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肖像画  作者: くたち
第二章『一生』
11/17

2,5 一方理科室では

閑話?閑話と言えない重要な発見をしているけど、まあいいや。補足的閑話です。

「『不変』『一生』『永遠』……」

 スレッドを見ながら、徳市は呟いた。それに気付き、裕子がスレッドを覗き込む。

「絵画の名前、みたいね」

「うん。俺、どっかで見た事があるんだよね……」

 一階から二階へ続く階段の踊り場で立ち止まりながら、徳市は首を傾げた。

それは、裕子も思った事だ。どこかで見た事がある気がする。

しかし、学校には絵画が無数に存在する。どの棟の、どの階の廊下にも存在し、特別教室棟や美術棟に至っては教室すべてに掛けられている。

その中から、残りの『一生』『永遠』を探し出すなど、膨大な手間と時間を要する。

 その上、現在裕子と徳市がいる場所は特別教室棟東側のみしか探索できない。

「誠次郎なら、そういうのは逐一覚えてるかもしれないけど」

「え……彼、そんな事も覚えてるの……」

「まあ、多分。この学校に寄贈されてる絵はほとんどが竹崎家からだから、目録に目を通してるかもしれない」

「目録……」

 裕子が目を見開いた。そうだ、その手があったのだ。

「凛太郎君たちに連絡しましょう。目録を探してもらうの」

「え、なんで……ああ!」

竹崎家には、寄贈した絵画の目録があるはずだ。

あれだけ立派な家柄だ、寄贈目録があっても不思議ではない。それを辿れば、もしかしたら一つ一つの絵がどこに飾られたか、書かれているかもしれない。

 徳市もやっと合点がいったのか、スレッドを開いた。

その時。

どおおおおん

「何…っ」

地の底から轟音が響き、校舎を揺らす。

突然の揺れに、足がふらついた。咄嗟に手すりに掴まり、膝を折りそうになった裕子の腕を取った。

「大丈夫?」

「うん、大丈夫だけど、地震……?」

 手を離し、スレッドを見れば美術棟にいる二人も揺れに襲われたようだ。

しかし、凛太郎たちは地震を感じていないと言う。

「誠次郎たちの叔母さんに、何かあったのかもしれないな」

「そうかも……っ徳市!」

 裕子が金切声をあげ、手に持っていたラップに包まれていた塩を徳市に向かってすさまじい勢いで投げた。

それを避けると、背後から何かに当たる音がし、叫び声が木霊す。

 振り返れば、正体も分からない黒い影が、塩を浴びて悶絶し消え去る所だった。

正体も分からない黒い影の他にも、実体のあるぐちゃぐちゃになった体を持つ何かや、上半身だけで這いずってくる影がある。

「っやばい!」

 スレッドに書き込みを落として全速力で二人は階上へ駆け上がる。

突然、何があったんだ。

背後から追いすがってくる化け物の手を、二人して箒の柄で打ち払い前を見据え直す。

 智博からは、一瞬書き込みがされたがそれ以降音沙汰はない。今はスレッドが見られる状態じゃないから分からないが。

美術棟組がメッセージを見付けて、恐らく十分以上は経ってる。裕子たちは何もしていない。

この急激な変化は、恐らく智博か外界がもたらしたものだ。

裕子は廊下に飛び出し、防火シャッターの解除ボタンを押す。

「……っダメだわ!」

 一ミリも上がらない。ここでこの閉塞空間の外に出られれば、一気に逃げ出す事が出来ると言うのに。

 裕子の絶望が滲む声に徳市が彼女の腕を引いた。

シャッターの向こう側から、ぬっと黒い影が飛び出したところだった。

「え、通り抜けられるのこいつら! ひ、卑怯すぎるっ!」

 シャッターを通り抜け、黒い影はこちら側に入ってくる。

階上からも、化け物が迫ってくるのが見えた。

ここは二階、背後には、裕子が最初に化け物と対面した理科室しかない。

「くっそ、塩は」

「まだあるわ。でも、補充しないとまずいかも……っ」

 五百グラム一袋。とてもじゃないが、こちらに迫ってくる霊たちに対処できる量とは思えなかった。

裕子がきっと決意したように背後を振り返った。

「理科室に籠城しましょう」

「え!」

 徳市が驚いたように声を上げ、反論する間もなく、腕を引っ張り理科室へ入り勢いよく扉を閉める。二人を追うように無数の黒い影がぐにゃりと壁を這い二人に迫った。

すぐに扉に塩をかけ、扉の両端に塩を盛る。

一瞬だった。少しでも手こずれば、二人はきっと取り殺されて、死ぬ。心臓の音がうるさいし、呼吸もままならない。しかし、そんな事に構っている暇はない。

扉に何かがぶち当たった音がしたが、それも無視する。

塩を盛ったと同時にガラス窓がバリバリと鳴り始めたため、二人で手分けして教室の四隅と準備室に繋がる扉にも塩を盛る。

 運がいいことに、中には何もいなかったようだ。

徳市は一息ついて、辺りを見回す。

あまりいい光景ではなかった。

窓には黒い半透明の影がへばり付き、中に入ってこようと小さな手の指先で窓ガラスの隙間をなぞっているし、その向こう側の中庭は気のせいか、赤く仄かに下から照り輝いている。

