学校給食その1
この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。
11月のある木曜日の晩のことだった。
舞 :「私、もう我慢できない。今度こそ何とかしなきゃ。」
そう言って、舞はレポート用紙に何事か書き始めた。書き終えると封筒にいれ、表紙に「要望書」と書いて封を閉じた。
舞 :「これを明日、担任の先生に渡す!」
そして一仕事終えて安心したのか、布団の中にもぐりこんだ。
次の金曜日、学校につくと早速職員室にいき、担任の先生を捕まえて封筒を差し出す。
担任 :「楠木さん、これはなんですか?」
舞 :「学校給食の質の改善に関する要望書です。」
担任 :「また、給食のことですか。」
担任もうんざりとした顔で受け取る。
舞 :「口頭でいうだけでは伝わらないと思い、文書としてだささせて頂きました。」
担任 :「でもね、楠木さん。給食はね、みんなからお金をもらって作ってるの。その額は決して多くないの。その決められた額の中でみんな努力してやりくりしてるの。それにただでさえ給食費未納問題抱えていて大変なんだから。お金かければできるかもしれないけど。それもできないでしょ。あんまり、わがまま言わないで。」
舞 :「でも、給食は年間180日くらいだされます。つまり、1年の内の半分です。6年間なら1000日を越します。それをあんなの出されつづけると思うと我慢できません。」
担任 :「だから、言ってるじゃない、潤沢な予算があれば質の向上もできるでしょう。でもね、限られた予算の中で栄養士のかたも作っている方も頑張ってるの。それに文句をいうのはどうかしら。」
舞 :「でも、お金をもらって作っている以上、プロとして自覚を持って作って欲しいです。ボランティアで給食が作られているなら私もあきらめます。でも、それで、お給料もらっている上であの味は納得いきません。」
担任がふ~とため息をつく。
担任 :「わかりました。そこまで言うのなら、楠木さん、あなたが給食作ってみたら? そうしたら作っている人の苦労がわかるはず。」
舞 :「論点がずれてると思います。私は料理のプロではありません。だから、私が作ってみてその苦労がわかっても意味がありません。私はプロとして自覚をもって、質の改善に努めて欲しいと言ってるんです。」
担任 :「楠木さん、あのね。」
舞 :「わかりました。じゃあ、こうしましょう。来週の月曜日、私も給食作りに参加します。だけど、もう一人参加させてください。私の母を連れてきます。」
担任 :「いいわよ~。それでおいしい給食ができたらこの要望書を校長先生にあげましょう。だけど、変らなかったら、もう2度と給食の文句を言わないこと。それでいいわね。」
舞 :「わかりました。先生約束ですよ。」
舞はそういうと職員室を後にした。
その日の夕方、舞は美鈴をつれて喫茶ファンダルシアに遊びに来た。そこには詩音とポッチもいた。
舞 :「全く、なんで要望書一つ上げるのにこんな苦労しなきゃいけないのよ。校長先生に渡すだけなのに。」
美鈴 :「でも、勝ち目あるの?」
舞 :「大丈夫。私一人でもあれくらいの味は出せる。それに今回は冬ちゃん連れてくから負けるはずがないわ。」
ポッチ:「冬ちゃんはOKしたの?」
舞 :「うん、二つ返事でOKした。『冬子、舞ちゃんのためなら頑張ります』って。」
詩音 :「パパは? 聞いても無駄か。」
舞 :「パパも怒ってた。なんで、要望書一つ受け付けないんだって。」
美鈴 :「じゃあ、何とかなりそうね。」
舞 :「うん、頑張る。これから準備に入るから今日はこれくらいにしておく。詩音もポッチもこっちから応援しててね。」
ポッチ:「おうよ。頑張れ!」
詩音 :「頑張ってね、舞ちゃん。」
舞 :「うん、それじゃね~。」
美鈴 :「じゃあ、私も一緒にそろそろ。」
詩音 :「あ、美鈴ちゃんにはお話したいことがあるからもうちょっと残ってて。」
美鈴 :「? うん」
