってこない。相手の話を聞き出したら、同等の対価を返す。それが彼のポリシーだからだ。

「加藤さんが、心配だな」

「うん……ほんとはすぐにでも飛び出して、見付けたい」

 箒の柄をぎゅっと、徳市は強く握った。その様子を見届けた後、誠次郎は小さく笑みを浮かべて視線を液晶のディスプレイへと戻す。

 小学三年からの、足かけ8年の想いだ。その長さにも驚くが、彼の一途さは称賛に値するものだと誠次郎は思っているし、心から応援している。

「彼女の笑顔は見ると元気になるって、言ってたものな。思い浮かべたか」

「お前、やめろよこんな時に……恥ずかしいだろ」

 若干意地の悪い笑みを浮かべているように見える誠次郎の横顔を見返す。

「俺とお前しかいないんだから問題ない。それで」

 視線だけこちらに寄越し、誠次郎は口の端を持ち上げる。

「元気は出たか」

「ぁ……」

 誠次郎の言わんとしていることが分かった。急いでポケットから携帯電話を取り出す。

「誠次郎、ごめん、俺……」

「どうやら、俺では力不足だったみたいだからな」

 笑って、誠次郎は視線を戻した。気にしている風もなく、携帯電話のボタンを押している。

徳市は口を半ば開きかけ、落ち着いて言葉を零した。

「……そんな事ない、俺、誠次郎がいるから今こんなに落ち着いてるし、安心してる」

 そう呟いて、頬が熱くなるのを自覚する。同年の男に、何を言っているのだ情けない。

 昔から、心配になってしまうほど頼りになりすぎる幼馴染だった。

 出会ったのは小学生になったばかりの頃だった。

徳市が教室で、一人で本を読んでいる所に話しかけてきたのが誠次郎だった。

当時からおっとりとしていた徳市は同級生のからかいの対象になっていたが、そんな事気にする事もなく、庇ってくれながら親睦を深め、徳市にとって大好きな友達になっていた。

 児童書のおすすめをし合ったり、誠次郎の特技である剣道を見せてもらったりした。誠次郎の幼稚園からの友達だった智博とも、外に連れ出されてボール遊びをした時に知り合った。

 いつでも毅然としていて堂々としている。弱みなど、稀にしか見たことがなかった。

 人生を語る上で欠くことのできない、自慢の親友なのだ。

 でも、だからこそ、頼ってほしいとも思う。

「それは、嬉しいね」

 誠次郎がくすくすと笑い、決定ボタンを押す。徳市も検索ワードを入力する。

『学校』『怪異』『閉じ込められた』……

「で、誠次郎はどうなの」

 ネットを開きながら反撃を開始した。これくらい、構わないだろう。

「どう。とは?」

 涼しい顔で答えているが、意図は汲んでいると徳市は知っている。

「田中さんのこと。好きなの?」

 直球で徳市は聞いてみた。誠次郎は下方ボタンを押していた指を外し、押し黙る。

少し俯いた顔は、曇っているように見えた。

不思議な反応だ。

「……どうだろうな。気になっては、いる。好きかと聞かれると、好きだが。……恋してるのか、愛しているのかという具体的な感情で聞かれると、断言できない」

 珍しく歯切れの悪い言葉が返ってきた。徳市は、何となくこの質問は禁句だったのかと推測が胸中をよぎる。しかし、確信には至らなかった。

「誠次郎、難しく考えすぎなんじゃないの。目で追ってるし、俺や智博にはバレバレだけど」

「そんなに分かりやすかったか」

 まあ、智博にばれていることは知っていたが。苦笑した誠次郎が再び指を動かし始めた。徳市は学校の怪談が集まっているスレッドを発見して決定ボタンを押した。

「もう今のクラスになった時にはそんな様子だったし、どこで知り合ったの?」

「知り合ったわけじゃない」

 即座に言葉が返ってきた。その声の硬さに驚いて、誠次郎を見返した。

伏し目がちの視線が、画面の文字を追っている。

「俺が、一方的に知っていた。彼女も、ある意味面識なくとも俺を知ってた」

「え、どういう……」

「『奇跡』だ」

 徳市の胸が、どくりと波打つ。

『奇跡』

家族の肖像。息子を笑顔で抱き上げる父。その腕の中で笑う子ども、その傍らで、二人を幸せそうに見守る母。

彼らの表情は見えない。滲んでいるように描かれているからだ。しかし、淡く、明るく陽の光に照らされた彼らの感情は想像に難くなかった。

 この光景は、誠次郎が実際に見た景色だ。

「あれが、音楽室前に飾られていた時、彼女が一人鑑賞している所を偶然見掛けた」

「……それで」

 徳市は先を促す。

彼女を好きかという質問をしてはいけなかった。しまった、と、思ったがもう遅い。推測は確信に変わっていく。

 誠次郎はやはり珍しく言いよどみ、幼馴染を見返した。

「泣いていた」

 あの絵を見て、大きな瞳から一筋、涙を零していた。

 それから、彼女の事が気になって、知りたくて仕方がないのだ。

「……同情とか、憐憫とか、そういうものなのだろうか。この、彼女を知りたいという欲求は、本当に愛情に通じる清らかなものだろうか。それが分からない」

「誠次郎……」

 揺れる彼の瞳を見詰め、痛ましげに徳市は彼を呼ぶ。そして、少し視線を下げぎょっとした。

「っ誠次郎立って!」

「え? っ何だこれ」

 徳市は誠次郎の肩を掴み立たせ、椅子を伝って机に上る。誠次郎もそれに倣った。

床を這うように、赤色の液体が二人に迫ってきていた。源を辿ると、ロッカーの上の花瓶から溢れてきているようだ。

「これは、血か?」

「フラグ立てないでよもう……」

とりあえず、気色の悪い液体から逃げるように机の上に避難し、再び掲示板を開いた。

うまく話題を切り上げる事が出来たと、内心徳市はほっとしていた。

 彼の、つらい表情は見たくなかった。

頼ってほしいと思っているのに、自分から手を差し伸べることに躊躇する。大きな矛盾、卑怯な自分に、胸の奥が痛み引き攣る。

 スレタイを目で追っていくと、怪異で検索しているはずなのに奇妙なものを発見する。

【友達が】助けてください【意識不明】

(なんで医療スレっぽいのに怪談話になってるんだ?)

 気になってスレッドを開く。ログを読んでいくにつれ、徳市は目を見開いた。

「誠次郎、これ」

「なんだ……? これは……」

 誠次郎もログを読み始める。そのうちに、徳市は書き込みをした。

それは、智博が立てたスレッドだった。



これから不定期になります。

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