出入り口である扉からは、かりかりと指先で引っ掻くような音が断続的に聞こえてくる。

「……塩とか、薬品。集めようか」

「うん……」

 心底疲れた様子の裕子は、徳市の言葉に立ち上がる。

何かしていないと、叫び出しそうになる。

 化け物に監視されている状態で、逃げ場のない教室に籠城した。自分の判断とは言え、ここで対抗策や武器となるものを見付けられなければ、二人一緒に共倒れだ。

「塩、は、ある。良かった。食塩じゃないけど、一キロ二袋」

薬品棚を漁ると、塩は簡単に見つかった。徳市が教台を漁っている裕子に親指を立てる。裕子も笑って親指を立てかえした。

その他に、ホウ酸とアルコール、ヨウ素溶液、リトマス試験紙が入っている。

「ホウ酸とか、誰かが片付け忘れたのこれ」

「準備室よね普通」

 傍にやって来た裕子と口々に言い合いながら、実験台に見つけ出した薬品を置いていく。

「まさか、胡椒と砂糖があるとは思わなかった」

「何する気だったのかしらここで」

 一頻り落ち着いたところで、徳市がスレッドを開いた。

「……えっ」

「どうしたの……!」

スレッド上に表示された写真に、二人は凍り付いた。

コテハンは、モブ眼鏡。智博だ。

画面全体が仄赤く輝き、無数の色の白い手がこちら側に迫ってきている。

その奥には、髪を逆立たせた少女の後ろ姿があった。

 智博は、逃げろと言っている。少女が、誰かを殺そうとしている。

個人名を入れたのだろう。誰かの名前は、文字化けで読めない。

「ここは……」

「中庭だわ!」

迫りくる手に紛れて、教室棟と渡り廊下が見えた。

微かに遠くから、誰かを呼ぶ声が聞こえた気がした。

 急いで中庭に面したガラスへと走り寄り、中庭を見下ろして絶句した。

芝生一面、無数の手が生えている。芝生など見えはしない。まるで風に吹かれる草原のように、大小様々な手が波打っている。

「やばい……っ! 智博やばいっ」

黒い影がすぐ目の間にいるのも構わず、智博はガラス窓に張り付く。

先ほどの写真からして、この手の海のどこかに彼はいる。再び心臓がばくばくと激しく鳴り始める。

目頭が熱くなって滲む視界を必死に擦りながら、智博を探した。

「っ見て!」

不意に、裕子が声を上げて中庭の隅、芝生が無い所を指差す。見慣れた二人が、中庭の隅に立っていた。二人は何か話した後、教室棟側に寄った場所に移動する。

「誠次郎!」

「理和!」

 叫んだと同時だった。

誠次郎が竹刀を構えながら手の中に突っ込んだ。

「無茶だ!」

「いえ、でも見て!」

 竹刀の持ち手の付け根に、袋が下がっている。彼が竹刀を振る度に、周りの腕は怯んでいるようだ。動きが遅くなる。

「多分、塩が入ってるんだわ」

「……塩すげぇ……」

 少し落ち着いた為、今起こっている事を知らせる為にスレッドを開いた。

上手く腕を薙ぎ払いながら、誠次郎は一心不乱にどこかを目指している。

一番、教室棟に近い場所。手の波が、こんもり膨らんでいる場所があった。

「あそこだ!」

 あそこに、智博がいる。誠次郎はそこを目指しているのだ。

誠次郎がそこに着くと、竹刀から袋をとり、中身を自分にかけ、両手を揉んだ。竹刀はベルトに差す。