そういって舞は戻っていった。
ポッチ:「困ったね~。」
詩音 :「困ったね~。」
ポッチ:「どうする?」
詩音 :「どうしよう?」
ポッチ:「美鈴を残したってことは作戦あるんでしょう。」
詩音 :「まあね。でも、急だからどこまでできるか」
美鈴 :「何か問題あるの? 舞ちゃん失敗しそうなところあるの?」
ポッチ:「いや、成功しそうだから問題なんだ。」
詩音 :「舞ちゃんの悪い癖出ちゃったね。一途に突っ走っちゃうところ。」
美鈴 :「成功すると問題なの? なんか二人とも失敗するのを期待してるみたい。」
ポッチ:「ある意味失敗したほうが長期的に見て問題ないんだ。」
美鈴 :「??」
詩音 :「もし、冬ちゃんと舞ちゃんがおいしい給食作っちゃったらどうなると思う?」
美鈴 :「そりゃ~、給食が良くなるからいいことだと思う。」
詩音 :「でもさ、給食作っている人の立場は悪くなるよね。素人に負けるんだよ。努力が足りないって言われるよね。」
美鈴 :「あっ」
詩音 :「それに、担任の先生の立場もないよね。生徒の要望を握りつぶし、生徒に無理な勝負を挑ませあっさり負ける暗愚な先生になってしまう。そうすると、先生と舞ちゃんの仲はますます悪くなるでしょう。」
美鈴 :「うん。」
ポッチ:「それに、クラスのみんなからもよく思われないかも。理由がみんなのためならいいけど、どっちかって言うと個人のわがまま。給食の味を一流ホテル並に改善しろって言ってるようなもんだから。」
美鈴 :「そこまでは言っていないと思うけど。」
詩音 :「美鈴ちゃんは給食まずい?」
美鈴 :「私はず~っと病院食だったから、それに比べると結構おいしいと思うけど。」
詩音 :「でしょう。みんなもそう思ってるはず。そうすると常識派のひかるちゃんあたりが先生のほうに付くはず。となると舞ちゃんクラスでも孤立しちゃう。」
美鈴 :「詩音ちゃんたちってそんなところまで考えてるんだ。」
ポッチ:「だてにいたずら三昧してないわよ。私たちは相手を追い詰めるようなことはしないよう気をつけてるから。」
詩音 :「とりあえず、舞ちゃんの横に作戦参謀が必要ね。ポッチ月曜日向こうに行ってくれる?」
ポッチ:「わかった。先生の懐柔とクラスの雰囲気の醸成ね。」
詩音 :「うん、よろしく。だから、美鈴ちゃんは月曜日はこっちね。」
美鈴 :「へ?」
詩音 :「ポッチと二人で学校に行くわけには行かないでしょう。入れ替わるの。月曜日は詩音と一緒にこっちの学校。」
美鈴 :「ええ~!」
詩音 :「問題は給食室の方ね。穏便に済まさないと。『あなたたちの腕が悪いので指導に来ました』とか言いかねないよね。特に冬ちゃんのほうは。」
美鈴 :「確かに。」
詩音 :「う~ん、ちょっとこれは究極召喚魔法使わないとダメかも。」
ポッチ:「だれを呼び出すの。」
詩音 :「志穂さん。」
ポッチ:「なるほどね。上を通していくのね。」
詩音 :「うん、こっちのエルベ側だと簡単だけど、向こうのファンダルシア側だからそう簡単には行かないだろうけど。作戦の趣旨説明して協力してもらわないと。」
そういうと詩音は携帯電話をかけた。
詩音 :「志穂さんOKだって。そろそろ頃合だろうっていってた。」
ポッチ:「シナリオはできたね。じゃあ、準備に取り掛かろうか。」
美鈴 :「ねえ、詩音ちゃんっていたずらするにもいつもこんな感じで作戦たててるの?」
ポッチ:「え? 普段はもっと綿密だよ。今回は時間がないから結構行き当たりばったりだけど。」
美鈴 :「私舞ちゃんのこと誤解してたかも。こういうのってポッチの担当だと思ってた。詩音ちゃんってもっと『良くわかんないけどやっちゃえ~』っていうタイプだと思ってた。」
詩音 :「ひど~い」
ポッチ:「詩音は水鳥だからね。見えない水面下でバシャバシャ動くんだ。」
詩音 :「へへ。さて、プロジェクトの許可も出たし今回も楽しもうね~。」
そう詩音は右手をグーにして口元に持っていきニヤッと笑った。
つづく