 そして、絡み合う腕を引き剥がし始める様子を、二人は呆然と見守る。

「すごく、力技ね……」

「あいつ、ああ見えて短気だから」

恐らく、持ち運べる塩の量ではあの腕達を消し去ることは出来ない。

現に、彼が切り拓いた道は新たな手によって塞がれ始めていた。

「ちょっ、竹崎君取り残される……!」

「え、あ、田中さん!」

 視界に入ってなかった理和が、動き始めていた。

誠次郎が腕を半ばまで引き剥がし消し去ったところで、理和はモップを構えて彼が突撃した場所に目測を定めていた。

そして勢いよく穂先を突っ込んだ。

それから誠次郎に向かって、モップを腕にぶち当てながら突き進む。

時々背後に振り返りながら、出来た道に塩を撒いて腕が入ってこないようにしているようだ。

「退路の確保か……田中さんすげぇ」

 行動力や工夫もそうだが、何よりも度胸に目を瞠る。

徳市の呟きとは裏腹に、裕子は渋い表情で成り行きを見守っていた。

「それは、そうね……竹崎君は本宮君の確保第一優先だから、あんな悠長な進み方していられないのは分かるけど……」

 あの二人、手持ちの塩を全部使う気だわ。

裕子の呟きに、徳市は唖然とした表情で彼女を見返した。

「私と理和で、一袋ずつ分けたのよ。それで、さっき竹刀に下げてた塩と、あのモップに揉みこんである分、袋から直接出して道に撒いてる分を考えると、多分」

 呟いたと同時に、ずるりと、腕の塊の中から何かが引き摺り出された。

智博だ。

「智博!」

 気のせいか、血塗れに見える。

理和が二人の元に到着し、意識を失っているのだろう智博を背負った誠次郎が出来た道を引き返し始めた時だ。

「まずいっ」

 渡り廊下の影から、ゆっくりと少女が姿を現した。仁美だ。

遠目からも、禍々しい気配が彼女を取り巻いているのが分かった。

二人は走り始め、それを仁美はゆっくりと追い始める。

二人は校舎裏に消えた。

「あの二人、どこに行ったんだろ……」

「もし竹崎君が、徳市が言ったように目録を覚えてたら、肖像画のところでしょうね」

 はらはらと落ち着きのない声で呟く徳市に、裕子は思案気に答える。

その言葉に、徳市は驚いたように裕子を見返した。

「……どうしたの」

「え、あ、いや、なんでもない。俺達も、出来る事をしよう」

 挙動不審の徳市を訝しく思いながら、裕子はとりあえず言及はやめておく。

実験台に置かれている塩の袋を、そっと撫でた。

「今すぐにでも、届けてあげたいけど……」

「俺達もこんな状態だからな……あいつらが落ち着いて、居場所が分かったら飛び出して助けに行こう」

「うん……」

そうね。小さく囁いて、視線を壁へと滑らせる。

そして裕子は、縫い付けられたように一点を凝視した。

その様子に気付いて、徳市は裕子を見た。

「どうしたの?」

「……そっか、不自然さは、これだったの」

 裕子はふらふらと歩き始め、壁際に向かう。

その壁際には、一枚の絵画。水彩画が、相応とは言いがたい立派な額に入れられて、飾られている。

 一階の水彩画を見た時の違和感が分かった。

『永遠 竹崎和太郎』

 二人は、一枚の水彩画を見詰め続けた。


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